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15:廃村


 休憩のために立ち寄ったサービスエリアで、トイレを済ませて軽食を購入したりする。


 俺たちが買い物を担当する間に、丈介が窓の汚れを綺麗に落としてくれていた。


 あまり離れないようにと意識しつつ、柚梨が飲み物を購入している間に、俺は他の二人に声をかける。柚梨には、できれば聞かれたくない話だったからだ。


「……人の形になってきてる?」


「はい……多分なんですけど。さっきのやつ、二人にも見えてましたよね?」


 反応からして間違いないとは思っていたが、やはり車外に張り付いていた人影は、二人の目にも確かに見えていたようだ。


 その姿を目にした時、俺はひとつの可能性に気がついた。


「俺が最初にアレを見た時、黒いモヤみたいな形をしてたんです。だけど、現れる度に少しずつ、人間みたいな形になっていってて……もしかすると……」


「はっきり人間の姿になったら、タイムリミットってこと?」


 肯定する代わりに、俺は柚梨の方へと視線を向ける。


 もしもこの予想が当たっているのだとすれば、残されている時間はかなり少ないのではないかと考えられた。


 目的地で何の手がかりも得られなかったとしたら……浮かんだ万が一の可能性を振り払うように、俺は首を左右に振る。万が一なんて、考えることすらしたくない。


(絶対に見つけるって約束したんだ)


「柚梨ちゃん、ミルクティー買ってきてくれた?」


「うん、あったかいので良かったんだよね?」


 ペットボトルを抱えて戻ってくる柚梨に、葵衣は何事もなかったように声を掛ける。丈介も運転に戻る準備を始めていた。


 再び車内に戻ると、後部座席の二人の位置が入れ替わっていることを不思議に思う。けれど、すぐにその理由に思い至った。


(……本当によく気がつく子だな)


 丈介が綺麗に拭き取ってくれたとはいえ、自分を狙っているかもしれないものが張り付いていた窓には、できれば近づきたくはないはずだ。


 特に話し合ったわけでもなく、柚梨の心情を汲んだ葵衣が自然に誘導したのだろう。


 感心しながら、俺はシートベルトを締める。全員の準備が整ったことを確認して、丈介は車を発進させた。


「丈介さん。目的地まで、あとどのくらいですか?」


 再び高速道路へと戻った車は、どんどん速度を上げていく。


 丈介の横顔は、始めに雑談をしていた時よりも真剣みを帯びているように見える。


「そうだな、少し混んでっからあと三時間くらいか。お嬢ちゃんたちは寝てていいぜ」


 軽い口調で声を掛けるが、あんなことがあった後で眠る気にもなれないのだろう。


 返事はするものの、柚梨が目を閉じようとする様子は見られなかった。



 GPSの指示に従って高速道路を下りると、窓の外に広がる景色が一気に濃い緑色に染まる。


 背の高い建物は見当たらないどころか、車は舗装された広い道路から、段々と細い山道に入っていく。


 丈介の安全運転でも補えないほど、ガタガタと車体が揺れるような状態になる頃には、すっかり獣道と呼べるような場所を走っていた。


 人気などない上に、日光を遮る木々によって正午近いというのに景色は薄暗く、俺たちの目には辺りが不気味に映っていた。


 やがて、車では入り込めないような場所まで到着する。

 GPSの案内もとうに終了を告げていて、俺たちはやむを得ず車を降りることにした。


 熊や蛇でも出そうな山の中だ。気後れしそうになるが、道なき道を構わず進んでいく丈介の背中が頼もしい。


 それと同時に、その背中を見失うことが今は何より恐怖だった。


 草木を分けながら暫く歩いていくと、急に開けた道に出る。


 そこには、古びて倒れかけた看板らしきものが立てられていた。明らかに、人間が設置したものだろう。

 よく見ると、文字が書かれている。


「ココだな……日津木村(ひつぎむら)


「村っていうか……野生の動物の棲家とかになってそうなんだけど」


「まあ、廃村だからな」


 看板の先を見ると、朽ちかけた柵のようなものがある。その奥には、確かに平屋の建物がいくつも並んでいるのが見て取れた。


 そのどれもが今にも崩れ落ちそうなほど古びており、人が住んでいない場所であることは明白だ。


 立ち尽くしていても仕方がない。意を決した俺は、村の中へと歩みを進めていく。

 それに続いて、他の三人も歩き出す。


 四人分の足音と息遣いだけが聞こえる村の中は、不気味なほど静まり返っていた。

 村の敷地自体は、どうやらそれほど広いわけではないらしい。


「柚梨、あんまり離れるなよ?」


「うん……それにしても、どうやって探したらいいのかな」


「一軒ずつ回ってくか、何かわかりやすいものでもあればいいんだけど……」


「あそこなんか、(あつら)え向きじゃねェか?」


 どこをどう探すべきかと考えながら歩いていくと、村の一番奥に小さな神社があるのが目に入った。


 神聖な場に足を踏み入れるのは躊躇(ためら)われたが、普通の民家の中よりも、何か手掛かりがあるかもしれない。


 念のためにと神社の前で手を合わせてから、軋む階段を上がって蜘蛛の巣を纏う扉を開く。


 そこに広がっていたのは、なんとも異様なものとしか言いようがない光景だった。


「何これ……絵馬?」


「そうみたいだな、何か絵が描かれてる」


 内部の壁には、いくつもの絵馬が飾られていた。


 そこには男女の絵が描かれており、それぞれに袴と白無垢を身に着けていることから、それが(くだん)のムカサリ絵馬なのだとすぐにわかった。


 ネットに書かれていた噂の通り、この村には確かに冥婚の風習が実在していたのだ。


 俺の頭の片隅では、作り話の域を出ない風習なのではないかと考えていた節もあった。


 けれど、この絵馬を前にしては考えを改めるよりほかないだろう。


「これ……絵馬について書いてあるのかも」


 絵馬に見入っていると、何かを見つけたらしい葵衣の声にそちらへと足を向ける。


 棚の上に無造作に置かれていた汚れた紙束の中には、絵馬らしきイラストが描かれていた。


 所々が汚れたり掠れていて読めない文字もあるが、その羅列を視線で辿っていくと、確かにムカサリという文字が書かれているのがわかる。


「ムカサリ絵馬って、本来は架空の人間の姿を描いて奉納するものみたい」


「じゃあ、実在する人間の絵が描かれてるわけじゃないのか?」


 一種の生贄のように、実在する人物が死者と結婚させられているものだと思っていた。


 実際に国が違えばそういった風習も実在するのかもしれないが、少なくともこの村の中では、生者を絵馬に描くことは禁忌とされていたようだった。


「架空の人間でいいなら、柚梨の代わりの人間を用意するとか……」


「発端が絵馬じゃないし。アプリに実在しない人間として登録なんて、させてもらえないでしょ」


 いい案かと思ったのだが、葵衣の言うことはもっともだ。


 アプリに登録するためには、身分証明書の提示が不可欠となっている。


 存在しない人間として登録するのであれば、身分証明書も偽造しなければならなくなる。現実的な提案ではない。


「身代わり人形みてェなモンなら、可能性はあるかもな」


 そう呟いたのは丈介だ。

 彼の手元には古い書物のようなものがあった。


 そこには人の形をした人形を作り、結婚相手の代わりとして奉納するというやり方が記されている。


 架空の人物をアプリに登録させるよりも、ずっと現実的な手段のように思えた。


「じゃあ、この身代わり人形ってヤツを作れば、柚梨は助かるかもしれない……!」


 冥婚の風習があった村で、実際にそうした手段が取られていたのであれば、その方法で柚梨を救うこともできるのではないか。


 不安げだった彼女の瞳にも、一筋の希望の光が差し込んだように見える。


 途端に場の空気が冷え込んだように思えたのは、その時だった。


お読みくださってありがとうございます。

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