花見4
「すげぇ………氷魔法初めて見たかも」
バッカスが独り言のように言う。
「氷魔法が使えるものは珍しいからな。夏の野営と時などは重宝されたものだ」
マリーはバッカスにマグカップを渡した。
「ありがとう」
バッカスはそう言うと、よっぽど喉が渇いていたのか一気に飲み干した。
「ふー、冷たくて美味しい!ベデル様、ありがとうございます」
「役に立ててよかった。他の者も冷やしてほしいなら言えばいい」
「俺もアイスコーヒーがいいです」
ショーンが言ったので、マリーはマグカップにホットコーヒーを注いだ。
それにアーノルドが氷を入れてくれる。
「ありがとうございます」
マグカップを受け取ったショーンもごくごくとイッキ飲みしている。
「グラッシス嬢とトリトン嬢も氷が必要か?」
アーノルドに問われてメイは首を振った。
「お心遣い感謝しますが、私はホットにします」
「私もホットで。そんなに暑くありませんので」
「そうか」
「ベデル様はどうしますか?」
マリーに問われてアーノルドは少し思案した後
「私もホットにしようかな」
と答えた。
「コーヒーと紅茶がありますが」
「コーヒーを貰おう」
「わかりました。ブラックでいいですか?」
「構わない」
マリーは手際よくホットコーヒーを注いでアーノルドに手渡した。
「メイは紅茶よね。ミルクと砂糖もあるわよ」
「ありがとう。マリーはなにを飲むの?」
「今日はレモンティーの気分だからレモン持ってきたの」
「わたしもレモンティーにするわ」
「了解」
マリーはもうひとつの保冷ポットから紅茶を注いだ。
メイの紅茶には角砂糖を3つ、マリーの分には角砂糖を1つ入れる。
そしてレモンを添えてメイに渡した。
「いい香りね」
「叔父様からもらった紅茶なの。香りがいいからメイにも飲んで貰いたくて持ってきたのよ」
「ふふ、ありがとう」
「ベデル様がいればアイスが飲めるならなんか得した気分になります」
バッカスが言う。
「確かに夏の野営の時などは他の騎士団から羨ましいがられましたね」
「あら、ショーンが昔話をするなんて珍しい」
「あ……出過ぎた真似を」
ショーンが頭を下げる。
「ふふ、なんで謝るのよ。もっと聞きたいのよ。騎士団の時の話なんて貴重じゃない」
「メイ様がそういうのなら………騎士団では国境付近の警備にあたったり敵が攻めてきたときなどに野営をすることがあります。冬もきついですが、夏の野営は本当にしんどいのです」
「まぁ外は暑いものね」
貴族の部屋には室温を一定に保つ魔道具が備え付けられているのが一般的だ。
氷魔法とライトを利用した装置で夏場は涼しく保たれる。
逆に冬になると火魔法を利用して部屋を暖める仕組みだ。
この国の夏は暑く、40度を越える日もあるため夏になると部屋から出ない貴族もいるらしい。
平民は風魔法を利用した送風機を利用していることが多い。
「そんなときにアーノルド様はテントの周りを氷魔法で覆ってくれるのです。テント内が寝るのにちょうどいい温度になるように設定してくれました。あとは打撲などの怪我を冷やしてくれたり、こんな感じで飲み物に氷をいれてくれたりと本当にお世話になりました」
ショーンが嬉しそうに語る。
その間にマリーはサンドイッチの準備をすることにした。
カータスの分はバスケットに残し、皿などを用意する。
気がついたバッカスが手伝ってくれた。
「氷魔法が使えた騎士団員は私だけだったからな。他の騎士団は風魔法で凌いでいたと聞いたよ」
「アーノルド様の騎士団は本当に過ごしやすかったです。一緒に働けたことは、俺の誇りです」
「ショーンに褒められるとは思わなかったな。あまり会話をした記憶がなかったのだが」
「本当、ショーンが褒めるのを初めて聞いたわよ」
メイが嬉しそうに言う。
「アーノルド様は私の憧れですから!あ、もちろん人として一番尊敬しているのはメイ様です!」
「ありがとう」
2人の雰囲気が護衛騎士と貴族ではないことにアーノルドは気がついたようだ。
「失礼だが、2人の関係を聞いてもいいか?」
アーノルドに言われてショーンがハッとした。
「伝え忘れておりました!俺とメイさまは婚約しております」
「婚約者だったのか。それでその距離感なのだな」
「はい!来年には籍を入れる予定です」
「そうか。結婚式には呼んでくれると嬉しいな」
アーノルドの申し出にショーンもメイも驚いた。
「お呼びしてもよろしいのでしょうか?」
「迷惑でなければ」
「迷惑だなんてとんでもありません」
ショーンが首を振る。
「ベデル様が来てくださるのでしたら、お父様が大喜びすると思います。招待状、お送りしますね」
メイがニッコリと笑った。
向かいに座るショーンの顔が赤くなる。
「楽しみにしてるよ」
そんな会話をしているうちに、サンドイッチや皿のセッティングが終わった。
「美味しそう」
メイのうっとりした声にマリーは笑った。
「メイの好きなサンドイッチばかり作ってきたのよ。自信作ばっかり」
「ありがとう、マリー」
メイだけではなくバッカスもショーンも目が輝いている。
「お腹空いちゃったから早く食べようぜ」
バッカスが言う。
「どうぞ召し上がれ」
マリーの声と共にバッカスとショーンの手が伸びる。
「ちょっと、私が頼んだサンドイッチよ!」
メイも手を伸ばす。
そんな姿にアーノルドは少し驚いているようだ。
「ここには侍女もメイドもいませんので、各自手にとって食べる形なります。ベデル様も好きなものを取ってくださいね」
マリーに言われてアーノルドは自分の一番近くにあったサンドイッチを手にとった。
そのときにはすでにバッカスとショーンがサンドイッチを食べ始めていた。
「やっぱりマリーのサンドイッチは美味しいな!店開けるよこれ」
バッカスが言う。
「眼鏡作ってサンドイッチ作るのはちょっと……大変よ」
「でもお世辞抜きで美味しいわ。また腕をあげたんじゃない?」
「本当に美味しいです」
口々に褒められてマリーは思わずにやけてしまった。
アーノルドはそんなみんなの姿を確認してからサンドイッチを口にした。
そして、
「本当に美味しいな……驚いた」
と呟いた。