その後④ ルリ
「じゃあ行ってきます!!」
「はい、気を付けてくださいね」
「うん、行ってらっしゃい」
「お兄ちゃん私に頑張れのぎゅーして!! キスでもいいんだよ!?」
「はいはい、キスは他にいい男見つけてその人にしてもらってね。ほら、今日も頑張って」
お兄ちゃんはそう言って私を優しく抱きしめてくれる。
私はどちらかと言うと力の限り抱きしめてほしいし、抱きしめたいけどいまのお兄ちゃんはそんなに力がないし私が強く抱きしめた日にはもう全身複雑骨折になってしまうに違いないから頑張って抑える。
この気持ちはそこらの魔物にぶつけよう。
「じゃあ行ってきまーす!!」
こうして私は今日も依頼に向かう。
*******
冒険者。
それは今の私の職業であり昔からずっとあるモノ。
ただ、昔とは少し仕事が異なっている。
結論から言ってしまえば今のこの世に魔王なんてものは存在しない。
かつてあれだけ人間もエルフも脅かしたすべての元凶である魔王がだ。
そもそもかの『勇者』が魔王に致命傷を負わせ、勢力が非常に弱くなったこともあるがあの後人間とエルフの連合軍でいとも簡単に魔王は討伐されたのだ。
だが魔王は一つとんでもない置き土産をこの世に残していった。
それこそ今私たちが戦い続けている『モンスターゲート』と呼ばれるもの。
そのゲートは突然この国に出現し、魔物を吐き出して消える。
今の技術をもってしても先に予測することは出来ないわほっておいたら勝手にコロニーを形成してどんどん力を持つわで中々鬱陶しのだ。
だから私たち冒険者という職業は今も必要とされているのだけど。
そして私は今日も冒険者ギルドで依頼を受け取り、魔物のコロニーの殲滅に向かう。
一つ助かるのは魔物は言葉を話せないことくらいか。
だから特に罪悪感なく倒すことができる。
そもそも魔王が吐き出しているものだから感情があるのかすら怪しい。
「よし、今日のところはこれで終わりね。このあとはギルドに戻って報告してー・・・」
与えられた場所に出向き、魔物を倒して依頼主に判子をもらう。
そしてもう一度冒険者ギルドに戻って依頼が終わったことを伝え、報酬をもらってあの小屋に帰る。
全ていつも通りの日常。
もう何年も続けている変わらないルーティーン。
だけど私は一つだけ、あの6人の仲間たちにも伝えていない秘密があった。
私は冒険者ギルドを出てその足で元エルフの国があった場所へと向かう。
ここは成長スピードが遅いエルフが成人になるまで親と過ごす特別区域。
昔のような国境とは違う、単純に人間とエルフの両者が気を使って作られた区域だ。
子供のエルフは親と共にここで人間でいう18歳くらいまでの大半を過ごし、やがて王国へと旅立つ。
それがこの国の決まりのようになっていた。
そしてここにはとある大きな病院がある。
それは今も人間につけられた傷傷がいえないエルフが心や体を癒すために建てられた病院が。
いつものように病院の受付を済ませて、いつものようにもう何回通い詰めたかわからない病室の扉を開ける。
そこには、眠ったままもう何百年も目を覚まさない母の姿があった。
**********
きっかけは本当に偶然だった。
人間とエルフが完全に手を取り合い、無遠慮に引かれた国境という名の結界が取り払われ数か月が経過したとき。今からは大体50年ほど前だったか。
その時人間の国にいるエルフの書類をあの6人で整理していた時に見つけたのだ。
母の名前を。
しかも戸籍や住民票と言った書類ではなく、とある病院のカルテから。
最初は何のことかわからなかった。
だって私たちは戦争を起こす前にすべてのエルフを探し出すことができる探知魔法を使ったし、その時母に会うことは出来なかったから。
それに今は無き『エルフィセオ』が建国された後も私の母の情報は一切なかったから。
じゃあなぜこの時になって初めて母の存在が明らかになったか。
それは私が母のいるところを訪れた時に初めて分かった。
―――私の母はもう何百年もずっと死の淵をさまよい続けていたということが。
また、それにより私たちが発動した魔法に引っかからなかったということが。
私が彼女の眠っているらしい病院に駆けつけると、そこには本当にいたのだ。
私の想像の中で今も生きている母の姿が。
その病院の院長に話を聞くと、なんでも私の母はもう何百年もこの病院に眠っているとのことだった。
まだエルフが奴隷だったときも、戦争中も、国境が引かれていた時も、院長が何代目になっても。
話を聞くと私の母はとある研究者に買われ、非常にひどい扱いをされたのち捨てられてしまったのを当時のその病院の院長が拾い上げてくれたらしいのだ。
そしてそれからというものずっとこの病院で一種の守り神のようにずっと夢の中にいるらしい。
なんと栄養を摂取せずともずっと心臓は動き続けているらしいのだ。
だから全く迷惑は掛かっていないとその病院の院長さんは笑ってくれた。
お母さんも私と同じように人間に救われていたのだ。
だけど母をこんな風に動けなくしたのは人間。
でも、そんな母をずっと見守っていてくれたのも人間。
私はこの時、正直自分の感情がいまいちわからなかった。
それは今もだけど。
結局私はそんな目をつむったままの母をエルフの病院に運んでもらい、それからは毎日欠かすことなく母の顔を見に来ている。
こうやって眠っていると言ってもエルフは寿命がある。
私は母の年齢がどれくらいかは知らないし、もしかしたらもう二度と目を覚まさないかもしれない。
だけど、光の粒になってまだ消えていないということはまだ心臓は動いているのだ。
「お母さん、今日も来たよ。ほら、綺麗なお花。お母さん確かお花好き・・・だったっけ、あまり覚えてなくてごめんね」
私は花瓶のの水を変えて新しい花を挿す。
もう記憶もあいまいだ。
全部お兄ちゃんたちの生活に上書きされてしまっているから。
「お母さん聞いてよ、今日お兄ちゃんに『キスは他にいい男見つけてその人にしてもらって』って言われちゃった。私なんて恋愛対象にないってさ。はーあ、まぁあの中で私は子ども扱いなのは仕方がないけど・・・それでも少し悔しいな。お母さんはどう思う?」
勿論返事なんて帰ってこない。
だけれども話すのをやめたくはない。
もし、私たちが普通の親子だったらこうして今日あったことを家で待つお母さんに話していたんだろうか。
今日学校でこんなことあったよ。とか、私の好きな人にこんなひどいこと言われちゃった。とか。
「今日帰ったらごはん何かなー。昨日は確か魚だったから今日はお肉がいいな。そうだ、お母さんも目を覚ましたら一緒に行こうよ! ダニングおじさんは昔王城で料理長を務めていただけあって才能は完璧なんだよ! お母さんも喜ぶこと間違いなし、だよ!!」
途中まで窓を眺めながら話していたが、やっぱり母の顔を見て話したいと思い振り返るがもちろん目が開くことなんてない。
それが日常。
いつもと何も変わらない。
「さっきの続きだけど・・・、お兄ちゃんは私の事恋愛対象としてみてないみたいなんだ。それどころかあの三人にすら怪しいところだけどね。だから私もいい人見つけることにするよ。でも・・・、フィセルお兄ちゃんとお母さんが生きている間はちょっと無理かな」
「それにこの時代、エルフと人間が結婚するなんて御法度。流石にみんなそれはどこか心の中でわかっているんじゃないかと思うんだ。みんなどうするんだろうね。お兄ちゃんは人間ですぐ死んじゃうのに」
「お母さんはどう思う?」
「・・・わかんないよね。よし、じゃあ私は今日もう帰るね。明日も来るから!」
私はそう言ってお母さんの手を握り、そしてドアへと向かう。
何も変わらない日常。
いつもと何も・・・。
「・・・・・・・ル、リ・・・?」
「っ!?」
私は声のする方を向き、ほぼ光の速さでベッドへと戻った。
その風圧で周りの物が吹き飛ばされたがもうどうでもいい。
お母さんが目覚めた。
「ちょ、ちょっと待って!! すぐお医者・・・」
「ル、リ・・・。あなたは、好きな・・・人が・・・いるの?」
何百年も何も食べずに眠っていた人がどうして突然目覚め、こうして会話ができているのかわからないけれどお母さんが生きていることに間違いはない。
はやく何とかしなければと思考を巡らせ最善策をはじき出そうとしたが、私はなぜか悟った気がした。
今ここで私がすべきは医者を呼ぶことではないと。
「おかあさん!! そうだよ、いるよ!!」
「じゃ・・・あ、がんばら・・・・ないとね。おかあ・・・さん、おうえん・・・してる・・・」
「お母さん!? まって消えないで!! ずっと私のそばにいてよ!!!!!」
「ふふ、・・・もう、ルリは・・・、立派な・・・大人。私は・・・過去の人に・・・なる・・・べき」
「いやだいやだいやだ! そ、そうだ!?」
そして私は思い出した。
お兄ちゃんが開発した完全回復薬がカバンの中に入っていることを。
「お母さん待って、これ飲んでお願いだから!!!」
「最後に・・・、貴方と話せて・・・よかった。最愛の・・・私の・・・娘。がん・・・ばるのよ」
「お母さん!!!!!」
私の叫び虚しく、目の前のヒトが光の粒になって消えていく。
ただの日常、いつも通りの日常であるはずだった日。
私は物心がついてから初めて母と話して、そして失った。
カバンから取り出した回復薬だけが、大声で泣きわめく私の横で虚しくベッドの上に転がった。
**********
結局あの後病院の先生に話して、あの部屋を開けることになった。
空けることになったと言っても私があそこに持ち込んだのは花瓶くらいだし特に時間はかからなかったけどただひたすらに悲しさだけが残った。
もっと早く回復薬の存在に気づいていれば助かったんじゃないか、あのとき本当は先生を呼びに行くべきだったんじゃないか。
そんな思いが私の胸を締め付けた。
「はぁ。・・・これからどうしよう」
今の私には帰る場所がある。
だけど、なんだか帰る気にはなれなかった。
何となく心にぽっかりと開いた虚無感がずっしりと私にのしかかり、足の動きを鈍くする。
だがそんな外のベンチでうなだれている私の事なんて露知らず、ポケットに入れてある通信式魔法具がけたたましく鳴り響いた。
電話の相手はお兄ちゃん。
いつもならなってすぐに電話を取るところなのだがどうしてもとる気になれなかった。
スイッチを押さず、ただじっと鳴り響く魔法具を見つめる。
ただひたすらに音を吐き出し続ける魔法具を。
だけど少し、自分の中でも罪悪感か何なのかよくわからない感情が生まれてしまい結局長いこと鳴り響き続けていた魔法具を耳に当てた。
「・・・・・はい」
『あっルリ? どうしたのさ、もう夜だよ? 今日は帰ってこれない?』
「・・・・・わからない」
『そっか。・・・ルリ何かあった? 朝の元気がないよ』
「特に、大丈夫だよ。ただちょっと疲れただけ」
『そうか、任務お疲れ様。頑張れた?』
「・・・・・・・うん」
『じゃあ帰ってきたらご褒美上げなきゃだね。・・・待ってるよ』
プツン。と通信が途絶えた。
ふふ、今日のお兄ちゃんの感じだと完全に私が落ち込んでいることばれてるな。
いつものお兄ちゃんなら絶対ご褒美なんて言わないもん。
それにご褒美という言葉に心をここまで動かせない私もいつも違うけれど。
『待ってるよ』か。
そうだよね、私には帰るべき場所があるもんね。
「ほんっと、お兄ちゃんはずるいなぁ・・・。私が欲しい言葉をすぐにくれちゃうんだもん」
私の震える両の掌にある魔法具を握り、目の前に持って行く。
もう涙がいつからあふれていたかわからない。
病室であれだけ泣いたのにまだ出るか、私の涙。
お母さん、今の私は頑張れてるのかな?
お兄ちゃん、私が頑張ったら私の事を一人の女性として認めてくれるのかな?
「そうだよね、頑張らないと何も始まらないよね。私には帰る場所も、守りたい人も好きな人もいるんだから。うじうじしてるのは私らしくないもんね!!」
『じゃ・・・あ、がんばら・・・・ないとね。おかあ・・・さん、おうえん・・・してる・・・』
お母さん、私頑張るよ。
頑張ってお兄ちゃんを振り向かせてみせるよ。
せっかく最後に話せたんだもんね。
「お兄ちゃん、帰ったら覚悟しててね!!!!!」
私は星に包まれた空に向かって、腹の底から叫んだ。




