1.イケメンドワーフへ転生
頭スッカラカンにして読んでいただければ嬉しいです。
駅のホームで、学生証を取り出ししげしげと見る。恵比寿伊知郎という小難しい名前の横に、度を越した不細工がうつっている。頭は禿げ散らかし、肌はデコボコ、目は柿の種みたいに小さくて鼻はぶっとい。
OK大学医学部医学科。私立医学部の最難関。誇らしかったはずのその肩書。いまやそれが憎らしい。
あり得るだろうか。大学附属病院が、自大学出身者の、しかも主席の採用を断るなんて。
思わず学生証を線路に投げ捨てたくなる。が、思いとどまる。今OK大学の医学生という肩書を手放したら、俺はただの野生の不細工になってしまう。
ま、春からは立派な無職になることが確定したわけだが。医師免許を持った無職。前代未聞。空前絶後。
思えば俺は、人生で面接というものを通過したことがない。まるごとバナナにバナナをのっける工場バイトですら落ちた。
不可能を可能にする奇跡の不細工。自覚はあった。だからこそ手に職を。そう思って必死に医学部に滑り込んだ。OK大学は医学部ではめずらしく入試に面接がなかった。
あとは金を貯めて全身整形するだけ。上向きかけた我が人生。油断だろうか。人手不足の田舎病院を受けまくったが、軒並み落ちた。ここまでは読めていた。
でもさすがになぁ。流石に自大学の附属病院に採用を断られるとは思わなんだ。超絶ブラックの労働環境で、例年通り定員割れしてるのにさぁ。
ふぅぅぅぅっ
深くため息をつく。周囲の人が、距離をとるように少し離れる。俺の吐息は毒ガスか。
目の前の線路を睨む。今ホームから飛び降りたら、楽になれるだろうか。あるいは流行りの小説のように、転生できないか。
突然美しい女神が現れて。めぐまれなかった俺の人生を哀れんで。素晴らしい能力を与えて。そうして第2の人生を歩みだす。ここではない遠いどこかで。
そこまで妄想して、俺は小さく首を振る。俺の顔面は半端じゃない。慈悲深い女神でも助走つけてブン殴るレベル。来世にも期待しないほうがいい。
到着した電車に乗り込んで、座席に座る。知ってるかい?不細工が座ると誰も隣に座らないんだぜ。だから電車ではいつもゆったり座れる。不細工に生まれてよかった。ハハ。
足元をヒーターであぶられると、即座にまぶたが垂れ下がる。今日はいろいろなことがありすぎた。
俺はすべての不幸から目を背けるように。深く深く目を閉じた。
※※※※※
寝過ごした!クワと目を開ける。
そしてそのまま硬直する。
なぜって、腰まで伸ばした髭面の男たちが覗き込んでいるのだ。しかも全員ボディビルダーのような凄まじい体つき。
なにこれ。どういうこと?
オーケー。まずは状況を整理しよう。まず俺は電車の中で居眠りをして、目を覚ましたら・・・
そこまで考えたところで、ひんやりとした空気が太ももを撫でた。視線を下げると、つるっととした太ももが見えた。服は何も着ていない。
オーケー。だいたい把握できた。まず俺は電車の中で居眠りをして、目を覚ましたら全裸で横たわっていた。そして物凄い髭面マッチョたちに囲まれている。
だめだサッパリわからん!
ゲイビデオ撮影のために拉致されたとか!?だとしたらマニアックがすぎる。俺は男女ともから顔をしかめられるグローバル不細工なのだ。
そう。俺は不細工。頭のてっぺんからつま先まであますことなく・・・
あれ?
さっき視界にうつった俺の足の様子がおかしかったような・・・
豚のように太く。アトピーでひび割れ。黒光りしたすね毛がひしめいていた俺の足が。
つるっと滑らか。だったような。
周囲の髭面マッチョのことなど意識から追いやり、なんとか上体を起こして足を見る。体が妙に重い。
だが自分の足を視界に入れると、体の重さなど一瞬で気にならなくなった。なめらかで真っ白な肌。一切の贅肉がなく、筋肉の走行がありありと見える。まるでギリシャ彫刻。
今度は手を持ち上げて視界に入れる。ピアノでも弾きだしそうに細く、しかし力強い手が自分の意志の通りに動く。これが俺の手足・・・?
オーケー。今度こそ状況を理解した。
転生だ。
間違いない。誘拐されて全身整形されたという可能性もなくはないが、そんなことする動機がない。それに顔の造形は変えられても骨格や皮膚を変えるのはかなり難しい。自称美容整形に世界一詳しい医学生の俺が言うんだから間違いない。
・・・だとしたら顔は?!顔はどうなった?!
鏡はないか?!周囲を見渡す。
ゴリマッチョ、ゴリマッチョ、ゴリマッチョ。周囲はヒゲもじゃゴリマッチョだらけ。だが俺は目ざとくゴリマッチョたちの背後にピカピカと銀色に輝く巨大な機械を見つけた。これなら顔がうつりそうだ。
なんとかして立ち上がる。本当に体が重い。転生したては筋力が足らないのだろうか。ゴリマッチョをかき分けて、ヨロヨロと機械に近づく。
「危うし。汝は尚、偉大なる母より生まれたばかりなれば」
ゴリマッチョの一人がなにやら言って止めようとしてくる。だがそんなことで俺のパッションは止まらない。無理やり振り払って機械に駆け寄る。鏡のような表面に顔がうつりこむ。
「あぁ」
美しい。
まっすぐな眉。長いまつ毛に縁どられた二重瞼。通った鼻筋にすっきりした唇。そのすべてが完璧なまでに左右対称。
涙が。溢れる。
女神様。ありがとう。俺にチートをありがとう。このチートがあれば何でもできる。もう面接で落ちることもない。他人とまともに話せる。小学校でイチロー菌が流行ることもない。転生バンザイ。
「聞こゆるか?抑また言葉が通じざらんや」
ヒゲもじゃゴリマッチョの一人が声をかけてきてようやく現実に引き戻される。
あらためてゴリマッチョたちを眺める。なんだろうねこの人たちは。身長こそ高くないが腕・足・胸・首が異常に太い。そして地面にこすりそうなほど長いヒゲ。複雑に編み込まれ、シーグラスみたいなガラスの飾りが散りばめている。
これはいわゆるドワーフというやつ・・・?しかし実写でみると重量上げの世界チャンピオンみたいな圧倒的な威圧感。とにかく早く返事をせねば。
「あー、いや、その。言葉?は分かるような分からないような・・・そもそも今の状況がいまいち分からなくて」
すると髭面マッチョたちはいっせいに顔を見合わせる。ん?俺なんかまずいこと言った?
「おお、これは善かりけり。これより早く、大母より離れよ。生まれしばかりの汝、ドワーフが大母に穢れを入れん事あらん恐るべし。さぁ、こなたに往かむ」
あっ、この髭面マッチョ、いまドワーフって言ったぞ。なんだか古文みたいでよく意味が分からないが、確かにそう聞き取れた。なんだかマニアックな設定の異世界だな。
そんなことを思いながら、俺はドワーフに手を引かれるままに、巨大な機械のもとを離れていく。
こうして俺の華麗なるイケメン転生は幕を開けたのであった。