美人な妹と、私
ふわっと沸いたストーリーが頭から離れずに、書いちゃいました⁽ฅ(´-ω-`)ฅ
我が家は政略結婚で結ばれた温厚な父と、やや気の強い母、父に似て普通な顔の私、そして奇跡が起きたとしか言えない美人な妹、この4人で構成されている。
妹以外は突出したところのない、凡庸な伯爵家である。
母に似たストレートな栗毛に、父に似た柔和…と言えば聞こえはいいが、大きくも小さくもない丸い目に、丸い鼻、丸いほっぺ。身長も一般的な高さの私。
比べて妹は、色は父に似た黒髪だけど、癖があって緩く波打つ。
私と同じ色だけど、明らかに大きくてキラキラと輝く黒い瞳。抜けるような白い肌に、ほんのりと色付く頬、紅を引かなくても美しく色付く唇。
誰に似たのか、細くすらりと伸びた手足に、細い腰。
そんな二人を比べて、母は明らかに美しい妹を贔屓し、姉である私を蔑ろにしていた。
救いは、そんな美しい妹が母と同じような態度を取らず、「姉様、姉様」と慕ってくれ、母の横暴な態度を諫めてくれることだった。
可愛らしい容貌の娘が、甘えて慕ってくれれば悪い気はしない。かつ母を諫めて私の味方になってくれるのだ、私は今や立派なシスコンである。
父は仕事が忙しく、不在がちで、家のことは母に任せきりだったので、偶に家で過ごす時に母から飛び出る差別的な言葉に眉を顰めるも、大したことではないと結論づけて右から左へと流していた。
そんな中、母は言った。
「我が伯爵家は、妹のアデラインが婿をとって継ぎます。
なんの取り柄もない貴方は働きに出て、育てられた恩を少しでも返しなさい」
私、アマンダ、10歳の出来事である。
この時幼いながらに私は思ったのだ。
家を継ぐ男児がいない以上、妹の容貌で優秀な他家の令息を釣るのは妥当だな。と。
なので、母の言葉に感情を揺らすことなく、ただ頷いたのであった。
その翌年から、母が参加するお茶会に妹共々連れて行かれるようになった。
と言っても、私が参加するのは身内のお茶会が殆どで、妹だけはどこへでも連れていくという感じではあるのだが。
その身内のお茶会では、挨拶をするなり母のように妹を持ち上げて、私に残念なものを見るような目を向ける人もいれば、「妹に嫉妬してはいけないよ」「ドンマイ」と見当違いに勇気付けようとする人もいた。
ハッキリ言って、うざいことこの上ない。
妹が可愛いのは知っているし、というか当たり前だし。
母が言うほど「出来が悪い」訳でない私は、母の言を真に受けて勘違いな忠告や励ましをくれる輩に用はないのである。
この顔で出来る最上級の笑顔をニッコリ作ると
「ご忠告いたみいりますわ。
まだ若輩の身なれば、皆様の御高説、有り難く拝聴させていただきます」
と、つっかえることなく言い放って、教師に太鼓判を押された綺麗なカーテシーを優雅に決めれば、横に立つ妹はキラキラとした賛辞の目を向けてくれ、余計な忠告をする輩は姉妹の関係性を改めて認識して、たじろいでからそそくさと去っていく。
その後ろ姿を見遣りながら、骨のない奴めと鼻をフンと鳴らせば、妹は「お姉様素敵っ!」と腕に抱きつく。これが毎回の流れであった。
そんな私も王立学園に入る13歳になり、勉学に励む毎日を送った。
母に言われたからではないが、勉強が得意な私は、王宮の女性文官を目指していた。
理由は…………妹にかっこいいと言われたいからだ。
ごほん…まぁそれはさておき、勉強に励む傍、試験対策の参考書を地道に作り、それを販売して小遣い稼ぎや人脈作りをするという、実に有意義な学園生活を満喫していた。
しかし半年を過ぎた頃、サンクチュアリである学園の図書室最奥、近くの窓から見える木々の緑が美しい一角に邪魔者が湧くようになったのだ。
「失礼、君、アマンダ・ジェライト?」
「ええ、初めまして。図書室でございますので座ったままで失礼致しますわ。
どなたか存じませんが、何でしょう?」
私のカウンターのように発せられた嫌味に気づいたのか、声をかけてきた学園の制服を着た輝くような金髪に、柔らかな緑の瞳の男性は、略礼をとってから名乗った。
「ああ、失礼。
私はフレディ・シューコット。
噂で聞いたんだけど、君の作る参考書に興味があって………」
「成程。ではこちらが1学年の参考書、2学年のものはこちらです。
残念ながら最高学年の3学年は作成中でございますので、ご期待に添えないのですが」
私は商魂たくましく、ここぞとばかりに自身の手荷物から持っていた参考書を取り出して、いそいそと机の上に丁寧に並べた。
その様を見てフレディは、顔をひくつかせて並べ終えるのを待っているようだった。
「……君、今年入学の1年じゃなかった?
なんでその上の学年のもあるの?」
「一応予習済みでありますので。
先輩方にお願いしてテストの答案を頂き、それぞれの対策を練れば、できますでしょう?」
誰にでもできることだと、不思議そうに小首を傾げれば、フレディは呆気に取られて参考書をじっと見つめた。
「そ、そう。
私は2学年なんだけど、その参考書が欲しいんだけど」
「1部5000オルでございます」
「……販売しているっていうのも本当なんだね」
「手間隙と印刷代が掛かっていますから、タダというわけには……」
「だね。では1部お願いできるかな?支払いはコレで」
フレディは制服のポケットから財布を取り出すと、紙幣を5枚渡してきた。
それを恭しく受け取って確認すると、改めて2学年用参考書を手渡した。
「お買い上げ、ありがとうございます。
こちらは昨年の答案や講師の癖を元にして作成しております。
今のところほぼ変更はないと思いますが、あくまで“参考”でございますので悪しからずご利用くださいませ」
「確かに、講師の変更はないが、何故内容に変更がないと言い切れるんだい?」
「先輩、いろんな行事や個々の成績付け、保護者である貴族方への対応などなど、先生というのは、非常に精神が削られる上に多忙なのですよ。
教える範囲は決まっているのに、態々自分で範囲を変えて忙しさに輪をかけようって言う人、居るのでしょうか?
せいぜい上からのお達しで、変更点が反映される程度ですよ」
「成程。それもそうだ」
そうして販売が終わった私は、改めて机に向いてフレディが去るのも気にせずにいたのだが、翌日からほぼ毎日、私の元へ通われるのであった。
最初こそ「なんで来るんだ、ウザいな」と思いながら放置していたのだが、そのうちポツポツ話し始め、3学年の参考書作りが終わった頃には、気軽に話せる友人になっていた。
ある日フレディが聞いてきた。
「なぜ参考書を作って小遣い稼ぎなんてしているんだい?」
との質問に、本に集中していた私は素直に答えた。
「独り立ち資金が必要でして」
怪訝な顔になった先輩は尚も聞く。
「アマンダ嬢が継がないということ?」
ようやく本から意識をフレディへと向けた私は、なぜそんなことを聞くのか不思議だったが、コレも素直に答えた。
「母はそう考えているようでして。
そんな中で居座り続けるのも、居心地が悪いでしょう?」
「………君は何処かに一人で家を借りて住んで働くの?結婚は?」
「目指すは綺麗な寮のある王宮文官ですけれど、王都の貸家も検討中ですね。
結婚は、私が働き続けても良いという人がいて、かつ私の気が向けば…でしょうか?」
まだ男性優位のこの王国では、貴族の娘は婿取りをさせて爵位を継承させるか、他家へ繋がりを欲して政略結婚をさせるのみで、働くのはごく一部の女性のみなのだ。
令嬢の家庭教師や、王宮女官などなど、需要はそこそこあるのであぶれることはないが、男性からは敬遠されることもしばしばであった。
「そう……妹さんはもうすぐ入学だったね。
良い縁に恵まれると良いね」
「ご心配なく!キレカワで、純心で大きくなっても甘えん坊な天使を、友人の誼で紹介して差し上げますが、可愛い私の妹をまだまだ誰にも差し上げませんわ」
「コレは手厳しい。ご紹介いただける日を心待ちにしているよ」
クツクツと喉を鳴らして笑うフレディを前に、穏やかな日々は過ぎていくのであった。
翌年、妹が入学した。
同じ家から通うので、当たり前だが一緒の馬車に乗り込んで通学する。
馬車止めに降り立ち、甘える妹を腕に巻き付けながら歩くと周りが好奇の目を向けて騒ぐのは、分かっていたことだった。
初めは妹の容貌に感嘆の息を漏らし、次いで横の私に眉を顰める。妹が「お姉様」と口にすると、驚きに目を見開き面白おかしく嘲笑する。
予想通り、そこかしこから「まぁ、姉ですって」「似ておりませんわね」「まぁお可哀想に…クスクス」といった声が聞こえ出す。
ここまでがワンセットの流れである。
そんな声が聞こえるたびに、妹が暗い表情をするのだが、私は妹の頭を撫でながら「気にしないのよ、私は世界一可愛い妹と一緒に居るだけで嬉しいのだから」と慰める。
すると頬を染めた妹が、パァァっと輝く笑顔を向けてきて、「私も世界一の姉様と一緒に居れて幸せです!」と言うものだから、往来で抱きしめてしまっても仕方のないことだと思うのだ。
その笑顔に、通行中の男子生徒がやられてしまったのは、頂けない。釘を刺して回らなきゃですね。
妹は成長期を迎え、すっと背が伸び、女性らしい体つきになった。
光を反射しているかのように輝く黒髪は、緩く波打ち、ぽってりとした唇は色香が漂う。
しかし、誰にでも礼儀正しく制服は着崩すことなくキチッと着こなし、髪留めくらいしか装飾品を身につけない。身の回りの品も、見た目よりも私が厳選した実用性重視の物ばかり。
僻みついでに弄られれば
「姉様が選んでくれたお揃いのものですの。
素敵でしょう?」
「この髪留め、姉様の手作りですの!
宝物でしてよ?同じものは無いかと思いますの……申し訳ないですわ」
「理想?姉様のように頭が良くて優しくて親切で、さり気ない気遣いができて……」
こうして姉バカを披露するものだから、女の敵とはならず、天然な妹を女子生徒は守るようになっていった。
男子生徒は、姉から頂いた品物を大事にする姿に感銘を受け、ブローチなどの装飾品を見せても欲しがられず受け取られない。
そのうち妹と仲良くなった女子生徒が間に入ってガードするようになるという、鉄壁の守りが出来ていた。
学園で妹とばったり会ったときには、いつも以上にキラキラとした輝く笑顔を携えて、当然のように腕を広げて早足で近づくとギューギューと抱きつく。
まるで生き別れの肉親に会ったかのような錯覚に陥るが、『朝一緒に通学しているよね?』という言葉は空気を読んであえて誰も発さないのである。
私としても、妹に良くしてくれる妹の同級生に顔を繋ぐためにも、張り付く妹をそのままに、丁寧に挨拶をしてまわった。
「妹のアデラインがお世話になっております。
ジェライト伯爵家が長女、アマンダでございます。
少々ズレていることも有るかと思いますが、そこが可愛い我が妹をどうぞ宜しくお願いします。
何かあれば2ーAか、図書室に居りますのでご連絡くだされば幸いです。
あ、宜しければお近づきの印です。こちらをどうぞ」
持っていた手荷物から、冊子を手渡せば、面食らった妹のクラスメイト達は、手渡された冊子をマジマジと見つめる。
「次の試験対策冊子ですわ。1学年全範囲は、参考書として個々に販売しておりますので、ご希望であれば私に直接お声掛けくださいな。…じゃ、アディ、また放課後にね?」
切なそうな顔をした妹の頬を、諭すように優しく撫でてお互いの目的地へと足を進めた。
「な……なんですのコレ?!」
冊子をパラパラとめくって見つめる、妹のクラスメイト達は、驚愕の面持ちで食い入るように見つめていた。
姉の後ろ姿を見えなくなるまで見送った妹は、振り返ってコテリと小首を傾げる。
「姉様の対策冊子ですけれど?」
「ものすごく字が綺麗な上に、図解付きで易しく詳しい…!ポイントとなる部分にちゃんと印がついていますわ…!」
「そうなのです!姉様の字はとっても美しくて、筆記体で書かれる字は芸術そのものですの。下手な絵画よりもずぅっと見つめていられますわ」
『いや、それもどうかと思うけど』やはり空気を読んだクラスメイトは、口には出さなかった。
この冊子のおかげ(?)で、受け取ったクラスメイト達は成績を上げ、噂が広がり、参考書が売れに売れたのは余談である。
妹とフレディを会わせたのもすぐのことで、図書室で本を読み漁る私の元で、妹は自身の勉強をしていた時のことだった。
「やぁアマンダ嬢。そちらが噂の妹君?」
妹の勉強に肩を寄せ合って教えていたところ中断して顔を上げれば、すっかり気心の知れた1学年上の先輩は、爽やかな微笑みを携えて立っていた。
念のためと立ち上がり、釣られて立った妹の横に立つと、声を抑えながらも紹介をした。
「あぁ、フレディ先輩。そうです。
こちらが私の自慢の妹、アデラインです。
どうです、心の美しさが滲み出るような可愛さでしょ?フレディ先輩も少しは浄化されたんじゃないですか?」
「浄化って……初めまして。フレディ・シューコットです。お姉さんとは図書室での勉強仲間だよ。事あるごとに自慢された、妹さんに会えて光栄です」
握手を求めてサッと手を出されると、妹はその手を見つめて、私に目を向けてくる。
その仕草に目を細めながらも、視線だけで頷けば、恐る恐る握手を交わしたのだった。
こうやって初対面を過ぎれば、何かと図書室に入り浸る3人も直ぐに仲良くなっていった。
ある日フレディは、仲良く肩を寄せ合う姉妹の向かいに座りながら聞いた。
「アデライン嬢は、もうどなたか決まったお相手がいるの?」
「?いいえ?」
「そうなの?家は君が継ぐと聞いたので、もう決まっているかと」
視線を彷徨わせた妹の背を優しく撫でてると、私は徐に口を開いた。
「妹には夢が有りまして。家を継ぐことは……なんとも言えない状況ですね」
「……養子を?」
「それをどうするかは、父の判断に任せます」
「そうか、不躾なことを聞いてすまなかった」
気まずい空気を払拭するように、明るい調子でフレディが謝ると、帰宅時間が迫り、それぞれの帰路についた。
馬車の中で、落ち込んだ面持ちの妹がポツリと溢す。
「お姉様……本当に良いのでしょうか…」
「あなたの人生はあなたのものよ。
母の思惑に乗る必要なんてないわ。準備は進んでいる。私も付いているんだから、思うままにして良いのよ。それとも私だけじゃ不安かしら?」
「そんなことないわっ。姉様がいなかったら、私……」
「卒業まで頑張りましょう?卒業したら、そこからは……」
潤む瞳を向けて、儚く微笑む妹を励ますように優しく頭を撫で続けた。
あっという間に1年が過ぎ、フレディが卒業すると、『3人で会うことも無くなるか、寂しいねぇ』と軽く思っていたのだが、フレディから博物館や絵画展など、時々誘いが入るようになった。
お誘いのお手紙を見た母は
「公爵家からアデラインにお誘いですって!流石だわアデライン!
やはり美しい我が娘ですもの、一目で心を奪ってしまったのかしら?ああ、新しい服を仕立てなくては……帽子も日傘も新調しましょう!」
と、大層舞い上がった。
それを妹が困った顔をして諫めた。
「お母様、お手紙はお姉様宛でしてよ。“良ければ妹さんも”と有るでしょう?
新調するなら一緒にするべきだわ。私だけなんて嫌よ」
「まぁ、心優しいのね。
コレは遠回しに貴女を誘っているのよ。アデラインが美しいから直接は恥ずかしかったのでしょう。アマンダへは付き添いの依頼なのだから、新調して目立たせる必要なんてないわ」
「……どこをどう見たらそう読めますの?
兎に角、私だけ仕立てないで。姉様も一緒じゃなきゃ新調もしないし、行きたくもないわ」
「ほんとお前は優しいのね。仕方のない子ですこと」
渋々引き下がった母を見て、私にウィンクを送った妹は、離れた位置に座っていた私の手を取ると、早速仕立て屋を呼んで新しい外出着のデザインを検討したのであった。
翌月。
淡いラベンダー色の濃淡でストライプを表した生地に、白いレースで胸元を飾った清楚なワンピースに身を包んだ私と、桃色の色違いのワンピースに身を包んだ妹が揃ってエントランスで待つフレディの元に行くと、滅多に家にいない父と、得意顔の母が一緒に待っていた。
まぁ、雲の上である公爵家の嫡男が誘いに来れば、然もありなん。
「シューコット様、本日は娘のアデラインをお誘い頂きありがとうございます。どうぞ宜しくお願いしますね」
ドヤ顔が暑苦しい母がそう言えば、父はやって来た私達に目を向けて迎えた。
「二人とも何かと無作法があるやも知れませんが、寛大な目で見ていただければ幸いです」
父がフレディに目を戻して口にすれば、隣に立つ母はムッとして父へ言い返す。
「アデラインは所作も美しくて、心配なんて必要ありませんわ。
さぁ、こちらへアデライン」
呆れを顔に出さないように気をつけながら、妹と一緒に歩み寄れば、困惑の色が混じった笑顔のフレディが、お決まりの文句を口にする。
「やぁアマンダ嬢、アデライン嬢。二人ともとても素敵な装いだね。
色違いだけどそれぞれとても似合っているよ。今日は両手に華で周りに羨ましがられてしまうかな」
「フレディ様、妹共々お誘いいただき感謝いたしますわ。本日はどうぞ宜しくお願いします」
両親の手前なので、丁寧に淑女の礼をすると、母は案の定、私を視界に入れずに妹をひたすら絶賛した。父は落ち着くようにやんわりと諫めながら、早く行けとばかりに視線を送って来たので、妹と共にフレディ様の馬車へ乗り込んだ。
馬車は滑らかに目的の場所へ走り出し、また3人だけとなった空間で、各々脱力する。
「いやぁ、アマンダ嬢から聞いてはいたけど、予想以上に……その…」
「強烈でしょ?アレでも人前だったのでマシなんですよ。ふふふ」
「もう、お姉様ったら、怒っても良いのに……お姉様が許してくださるなら、私が声を上げておりましたわ」
「まぁ、私のために怒ってくれるなんて、やっぱり世界一の妹だわ……!」
「もちろんだわお姉様……!」
「あー、ハイハイ、そこから抱擁してベタベタする流れは分かったから。
今日行く隣国で流行中の絵画展なんだけど、画商のオーナーと話せるようにしたから、時間いっぱいまで話せると思うよ」
「「流石先輩!」」
「もう先輩じゃないんだけど、まぁ良いや」
こうして途中ティータイムや昼食を挟んで、出だしの疲れを忘れた3人は、楽しく過ごしたのだった。
休日をこうして過ごすうちに、妹に意中の相手がいるという噂が流れ始めた。
まぁ、もちろん出どころは母ではあるのだが。なんの約束もない、むしろ3人で出かけている現状をねじ曲げて吹聴するのは、如何なものかと思い、私は“うちの母が迷惑を掛けてごめんね” という内容の手紙を出した。
返信には手紙を勝手に読む母対策のためか、“全然気にしていないよ”という内容が貴族的な遠すぎる言い回しで書かれていた。
***
翌年。
首席で卒業を迎えた私は、無事王宮勤めの道に進むことができた。
卒業式では卒業生、在校生共に涙ながらに卒業を惜しまれ、どこか悲壮感漂うお式と成り果てた。
逡巡して私は、皆が周りに集まる中、聞こえるように声を張った。
「同級生の皆様、出来ることがあれば微力ではございますが相談に乗りましょう。
そして在校生の皆様、参考書最終改訂版は図書室に複数部寄贈しております。
貸し出しとなりますので、複写となりますがどうぞお使いくださいませ」
そう言うと、卒業生は微笑み合い、涙に濡れていたはずの在校生は歓声を上げ、喜びの涙にすげかわっていた。
……そんなものよね。うん。
寂しそうにする妹と共に一旦家に帰ると、卒業パーティーへの準備にかかる。
もちろんドレスは無かったので、制服で出るか?と考えていたら、何故かフレディがお祝いと称して届けてくれた。
「律儀な人だな」と苦笑して、宝石類は妹に借りて身に着けると馬車に乗り込んで、パーティーへと急いだ。
会場入り口では、フレディが数人と談笑しながら待っていてくれた。
声をかけると振り返り、私を見て目を見開く。
「……アマンダ嬢?」
「ええ、はい。お待たせいたしましたわ」
「…………あ、その……」
「馬子にも衣装でしょうか?」
「違うよ、思った以上に似合っていて……とっても素敵だ。感動すると、言葉は詰まって出てこないものなんだね」
「まぁ、お上手ですこと。お化粧は初体験なのですが、別人のようでしょう?自分でも驚きでしたのよ」
ペチペチと自分の頬を叩いて見せると、何か言いたげだったフレディは苦笑して、「まぁ良いか」と呟くと、どこか赤く見える顔をそのままに腕を差し出して、「どうぞ、レディ?」と悪戯っぽい笑顔を向けてくれた。
くすぐったい気持ちになった私は、顎をツンと前に出して「よろしくてよ?」と澄まし顔で答え、卒業パーティーの会場へ歩を進めたのだった。
***
王宮勤めを始めた私は、住まいを王宮の女子寮に移し、学生時代に稼いだ小遣いで、身の回りのものを恥ずかしくない程度に揃えた。
休日は妹と、偶に妹のクラスメイト(女子)やフレディと過ごした。
忙しいながらも充実した日々を過ごしていると、慣れて来た頃にそれは届いた。
母からの手紙だ。
1枚に書き連ねた文章は、「言わないと連絡もしてこない」「察しろ」「恩を返せ」などなど、書き殴るような汚い字で書かれていたが、要約すると「金を送れ」の一言だろう。
マルッと無視をして、焼却炉へ投げ捨てておいた。
しかし、新しい職場へ乗り込んでこられても困るので、給料の1/7程度を包み、手紙を返すことにした。
「お母様へ。
何も持たずに出ましたので、身の回りのものが必要となり、こちらも先立つものが必要だったのです。
下働き同然の私ですので、この数ヶ月は用立てられませんでしたが、私が今お渡しできる精一杯のお金を同封いたします。ご理解下さいますよう。
次回も数ヶ月はお待ちくださいませ。
アマンダ」
……嘘だけどね。
王宮の下働きになっていると思い込んでいる母には、それで目眩しが出来るだろう。
内心ほくそ笑んで投函してやった。
そうして時々、幾らかお金を送りながら、平穏な日々を過ごしていると、妹の卒業式が近づいて来た。
そんな日の週末、明らかに青ざめた顔をした妹が、狼狽えながら話してくれた。
「お姉様……どうしましょう、バレたかもしれないわ」
「どうしたの?」
「隣国へのチケット、見つかったかもしれないの」
「…………お母様には何か言われた?」
「いいえ、何も言われなかったわ。上機嫌だったくらいよ」
「……様子を見ましょう。聞かれたらそうね……私からの預かりものだとでも言っておいて。後は適当に誤魔化すわ」
「ごめんなさいお姉様……まさか学園に行っている時に、勝手に私室へ入られるとは思っていなくて。
片付けておいたのだけど……鍵付きの引き出しに入れていなかった私が悪いのだわ」
「いいえ、アデライン、許可なく漁る方がいけないのよ。貴方のせいじゃないわ」
流石に幾分かショックを受けた私は、それでも妹の肩を抱きしめながら、「大丈夫よ」と自分にも言い聞かせるように繰り返した。
そんな衝撃的な告白の翌週、母から呼び出されて、近くのカフェで待ち合わせて会うことにした。
私と同じ平坦顔の母は、似合いそうにない派手な服を着て現れると、世間話もせずに切り出した。
「今月どれくらい用立てられる?」
「……なんですか?藪から棒に」
「アデラインが私のために、家族旅行をサプライズで用意してくれてるみたいなのよ」
「……(なんとなく察し)。サプライズなら、用意は要らないんじゃないの?」
「チケットの期間は私の誕生日だったの。
きっと驚かせたかったのね?だから知らないふりをしてあげないとでしょ。
あの子と一緒に歩いても恥ずかしく無いように磨かなきゃならないじゃない?」
「…………はぁ、スパにでも行くのですか?
お父様にお願いすれば良いじゃないですか」
「服や靴、装飾品を買ったら今月の予算無くなったのよねぇ。だからあんたに言っているんじゃない」
磨く必要ある?と同じ平坦顔を持つ母に問いかけたくなるが、ぐっと堪えて申し訳なさそうな顔を作る。
「お母様、来月になりますが、なんとか頑張って前回より1枚多く入れて送りますわ。
私のような新人にはそれほど多く包めるものではありませんもの…………」
「ほんと役立たずね、長女なのだからしっかりしなさいよ、まったく……
まぁいいわ、あんたも美しいアデラインを見習って、母親の誕生日に何か用意しようって気は起きないものなの?」
「……そんな余裕があれば、お包みした方が良いのではないのですか?
用意する場合は、お金は送れなくなりますよ?」
「チッ……仕方ないわねっ。あんたみたいなセンスのかけらもない子から物をもらったって嬉しくないもの。要らないわよ」
「そうですか……あの、ところで私、成人になったのですが…」
「だから?結婚?自分でなんとかしなさいな。支度金は無いものと思ってね。
はぁ、それくらい自分で考えて勝手にやってちょうだいよ。いちいちほんとに……」
「畏まりました…」
苛立たしげにそう吐き捨てると、母は食べ散らかした分を支払う気もないようで、そのままバッグを持って出て行った。
「……品のない。ええ、勝手にさせていただきますわ」
注文書を指で挟んで立ち上がると、私もさっさと店を後にした。
妹には会った時に、母のことを話して安心させて、二人で準備を進めていった。
「他には……」
「その時に買えばいいから大丈夫よ」
「そうね、お姉様…………」
不安そうな、申し訳なさそうな顔を向ける妹の髪を優しく撫で、安心させるように微笑む。
「大丈夫、申請も出したわ」
「ごめんなさい……本当に……私なんかのために」
「それ以上言ったら怒るわよ?
貴女は素晴らしい世界一の私の妹なの。
幾ら貴女でも侮辱したら、怒るどころでは済まないわよ?そうねぇ、子供の頃みたいに泣いて謝ってもくすぐり続けようかしら?」
「やっっっやめて!ごめんなさい!」
「やだわ、この子ったらまだわかってないみたい。ずいぶん言い聞かせたのに」
はぁ……と態とらしくため息を漏らして頭をゆるくふれば、妹は苦笑してから言い直す。
「お姉様、本当にありがとう、大好きよ!」
「まぁアデライン、両思いね?嬉しいわ。
さぁメソメソするのは終わりよ?決行日は直ぐそこなのだから」
「はい!」
私たちは微笑み合い、あれこれと準備を進めながら未来に胸を膨らませた。
****
妹の卒業式当日。
私はこっそりと妹の晴れ姿を見に行った。
母がいなければ堂々と行くのだが、コレばかりは仕方がない。
卒業生の一員として胸を張る妹は、薄らと頬が染まっていて可愛いことこの上なかった。
名前を呼ばれ、誇らしげに壇上に登って証書を受け取ると、場違いな拍手が鳴り響く。
もちろん母だ。
妹は恥ずかしそうに一礼して下がっていった。
何がしたいのだ、あの人は。
卒業パーティーのために母と妹は一旦家に帰り、その後着飾ってやって来るのだが、私はそれまで近くの宿屋へ入り、待つことにした。
*****
数日後、現在私は隣国の中流向けの宿に滞在して妹と共に寛いでいる。
上司には行き先を、フレディには詳細を伝えてあるので伯爵家の大騒動は手紙で知ることができた。
そう、私たちは現在出奔中なのである。
子供の頃から親に捨て置かれ搾取だけされる私、そして親と似ず美しく、持てはやされた妹。
初めは「なぜ」「どうして」と憤りもしたが、妹も同じように悩んでいたのだった。
── 余りにも似ていない容姿に。
母に聞くこともできず、まして父に言うこともできなかった妹は、一人押しつぶされそうになっていた。
そこに同じく押しつぶされそうな私が通りかかり、お互いに胸の内を曝け出した。
家で唯一の味方である妹の悩みを晴らせないかと書物を読み漁り、妹は母へ私への態度を軟化させるようにと努力した。
妹のおかげで、体罰や食事を抜かれるということも無かったのだと、今でもそう思う。
私の方は悩みを晴らせるようなものが無く、勉強のためと王立図書館へと出向いても見たが、晴らすどころか疑いがだんだんと確証に近づくだけだった。
「我が伯爵家は妹のアデラインが婿をとって継ぎます」
母が放ったこの言葉に、その時の私は納得したが、まだ疑い程度の悩みだった妹に話すと、ひどく狼狽していた。
「わたし、お父様の子じゃなかったらどうしたらっ!正統な血筋でないかもしれない私が……!お姉様が手に入れるべきだわ!どうしたら……!」
伯爵位は父の家系で受け継がれてきた。
妹の言う通り、血統を重んじるなら私が継ぐべきなのだろう。しかし、母は一切考えていない。
父は関与せずを貫き通し、今更親子の情などもなかった。
「困ったわ、私も特に欲しくないし、貴女もなのね」
困った困ったと頬に手を当てて、コテンと首を傾げると、悲壮感漂っていた妹はぽかんと口を開けていた。
「まだ分からないんだし、調べ続けましょう。それでどうしようもなくなったら、二人で抜け出ましょう」
「ぬけ…?」
「出奔よ」
「出奔?!」
声が大きいわと妹の口を指で塞げば、申し訳なさそうにしゅんとした。
「いい?もし貴女がお父様の子でなくても、私の妹であることは間違いなく、私が貴女を大好きなことも揺るがないわ」
いい?ともう一度言えば、頬を赤くした妹がコクンと頷いて、続きを待つように大きな瞳を潤ませながらじっと見つめる。
「私は父母に対して親愛も情のかけらさえ見つけられないわ。他人みたいに感じることが多いわね。これだけされて、やっぱり継げと言われても、まっぴらごめんよ。
二人で努力して、無理なら成人する年に出奔しましょう」
「おね…様……」
呆然とする妹に、選択肢を与えるように、口を開く。
「まぁ、嫌ならいいのよ?出奔しないにしても、私が外に出ることは決まりみたいだから」
「やだ!一緒に行く!お姉様と一緒がいい!」
ギュッと抱きついてきた妹を抱きしめ返しながら、私はもう一つ妹に言葉をかける。
「貴女は将来やりたいことを見つけなさい。
お嫁さんでも、勉強したいでも、何処かへ行きたいでも何でもいいわ。
この家を継ぎたくなったら、従兄弟でも探して結婚すればいいのだし」
「やりたいこと……?お姉さまにはあるの?」
「王宮文官よ!安定収入と高給取り。そして自分の家を手に入れるの!」
またもポカンとした妹は、やがてクスクスと笑い出し、私も一緒になって笑い出したのだった。
そんな幼い日に約束を結び、二人で努力する日々のなか、突然転機は訪れる。
フレディを含めた3人で、有名なカフェに訪れた時だった。
テラス席で目に入った男女のカップルが居た。
隣国で流行している最先端の細身のスーツを着こなす男性は、艶やかな癖のある黒髪を後ろへ緩くなでつけ、男性にしてはぱっちりとした黒い瞳が印象的だった。
何処かで見たなと思っていると、妹が私の袖を引いて佇んでいた。
「アディ……?」
どうしたのと傾げれば、その男性もまるで呼ばれたかのように、パッとこちらに振り向いた。
妹と男性は時が止まったかのようにしばし見つめ合っていた。
それはうっとりと言う様なものでもなく、二人の顔に浮かんでいたのは“驚愕”だった。
私はフレディへ個室の利用を尋ねてもらう様にお願いしてから、男性へと近づく。
「お取り込み中失礼致します。アマンダと申します。
もしこの後お時間ございましたら、少しお話しさせていただきたいのですが」
「……ああ、構いませんよ。少し待っていてくれますか?」
無事個室を確保して、男性へと言付けると、3人で席を囲み、男性の訪れを待った。
ややあってからやって来た男性は、一つ息をついて挨拶をした。
「初めまして、僕はアデルバード・ロクザンヌ。
ロクザンヌ商会の者です」
それぞれに挨拶を返し、ひとまず席についた。
「驚いたよ、急に愛称を呼ばれた気がしたから。君もアディという愛称なんだね」
わざとなのか、砕けた口調で緊張感のかけらもない、ともすればこれが商人気質なのかと感じてしまった。
核心をついた質問をすると、アデルバードはやっと気まずそうな顔になった。
「まぁ、そうなんじゃないかな。ここまでそっくりだと疑いようがないよね。
娘……かもしれない子に言うのは何とも気まずいね。ハハッ…
ジェライト伯爵夫人とは、まだ修行中の時に知り合ってね。僕は若かったし、彼女は鬱憤が溜まっていたんだと思う。誘われるまま一定期間逢瀬を重ねて、修行期間が終わったから本店のある隣国へとお別れして帰ったんだ。…………まさかまさかだよ」
眉尻を下げて笑うアデルバードは、参ったねと呟いて頭を掻いていた。
「アディ……アデライン、どうする?」
泣き出しそうな妹の肩を優しく撫でれば、表情が見えなくなるまで俯いてしまった。
頭だけしか見えないが、その頭からは小さな声が聞こえた。
「どうも……しなくていいわ。責任取ってとかそんなの要らない。真実が知れた。それだけで十分だわ」
「そう…わかったわ。
アデルバード様、こちらから何か求めることも請求することもないでしょう。お時間を頂き、ありがとうございました」
まだ20代後半かと思われる若々しい容貌のアデルバードは、申し訳なさそうに、しかしどこか安堵の色をにじませた顔で席を立つと、「済まなかったね」と一言言いおいて去っていった。
「フレディ先輩、お茶でも頼みましょう。
お願いできますか?」
姉妹だけで相対するといった私に、知人でもない男性と個室に居させられない、見知ったことは口外しないと言い、約束通り何も言わずに付き添ってくれたフレディは、給仕にお茶と摘めるようなお菓子を頼んでくれた。
そんなフレディに感謝を述べながら、運ばれてきたお茶やお菓子を妹にも勧めた。
落ち着いた頃、妹は固い決意のこもった瞳で私を見つめ、その決意を口にした。
「お姉様、迷いがなくなったわ。
─── 私も家を捨てます」
****
こうして改めて姉妹出奔計画を、進めていった。
その過程で上司へと相談した。
貴族じゃなくなっても、仕事はこのまま継続可能か?と。
もうすぐ50歳になるであろう上司は、私の境遇や出奔計画を話すと、頭を抱えていたが、ある提案をしてくれた。
「確かに成人になれば、家を継がない者は、きちんと手続きを踏むことで貴族籍を抜けられる。
しかし文官には貴族であったほうが優位なことの方が多く、女性ともなれば尚更だ。
お前は優秀だし、出した改正案も有用。より円滑になったと感じている。平民にさせるには惜しい……なのでお前、俺の養子になれ」
「……へ?」
「幸い俺と妻には跡継ぎが居るし、息子も嫁がいて家は大半任せている」
「いや……ちょ……」
「そのまま養子に貰えば、家同士でやり取りせねばならん。後々面倒になることは目に見えている。
一旦貴族籍を抜け、日を置いて養子に取る。いいな?他の偽装はこちらで任せろ」
「そっそこまでお手を煩わせるわけには……!」
慌てて上司を止めれば、上司はニヤリと悪い笑みを浮かべて続けた。
「そのかわり、バンバン仕事をして貰うからな。覚悟しておけ」
凄みさえ感じる上司の、極悪な笑顔に何も言えず、私は引きつった笑顔を浮かべて頷いたのだった。
平民になるはずが、上司の侯爵家に入ることになった私は、会うことになっていた妹とフレディへと報告した。
「平民になった後、侯爵家の養女になるみたい」
「「え??!」」
事の顛末を話すと、妹は良いんじゃないかしらと喜び、フレディは上司の家名を聞いてからいい笑顔で同意していた。
「じゃもう一度確認するわね。
私は一旦平民になる手続きを済ませておく。
アデライン、卒業式後のパーティーは出席せず、着替えて一式を売却。
そのまま最終便の鉄道に乗り込んで隣国へ行く。
2週間ほど滞在したら帰国して私は上司の家に行って養子縁組手続き。アディは出版社の女子寮へ行って入寮手続きなど諸々ね」
妹は文学に目覚め、数カ国語が堪能になり、翻訳家の道に進むことを決めた。
大きな出版社で女子寮を抱えるところを選び、平民のアデルと名乗って面接を受けた。
その中で、女性ライターや作家を多数抱える出版社に無事就職が決まったのだった。
そうして隣国へと辿り着いた今、方々からの手紙で近況を読み込んでいる。
「どう?お姉様」
「母は半狂乱で貴女を探し回ったみたい。
私に協力させるために王宮まで乗り込んできて、私を出せと喚いたそうよ」
しかし、これに対して王宮の女官長は一蹴。
「現在下働きにそのような名前の者はいません」
そう返されると、母は「勝手に辞めたのか!」と鬼のような形相で喚き散らし、あまりの酷さに城の衛兵に摘み出され、出禁を言い渡されたそう。
そして父と母へそれぞれ手紙を出した。
母へは、私は母の「勝手にしろ」の言葉通り、爵位も継がないので権利を行使し、貴族籍を抜けて平民になります。お世話になりました。
妹は母の不貞を知ったそうで、心を痛めておりました。爵位継承の権利がないと言い出奔するそうです。といったことを簡潔に。
父へは、母より継がせないと言われていたこと、父も知りながら何も言わなかったので同意したと捉えていること、既に貴族籍を抜けたこと。
そして妹は父の子ではないと、本当の父に会い知ってしまったこと、申し訳ないと謝罪していたことを書きしたためた。
帰国する頃には、粗方決着が付いていると思われる。
「さて、落ち着いたし色々回りましょうか」
「まずは図書館ね。お姉様も?」
「明日からこの国の外交担当さんと顔つなぎの挨拶回りして、お話聞いたり。
アディ、通訳の勉強にもなるし付いてくる?」
「いいの?!」
「私に通訳は必要ないけど、見習いだと言えば良いでしょう」
「お姉様大好き!!」
「知ってるわ!さぁ行きましょう」
上司に、問題を片付ける上で必要な隠れる期間として休暇届を申請すると、何故か一部期間が出張期間となっていた。
目を丸くする私に、「ついでだから挨拶回りしてこい」と言った上司は、なかなかの人使いだと思う。
誰に憚ることなく短い期間ではあるが、見聞を広めながら仕事をすることは楽しく、あっという間に滞在期間は過ぎていった。
帰国した日、駅のホームで待っていたのは、フレディだった。
「お帰り、二人とも」
いつも通りの和かに微笑み佇む彼に、私は思わずポロリと溢した。
「ほんと、律儀ですねぇ先輩」
フレディは苦笑し、妹は呆れたような息を吐いた。
「そろそろ気づいても良さそうなものだと思うのは、僕のわがままなのかな?」
「いいえ、先輩。邪魔している私が言うのもなんだけど、お姉様はどうやら相当鈍いみたい」
何?と眉を顰めて二人の顔を見れば、フレディは、私の手を取りじっと見つめてきた。
「あのね、幾ら何でも後輩っていうだけでここまで付き合う奴なんていないだろう?
君が好きで、頑張る姿が愛しくて、ずっとそばにいたいと下心を抱えているからに決まっているだろう?」
ポカンと口を開く私は、フレディの言葉を脳内で咀嚼した。
─── フレディが私を好き?
「好きでもない子にドレスなんて贈らない。
毎回休日にアデラインと牽制し合って約束を取り付けたりしない…それでも勝手に付いてきたけどね。
平民になると言われた時は、どうしようかと本気で悩んだけど、侯爵家の養女になるなら都合がいいね」
─── 都合??
「君の気が向くまでは婚約しておいてくれる?結婚してもお仕事続けてもいいよ?
家は僕の方が王宮に近いし、一緒に住めば王都に家も手に入るね」
「え??」
「君が言ったんだろ?
家は王都で。結婚は、働き続けても良いという人がいて、かつ気が向けばって」
「言った…かも?」
「全て条件が揃っている上に、僕は君を愛している。ね?」
出会った頃と違って、熱の篭ったグリーンサファイアのような瞳に見つめられ、手に口付けられた時、ようやく言葉を理解した私は、フレディへ言葉を返した。
「先輩、私のこと、好きだったの?!」
真っ赤になった顔で目を見開いていた私は、「ようやくか」と笑う─と言うより失笑?した二人に益々恥ずかしくなって顔を隠した。
「やっと伝わった。すぐにとは言わないから、返事をくれると嬉しいな。ひと段落着いたら手加減せず攻めに行くから。覚悟して?アマンダ」
優しくキュッと抱擁されると、妹が声を上げる。
「ちょっとフレディ先輩、まだそこまで許してないわっ!お姉様に馴れ馴れしすぎよ!
はーなーれーてーーー!」
「散々デート邪魔しただろ、2週間も独占したんだから大目に見てもいいと思うけど?
ちっさいこと言うとお姉様に嫌われるぞ?」
「そっっそんなことで嫌われないもんっ!」
涙目の妹と、私を抱きしめたままフレディが言い合うのを聴きながら、私は抱かれても嫌じゃないなと感じていた。
やがて笑い出した私に、言い合いを終わらせた二人は、計画通りに次へと進めていった。
私は約束通りに上司の侯爵家へ、付いて来ると言って聞かないフレディと一緒に出向き、挨拶を交わした。
険しい顔がデフォルトの上司は、対極に位置するような柔らかいややふっくらとした夫人、険しくはあるが上司よりやや柔らかいと言える次期侯爵の息子様、その妻の麗しい次期侯爵夫人と、総出で迎えてくれた。
皆歓迎ムードの中、上司は誰も言わないことを口にした。
「それで、気のせいじゃなければシューコット公爵家のご嫡男様じゃないか?
野暮かもしれないが、ここにいる理由はなんだ?」
「何度か夜会でお会いしておりますね。
改めまして、フレディ・シューコット。シューコット公爵家の長男です。
つい先ほどアマンダ嬢に結婚を前提に、交際を申し込みました。まだ色良いお返事は頂いておりませんが、諦める気は毛頭ございませんので、お見知り置きください」
慇懃に礼をするフレディに唖然としていると、上司は頭痛がするというように額に手を当てながら、追及する。
「えー……と、それはうちに養女に迎えるから、縁をつなぎたくてという……?」
「いえ、アマンダ嬢の問題が片付いたらハッキリと申し込む予定でした。
平民になろうとも、関係ありません。なんとかするつもりでした。
ただ、こちらに迎えられるのなら、先に話しておくほうが良いかと」
変な縁談が舞い込んでもね?と笑うフレディに上司は眉間を揉むと、「そうですか」と絞り出すような声を出し、一先ず中へどうぞと促してくれた。
恙無く養子縁組手続きが済み、養母となった侯爵夫人と次期侯爵夫人と話が弾み、王宮の寮を出て侯爵家に住むこととなった。
***
あれから半年、妹も無事出版社に就職、入寮が済み、仕事も慣れ始めてうまく回り出したようだった。
私はフレディの猛攻撃にあっという間に陥落し、数ヶ月後には婚約、「結婚準備はある程度進めておくからね」と恐ろしく輝く笑顔で宣っていた。
侯爵家のご夫人方には、お茶会という名の女子の恋話会を開催され、洗いざらい吐かされ、その中で「結婚しても仕事を続けていい」ということを約束していると伝えると、翌日養父となった上司に「一筆書かせておけ」と言われた。
フレディが笑顔で舌打ちした気がしたのは、きっと気のせいに違いない。
風の噂で実家の話を聞いた。
父は母の不貞を疑ってはいたようだが、色彩は同じだったし、幼い娘を前にすると言い出せなかったそうだ。
私の手紙を見た父は、母とすぐに離縁。
後添えを探すか血縁から後継者を探すかは検討中のようだ。
母は実家の子爵家に戻り、遠い領地へ押し込めるように連れて行かれたそうだ。
妹との絆以外はバラバラとなったが、月に何度か会う妹とはずっと変わらない大事な姉妹として笑い合えればいいなと思っている。