しじみのお味噌汁
「女に恥かかせるの、好きじゃないんで。大事な女いるし。惚れないでくださいね」
脳みそ下半身のナルシスファッキンクソ野郎。
これが、あたしに初めて指導を任された後輩だった。
「資料は?」
「そこにあんだろ」
「あ゛?」
「そこに置いときましたよ、先輩」
大学在学中はこの会社でバイトとして働いていたし、一年余り留学もした。
短すぎる留学期間だったことは認める。
だけど。
「敬語。マトモな日本人なら使えるようになりなさいよね」
親の七光り。元ホスト。顔だけ男……いや、おいしそうな体もしてるか。
って、違う。そんなことはどうでもいい。
ヤツは母親の伝手で滑り込んできた、駆逐すべき害虫だ。
なんたってヤツは、採用面接で『映画は観てこなかった』とのたまったのだ!
ここは映画配給会社だ!
「マトモな混血だから、渡米すりゃ役に立ってみせるよ」
新卒入社して八年。
ようやくの配属。
初めての買い付け。それも夢のハリウッド! ――メジャーではないが、それでもハリウッド、LAだ。
「あんたなんか、その高くて真っすぐな鼻っ柱へし折られて、本場ハリウッドでギッタギタにぶっ潰されればいい!」
「褒めてくれてありがとな、先輩」
ニヤっと不敵に笑う、白人顔をちょっと平べったくしたみたいな男が、ハリウッドスターに遜色ないくらい整って美しい顔をしてるだなんて、ちっとも思わない。
意味深なヘーゼルの、細められた瞳に見つめ続けられたら、もしかしたら息をするのも忘れちゃうかもだなんて、思ったこともない。
見知らぬ土地。雑踏の中、耳に入ってくる言語。
食べ物はクドくて脂っぽすぎたり、量が多すぎたり、ヤギになったみたいにサラダばっかりだったり、洒落てるけど食べ方がわからなかったり。
そして続く、ミーティング、ミーティング、ミーティング、そしてミーティング。
彼らの話すジョークのうち、わかるものなんてほとんどない。ほとんどだ。
彼らは外国人と話すことに慣れている。仕事相手に、LAっ子にしか通じないジョークなんて言わない。それなのに、だ。
腹立たしいことに、後輩はジョークに笑い、うまく切り返しているようだった。
ビジネスディナーのあと、セールス会社の一人と意気投合し、ホテルのバーラウンジに誘われもした。
「あー……。しじみの味噌汁、飲みてぇなぁ……」
翌朝。
眉間に皺を寄せ、少し浮腫んだ顔でミーティングに現れたヤツに、しじみの味噌汁を作ってあげたいなんて、全然思わない。
なろラジ大賞3の1000文字短編「映画とごっこ遊び(https://ncode.syosetu.com/n7964hi/)」の少年のその後。
また「イケメンチャラ男とポンコツチョロイン(https://ncode.syosetu.com/s5795g/)」シリーズの、時系列で、短編「レイジーサンデーモーニング(https://ncode.syosetu.com/n7209hg/)」あたりのお話です。
併せてご覧いただけると嬉しいです。