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5.初めての外出

三年ぶりの太陽はまぶしかった。


山肌に沿って吹き上げる風が心地よい。


山肌に張り付く木造の建物。煙突から伸びる煙。


そう。ドワーフの家は木造だった。控え目にいって異世界らしくない。もっと言えば日本の温泉街そっくりだった。


「これが外・・・」


「なにせ初めてみるのだからな。見ろっ。これが空だっ。高かろう。無限に続いているんだ。どんなに高いところに上っても手は届かない―」


ロマネは何故か自慢げにまくしたてる。太陽も空も街並みすらも、前世で見慣れたものだった。既視感しかない。


だが俺は。確かに外に踏み出した。転生してこのかた洞窟に引きこもっていたこの俺が。


「―あのとてつもなく明るいのが太陽だ。いいか、絶対に直視するなよ。目が焼かれるからなっ。あれがすべての大地を照らし―」


ロマネはずっと何かを喋っている。不意に視線が釘付けになる。ドワーフから頭一つ飛びぬけた巨躯。髪の隙間から、狐のように上に伸びて毛に覆われた耳。


「―どうだっ。すごいだろうっ!」

「すごいです・・・」


獣人だ。獣人がいる!


「ふむ。さて。ドワーフ鉱街にきたら食べないわけにはいかない名物がある。どうせハクシュウは食べさせてないだろう。内部のやつらはキノコしか食わんからな。よく飽きもしないもんだ」


「・・・はぁ」


猿のように長い尻尾がフリフリフリフリ・・・あれって思い通り動かせるのか。物を掴めたりするのだろうか。


「というわけで私が奢ってやろう。食べたことない食感だぞ。食べたいだろう?」

「・・・食べたいです」

「世界一野蛮な食べ物なんだ。毎年何人も死者が出る」

「え」


さすがに聞き流せない。気づいたらヤバイものを食べる流れになっている。


「ハンマーで叩きまくって作られるんだ。作り方まで野蛮ときてる。怖気づくなよ」


ロマネは形の良い唇をニーっと広げた。



※※※※※



「みたらし団子とあんこを。いくらだ?」

「みたらしが80メガ、あんこが90メガだよ」


ずっこけそうになる。世界一野蛮な食べ物って餅かよ。確かに毎年死人が出るけど。ハンマーというか杵で叩きまくって作るけれども。


「じゃあ2本ずつで」

「はいよっ。これお釣りね」


そういって見知らぬドワーフは40(・・)メガを手渡してくる。ロマネは気にすることなく受け取る。


「・・・お釣り間違ってますよ。60メガですよね。400メガ渡したんだから」


思わず口を出す。見知らぬドワーフ相手だったが、すんなりと言葉が出た。


「おおっ。わりぃわりぃ。間違えちまった」


屈託のない笑顔でもう20メガを突き出してくる。ロマネは渋い顔をして受け取った。


二人で行儀悪く歩き食べする。もっとも、ドワーフは誰も気にしない。歩きながら、陶器のジョッキでラッパ飲みしている者すらいる。おそらく中身は酒だろう。


「イチローは算術が得意なんだな。驚いたぞ」


「別に普通ですよ」


算術と言われても困る。単なる引き算だ。


「もちろん私もすぐに気づいたがなっ。だが数が多いと少し時間がかかるからなっ。普通は」


ロマネがろくにこちらを見ずに言い捨てる。


「それよりっ。どこか見たい店とかあるか?ここはなんでもあるぞ。饅頭とか焼き芋とか・・・」


甘いものばかりが羅列する。


俺はなんとなくロマネの背負っている木箱に目をやる。背負い(しょい)蜂の巣が入った重い木箱。それを細い紐で肩に背負っている。擦れていかにも痛そうだ。


ランドセルのように、肩ベルトを革で幅広に作れば幾分マシになりそうだ。


「切り革を扱った店はないですかね」


「切り革かー・・・さすがハクシュウの弟子だなぁ」


美しいエルフは、眉をハの字に曲げて笑った。



※※※※※



ツンとした、革の匂いが鼻をつく。巻物のように巻かれた切り革が、所狭しと棚に詰められている。


質感も、色合いも様々だが、どこか規則的に陳列されている。居心地がよい店だった。


棚の上の壁に、漆黒の革が張りつけられている。異様な存在感。蛇革に似ている。だがあり得ないほど巨大な鱗。


・・・ドラゴン革と書いてある。この世界にドラゴンがいるのは聞いていたが。実際に革を目にするとあらためて異世界なんだと実感する。


ちなみにお値段5テラ。みたらし団子6万個分。買えるわけがない。


「エルフか?ここは革素材屋だぞ。出来合いのものが欲しけりゃほかの店に行きな」

「むっ。私はただの付き添いだ。こいつが素材を探してるんだ」

「・・・変な組み合わせだな。ボウズ。何が欲しいんだ」

「えーっと、通気性のよい丈夫な革が欲しいんですけど・・・」

「何を作るんだ?」

「えーっと、その。ロマネさん、ちょっと外出ていてもらえますか?」

「なんだ?ドワーフの秘密ってやつか?お前らドワーフは鍛冶のことになるとほんとに口が堅いからな・・・」


ロマネは何やら納得して素直に外に出る。


「それで?」

「背嚢の紐の部分を革で作りたいんですよ」

「背嚢の紐を?紐のままじゃだめなのか?」

「重い背嚢だと肩が痛くなるじゃないですか」

「背嚢ってそういうもんだろうが」

「でも紐の部分を幅の広い革ベルトにしたら痛くなるなるかなって」

「ふーん。そりゃいい考えかもな」


ドワーフの店主は、ちらっと外にいるロマネの背嚢に目をやる。


「それなら豚革がいいかもな。毛穴が空いてるから通気性がいいし、摩擦につよい」


そういって店主は、棚から一巻の革を取り出す。艶のあるアメ色で、不思議な透明感がある。ロマネの美しい銀髪に、よく映えそうだ。


「これ・・・いくらですか?」


「5ギガだな」


うぐっ。手持ちは3ギガしかない。なにせ俺は3歳児。師父から少しずつもらったお小遣いしか自由になる金がない。固まっている俺に、店主が声をかける。


「いっとくけど適正価格だぞ」

「ですよね・・・」


火酒が一杯300メガ。5ギガ、つまり5000メガの豚革がそこまで高いわけではないだろう。なによりこの店主が人を騙すようには思えない。さりとてロマネに借りるのは何かが違う。


「・・・お前いまいくら持ってるんだ」

「3・・・ギガです」

「チッ・・・じゃあ3ギガにしてやるよ」

「えっ・・・」

「大損だよコノヤロー。でも背嚢の紐を肩ベルトにするのは面白い。流行ったらもっと革が売れるかもな」

「ありがとうございますっ!」

「半端なもん作るなよ」

「はいっ!」


きっといいものを作ろう。他の人が真似したくなるくらいに。



※※※※※



その後も散々買い食いをした。ロマネはその細い体のどこに入るのかというくらいよく食べた。日が少し傾いてきた。歩き疲れて足も少し痛い。ロマネも痛そうに肩をさすっている。


「それで、結局師父にはなんて説明して外に出る許可をもらったんですか?」

「あー。傷の治療に必要だと説明してな。洞窟の中じゃ暗くてうまく治療できないとかなんとか理屈をつけたさ。まっ、ほんとは私ほどになればまっ暗でも治療できるんだがなっ」

「よく師父が納得しましたね・・・」

「私はこうみえて七賢人だぞ?私の迫真の演技にハクシュウもコロッと騙されたさ」


怪しい。あの師父がロマネの嘘に騙されるとはとても思えない。この程度の嘘で師父を出し抜けるなら、俺はとっくに脱走を果たしていたはずだ。ロマネはたしかに知識はすごいけど、賢いかと言われるとなんとも言えない。なんというか、ネットで得た知識をひけらかしている子供のように見えるときがある。


「師父は他には何か言っていませんでした?」

「うん?ああ、お前が逃げ出さないように責任をもって見張ってくれと言われたな。ま、あなたと一緒ならイチローも逃げ出すことはないでしょう、とも言っていたがな」

「あー」


なんか色々見透かされているな。師父恐るべし。


「当然だ。エルフ七賢人が一人、ロマネ・コンティ。イチローごとき取り逃がすわけがない。わかるよな?でも面倒だから逃げ出したりするなよ?」

「うぃ」


面倒なので適当に相槌をうっておく。相槌の技術は師父の折り紙付きである。


「まぁでも、ちょうどいい頃合いなのは確かだな。傷をみて、治りがよさそうなら縫い閉じよう。手を出しな」


とって付けたように言うロマネ。黄色いスライムが張り付いたままの右手を差し出す。


するとスライムが身動ぎし、傷からどいた。傷は未だぱっくりと開いている。ロマネがぐいと開くと、筋肉が露出しているのが見て取れた。金属製の骨はもうすっかり覆われていて見えなくなっている。


「ふーむ。だいぶ良さそうだな。指動かしてみろ」


言われた通り指を曲げ伸ばしすると、連動して傷口の奥の筋肉も動いた。


「よしっ、いいだろう。縫うか。ホイミン、麻酔」


スライムが再び傷を覆う。麻酔独特のジンワリした感覚が腕に広がる。このスライムすごい。


「ホイミンって呼んでるんですね」

「ホイミスライムだからホイミンだ。いい名前だろ?」

「うぃ」


安直すぎる。あと粘菌みたいなグロい見た目に可愛い名前が似合ってなさすぎる。だが決して顔には出さず相槌スキルで乗り切る。


「さて、そろそろ効いてきたかな?縫うけど痛かったら反対の手をあげるんだぞ?」


なんだか歯医者みたいなことを言う。


ロマネは手際よく・・・いや、素早く・・・いや、正直いって雑に縫い合わせていく。前世が医学生の俺からすると、きちんと層が合ってない。これだと痕が残ってしまうだろう。


だが、それでいいのかもしれない。傷が治るのは嬉しいが、それによってロマネとの繋がりが薄まるのが怖かった。


「よし、終わったぞ」


至近距離で、すみれ色の瞳と目が合う。艶のある銀髪が風に揺れる。金木犀のようなロマネの匂いが、ふわりと香る。


そっと視線を落とし、手を開き、閉じる。ドワーフの骨は鉄でできている。


ではこの心は。風になびく銀髪に抱く淡い思いは。何によってつくられているのだろう。

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