表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
14/34

12:赤い紙


 ネットカフェを出た俺たちは、葵衣と初めて待ち合わせをしたカフェに入ることにした。


 移動する間も柚梨は黙り込んだままで、どう見ても様子が普通ではない。


 彼女が何に怯えているのかはわからなかったが、実際にオカルトじみた話が現実味を帯びてきて、怖くなったのではないかなどと考えていた。


 それぞれに注文した飲み物を受け取り口をつける頃には、隣に座る柚梨の様子も少しだけ落ち着いたように見えた。


 葵衣とアイコンタクトを取ってから、できる限り優しい声音で声をかける。


「柚梨……大丈夫か?」


 ホットココアの注がれたカップで両手を温めていた柚梨は、俺の問いに静かに頷く。


 これまでも、オカルト話に怯える柚梨の姿を目にしたことはあった。


 その様子が可愛いと思うこともあったのだが、今回のそれは今までにないほどの怯え方をしていて、明らかに違っている。


 何かを迷うようにも見えた彼女だったが、やがて顔を上げて言葉を紡ぎ始めた。


「……ごめんね、びっくりさせて。あのブログのコメント読んでたら、頭が真っ白になっちゃって……」


 無理に笑顔を作ろうとする柚梨だが、その表情には見るからに不安の色が滲んでいる。

 自分では、普通に笑えているつもりなのかもしれない。


 こんなにも怖がらせてしまうことになるとは、俺も配慮が足りなかったと反省する。


「幸司くんも、葵衣ちゃんのお兄さんも……あのアプリの占いで、赤い紙を引いたってことなんだよね?」


「聞いた話を照らし合わせた限りだけど、多分そう。兄貴と話してた時、確かに赤い紙がどうのって言ってたし。こんなことなら、もっとちゃんと聞いとくんだった」


 噂話や作り話の域を出ないとも思えた。


 それでも、少なくともオカルトに興味を持っていなかった葵衣の兄すらも、その話題を出していたのだ。


 どういう繋がりなのかはわからないが、無関係とは到底思えない。


「幸司も……赤い紙の話はしてなかったけど、幸運の赤い紙って呼ばれてるんなら多分引いたんだと思う」


 肯定する俺と葵衣の言葉に、柚梨の顔色がさらに悪くなったように見える。


「柚梨……手伝いはありがたいけどさ、もし怖くなったんならお前はもう……」


「違うの」


 真実を知りたいとはいえ、こうも怯える柚梨をこれ以上無理に関わらせる理由もない。


 もしも真相がわかったら、その結果だけを伝えてやればいいだろう。


 俺はそう考えてこの件から外れるよう提案しようとしたのだが、それを遮ったのは柚梨自身だった。


 疑問符を浮かべる俺とは正反対に、葵衣は何かに気がついたように目を見開く。


「……もしかして、引いたの?」


「え……引いたって、なに……」


 葵衣の問いの意味が理解できず、聞き返したのは俺だ。


 しかし、当人にはそれだけで伝わったようで、柚梨は肯定するように俯いてしまった。


 黒髪に隠れた横顔からは表情を窺うことはできないが、彼女は震える手で自身のスマホを取り出した。


 何かを操作した後に手渡された画面には、赤い紙の画像が映し出されている。そこには白い色で、短い一文が書かれていた。


『最良の縁が結ばれたし』


 赤い紙に良縁の文字。


 何が起こったのかわからなかった俺でも、事態を察するには十分すぎる情報量だった。


「な……ッ、何で……何でお前がこんなの引いて……!?」



「知らなくて、っ……登録してから、占いだけして遊んでたの。そしたら何日か前にコレが出て……私……ッ」


 震える声で説明する彼女は、涙ぐんでいるのかもしれない。


 まさか命を奪うような恐ろしいものだとは知らずに、いつの間にか柚梨は赤い紙を引いていた。


 恐ろしい出来事を引き起こす発端がそれだと知って、次は自分の番だと察したのだ。


(柚梨まで死ぬ……幸司みたいに……?)


 思わず、俺は恐ろしい想像をしてしまう。


 身近な人間を二人も、あんな形で失いたくない。


 けれど、止める手立てなど本当にあるのだろうか? 今ですら、有力な情報などほとんど得られていないに等しいというのに。


「怯えてらんない。回避できる方法、さっさと見つけないと」


 絶望的な空気を、一蹴(いっしゅう)してくれたのは葵衣だった。


 思考がマイナス方面へと傾いてしまった俺とは正反対に、葵衣は明確な目的を見定めていた。


 年下であるはずの彼女の方が、今やるべきことをずっとよくわかっているようだ。


 このままただ待っていても、柚梨が死んでしまうだけなのだ。


 それならば、すぐにでも回避方法を見つけるために動き出したい。


「……ああ、そうだな。少なくともきっかけについてだって、さっきまで知らなかったんだ。確実に前進してる。回避できる方法だって絶対にある」


 柚梨を励ますために、そして自身を鼓舞するために。前向きな言葉を口にする俺に、柚梨も涙を拭うと気丈に頷いて見せる。


 そうでもしなければ、恐怖に飲み込まれて何もできなくなってしまいそうだったのだ。


「ちょっと待ってて、電話してくる」


 俺たちの返答を待たず、葵衣はスマホだけを手に取ると店の外へと足を向ける。


 生意気でマイペースな少女だが、今はその背中がとても頼もしく見えてしまう。


 俺は柚梨の方へ身体を傾けると、様子を窺いながら声を掛けた。


「赤い紙を引いてから、俺みたいに何か見たりしたのか?」


「うん……なんていうか、黒いモヤみたいな、不気味なやつが時々」


 自分にだけ不可解な現象が起こっているのだと思っていたのだが、どうやら柚梨の前にも同じものが現れているようだ。


 そんな素振り、全然見られなかったのに。


 真相を掴もうと必死になるあまり、こんなにも身近な相手の変化に気づくことができなかったのか。


「紙のことはともかく、何でもっと早く言わなかったんだよ」


 何度か話せるような場面はあったはずだし、必要なら電話でも何でも方法はあったのだ。


 ただでさえ怖がりな柚梨が、それらの現象を黙っている理由がわからなかった。


「……最初は、気のせいかなって思ってたんだ。でも、段々はっきり見えるようになって……樹に話そうって思ったんだけど、心配かけたくなくて」


「お前なあ……」


 自分は力になりたいというのに、力にならせてはくれないのかと彼女を責めたくなる。


 けれど、しゅんと項垂れてしまった柚梨の姿を見ていたら、そうすることもできなくなってしまう。


 それに、彼女を責めたところで状況は変わらない。

 心配をかけないようにと行動していたのは、俺も同じなのだから。


「とりあえず、このタイミングで知っておけて良かった。少なくとも原因はわかったんだ、解決法だって俺が絶対見つけてやる」


「うん。……ありがとう、樹」


 親友の死の真相を知りたくて始めたことだったが、今は柚梨の命もかかっている。


 何としてでも死から逃れる方法を見つけてやると、俺は決意を新たにした。


お読みくださってありがとうございます。

【☆☆☆☆☆】を押したり、ブックマークなどしていただけると、とても励みになります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ