グラッシス眼鏡店6
「た、たまたまですよ。なんとなく覆った方がいいかなと思っただけです」
マリーは急に褒められてどう返答していいか迷いながらも、そう答えた。
「なんとなく………君からすればそうなのだろう。しかし、水の中の水圧をコントロールできる人間となれば魔法省の者達でもごくわずかなはずだ。かなり高度な魔法技術が必要だ。だからこそ、騎士団に欲しいと思った」
そういえば、授業のあとに別の騎士団の人に勧誘された。家業があるため角が立たないように断ったが。
「君は誘いを断ったよね」
「はい。卒業したらこのお店を手伝う予定でしたから」
「女性騎士は数が少ないが、かなり重宝するのだ。更衣室や浴室など男性が入ることが出来ない場所でも護衛できるからね。なんとか騎士団に君が欲しいと思ったが、学生である君を強く勧誘できなかった。学生を脅迫するような行為は禁止されている」
魔法学校で優秀な成績の生徒の就職先は引く手あまただ。
どの場所も欲しいと思っている。そのため、学生時代に強い勧誘は禁止されている。
声をかけるくらいなら認められているが。
「そうですね」
「だから君が卒業してから改めてスカウトしようと思っていたのだが………陛下から王太子殿下の補佐官になるように厳命された。断ることなど出来ないから、私はその命に従って騎士団をやめたのだが………どうしても君が気になっていた」
アーノルドは続ける。
「そんなとき、眼鏡の度数が合わなくなってきたのでグラッシス眼鏡店を訪ねたのだ。すると、君がいるではないか!どうしても話をしてみたかったのだが、いきなりこんな話をされても驚くだろうとなかなか言い出せず………私は今、騎士団に所属していないので君を勧誘する事はできないからね。しかし、優秀な君ともっと会話がしたかった」
「それで、何度も再作をされたのですか?」
「眼鏡が完成してしまうと君との接点がなくなってしまうと思ったのだ。話したいことが沢山ありすぎて、どうしても言葉につまり、無口になってしまった。そんな私に対しても笑顔で応対してくれる君にますます興味がわいたのだ」
何て不器用な人なのだろう。マリーはそう思いながら息を吐いた
「理由はわかりました。つまりベデル様は私と仲良くなりたかったということですか?」
「仲良く……そうだな。君が赦してくれるなら友人になりたいと思っている」
「貴族が平民と友人になりたいんですか?」
「ああ。私は今まで自分の意思で仲良くしたいと思ったのはグラッシス嬢、君が初めてなのだ。友人はいるにはいるが、幼少期から親に決められた友人ばかりでそこに自分の意思はなかった。だからこそ、この接点を大事にしたかった」
マリーの中のアーノルドに抱く嫌悪感がなくなっていくのを感じた。
「私、あの授業の時にベデル様に褒められたのとても嬉しかったです。ベデル様は平民とか貴族とかそんなことで区別しない人なんだと思って。それなのに店で会ったベデル様は無愛想で何度も再作させる嫌な人で………この人も結局、平民は虐げてもいいと思っている貴族なんだとがっかりしました」
「私は平民だからと横柄な態度を取るようなことはしない!」
「ええ。今のお話を聞いてわかりましたから。もう怒っていません」
「そ、そうか」
アーノルドはホッとしたよう下を向いた。
「ところで、見え方はいかがですか?」
「ああ、店長が一番最初のレンズをつけてくれたおかげでよく見えるよ。掛け具合も問題ない」
「そうですか」
マリーのホッとした表情を確認したアーノルドは眼鏡を置いていたトレイの上に金貨を数枚置いた。
「手間賃として受け取って欲しい」
それは平民の年収を軽く越える金額だった。