グラッシス眼鏡店5
マリーが店に戻ると、アーノルドは椅子に座ることなく直立不動で待っていた。
どこか気まずそうに視線を泳がせている。
「何かご用ですか?」
思いの外冷たい声になったな、とマリーが思いながら聞くとアーノルドはその姿勢のまま、スゴい勢いで頭を下げた。
「今まで申し訳なかった!」
銀髪が揺れる。
マリーは慌てた。
「ちょっ……顔をあげてください!平民に貴族が頭を下げるものではありません!!だ、誰かに見られたら………」
ベデル侯爵は由緒正しい家柄だ。現侯爵は宰相で、アーノルドも王太子が即位すれば宰相になるはずだ。
そんな貴族の中でも上位の家柄の人物が平民に頭を下げているなんて、ゴシップ記者が大喜びするネタだ。
面白おかしく書かれるに違いない。
「グラッシス嬢が赦してくれるまでは頭を上げるつもりはない!」
「なっ!!そんなの脅しです!やめてください!!」
「レンズを作製するのに多大な労力が使われているなんて知らなかったのだ」
ジョージから聞いたのだろう。
先ほどまでの悔しい気持ちやら悲しい気持ち、腹立たしい気持ちは何処かへとんでしまった。
「わ、わかりましたから!顔をあげてください!」
「赦して……くれるのか?」
やっとアーノルドと目があった。
淡緑色の瞳が揺れる。
綺麗だな………と思った。
「侯爵家の方に頭を下げられて赦さない平民なんていませんよ」
「感謝する」
アーノルドは頭を上げた。
「もし、時間があればなのだが……私の話を聞いてくれないだろうか」
「再作を8回もした理由ですか?」
「そうだ」
マリーはわざとらしくため息をついた。
「どうぞお掛けください。オープンしてしばらくは暇ですから、お話くらいなら聞けます」
「ありがとう」
アーノルドはホッとしたように呟くと席に座った。
「見え方に問題がないのにどうして何度も再作をさせたのですか?」
マリーが聞くと
「端的に答えれば、君と話がしたかったからなのだ」
「話……ですか?」
「そう。君は私が数年前に魔法学校に臨時授業に行った日のことを覚えているだろうか?」
唐突に言われてマリーは怪訝な顔をした。
「はい、よく覚えています」
「あの日、騎士団が魔法学校に行ったのは授業という名目で騎士団に勧誘したい生徒を探すためだったのだ」
その話は聞いたことがあった。
騎士団では魔法を使えるものが活躍するため、より高度な魔法を使える者は学生時代にはすでにスカウトされていると。
現にマリーの優秀な同級生何人かは騎士団に入団している。
「あの日、君は良くも悪くも目立っていた。平民で魔法が使えるのはとても珍しいからね」
平民は1学年に1人いるかいないかというくらい、数が少ない。
そのためマリーも嫌がらせを受けることがあった。
幸いマリーは高度な水魔法が使え成績もよかったので、陰口を叩かれるくらいで済んだが。
「なんの授業だったか覚えているか?」
「確か………岩を砕く攻撃魔法の授業だったと」
あの日は大きな岩のある場所での課外授業だった。
岩を各々の魔法で砕く攻撃魔法の授業だったが、特に魔法の指定はなく自分の好きな方法で岩を砕くように指示された。
「君はどうやって岩を砕いたか覚えているかな?」
「えっと……水圧で砕きました」
「そう、水圧で砕いた。通常、水魔法が使えるものが岩を砕く場合、水鉄砲の様に噴射した水で砕くのが一般的だ。しかし君は岩を水の風船で覆い、水圧をかけることで玉砕した」
確かに岩を水で覆って砕いたが。
「それが珍しかったと?」
「ああ。どうして君は水鉄砲ではない方法で砕いたのだ?」
「それは………周りに人がいたので」
「そうだね。水の膜の中で砕けば岩が周りに飛び散る恐れがない。だからそうやって砕いた。しかし、君以外の水魔法の生徒は水鉄砲で砕いていたよ。だからこそ、目立っていたし私の目にも止まったんだ」
「それが私と話したかった理由ですか?」
「優秀な生徒だと思ったよ。瞬時に周りを確認して最適な魔法が使えている。簡単なようでなかなか出来るものではない」