31.no title 前編
「・・・申し訳ありません、私はご主人様の手を取れません。たとえ逃げだとしても、これが私なりの決意なのです。私は・・・今ご主人様の従者ではなく・・・エルフィセオの王なのですから」
ヴェルはうつむいてそう呟く。
しゃがむ彼女の震える腕をつかんで抱き寄せようとも思ったがそれは違うと我に返る。
奴隷市場で最初に会った時とはとは違うんだ。
絶望のどん底に落ちてすべてを諦めていた彼女とは。
もう彼女は・・・覚悟を決めたんだ。
それを踏み荒らす権利は俺にはない。
「ヴェル、お前は・・・」
自分が発した声が震えているのに驚き口を閉じる。
必死に言葉を探すも見つからない。
でも何か、何か言わなくてはと再び口を開いた時だった。
「ふっざけんな!!! ヴェル、お前は何考えてるんだ!!!」
シズクの怒声と共に小屋と運動場を結ぶ道に生えている木の陰から5人のエルフが俺たちに近づいてくる。
眼には涙を浮かべていることからおそらくほとんど聞かれてしまったことを悟った。
「な、なぜここに・・・」
「そりゃ何百年も一緒に暮らしてたら異変にも気づくに決まってんだろ!! 今日のヴェルは明らかにおかしかったしなぁ!!」
「そんな俺たちが君の考えに気づけなかったのは悔しいけど、君は・・・あの小屋の時からすでに仮面をかぶっていたんだね」
「なんで自分だけで背負おうとするんですか!! 私たちは仲間でしょう!?」
シズクに続いてどんどん言葉が生まれる。
「違う!! 仲間だからこそ、あなたたちを巻き込んだのが・・・」
「巻き込んだ? ふざけるな。俺ら全員の罪だろうが」
「そうだよ。ルリもたくさんの人を斬った。それは変えられない事実。でもそこからどうしていくかが大事なんじゃないの?」
「でも、エルフと人間は・・・分かり合えない!! 私は人間の負の象徴でエルフの正の象徴。それは揺るがない!」
「そうかな、俺はそうは思わない」
やっと閉じていた口が動くようになった。
同時に目から何かが流れてくるけどもう知ったことではない。
「だって・・・君たちは戦争をするにあたって多くの種族と協力して分かり合ってきたはずだ。それはどうやってだい? ・・・君たちは話し合ったはずだ。多くの時間をかけて、相手が何をしたら喜ぶかを考えて」
「それは今までいさかいがなかったから・・・」
「そうかもしれない。でもだからといって何もしないのは違う。君は今でも人間に嫌悪感を抱いているエルフと話をしたことはないのか? 何があって、どうして嫌なのか。それと同様に人間の子供たちと話したりしたことはないのか?」
「・・・ありません」
「もしかしたらそれが平和なのかもしれない。人間が今でも憎い人はエルフィセオにとどまって人生を終える。でもずっとそのままでいいのか? 本当にそれが平和な世の中なのか? それに俺は15年間人間の国で過ごしてきたけどエルフに対して特別嫌な感情を抱いている人はほとんど見なかったよ。君が人間に嫌われているというのは未だに実感がない」
星明りだけが俺らを照らす静かな夜空に俺の声が響く。
「でも君は人間を押さえつける形で平和条約を結んだと言った。それではまたいつこの均衡が崩れるかわかったもんじゃない。また人間が急激に発展してエルフを脅かすことになるかもしれない。人間って欲深いからね」
「そ、それは、でも・・・」
「君は戦争が終わってからの50年間で何か大きく変わったと思うか? 人間とエルフの国が結界で分断されてギリギリ均衡を保っているだけじゃないのか? 一定数のエルフが人間を憎み続けていると、人間がヴェルを憎み続けていると断定して。そして他の君たちもそうだ。この世界は平穏なように見えてギリギリを保っているように思えたことはないのか?」
「エルフィセオの騎士団とハイホルン王国の騎士団はほぼ関わりがないですからね」
「そうですね、私も何回か招待しようと思ったんですけど結局何もなかったです」
「俺はわからないな。人間にむけて料理を作っているだけだからな。だがまぁ、俺の方に深くかかわろうとする人間は少ない」
「私はヴェルのそばにいたから、ヴェルと同じだな」
「ルリはよくわかんない!!」
「・・・まぁルリは置いといて、今の俺の言いたいことはだな、その・・・。まだこれは計画の途中なんじゃないかってことだ」
「それはどういうことですか?」
「俺はエルフと人間がともに笑っていられる世界を作りたかったしそれを君たちに託した。そして君たちは自分で考えてエルフが独立して均衡を保つところまでは今達成できてた。なら次は心から分かり合える世界を作れるんじゃないのか? ヴェル自身、俺の事は置いておいても人間に罪悪感があるんだろう?」
「でもさっき言ったじゃないですか、エルフには奴隷時代を・・・」
「そうかもしれないな。だが私たちはエルフの国を立て直すことに成功しているんだぞ? そいつらを納得させることもできるかもしれねえだろ。現に私は昔ほど人間に嫌悪感は抱いてねえしな。それに私たちにはあと何百年あると思ってんだ」
「やってみないとわからないことだってあるよ。それにいつかはヴェルが言ったようなエルフたちが暴走するかもしれない。人間に歯向かうかもしれない。・・・それは俺らが望んだ未来じゃない」
「シズク、バン・・・」
シズクとバンが真剣な表情でつぶやく。
「わたしもね、冒険者としてたくさんの人間の人とふれあってきたよ。でもみんながみんな悪いってわけじゃないしそれはエルフも同じだと思うんだ。あの人たちと心から笑いあえたらルリは嬉しいな」
「俺も同感だな。最初は人間として生まれかわったご主人の舌を忘れないようにと人間の国で料理人になることを決めたんだが、いろいろあって今は王城の料理長をやらせてもらっている。そこには何も嫌な感情はない。昔人間に舌を斬られたこともあったが今こうして人間と関われている。それはご主人に救われたというのもあるが、人間が昔のようではないともいう事がわかったからだ」
「私も同感です。改めて接するといい人が多いですよ人間の方は。というか私の目をつぶした者はもう死んでいますしね。・・・今迄はこの現状に満足してましたけどヴェルさんがそんな風に思っていたなら考えを改めます。みんなで笑える世界にしましょう!!! そのためにもあの結界は邪魔な気がしますね」
「みんな・・・」
「でも成功したところで主はその光景を見ることできるのか? 聞いた限りもうあの時みたいに魔法は使えないみたいだけれども」
バンが言い放った言葉にまた空気が固まる。
まぁ、そうだろう。
俺ただの人間だし。
多分もう転生魔法は使えない。
「でも今の話を聞いて俺も頑張ってみるよ。ヴェルにもらったこの薬のおかげで行ったり来たり出来るからどっちの事もよくわかるし、今の人間の社会がどんな感じなのかも知りたいしね。たとえ君たちが変えた世界見届けることができなくても、俺は俺なりに今のこの世界で罪を償いたい」
「・・・いや、見届けられるかもしれねえぞ」
「・・・どういうことだ、シズク?」
他のエルフがうつむく中、シズクだけは右手を顎に当てたままそう呟く。
その声にみんながバッとシズクの方に振り向き、それを確認したのちまたシズクが話し始める。
「あの屋敷にはご主人様が残した魔法の資料がたくさん残ってる。あの転生魔法をもう一度かけたらどうだ?」
「シズク嬢聞いていたか? 今の主には・・・」
「そしてあの小屋には人間界が滅びるときに私が持ち出した多くの資料も突っ込んである。その中にたぶんあるはずだ。さっき話した『後天的に勇者の力を付与する研究』みたいなやつが。今の人間の国では禁止になってるけどな。それで戻せないのか? あの頃のご主人レベルにまで」
「なっ!!!!」
「だがまぁご主人が言ったことは間違ってねえと思う。ご主人にしかできないこともあるからな。でも私はこの可能性にもかけたい」
「俺に・・・それをやれと? また生まれ直してこいと?」
「やらない後悔よりもやる後悔だろう? はっ、これじゃあ200年前と変わんねえなぁ」
「ちょちょっ、待ってください!! 急に話が進んで私が追い付いていないんですけど!?」
ヴェルが取り乱し始める。
というかヴェルだけじゃなく皆頭がパンク状態だ。
「簡単な話じゃねえか、計画の途中にご主人が転生しちまったからもう一回やってもらおうってだけだ。そしてヴェル!! お前はお前にしかできないことがあるはずだ。いつまで過去を見てめそめそしてんだ、まだ終わってねえだろ!? 大事なのは今とそしてこれからだ。次の世代に生れてくるエルフや人間がお互いを深く知らないまま過ごしていくなんて悲しいだろ」
「・・・こんな人間の血に塗れた私にですか?」
「馬鹿野郎、それはみんな同じだ。でもいつかはそんなことがあったって思い返せる日々が来るだろう? 平和な世の中ならな。それにご主人も気にしないって言ってくれたしもう一回生まれ変わればそんなことも忘れんだろ。お前が被った仮面もいつか自然にはがれるだろうしな」
「生まれ変わる前提かよ・・・。あれ多分偶々だからな?」
「お兄ちゃんならできるよ!・・・多分」
「なんで最後に多分付け加えた? そこは言い切ってほしかったな・・・」
「いいじゃないですか、それなら主が女性に転生する可能性も無きにしも非ずですし」
「・・・確かにな」
「「ちょっと待っ!!」」
「「!!??」」
ヴェルと俺の声が被る。
そして顔を見合わせたのち、不覚にも笑みがこぼれてしまった。
そうだよな、俺らは7人じゃないと何も始まらないよな。
「できるんでしょうか・・・? こんな私に」
「わからない。でもやってみないとわからない。俺だって可能性があるなら足掻き続ける。だからヴェル、一緒に踏み出そう」
「・・・・・・」
俺が差し伸べた手をヴェルは震える手でそっと握る。
出来ることならお姫様抱っこをしたいところであったが中学生の今の俺では非力でできないからしっかりとその手を握り返す。
「よし、じゃあ次にやること決まったから決起集会だ! みんな酒を持て酒を!! 小屋に帰んぞ!! ダニング用意しろ!!」
「わーい!! ルリも飲む!!」
「俺酒飲めないんだけど!?」
「あ、でもヴェルは一回殴らせろ」
「賛成です! 日ごろ弄ってくる恨みもかねて!!」
「えっ、ちょっと!! まっ!!」
・・・なんか勝手に話が進んだけど俺大変なことになったよなこれ。
まずは学校に通って今の現状を把握して、大人になったら少しでもみんなと一緒に動いてこの国で罪を償って。
さらに昔の俺くらいに魔力を戻して、転生魔法をより完成に近づけて・・・?
なんだよこれ、めちゃめちゃ忙しいじゃないか。
でも、今度はみんなで変えていけるんだ。
少しでも、俺の描いた未来へ。
それに目標に向かって動くのは・・・嫌いじゃない。




