その後③ バン
本当にお久しぶりです、破綻郎です。
少し期間が開いてしまって申し訳ありません。
前書きという場所を借りて少し今後について綴ります。
私はこの物語を書き終えた後に同じ設定で全く違う物語を書きたくなってしまい違うところで書いていました。こちらでも上げるか悩んでいたのですが、この物語を完結させたのちに改訂版としてその小説を一から投稿するという運びになるかもしれません。まだどうするか未定ですが自分としてもこの物語にケリをつけたいのが一番です。
改訂版(仮)ですが今回こそタイトル詐欺ではない物になっているつもりなので、もしまた見かけたら応援していただけると嬉しいです。シリアスパートが混ざるのは変わっていませんが・・・。
それではこの小説の彼らの物語をどうぞ。
「な、なんでだよ!? みんな悔しくないの!? こんな風に種族の壁で打ち砕かれて、俺が目指したのはもっと平等で・・・」
目の前で二人の男性が言いあっている間も俺はずっと他人事だった。
その男性の一人はエルフでもう何百年も一緒に行動する同志、そしてもう一人は元俺の雇い主である。
二人は先ほどから種族の違いのせいで叶わなかった恋について口喧嘩が始まっているが、俺には到底関係のない話だ。
俺は今まで誰かと結婚の儀を交わしたということはない。
特定の女性とそういった関係になったことが一度もないと言うということだ。
そしてそれは多分これからも。
そんな自分を鼻で笑っていると、なにやらようやく話の着地点が見つかったようで先ほどまでの鬼気迫った雰囲気はどこかに流され平穏な食卓に戻った。
だけど俺だけは中々気分が戻らない。
『種族の壁で打ち砕かれて』
先ほどの主の声が頭を反芻する。
種族の壁以外にも人の想いを阻むものはあるんですよ、主。
**********
「そういえばバンは何かそういった話は無いの? もう400年近くたってるよ」
その日の夜、俺が風呂に入った少し後に主も入ってきた。
主は特に何も考えず来たんだろうけど、今の俺の精神状態では中々つらいものがある。
だけど俺は拒めない。
主は俺の中で絶対だから。
「いえ、そういった話は何もないですね」
「そうかぁ。バンは好みのタイプとかないの?」
「そうですね・・・、何度も言っていますが主が女性だったらタイプです」
「なんじゃそら。・・・バンも何かあったんじゃないか? 今日俺とダニングがぶつかり合ってるときいつもの君ならもっと早く、冷静に間に入ってくれたはずだ。でも今日はずっとどこか上の空だったじゃないか」
「・・・随分と廻りを見ていたのですね」
もしかしたらこの人は俺とだけ話がしたくて、風呂の時間を狙ってわざわざ来てくれたのか?
やめてくれ、その温かさは俺を溶かしてしまう。
俺は今の自分の顔を隠すため風呂のお湯を手でたくさん掬って顔にかけて流す。
貴方は知らないでしょうね、俺の想いなんて。
「まぁね。いや、言いたくなかったら別にいいんだけどさ。・・・みんなには幸せになってほしいから」
「みんなが幸せに、ですか。ダニングは幸せになれますかね」
「なれるといいけどこればかりはわからないな。あとはダニングしだいだ」
「・・・多分俺は幸せになれません」
自分だってどうしてこうなったかわからない。
生まれた時から、目を潰されるまでは普通に女性に興味があったし好意を持った相手もいた。
だけど、人間にエルフが滅ぼされてから俺の視界は真っ黒に染まりすべて潰えた。
そんな俺の目にいつまでも映り続けたのはたくさんの同志が苦しむ姿、守らなければいけなかった命の灯が次々と消えていき崩れ去っていく自分の故郷。
そして・・・俺の目に最後に映ったのはいやらしく笑う人間の顔だった。
とらえられた後、何度自分の首を掻き切ろうと思ったか。
でもそれは人間によってつけられた首輪によってかなわず俺は奴隷として売られた。
唯一残された最愛の妹と共に。
1500万。
それが俺の命の価値だった。
だけど主と会ったことで俺の視界は突如開かれ、さらには俺は抱えきれないほどの幸せを主に与えてもらった。
あんなつらい目にあったのは主に会うためだったと考えると、それだけですべてが許せた。
何度主に会えたことを天に感謝したことか。
ただ、主と会って2年ほどたったくらいだったか俺の中におかしなものが生まれたのは。
それは特に何の前触れもなく急な事だった。
いつものようにヴェルが主と話して頬を染めるたびに、シズクが主に抱き着くたびにうらやましいと思った。
ルリやアイナが頭をなでてもらっているたびに代わってほしいと思った。
今迄普通だと思っていた光景に嫉妬するようになってしまったのだ。
だけど同時にそれは叶わない夢だとも、悟った。
主の中で俺はそう言った立場じゃないから。
「頼れる冷静なブレーキ役」
俺がこの屋敷で与えられた役職はそうだった。
そうか、俺はうらやましかったんだ。
主に甘えられる彼女たちが。
もしかしたら彼女たちは頼られている俺がうらやましいというかもしれない。
これはただの無いものねだり。
嫉妬が醜く姿を変えた、歪んだ好意なんだ。
俺は・・・主に甘えたかったのか。
「・・・? バン? どうした大丈夫!?」
主の声が風呂に響き渡る。
少し自分の世界に入っていたみたいだ。
眼には涙が流れている。
「ごめんなさい、大丈夫です」
「そうかよかった。急に無言で涙流し始めるからびっくりしたよ。・・・君も何か抱えているんだね」
「大したことではありません。気にしないでください」
「いや、気にするよ。どんな屈強な人でも涙を流すのは異常事態だ。俺には言えないことなのか?」
「はい、言えません」
「どうして?」
「・・・・・」
「バン、君はいつも自分をそうやって殺す。たまには吐き出してもいいんじゃないか?」
「・・・これを吐き出したら、俺の培ってきたものが崩れ去ります」
「いいじゃないか。何があったって俺の中で君は一番頼れる最高の護衛、そして憧れってことには変わらないんだから」
「俺が・・・憧れですか?」
「うん。バンはいつだってかっこよくて強くて冷静で。完璧すぎるんだよ。男の俺からしたら憧れるに決まっている」
じゃあ、余計に言えませんねこんなことー。
「ありがとうございます。じゃあ・・・」
「でも、どこか我慢しているようにも思えるんだ。これは最初に会ったときからずっと」
「・・・我慢?」
「そう、我慢。完璧のように見えて破裂寸前の風船のようにぎりぎりを保っているみたいだ。だからたまには吐き出してもいいと思うよ。それは俺にじゃなくてもいいし、君の周りにはたくさんの仲間がいるからね。でももし俺でしか吐き出せなかったら話は聞くしできることなら何でもするから。俺と君はもう家族みたいなもんだろう?」
瞬間、俺の中で何かがはじけた音がした。
それが何かは全くわからなかったけど、今までずっと理性で抑え込んでいたものがあふれ出したようで自然と口が、手が動く。
主の前ではかっこよく映っていたい。
でも、俺の脳裏には嬉しそうなアイナやルリの顔が浮かぶ。
俺はご主人が好きだ。
でもそれはもしかしたら純粋な好意ではなくて・・・。
「主、俺の頭をなでてくれませんか!?」
「えっ? ・・・・それが望みなら全然いいけど」
思わず叫んでしまい、もう頭はぐちゃぐちゃだ。
先ほどまでとは言ってることとやってることが大きく違うし、顔が真っ赤なのは自分でもわかっているけれどもなぜか心は高ぶっている。
手は奮えて耳まで熱い。
ただ主はそんなこと気にせず俺に近づいてきて濡れている俺の髪をなでる。
「バン、いつもありがとう」
「・・・・有難きお言葉です」
いままで理性で築き上げてきたものが、一瞬で砕け散ったように思えたが不思議と後悔はなかった。
そして俺は初めて何かが報われたようにも思えた。
********
「随分長いお風呂でしたね兄さん。・・・なんか嬉しそうな顔していますね」
風呂を上がってリビングに行くとそこにはアイナが剣を布で拭いていた。
アイナ、君はいつもあれを味わっていたんだね。
「まぁね。それにどこか一歩進めたような気がするよ」
「一歩進めた・・・? ま、まさかフィセル様と!?」
「・・・・さぁどうだろうね」
「そ、そんな!? フィセル様が兄さんに・・・・!?」
うろたえる妹を放っておいておれは厨房へと向かい飲み物を取り出して夜風に当たるために外に出た。
空を見上げると満天の星空が広がっており、心地よい風が俺を包み込む。
・・・俺は確かに主が好きだけど、それ以上に誰かに甘えたかったんだ。
俺が心の底から尊敬する誰かに。
そして主が生き返る可能性があると知っていた俺はこの400年間、ひたすらに主を待ち続けた。
さらに今日分かったことがある。
別に俺は相手が男じゃないと愛せないという事でもなさそうだ。
いつも王都では女性に追いかけられてばかりだったけど、本当はずっと追いかけたかったんだ。
俺よりも輝く、凄い誰かを。
真っ暗な闇夜を切り開くような誰かを。
取りあえずは主が生きている間は彼に仕えるとして、もしその役目が終わったらもっといろいろなところに行ってみようか。
主以上にすごいと思える人を探しに。
人間と違って俺の人生はまだ長いのだから。




