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人類絶滅  作者: とり千代
8/9

七日目 人間が思うほど世界は絶対ではないのである。

「ねえ、平和さん」

「うんー?」

「今日で、世界は終わっちゃうね」

「そうだなー」

 やる気の無い声が響く。いいのかな。今日で最後なのに、こんなんで。いやでも、私たちらしいっちゃらしいか。

「お腹空いたよ、平和さん」

「んー……そうだな、最後だし、なんか作るか?」

「そうしよう!」

 とは言ったものの、結局食べれるものなんてカップ麺と缶詰とお菓子だけなので、しょうがなくカップ麺を作る事にした。溜めてあった水を用意して、部屋に大量にあった紙を使って火を点けて、お湯を沸かす。お湯が沸いたら、カップ麺に注いで三分待つ。できあがり!

 日本人ならば誰でも知っていることだ。でも、恐ろしい事に、私たちはそれを忘れそうになっていた。カップ麺なんて、しばらくスナック菓子としてしか食べていなかったから。人間、必要の無い記憶は忘れていくから。私に必要な記憶は、平和さんの名前だけ。他は何に必要なのかイマイチ分からない。

「わー。あったかい」

「な。そっか、カップ麺ってのは、本来こうやって食べるものなんだよなー」

「おいしそうって思ったのなんて、いつぶりだろ?」

 箸を持ち、いただきます、と言って食べ始める。口に運ぼうとしても、熱くてなかなか食べれない。ふーふーして、ようやく口に入れることができた。口内に広がる、人工的なしょうゆ味。

 実感した。美味しいな。美味しい。明日からは、こんなに美味しいものを食べる事が出来なくなるんだ、な、んて、ね。

 視界が滲んだように感じた。発砲スチロールで出来た容器が、歪む。茶色のスープと黄色い面が、霞む。そこから漂う湯気が、揺らぐ。

 一際大きくゆらりと視界が揺れ、ふいに視界が鮮明になった。また歪み、そして鮮明になる。これを繰り返してくうちに、だんだん咽喉が痙攣しはじめた。ひくっ、ひっく、と嗚咽が出始める。


――――私、泣いてるんだ?


「……何、泣いてんだよ」

「わたし、も、わかんな、い……」

「何、今泣いてんだよ!」

「だって、だってぇ……」

 平和さんは、苛立っているようだった。こんなにキレてる彼なんて、初めて見た。いっつも、どうでもよさげな表情しかしないのに。


――――ああ、そっか。彼も、私と一緒なんだ。


「平和さん、わたし、ね、」

「……ああ」

「死にたく、無いんだと思うの」

「……ああ」

 彼は無感動に、箸を止めて言った。右膝を立てて、その膝に隠れるようにして頭を伏せ、悩んでいるように右腕で頭を抱えていた。

 もしかしたら苦しんでるのかもしれないと思った。

 もしかしたら泣いているのかもしれないと思った。

 何も変わらない。私も平和さんも、人間だ。死ぬのが怖いんだ。怖くて怖くて、死にそうなんだ。死にたくないんだ。いままで、知ったような顔して、平気そうな顔して。分かってなかったんだ。これからもずっと、この状況が続くように錯覚してたんだ。平和さんと一緒に、過ごすこの日常が、どこまでもいつまでも続いていくと、心の奥のどっかで信じていた。

 嗚呼、馬鹿みたいだね。

「平和さん。私、今、生きてた」

「ああ」

「死んでない。今、美世っていう人間は、確かに生きてる。それでも、明日は確実に死んでる」

「……ああ」

「明日は、私生きて無いんだよ。怖い、死にたくないよぉ」

「……黙って、ろ。黙ってろよ、お前。んなの、前からっ……、分かってたことだろ」

「うん、うん、そうだよ……そう、なんだよね」

「お、まえ、ぜってー馬鹿、だ」

 ほんとだ。ほんとだね。

 私、馬鹿だね。馬鹿で愚かで、今まで私が毛嫌いしてきた他の人間と、何も変わらないね。そして多分、それは平和さんも当てはまるよね。

 人間は総じて馬鹿なのだ。愚かなのだ。けれど、それは人間自身が決めることではない。一生懸命生きずに、高みの見物気取りで諦めている人間などに、人間の価値は決められない。私たちじゃ、人間を決めることはできない。

「平、和さん」

「……あんだよ」

「私、平和さんのこと、好きなのかもしれない」

「…………無駄だろ、そんなの。もう、全部全部無駄なんだ」

 うん、そうだね、無駄だよ。意味なんて、もう無いね。

 でもね、一つだけ意味を望むとしたらね、私は『好きだった』にしたくないな。だってまだ、過去形じゃないから。例え明日になったって、それだけは過去形じゃないから。ならないから。

 一週間前から、私は貴方が好き。今も、昔も、そして明日も。存在しない明日の中でも、私は貴方が好き。きっと、好きでいるでしょう。

「美世」

「うん? 何、平和さん」

「きっと、今日から明日に行くことは出来ないだろうけど」

「うん」

「それでも明日、また会おう」

「そうだね。明日、また会おう」

 きっと今日を越えられない。私たちは今日にとらわれ、死んでいく。明日なんてない、来ない。無駄だ。

 このカップラーメンを食べきるのも、無駄だ。明日への栄養を蓄える意味なんて無い。それでも、私は箸をとる。

 無駄だ。明日なんてこない。今日を越えられない。また、会う事なんて出来ないのだ。そんなの、全部全部無駄だ。

 ねえ、それでも。


 ――――あした、またあいたいよ。



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