4.エルフとの日常
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何故こんなに眠いのだろう。霞がかかった覚醒と、深い眠りを繰り返していた。
ノックの音がする。答えずにいると、例のエルフ、ロマネ・コンティが入ってきた。
「ん、起きたか。傷の治りかけは眠かろう」
ロマネは手に葉のついた枝を持っており、驚くべきことにその葉が光っていた。
「その・・・それは・・・?」
「ん?どうした?」
「いやその・・・葉っぱが光ってる木はなんですか?」
「ん・・・?灯樹がどうかしたか?」
「ともしぎ・・・?」
「寝ぼけているな」
「なんで葉っぱが光っているんですか?」
「なんでって・・・灯樹だからとしか・・・」
「ともしぎ、ってのは葉が光るんですね」
そういえば。ここは異世界だった。目の前にいるのはエルフだし。
「まさか灯樹を知らんのか?そこらじゅうに生えているだろうが。まぁお前らドワーフには不要なのか?よくこんな星ゴケの明かりだけの洞窟で生活できるもんだよ」
「はぁ・・・」
「こんなもん外にいくらでも・・・ってまさかお前外に出たことないのか?」
「ドワーフは20歳になるまで洞窟を出られないんです」
俺は不満たっぷりにそう答えた。精神が未熟な若いドワーフは、外に出ると悪い魔法使いに捕まって帰ってこれなくなるという。
そんなわけあるかい。どこのどいつがこんなヒゲもじゃゴリマッチョを誘拐するというのだ。幼稚園児にだってもう少し手の込んだ嘘を教えるぞ。
とはいえ、若いドワーフたちはみなこの話をみんな信じ込んでいるし、なんなら教える側の大人ドワーフたちも真剣そのものだった。俺が脱走を企てるたびに、師匠のハクシュウが目ざとく見つけ出し連れ戻される。
「はぁ?みたとこもう成人しているだろう。ハクシュウはどこまで過保護なんだ・・・いや待てよ。お前歳はいくつだ?」
歳。精神的には、前世24年に今世3年の合計27歳だ。しかし前世の話をするのは色々とまずい予感がして、誰にもそれを伝えていない。俺は仕方なしに今世での年齢を答えることにした。
「・・・3・・・歳です・・・」
目を見開いて硬直するロマネ。だが次第に小鼻をヒクヒクとさせはじめ、ついには噴き出した。
「うはははははっ!3歳?!3歳か!他種族の歳は分かりづらいと思っていたが、こんな髭面の3歳がいるとはな!生まれたばかりではないか!そうかそうか。スライムも灯樹も知らぬのは無理もない。なんだなんだ。そうか3歳かー」
何がそんなに嬉しいのか、エルフは上機嫌で急に砕けた口調になってバンバンと背中をたたいてくる。なんだか小ばかにされているのに、絶世の美少女?とスキンシップをとっているという嬉しさが勝つ。
「私はこう見えてエルフ七賢人が一人、ロマネ・コンティ。偉大なる魔法使い。分からないことはなんでも聞きなさい」
とロマネはあまりない胸を張る。
「魔法使い!魔法使いなんですか??」
存在すると聞いてはいた。でもドワーフは誰も魔法を使えなかった。それどころか魔法を毛嫌いしているフシがある。
見てみたい!3年間地味な生活を送っていたが、葉が光る木といい魔法といい、ここにきて急に異世界要素てんこ盛りである。
「そうとも。しかも私はエルフ一のマナを誇る大魔法使いなのだ。例えばほら」
ロマネが人差し指をたてると、蜂が数匹飛んできて、空中に8の字を描くように飛行する。
「これは・・・?」
「背負い蜂だ。この子たちに刺されたら、獣人でも数秒で卒倒するぞ。この子たちを自在に操る魔法だ」
「おお・・・」
すごい。すごいっちゃあすごい。この前ブンブンいってたのはこれか。でもなんかギリギリ前世でもなんとかなりそうな範疇である。俺が求めていたのはもっとファンタジー的なサムシングなのだ。
「魔法で火とか水も出せるんですか?」
「む。そーゆーのは人間の魔法使いだな。火を操ったり光を操ったり。ま、奴らは単純な魔法しか使えんがな」
「・・・エルフにはできないんですか?」
「エルフの魔法の方が遥かに便利なんだよ!この背負い蜂だって、あの背嚢に巣が入っていてな。いつでも持ち歩いて寝ているときも身を守れる。あと蜂蜜を分けてもらうこともできるんだぞ!」
なんだかプリプリ怒っている。すっごく可愛い。
「それはすごい」
「そうだろう。人間の魔法使いは杖を握ってないと魔法が使えないし、寝込みを襲われたらどうしようもない」
「エルフの方がすごいんですね」
「そうとも!人間の魔法使いなど恐るに足らん!」
アゴを突き出して得意げだ。可愛い。
何歳なんだろう?美少女にしか見えないが、七賢人とか言ってるし、師匠のハクシュウを呼び捨てにしているのも気になる。師匠より歳上だとしたら、100歳オーバーの完全なるロリババァである。
「・・・人間の魔法使いとエルフは仲が悪いんですか?」
「人間と仲が良い種族などいるはずがなかろうに。というか人間をもっとも嫌っている種族はお前たちドワーフだぞ」
「そうなんですか・・・」
元人間としては複雑な気分だ。
「外に出ても人間に近づくなと教えられなかったか?まぁお前は外に出ないから関係ないか」
「なんでドワーフは人間に近づいちゃいけないんですか?」
「そこらへんの人間ならなんにも問題はないんだがな。貴族や王族の魔法使いの中でもとりわけ魔力が高い人間」
「ロマネ殿。イチローは未だ若輩者。そのような事柄は、私がおいおい教えますゆえ」
いつの間にか部屋に入ってきた師匠が、ロマネの言葉を遮った。
「・・・私の言葉を遮るのはお前くらいだぞ、ハクシュウ。誰も彼も私の言葉を乞い願うというのに」
「確かにあなたはなんでも知っていらっしゃる。だが知識の深さと思慮の深さはときに異なります」
「なっ・・・」
すみれ色の眼を見開いて反論しようとしたが、師父のいつになく厳しい顔にすぐ口をつぐんだ。
「まぁよい。もう完全に熱は引いたようだ。今日から食事を許可する。最初は消化の良いものしておけよ。食後にアモキシシリンの実を一粒ずつ飲むのだぞ。これは熱がさがっても飲み終わるまで続けること」
「あなたは真に医学を識っていらっしゃいます。頼りにしております」
ハクシュウがうやうやしく言った。
「ふん。また、たまには様子を見に来る」
そういって美麗のエルフは、肩で風斬り部屋を去った。
※※※※※
勢いのよいノック。返事をするまえにすぐに扉が開く。ロマネだった。たまに、といったのに毎日来る。
洪水のように外の世界の知識を吐き出し、そのたびに俺が目を白黒させるのを面白がった。
「イチロー。だいぶ傷もよくなった。いくぞ」
ロマネはクイと顎でドアを指した。
「いくぞ、ってどこへ・・・?」
「いいから」
この人はいつも強引だ。訳も分からずついていく。灯樹に照らされた、銀糸の髪が揺れている。
やや冷えた空気の流れを感じる。生暖かい洞窟から、外に向かっているのだと分かる。自然と、歩みが遅くなる。
「ん・・・?どうした?」
「これは外に向かっているのでは・・・?」
「なんだ、気づいたか。驚かせようと思ったのに」
ロマネがいたずらっぽく笑う。
「師匠に怒られます、というか力ずくで止められます」
「ふふん、ちゃんとハクシュウには許可をとったのだ」
・・・まじか!いやでもなぜ許可が出る?俺が脱出を試み、止められた回数は10回や20回じゃきかない。それほど掟は厳格なのだ。
「嬉しくないのか?あんなに外に出たがってたくせに」
「嬉しいです。いやでもほんとに・・・」
「いいから来いっ」
すみれ色の目。少し意地悪そうに細めている。粉雪をまぶしたような純白の睫毛。なめらかな頬。振り返ってこちらを見つめる横顔は、息をのむほど美しい。
俺は、吸い寄せられるように歩き始めた。
分かったこと:灯樹は自動イルミネーション。アモキシシリンの実はオレンジ味。