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人類絶滅  作者: とり千代
6/9

五日目 人間が思うほど人間は正常ではないのである。

「お、美世、ちょっとこっちこいよ」

 私が、謎が主食の魔人が女子高生を巻き込む一風変わった探偵ものの漫画を一巻から読み直していたところ、突然ベランダから声が聞こえた。彼は、ベランダで煙草を吸っている最中だった。二人とも無言だったのに急に名前を呼ばれたものだから、何かあったんだろうと思ってすぐに彼のもとへ向かった。何、と語尾をあげて言えば、彼は無言で下を指差す。その景色になにか変わったものがあるようにはとても見えなかったが、彼がわざわざ私を呼んだのだから、何かあるんだろう。

 と言っても、彼の指差す先にあるのは、悪臭のしてそうな死体に道路、信号機、それから無精髭を生やし、ぼろぼろの部屋着を身につけている、不衛生な印象のおじさんだ。ちなみに言っておけば、不衛生に関しては、私も平和さんも人の事を言えない。だって、水が無いからお風呂に入る事も出来ないし。必然的に、そうなってしまうものだ。私にいたっては着替えすらないし。

「何? あのおじさん?」

「そ。あの人、武藤むとう貴行たかゆきって言うんだけどさ、俺の弁護士仲間」

「あの人も元弁護士だったの?」

「そー。なかなか頭が良い人でさ、家系も医者とかそういう系が多いみたいで、変にプライド高い奴だった」

「へー。ありがちな神経質お坊ちゃんってとこ?」

「そうそう。んで、なんか知らないけど、あの人俺のこと嫌いだったみたいで、何かと衝突することが多かったんだよな」

「ああ、明らかにあわなそうだもんね。平和さんのその性格的に」

「いや、だから、俺仕事場じゃ真面目キャラで通ってたんだって。ま、いわゆる演技?」

「騙してたってこと?」

「うーん、微妙に違うかなー……。環境とか、いろいろあるだろ? 職業柄不真面目じゃやってられないしな。だから、仕事の付き合いでは死ぬほど真面目なやつ演じてたほうが、相手も安心できるし、それで俺も相手もハッピーてわけ」

「うーん……簡単に言えば、仕事のために仕事上では真面目になった、ってとこ?」

「そうそれ! でもさ、生まれつき真面目なやつにはやっぱ敵わないんだよなー。俺、ずっとペーペーだったし」

 平和さんは、煙草を手すりに押し付けて消した。煙が上がらなくなった吸殻を、ぽい、と投げる。それは風に流されて、遠くの方にぽとりと落ちた。

 無精髭を生やした武藤貴行元弁護士は、このアパートの目の前にある公園のベンチに座った。そのベンチの上には先約の生ゴミが居たが、彼はそれを足で落としていた。

「んで、一回、笑い事じゃないくらいの喧嘩したことあってさ。いやー、あん時は俺、弁護士辞めることになるかと思ったね。あのオッサンと真面目に話し合いしてさ。結局和解は出来なかったけど。最後のセリフ、笑えるんだぜ?」

「へぇ、何?」

「お前は狂ってる」

 私は平和さんの顔を見て、三秒固まった。そして、すごく面白いことを聞いたと爆笑し始めた。だって、だって。くるってる、だってさ。それ、今言われたら誰でも笑うと思うよ。

「俺、このオッサン何言ってんだって思ったんだよなー」

「あはは、おもしろー」

「後から思ったんだけどさー、あの人は俺の真面目っぷりが演技だって分かってたんだよな、多分。だから、俺のことを毛嫌いしてて、狂ってるって思ったんだよ。頭良いオッサンだったよ、まったく」

「だって真面目一本で歩いてきてたんじゃないの? 真面目な人からしたら、私や平和さんみたいな人は狂ってるって思うのかもね」

「視野の狭いジジイだ」

 私はベランダの上で大爆笑していた。隣の部屋のベランダには赤い染みが見える。おかしな光景、とぼんやりと思って、それさえも笑いを誘った。

 すると、武藤さんは何かを見つけたようだった。そして、拾う。彼の手には、赤く染まっているナイフ。まだ使えそうだと判断したらしい。

「あれ?」

「ん、もしかして?」

「あ」

「うわ、やりやがった」

「すごい勢いだったね。血が手首からどぱぁ」

「いきなりリスカなんかすんなよなー。死ぬつもりなら家で死ねよ」

「ほんとだよねー。これ以上外に死体増やしてどうすんだろ」

 ずるりと彼の身体は傾いて、どしゃ、と倒れる。まあ、良くある光景だ。たまたま今回は死体の名前を知っていただけ。それだけだ。

 面白い世の中になったものだ。これじゃ、何が狂ってて何が狂ってないのか分からない。高学歴を貫いた弁護士らしい元弁護士のおじさんは、公共の場でリスカをして、現役時代は先輩から狂ってると言われた似非弁護士は、まだこうやってベランダに立っている。変な世界。

 この世界に絶望して、ああやって死ぬのが普通の反応なの? 狂っていない人間は、公園で手首を切り裂くの? それとも、死なない私たちが普通で、あの人たちが狂ってる?

 この狂った世界に順応しているもとから狂っていた私たちと、結局、狂った世界に順応することが出来ず、狂いながら死んでいった彼ら。ねぇ、一体どっちが狂ってるんだと思う?


 人類が絶滅するまで、あとニ日。

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