その殺人を止めてください。
面白いかどうかはともかく思いついたので書いてみました。
「お願いです! 私の大切な人が殺されそうなんです!」
とある朝。
僕の自宅に一人の女性がノックもなしにやってきた。
知らない女性だ。
だけど、この女性がどういう方なのかを僕は知っている。
一応僕の名誉のために言っておくと、僕は彼女のストーカーじゃない。
同じような方が何人も僕を訪ねに来るから、さすがに台詞だけで分かるのだ。
「あなたなら彼を助けられるかもしれないと聞いて来ました! どうか、どうか、あなたの力で彼を救ってください!」
そしてそんな僕は、彼女の悲痛な願いを無視する事はできなかった。
なぜならば彼女は僕と同じ種類の人間であろうから。ここに来る以上は。
「…………分かりました」
僕がこの女性に手を貸すのは。
これから先のこの国に多少の影響を与えてしまいかねない事柄だ。
だけど僕はそれを踏まえた上で彼女に手を貸そう。
「僕の使える手を全て使って……彼を救ってみせます」
なぜなら、僕は――。
※
「ふぅ。長かった。ようやくアイツを殺せる」
私は自分の仕事場の一角で安堵の溜め息をついた。
もう長いこと、この仕事を続けてきた。
そしてその仕事がついに山場を迎えようとしている。
失敗だけは絶対に許されない。
もしもここで彼を殺さなかったら、これまで大勢の仲間達と一緒にこなしてきた全てが、というか私達が関わっている業界が大いに狂いかねない。
なので私は、殺す対象である彼の、これまでの頑張りに敬意を払いつつも。
その頑張りに見合う、最高に華々しい散り様を、仲間達と一緒に慎重に考え彼に与えねばならない。
「もったいないヤツだったけどなぁ。でもよ、お前が死ななきゃ別のヤツを今さら悪役に仕立てて殺さなきゃいけないような、シラける事態に陥るんだ。だからせいぜい派手に死んで――」
「先輩! 大変です!」
私の言葉は突然遮られた。
仕事場のドアを勢いよく後輩が開けたからだ。
「おいおいどーしたそんなに慌てて?」
後輩は肩で息をしていた。
様子からして尋常じゃない。
いったい何が起こったって――。
「アニメ『聖獣機装エルダート』の、ヌァバ・バルトリュー……あと数話で死んでもらわなきゃいけない彼の評価が、ネット上で上がりに上がってて…………監督が彼の殺害を取りやめました!!」
「な、なにぃ!?」
※
僕は漫画・アニメ・ゲーム・小説などに精通した…………オタク探偵だ。
というか政府のお偉いさんが言うには、僕は主人公としての資質を持った存在であり、それ故に事件に巻き込まれやすい宿命を背負って生まれてきたらしい。とは言っても、僕の場合はオタクの物理的な暴走関連の事件を除けば、そこまで物理的な事件には巻き込まれないだろうけど。
ちなみに今回、僕のいる場所――政府に押し込まれた通称『主人公都市』の一角に存在する自宅に、政府による厳重な審査を乗り越えてまでやってきた依頼人は、アニメ『聖獣機装エルダート』のファンにして悪役である作中キャラことヌァバ・バルトリューを推す女性だ。
彼女は、どこ情報かは結局分からないけど……ヌァバが近々殺されるという情報を入手し、そして自分以上にオタク業界を熟知し影響を与えうる僕を頼ってきたという。
そしてそんな女性の依頼に応えるため、僕は主人公都市からアニメの情報サイトやヌァバの中の人の持っている情報サービスのアカウントに干渉して、それとなくヌァバの親しみやすさが増えるようにと……視聴者やヌァバの中の人の意識改革をしたというワケだ。
正直探偵の仕事じゃないけれど、殺人を止めるという意味じゃ、ある意味探偵の仕事かもしれない微妙なラインの仕事だ。
え、実際になんて書いたりしたかって?
それは企業秘密だけど……簡単に言えば中の人が声優としての技術を今まで以上に磨くように情報サービスを介して誘導して、その上でその努力を、よりみんなに分かってもらえるような事をネット上に書いた、だろうか。
とにかく僕はこうして、ヌァバ・バルトリューが制作陣に殺される事態を未然に防ぐ事に成功した。
なぜかこれからの話の展開を知っていた依頼人の正体は気になるけど……そこはさすがに深入りしない。
もしかすると正体を知ってはいけないような人種かもしれないし。
というか僕以外の探偵の中には幽霊や異星人や異次元人を相手にするようなヤツもいるから……下手な深入りは命を落としかねない。
いや、それよりも。
自分でやっといてなんだけど……アニメ『聖獣機装エルダート』のこれからが、僕としては一番不安だ。
いったいどうすれば視聴者の多くが納得するような結末になるのか、僕にも全然分からない混沌とした展開になってしまった。
まぁでも、後悔はない。
依頼人の笑顔を守れたのだから。
実際何人かいますよね。
声優さんの技量のおかげで死を回避したキャラが。