2.ドワーフの非日常
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転生して早3年。俺はイケメン異世界ライフを謳歌して・・・いなかった。
俺が生まれたドワーフという種族は、20歳になるまでこの薄暗いドワーフ鉱から出てはいけないという掟があったのだ。そしてドワーフ鉱には髭面ゴリマッチョなドワーフしかいない。女気ゼロ。控え目にいって地獄です。
かくいう俺も今や立派な髭面ゴリマッチョの一員。転生した時はあんなにお肌ツルツルのイケメンだったのに・・・
ドワーフの社会では決して髭を剃ることは許されない。ドワーフは生涯を通じて髭を剃ることはせず、年齢とともに複雑に編み込んでいく。編み込みが複雑であればあるほど高齢で、尊敬される。ドワーフにとって髭を剃るのは鼻をそぎ落とすくらいあり得ない行為なのだ。
そして毎日課される鍛練という名の坑道掘り。ツルハシで岩壁を砕き、岩の欠片をカゴにいれ、背負って運び出す。ドワーフたちの工業力ならばリアカーくらい簡単に作れるはずだが、鍛練のためなのかわざとすべての工程を人力で行っている。これによりドワーフたちが住み着く洞窟は迷宮のように広がり、ドワーフたちは日々ムキムキになっていく。
俺は何かにつけてサボっているので、脱げばすごいくらいのマッチョで済んでいるが、周りのドワーフたちは遠目から見ても分かる筋肉ダルマばかりだ。
こんなはずじゃなかった。顔面チートで異世界無双!なはずだったのに。
俺が脱出やひげ剃りを目論む度に、なぜかそれを察して止めてくるのが目の前にいる師匠のハクシュウだった。
最初から大人の姿で生まれてくるドワーフの世界では師匠が父親にあたり、弟子が子供だ。つまりハクシュウはこの世界での俺の父親にあたる。
ドワーフにしては柔和な顔つきだが、その観察眼は侮れない。
「こらイチロー、相槌が甘くなっているよ」
「あ、はい」
「何か考えごとをしていたね。火の粉が荒れている」
相変わらず鋭い。俺と師匠はまさに刀を鍛錬している最中だった。刀鍛冶はもちろん、ドワーフにとって大切な産業だ。
改めて意識を集中し、手に持つ鎚を振りおろす。
明く光る鉄。叩く。音が響く。叩く。火の粉舞う。叩く。
叩く。叩く。叩く。
折り返され、叩き鍛えるほど純度が高まる。硬くもろい鋼が、いつしか粘りのあるドワーフ鋼へと変わる。
ドワーフの作る剣は、折れず、曲がらず、よく切れる。
様々な鋼を組み合わせ、この相矛盾する性質をもたせる。ドワーフの秘技である。
どれほどそうしていただろうか。不純物を吐き出しきった赤く光る鋼が、煌々と熱を発している。
師匠が槌を止めた。
「うん。イチローもだいぶ相槌がうまくなったね。たまに集中が切れるけど・・・あと50年もするば一人前になれそうだ」
「ありがとうございます」
師匠ハクシュウ。ドワーフ随一の刀匠。彼に鍛錬を褒められるのは名誉なことだ。ドワーフの寿命は約200年だから、50年で一人前の刀匠になるのはまずまずと言える。
俺は刀の鍛練は真面目に取り組んでいた。やっぱり手に職は大事だと思う。いくらイケメンでもニートがモテるわけないしね。
俺には成人になった瞬間ドワーフ抗から出ていって、このイケメンフェイスでナンパして彼女を作るという大いなる野望がある。そのためには50年どころか20年で一人前の刀匠にならねば。
「鋼の鍛錬は申し分ないよ。体の鍛練の方もその調子だと助かるんだけれども」
「えー、それはそのー・・・」
「イチローは根が真面目だからね。しっかり体を鍛えれば、イチローにもいつかきっと気骨が宿るはずだよ」
「いやー、その気骨ってのが・・・いまいち分からないんですよね」
ドワーフの骨は鉄でできている。鍛練を繰り返せば、いつしか気骨が宿る。気骨の宿った腕は、大岩すら打ち砕く。
ドワーフたちはそう妄信し、ひたすらに体の鍛練をする。
前世が医学生の俺から言わせていただくと、骨は断じて鉄でできていないし、腕力は筋肉量に比例するにすぎない。
「もちろん気骨が宿るのはごく少数の本当に優れたドワーフだけだけどね。そうでなくても・・・より重いものを持ち上げられるドワーフがより偉いのだ」
師匠は自嘲気味に笑った。ドワーフ随一の刀匠でありながら、その地位は決して高くない。彼が比較的非力だからだ。
「・・・鍛練します」
筋肉ダルマにならない程度にほどほどに。心のなかでそう付け加えると、それを見透かした師匠が苦笑する。
「困った子だなぁ・・・明日は総大師匠オルメガの演舞がある。それを見れば、気骨を得ることがいかに素晴らしいことか分かるだろう」
「はぁ。分かりました」
総大師匠とやらに会ったことはないが、どうせ筋肉ダルマがパワーに任せて物を破壊する系のパフォーマンスに違いない。この三年間でドワーフたちの趣味嗜好は嫌というほど見てきている。嫌そうな顔をしている俺を見て、師匠はいつもの困ったような笑みを浮かべた。
※※※※※
予想に反して、総大師匠オルメガはかなりの細身で高齢だった。
もちろん筋肉質ではあるのだが、常識の範囲内。鍛練をサボっている俺よりもさらに細い。ヒゲにも白いものが混じり、髭面マッチョのドワーフたちの中では完全に浮いていた。
握るのは、鎚頭が一抱えもある巨大な戦鎚。この老ドワーフ自身よりも重量がありそうだ。
相対するのは、どうやって運び込んだか、小山のような鉄鉱石の岩がひとつ。
状況から察するに戦鎚でこの岩を割るつもりだろうが、そもそもオルメガに戦鎚が持ち上げられるかも疑わしい。鎚頭に近いところをもって、バーベルのように両手で引き上げればなんとか持ち上がるだろうが、通常の鎚のように柄をもって持ち上げるのは絶対に不可能。
だが周囲のドワーフたちの熱狂は、期待をはらんで膨らんでいく。
なんなんだ。何を期待しているんだ。ドワーフたちの趣味嗜好は知ってる。小綺麗な演舞とかでは絶対に盛り上がらない。一番重い物を持ち上げられるドワーフが一番偉い。このクッソ頭悪い考えこそがドワーフの性。
束の間。オルメガは、ホウキを持ち上げるが如く巨大な戦鎚を無造作に持ち上げた。
天高くそびえる巨大な戦鎚。
時間が止まったように。
歓声がピタリの止む。
あり得ない。老人の表情には余裕すら浮かぶ。腕はさして力を入れていないかのうように見える。まさかあの戦鎚はハリボテなのか?
オルメガは持ち上げたときと同じように、何気ない様子で戦鎚を振り下ろした。
刹那。体が浮くような衝撃が地面から伝わる。凄まじい打撃音。ひしゃげるように割れる岩。突き刺さる戦鎚。
粉砕されたツブテがいくつも体にあたるが、誰もその場を動けない。
そこからは。
乱打だった。戦鎚が振るわれるたび風が起き、肌を撫でる。すさまじい衝撃、足の裏からジンジンと伝わる。耳がおかしくなるほどの破壊音。
オルメガが戦鎚を止めたとき、鉄鉱石の岩は砂利の山と化していた。
しばし間をあけ、徐々にわき起こる熱狂と喝采。洞窟に地鳴りのようにこだまする。
「これが・・・気骨」
もっと抽象的な何かだと思っていた。だがそれは、もっと具体的な"力"だった。俺は初めて、地球とは異なる"異世界"に転生したことを思い知った。
「ひょっひょっひょっ。ハクシュウのところのボウズもようやく鍛練する気になったのかの」
総大師匠オルメガが戦鎚を持ったままヒタヒタと近づいてくる。得も言われぬ圧を感じ、後退りそうになる。
「貴重なものを見せていただき、ありがとうございました」
「貴重なものか!お主だってドワーフじゃろう。ドワーフの骨は鉄でできている。肉を動かそうとするのではない。ドワーフの所以たる、鉄の骨を動かそうとすればだれでも気骨を使える」
「骨を・・・動かす・・・?」
「そう。骨こそが要じゃ。もっと言えば、骨と骨を繋ぐ関節を動かすのじゃ」
「関節を・・・動かす・・・」
「その通り。ほれ。やってみい」
オルメガがおもむろに戦鎚を差し出す。柄を握る。オルメガが手を離す。支えることなど叶わず、鎚頭が勢いよく地に刺さる。
「ひょっひょっひょっひょっ。修行が足らんのぉ」
「関節を・・・動かす・・・」
筋肉ではない。骨を動かす。鋼でできた。肝となるのは関節。
ふいに胸が熱を帯びる。煌々と赤く光る錬鉄のように。圧倒的な熱量。熱い!!
なぜだろう。何をすればいいか分かっている。この熱を、右腕に。否。右腕の骨に、関節に伝える。熱い!熱い!熱い!
戦鎚を握り込む。この熱さのままに。持ち上げろ!!
戦鎚がうなりを上げて持ち上がり・・・そしてその勢いのまま弧を描いて反対側の地面に突き刺さった。
爆発音。砂埃。目を剥くオルメガ。
最初にオルメガが戦鎚を持ち上げたときのように、誰も何も言わず静寂が広がる。
砂埃がおさまると。
戦鎚の柄と、俺の腕がネジ曲がっていた。
肉がさけ、その隙間から金属にしか見えない鈍色の骨が覗いている。
「鉄の骨、って・・・例えじゃなかったのかよ・・・」
「イチロー!!!」
師匠が駆け寄ってくる。遅れてやってきた激痛に、俺の意識はあっという間に流された。
分かったこと:ドワーフの骨はマジで鉄でできている。そしてとんでもないパワーを秘めている。