グラッシス眼鏡店3
「さぁ………知らないな」
アーノルドがこたえると、ジョージは小さく息を吐いた。
「この店は私の父、エドガーが開店しました。父はかなりの変わり者で優秀な発明家でした。この視力測定器も度数測定器も父の発明です」
「この機械が正確な視力測定に不可欠なのは知っているぞ。その店にしかない機械だ」
「ええ。しかし、これは機械ではなく魔道具です」
「魔道具だと?」
「そうです。使うためには魔力が必要となります」
その世界は魔法が使える者たちがいるが、使えない者たちもいる。
魔道具は魔法が使えない者たちにとってなくてはならない道具だ。
魔法は基本、貴族が使える。平民は使えない者が多い。
そのため、街ではよく魔道具が使われている。
「魔力が必要な魔道具を平民である店長に使えるものなのか?」
魔道具の多くは魔法が使えない者でも使える様に開発されている。
しかし、魔力が必要な魔道具もある。
例えばライト。
火魔法を利用した夜道を照らすライトはライト子爵の発明品だが、火魔法を少し使わないと光らない。
そのため、ライト専用の火種という魔道具を使うことで誰でも使用できるように改良された。
「私は魔法が使えますから。それに妻も使えます」
「そうなのか!?」
「妻は子爵家の出身ですからね。子供たちも使えますよ」
「確かに、平民でも魔法が使えるものがいるにはいるが………ごく少数なはずだ」
「そのごく少数が私なのですよ」
ジョージは優しく微笑むと
「この視力測定器はライト専用の火種でも使うことができるため、魔力なしでも問題ありません。しかし、レンズはそうはいきません」
「レンズも魔道具なのか?」
「その通りです。レンズには水魔法が必須です。しかも長時間安定して繊細な魔力のコントロールが必要なのです。父の開発した度数の入っていないレンズに水を流し込むことで屈折をつくり処方通りの度数をいれます」
「じゃあグラッシス嬢がレンズを?」
「ええ。マリーは魔力量も多く、細かい作業が得意なため最近はレンズに度数をいれる作業はマリーが1人で行っています」
ジョージは小さく笑った。
「お恥ずかしい話ですが、私はマリーに敵いません。あの子が度数をいれる方が正確なのです」
「そうか………」
「レンズに度数をいれる作業はなかなか大変で、難しい度数になると数時間かかることもあります。お陰さまで店は繁昌していますから、マリーは毎日遅くまで頑張ってくれています」
「そんなに大変な作業なのか」
「集中しないといけませんからね。そんな作業の合間にベデル様の再作レンズを作っていたので、マリーは何日も寝不足なのです。昨日に至ってはほぼ寝ていません」
アーノルドは下を向いた。
「マリーは自分の処方にも自信を持っています。親バカかもしれませんが、確かに正確な処方をします。私よりマリーに検査して欲しいという人もいるくらいです。そんな彼女の自尊心をベデル様は傷つけました。」
ジョージの顔から笑みが消える。
「ベデル様がマリーと話をしたいという気持ちはありがたいのですが、これ以上あの子の負担になるようなことは止めていただきたい。マリーが最初に作ったこのレンズで満足していただけませんか?」
アーノルドは小さく頷いた。
「わかった、レンズはこれでいい」
「これからは私が応対しますので」
アーノルドは唇を噛んだ。
「……言い訳になるが、レンズを作るのにそんなに手間と労力がかかっていることを知らなかったのだ」
「多くの人は知らないでしょうね」
「私はよく仕立て屋で服をオーダーメイドするのだが、何度も手直しをしてもらう。眼鏡もそんな感覚で再作を何度も依頼してしまった」
ジョージは無表情だ。
「衣装は確かに何度も手直しをしますね」
「眼鏡もその感覚だった。彼女の魔力を無駄に使わせているとは思わなかった。本当に………申し訳ない」
アーノルドはジョージに頭を下げた。
「べ、ベデル様、お止めください!平民に貴族が頭を下げるものではありません」
ジョージが慌てる。それでもアーノルドは頭を上げなかった。
「貴方は次期侯爵です。上位貴族の方が平民に頭を下げている姿を誰かに見られたら……」
「それでも、私は自分の非を認められる人間でありたいのだ。店長、グラッシス嬢を呼んできてくれないか?彼女に直接謝罪したい」
アーノルドが頭を上げた。
「マリーはもう貴方に会いたくないと思いますが」
「呼んできてくれるだけでいい。頼む」
「………わかりました。少々お待ちください」
平民が貴族の頼みを断れるわけもないので、ジョージは小さく頷いて、店の奥へ歩いていった。