第1話 カフェで恋は始まるのかも知れない
日曜日の午後、アナペロは友達とカフェに来ていた。来週はまた雨の予報である。今年の梅雨明けは、例年より早い。これも気候変動の影響なのだろうか。
店内は落ち着いた雰囲気で、アンティーク調のテーブルが妙に懐かしさを感じさせる。
「アナペロって彼氏とか興味無いん?」
カフェ・ラ・テを飲みながら話す。二人共、この店は初めて来る。ネットで調べて知った店だが口コミが良かったので来てみた。
「私ぃ? 無いよー。メグマグと遊んでる方が楽しいかな〜」
「そっかぁ。テレビで言ってたけどさ、今の若者は恋愛したことない人が60%超えなんやって」
「知ってる。ニュースでやってたね」
・・・恋愛・デートをしたことのない若者が増えているらしい。当たり前だろう。恋愛は、結婚や子育てに興味がある人がやるものだ。興味の無い人たちにとっては、男女交際の経験値を積む必要が無い。それに、異性間では価値観が違うので、同性と遊んでる方が楽だ。ネットで自分に合った小さな共同体を探し、所属する。この現代では、プライベートにおける人間関係でストレスをかかえる必要はない。もちろん、男女の友情は否定しない。価値観が似ている男女も居るだろうから・・・
アナペロは、スマートデバイスを起動し、記録した。
テキストに名前を付けて保存する、“努力の有意味性” と。
「ちょっとずつ調べてまとめてるんだ」
「アナペロってマメやんなー。あ、そのデザインいいねぇ。またカスタマイズしたんや。可愛い! 私もプリンター買おうかな」
スマートデバイスのカスタマイズが二人の共通の趣味であった。
「えー動画の系統被るじゃん。メグマグはシノビ系でしょ、僕は機能重視なの」
メグマグとは動画配信で知り合ったが、カスタムの趣向は違う。
【シノビ・・・小型化、隠密化指向。スマートデバイスを使っていることに気付かれないのが優良カスタム】
アナペロがやってるのは、ツワモノ系と呼ばれるカスタムであった。
【ツワモノ・・・機能重視のため本体サイズ大きめ。そのためデザインに拘る人も多い】
「やっぱりたまには違う系統もやってみたくなるねん。やっぱ動画編集とかもやり易そうやし。アナの動画のカメラアングルめっちゃ見易いもん」
「撮影・編集はたしかにやり易いかな。でも、メグ無くしそう」
「チップもあるのにどうやって無くすねん。笑ける」
「入れてる枚数が違う」
体内チップは通常、左右の手首のどちらかに入れる人が多い。
年配の人でスマデバを使っていない人は入れていないが、20代・30代のチップの普及率は100%を超えている。
「アナペロ入れ過ぎやねん」
アナペロは3枚のチップを埋め込んでいた。
高校生で3枚入れてる人なんてアナペロくらいだ。
「隠密系のくせにメグが1枚な方が変わってるよ。困らないの?」
スマデバのカスタマイズ・オタクは2枚入れてる人がほとんどである。
3枚目を入れる人はほとんど居ない。3枚目以上は趣味の領域で、快適性は上がるそうだが、チップ自体が高価な事もあり、入れる人は少ない。
「そんなに困ることは無いな〜。そろそろ帰る?」
「そうだね。もう2時間も経つし、帰ろっか」
会計をしようとレジスター前まで行ったが、メグマグがもう支払いを済ませてくれていた。
「もう、レジ行く前に言ってよ」
「ごめんごめん。さっきレジの人見たら、めっちゃ男前やったから。アナにも見て欲しいと思って」
「え、いつ見たの? 確かにかっこいい人だったよ」
「じゃあ、またあとで。配信で。」
そういって、メグマグはログアウトした。
アナペロも続いてログアウトする。
「いやぁー、気付いたら結構時間経ってたな。お腹空いたー」
カーテンの外を覗くと、もう日が沈んでいた。
19時19分。
『課題をやらなきゃな。しかしまずは腹ごなしだ』
キッチンに行き、鍋を手に取る。冷凍庫から、小分けにした白米と刻みネギを出す。白だしを少々、鍋に水を入れ火にかける。沸いたら、白米とネギを投入し、待つこと3分。卵を1個割り入れたら醤油で味を整える。
「出来た! アナちゃん天才! おいしそー」
スプーンでパクパク食べる。
冷蔵庫から冷えた麦茶を出して飲む。美味しい。
お腹が空いていた。喉も渇いていた。
10分ほどで食べ終わると、動きたくなくなっていた。
『いかん。動けカラダ! 明日から学校だ。今日はまだやることがたくさんある。有意義な休日にしたいだろ。動け!』
食後の眠気には、何がいちばん効果的なんだろう?
アナペロは、スマデバで検索してみる。
オニヨモギ・サプリメントというのをしばらく試してみたが、効果は薄かった。ただ、朝スッキリと起きれるようになったので、寝る前に飲んでいる。
結局、調べても良い方法は見つからなかった。
『コーヒーでも入れるか』
グラスを取り、粉をスプーン2杯。氷を入れて水を注ぎ、マドラーでかき混ぜる。
血糖値の上昇が眠気の原因だ。砂糖は入れない。氷の立てる音が小気味よく聞こえた。体があつい。食後は体温が上がるからな。
グビッと音を立てて飲む。冷たいコーヒーが体温を少し下げてくれた感じがした。
少し眠気がマシになったので、服を全部脱ぐ。
『低めの温度のシャワーを浴びて、目を覚まそう』
宿題を終わらせて、予習をしなくてはならない、とアナペロは心の中で声にした。
バスルームは常時換気をオンにしているが、蒸し暑かった。臭い。誰だ、排水口におしっこをした奴は。
シャワーの温度は36.5度に調整した。
『ふぅ。きもちいい』
シャワーのお湯を体の各部位にかけて汗を流していく。
本格的な夏はまだ始まっていないが、猛暑が続いている。風呂を出たらまた汗ばむのだろう。
風呂のモニターで体内温度と、体表温度を確認する。
体内温度が36度3部になった。
風呂から出る。
カラカラカラ。扉を開けると蒸し暑さは感じなかった。
「ふぅぅ〜 さっぱりしたァ」
タオルで体を拭く。柔軟剤を切らしているので、タオルは少しガザついている。そんなに気にならなかった。
柔らかいタオルの方が気持ちいいことに変わりなかった。忘れないように買わなくっちゃ。
ピロリン♪と通知音が鳴る。
母親からだった。
食事の誘いのメッセージだった。母親は大手企業の役員で、忙しい人だ。明日の朝食を一緒にどうか、という誘いだった。
娘と話がしたいのだろう。仕事一筋の人だが、僕のことは気にかけてくれる。人様から見れば良くない母親なのかも知れない。だが、一人暮らしさせてもらってることにアナペロは感謝していた。
大事な友達が出来たし、好きなように生活を送れている。
家事はひと通り覚えたし、何ひとつ不自由はして居なかった。しかし、母は心配しているのだろう。
『今は大人も子供も関係ないぜ? 』
母は古い考えの人だった。
しかし、世の中には、未だ格差もある。
アナペロの高校にも、経済的な理由で周りと同じ事が出来ない子が居た。けれど仲間外れやいじめなんて起こらない。昔とは違うのだ。
いじめなんてない、それを信じられない親たちが居て、アナペロの母親もその1人だった。
・・・アナペロには兄弟が居ない。一人暮らしをしているし、寂しい思いをきっとしているだろう・・・
母は愛娘のことを心配しているのだった。
世代間ギャップは大きくなっている。
家族という共同体の存続が危うい。これはどの家庭にも共通すると思う。現代社会が抱える問題の一つだ。
母の世代は物が溢れる時代を生きてきた。
今は、物とお金の溢れる時代と言われたりしている。
高校の授業は、選択性で必修科目に【道徳】と【選択的倫理】【倫理経済】があるんだよ?
会話を繰り返したところでギャップは埋まらない。
でも、僕は母親と食事をする時間を大切にしたい。
ピロリロリン♪
僕は母親に返信した。