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グラッシス眼鏡店2

店がオープンする9時ちょうどに、先ほどレンズの調整が終わった眼鏡の主であるアーノルド・ベデルが来店した。


彼はいつも朝イチに来店する。


「眼鏡は出来てるか?」


マリーを見るなり挨拶もなしにそう言ったアーノルドに笑顔が剥がれそうになるのをグッと堪えた。


背は190センチほどと高く、ベデル侯爵家特有の銀髪をしている。瞳の色は薄い緑色で整った顔をしている。


元々騎士団所属だったこともあり体格がよく、王太子の補佐官にしては筋肉質だ。


きっと王太子の護衛も兼ねているのだろう。


氷の騎士と言われ、女性にモテる男だ。


歳は今年で25歳だったか。


こんな性格の悪い男、顔がよくてもごめんだ………とマリーは心の中で悪態をついた。


「ベデル様、大変お待たせいたしました。出来上がっておりますのでどうぞお掛けください」


張り付いた笑顔を崩さないようにマリーは椅子をひいた。


ベデルはなにも言わずに着席する。


ベデルの前には先ほど完成したばかりの眼鏡が置かれている。


「先日の度数だと見えにくいとのことでしたので、乱視の軸を思いきってかえてあります。そのため最初は違和感があるかもしれません」


マリーは丁寧に説明して眼鏡を渡した。


アーノルドはなにも言わずにその眼鏡を装着する。


確かに眼鏡を掛けるとより冷たい印象になるため、『氷の騎士』という名がついたのも頷ける。


彼は近視と乱視があるため、眼鏡を常用しているのだ。


今は前の眼鏡を掛けているそうだが、来店時はいつも外している。


「うわっ……なんだこの見え方は」


アーノルドは端整な顔を歪めた。


「ベデル様は眼鏡を掛け始めた15歳から変わらず同じ乱視軸のレンズを利用しています。そのため違和感を感じているのでしょう」


マリーが淡々と言うとアーノルドはすぐに眼鏡を外した。


「こんな眼鏡、掛けられない。作り直してくれ」


「軸を変えれば違和感があるのは当たり前です。『今回は』少し掛けていただけませんか?」


マリーはため息をこらえながら、「今回は」という言葉を強調した。


アーノルドのレンズ再作はこれで8回目だ。


最初は近視の度数や乱視の度数、瞳孔間距離などを変えていたが見え方が改善されず仕方なしに軸を変えたのだ。


「今までの眼鏡はこんなに歪んでは見えなかった!これなら最初のやつの方がましではないか」


アーノルドは眉間にシワを寄せている。


「最初の方がまし……ですか」


「そうだ」


アーノルドの口調にマリーの我慢は限界を越えたようだ。


身体が震えている。


「どうした?」


アーノルドが声をかけるとマリーは殺気を隠すことなくアーノルドを睨み付けた。


その瞳の強さに怖じ気ずいたのか、席を立った。


「………平民は貴族の要望は応えて当たり前だという大変崇高な考えをされているベデル様ですが」


「え……?私はそんなこと……」


「過去にも横柄な態度の貴族の方はいらっしゃいました。しかし!ここまでひどい方はベデル様、貴方がはじめてです!」


「な、なにがだ。私は横柄な態度をとったつもりはないぞ」


「何をしても見えないダメだとすぐに私の作った眼鏡をはずすのが横柄じゃないと?どんな教育受けてるんですか」


マリーは睨み付けたまま続ける。


「ベデル様がどう思っているのかは知りませんし、知りたくもありませんが私は処方技術に自信を持っています!見える眼鏡を作っている自負があります!それなのに………1度も家に持ち帰ることなく再作を依頼するのが横柄じゃないとおっしゃるんですか!」


「それは………私は忙しいので何度も店に立ち寄ることが難しいのだ」


「すでにこの眼鏡の再作で8回も足を運ばれていますが?」


「眼鏡の再作だといえば殿下の側を離れやすいのだ。1度掛けてしまえば見え方に違和感があっても『我慢しろ』といわれてしまう可能性がある。その辺を理解してもらいたい」


アーノルドはマリーの怒りに狼狽しながらも反論する。


「別に横柄な態度をとったつもりも君の処方技術を愚弄するつもりもなかったのだ。信じて欲しい」


「8回も再作させておいて愚弄するつもりはない………ですか。わかりました」


マリーはそう言うとなにも言わずにアーノルドに背を向けて店の向こうに歩きだした。


「グラッシス嬢?」


「金輪際、貴方の眼鏡を私が作ることはありません。これからは店長に頼んでください。父なら………1度で処方が決まるみたいですので!!」


「まっ、まってくれ!」


アーノルドの声虚しく、マリーは店の奥に消えてしまった。


「グラッシス嬢……」


呆然と立ち尽くすアーノルドの側にマリーと入れ替わるようにジョージがやってきた。


「娘の怒鳴り声が聞こえましたが………なにかありましたか?」


ジョージが穏やかな笑みを浮かべながら聞くと


「いや………どうやら彼女を怒らせてしまったようなのだ」


「マリーをですか?あの温厚なマリーを怒らせるなんて………お客様ではベデル様が初めてです」


穏やかな口調だが、そこにはアーノルドへの非難が混じっているように聞こえる。


「どうして彼女はあんなに怒っているのだろうか………店長、教えてもらえないか?」


アーノルドの言葉にジョージはなにも言わずにアーノルドの眼鏡のレンズを外し、別なレンズを装着した。


「こちらを掛けてみてもらえませんか?」


そう言われてアーノルドは眼鏡を装着した。


「おお!よく見えるな!」


先ほどと違い、歪みもなく視界がクリアだ。


「このレンズは一番最初にマリーが処方して作製したものです。やはり、最初の処方であっていたのですね」


ジョージの言葉にアーノルドは罰が悪そうな顔をした。


「確かに最初の眼鏡が一番よく見えたよ」


「そうでしょうね。15歳から来店されてだいたい2年毎に作っていただいて今回が5回目の来店ですが………マリーは最初に過去のデータを見て一番なれやすくて見やすい度数を完璧に処方してますからね。見えにくはずありません」


「その通りだ」


「にも関わらず8回も再作され最後に『最初やつがまし』などと言われれば、マリーの今までの苦労はなんだったのかと怒りたくもなりますよ」


アーノルドが黙っているのでジョージは続ける。


「娘に会いたくて、話したくてそのような行動をとっていると薄々私は勘づいていましたが、マリーは全く気がついていません」


「………店長は気づいていたのか」


「ええ。次期侯爵である貴方が平民である娘と会話するためには眼鏡を購入するしかありません。しかしそれだと眼鏡が完成してしまうと接点がなくなります。忙しい貴方が眼鏡を装着すればしばらくは当店に来ることはできないでしょう」


「そこで、眼鏡作製に時間がかかっているということにして、朝のこの時間を王太子殿下からもらっているのでしょう。眼鏡がないと業務に支障がでるため、許可されたというところでしょうか」


「………そうだ。グラッシス嬢と少しでも話がしたくて何度も再作を頼んだ。しかしそれであそこまで怒るものか?」


アーノルドの言われてジョージは少し考えてから


「ベデル様は眼鏡がどのようにして出来るかご存じですか?」


と質問した。


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