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高級な傘を無くした女の子のお話

作者: まほろば

 どうしよう、傘が見当たらない。

 お気に入りの傘。ママにねだって買ってもらった高級な傘。


 ママとデパートに行った時に、一目惚れした傘だった。

 絵本の中のお姫様が持っていそうな、フリルがあしらわれた水色のおしゃれな傘だった。


 買いたいとママにねだると、「そんな高い傘、あなたには勿体無いよ」と言われた。

 それでもどうしてもその傘が欲しくて、毎日お手伝いを頑張り、勉強も真面目にし、習い事もサボらなくなった。それで、1ヶ月後にやっと買ってもらうことができた傘だった。


買ってもらったとき、すごく嬉しくて、世の中の全てが輝いて見えた。

早くその傘を使う日を夢見た。

しかし、傘を買ってもらってから、しばらくは雨の降らない日が続いた。雨の予報はまだか、と、毎晩天気予報をやきもきしながら見ていた。


 そしてとうとう雨の日がやってきた。私はウキウキ気分でママに尋ねた。


「ねえ、ママ、明日はあの傘、持っていっていいよね!?」

「え〜、もう使うの?」

「ねえ、いいでしょ!今まで雨の日をずっと楽しみにしてたんだもん!」

「そうねぇ、いいわよ……でも、無くしたり、壊したりしないように気をつけなさいよ!」

「うん!」


 次の日、わくわくしながら傘を開いた。

 傘はシュタッと上品な音を立てて開いた。空に透かすとフリルはますます美しく見えた。空の色はどんよりとしていたが、綺麗な水色の傘の下にいると、美しい空を見ているかのようだった。

 ポツポツ。雨が傘にあたる音が穏やかで、今までも黄色い傘よりも素晴らしい音色を奏でていた。

 私はうっとりと傘を見つめながらバス停へ向かった。


「おはよう!まいちゃん!」

「おはよう!みさちゃん!」

 バス停で友人のまいちゃんと出会った。

「うわあ、みさちゃんの傘、プリンセスみたい!すっごいおしゃれだね!」

「ありがとう!ママにデパートで買ってもらったの!」

 想像通りの褒め言葉をもらえて、私は上機嫌になった。

「デパートの傘かあ、いいなあ、私もママに頼んでみようかなあ。」


 その後もバス停でゆいちゃん、あいりちゃん、きょうこちゃんに出会った。皆、私の傘を誉めて、羨ましがってくれた。

 私は鼻高々としていた。


 そして皆でバスに乗って学校へ向かった。

バスの中では皆で前日に放送されたドラマについて話し始めた。

私は傘の話題が早く終わってしまったことが少しがっかりした。それでも、私の手にはこの素晴らしい傘がある。それだけで最強になれた気分だった。



 行きはよかったのだ。問題は帰りだ。

 放課後のクラブ活動のバレー部で指導の先生のズボンのチャックが開いたままになっていて、それがすごく面白かったこと、そしてその日は給食当番の袋を持って帰らなければならず、荷物が普段より多かったことが原因であるかもしれない。


 帰りにまいちゃんたちと一緒に傘をさして歩いた。その時、私たちは先生のチャック事件について爆笑しながら歩いていた。


 そしていつも通りバスに乗り込んだ。運よく1番後ろの席にまいちゃんと並んで座れたため、私は無意識のうちに傘を前方の手すりにかけた。



 そして、バスを降りる時にそのままにしてしまったのだ。

 屋根付きのバス停に降りた後、傘をさそうとして、右手に何も持っていないことに気がついたのだ。

「あれ、みさちゃん、傘は……?」

 と聞かれて、私は喉の奥がひゅっと冷たくなるのを感じた。

 あんなにおねだりした傘。どうして忘れてしまったのか。


 気がつくとバスはもう行ってしまった後だった。


「みさちゃん、大丈夫?私の傘に入る?」

 優しいまいちゃんはそう聞いてくれた。でもまいちゃんと私は家が反対側であった。

「大丈夫!ママに連絡して迎えに来てもらう!」

と笑顔で答え、彼女を先に帰した。


まいちゃんの姿が見えなくなると、バス停のベンチに座ってうつむいた。


どうしよう。どうしよう。


ママに怒られてしまう。


胸がばくばくした。


とはいえこの雨の中、どこにも行くことができない。


 もしかすると私は一生このバス停で暮らすのかなあ。傘を無くした今、それも悪くないかもしれない。


 胸の奥に冷たい塊みたいなものを感じた。息がひゅうひゅうとうまく吸えない。


 どうしよう。どうしよう。どうしよう。


 何だか自分がひどく惨めになってきて、私は少し涙をこぼしてしまった。



 どうしようもなくてぼんやりしていると、次のバスがやってきた。

 同じ学校の人たちの騒ぐ声が聞こえる。

 私は泣いているところを見られたくなくて、顔を背けた。


「あれ、吉岡じゃん。」

 顔を背けていたのに、クラスメイトのしゅんくんが私に気がついて話しかけてきた。チラリと見るとしゅんくんは1人だった。

しゅんくんが1人だなんて珍しい。普段は男子数人で一緒になって私のおさげをからかってくるくせに。

「どうしたんだよ、こんなところで。」

「んー別に、友達を待ってるだけだよ〜。」

私はつとめて明るい口調で答えた。

しゅんくんはふうん、と怪訝そうな顔でこちらを見た。

早くどこかに行ってくれないかな。しゅんくんに傘をバスに忘れたことを知られたら、次の日にクラスで笑われるに決まっている。


「……もしかして泣いてる?」

どきりとした。

 私は慌てて、泣いてないよ、雨で濡れてるだけだよ、と打ち消した。


 そしてしゅんくんはまじまじとこちらを見て、

「あ、分かった、傘をバスに忘れたんだ。」

と言った。


 私は顔がかあっと赤くなるのを感じた。

「そっか。それで帰れないのか。平気かよ?」

にやにやしながらしゅんくんが言ってくる。

私は、ううん、大丈夫だから、と小声で答えた。


「まあ、少しくらいなら濡れても大丈夫なんじゃない?それとも、俺、お前の家まで送ろうか?」

私は黙って首を横に振った。


しゅんくんは少しいらだちながら言った。

「いいじゃん、傘くらい、また買ってもらいなよ。」

そこで私の何かがぷつんと切れてしまった。

「……ダメなの!お気に入りの傘なの!お手伝いとかお勉強とかがんばって、やっとお母さんに買ってもらった高い傘なの!取り戻すまで帰れないの!!」

自分でもよくわからないのだが、急に言葉と涙が溢れてきた。


しゅんくんはまんまると目を見開いた。

ああ。せっかく心配してくれたしゅんくんに何をしているんだろう。

その申し訳なさから、ますます涙が出てきてしまった。


しゅんくんはしばらく何かを考えていたようだったが、急に自分の持っていた傘を渡してきた。

「これ、使えよ。俺、家近いし。」

「でもこの傘じゃ……!」

「ここでぼうっとしていても寒いだろ。俺の傘と入れ違っちゃったとでも言えば何とかなるって。」

しゅんくんはそうぶっきらぼうに言うと、それじゃ、と言い残してどこかへ走り去ってしまった。


私はしばらく傘を持ったままぼんやりとしていた。待っていてもしゅんくんは戻ってきそうになかったので、仕方なくその傘をさして帰った。


家に帰ると、ママはちょうど手が離せないところだったらしく、傘について何も気がつかれなかった。

私は嘘をつくのも怖かったので、気がつかれなかったことに安堵した。

それでも、秘密を抱えていることにすごく胸がドキドキした。その日のおやつは私の大好物だったけれど、ほとんど味がしなかった。



「はい、これ。」

次の日の朝のこと。しゅんくんはバス停で私を待っていてくれた。そして、私の傘を手渡してくれた。

私は驚いて言葉がでなかった。

「ど、どうして……?」

「バス会社に問い合わせて取りに行った。」

しゅんくんの冷静さと仕事の早さに驚いた。それに対し、おろおろするだけで何もできなかった自分が急に恥ずかしくなった。

「で、でも、どうしてそこまで……」

しゅんくんは耳をほんのり赤くしながら答えた。

「別に、あそこで何もしなかったら、俺、悪者みたいで何かいやじゃん。」

再び泣き出しそうになったのを我慢しながらお礼を言った。

「ありがとう……あと、昨日は困らせること言ってごめんなさい。」

「ううん、大丈夫。」

「あと泣き出してごめんなさい……クラスの人たちに言わないでくれると嬉しい、です。」

「言わない言わない。俺もお気に入りの野球カード無くした時は泣いたし。もう大号泣だったね。」

そう言うとしゅんくんは泣き真似を始めた。その姿が何ともおかしくて、私は思わず笑ってしまった。

そしてしゅんくんもふっと笑った。

「あ。バスが来た……今日はもう傘、手離すなよ?俺、もう、取りに行かないからな?」

「うん……本当にありがとう!」


その日、クラスで傘を忘れたことをからかわれることはなかった。




◻️◼️◻️◼️◻️◼️◻️◼️


「それで?ママの傘はもう無いの?」

「うん……どうしたんだっけなあ。どこかに忘れちゃったのか、古くなって捨てたのか……。」

「えー。もったいない!せっかく取り戻したのに!」

「そうだね。でも、傘はもう良かったんだ。だって……。」

そこでママは一呼吸おいた。

「だって、本当に大切なものは手離さないようにしようって心に決めたから、ね。」

そう言うとママはチラリとパパの方を見た。

パパは耳まで真っ赤になった。


※閲覧ありがとうございます!



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「毎朝、新宿~四ッ谷間で乗り合わせる君へ」(短編)

https://ncode.syosetu.com/n1567ic/


「名作たちのいるところ 【文学擬人化×異能力】」(一話完結型)


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