28.勇者。またの名を
シリアスパートはこの話と次の話で終わりです。
「なるほど、そんな感じで人間の国との戦争は始まったんだね」
「時間はかかりますが一番効率的かと思いまして。ルリが成長するのも待ちたかったですし」
「ルリはちゃんと成長したよ!! ほめてお兄ちゃん!!」
「・・・外見だけ成長して中身はこんなですが」
「い、一応みんながいないところではしっかりとしているんですよ。ただこのメンバーで集まると幼児退行しちゃうんですよね・・・」
「だってうれしいんだもん!!」
「ご主人様は人間と刃を交える手段を取った私たちを軽蔑しますか? ご主人様の今、そして昔の種族である人間の屍を踏み台にして革命を起こした私たちを」
和気あいあいとなっていた中でのヴェルの発言に場が凍り付く。
恐らくみんなずっと胸にしまっていたんだろう。
そう、あくまで俺はエルフを助ける可能性を託しただけだ。
それは必ずしも戦争じゃなくてもよかったはずだ。
もっと他にいい方法があったかもしれない。
だけど俺は彼らの想いを邪魔したくなくて、200年前にはエルフたちの作戦会議に一切参加しなかったし報告するなと言った。
そしておそらく計画途中の彼女たちの脳裏に一度はよぎったのであろう。
「人間にやられたままでは終われない」と。
他にもいろいろな思惑があってこのような手段に出たのかもしれないが人間の俺が理解できないことだけは確かである。
いくら彼女らにとって俺が命の恩人であったからといって人間への敵対心がなくなるわけではない。
他のエルフからしたら余計にだ。人間は憎しみの対象でしかない。
食事も終わり食器を厨房に帰した後、みんなで食後のコーヒーを飲みながらこの会話は続いていた。
もちろん俺はたっぷり砂糖とミルクを入れて甘々のコーヒーだ。
さっきダニングには悲しそうな顔されたけど仕方がない。
まだ舌がお子様なんだから。
俺はそのコーヒーを一口、口に含んでコップを机に戻す。
その間誰一人として言葉を発しなかった。
「どうだろ、俺が普通の人間だったら非難してたかもね。ただ俺は君たちと会って大体20年くらいか。そんな長い間この小屋に籠り続けて人間よりもエルフと過ごし続けてたからなんとも言えないな。君たちは家族みたいなものだし人間に対する怒りも、恨みも他の人間よりかはわかっているつもりだ。人間の俺がとやかくいう権利はないよ。そういう事もできる手段を託したのは他の誰でもない俺だし」
「ご主人様・・・」
「生まれ変わって街をエルフと人間がほぼ同じ目線で暮らせているのを見ることができてうれしかったよ。それだけで俺は満足かな。俺の大切な人が巻き込まれてたらちょっと嫌だったけど、さすがに俺の死後50年なら知り合いも寿命で死んでるだろうし」
またもや場が静まり返る。
うっすらとだが涙を浮かべるのが二人。
ヴェルとシズクだった。
そうか、この二人が多分中心になって計画を動かしたんだろうな。
頭がきれる合理的なコンビだ。
「それに多分君たちはこうも思ったんじゃないのか? 『私たちは平和に過ごせたけど他のエルフは違う。だから穏便に済ませるのは彼らに申し訳ない』、『エルフの国が滅んだ際に死んでいった同胞及びその仲間に合わせる顔がない』とか。君たち二人は俺に嫌われてもいい覚悟だったんじゃないか。もし俺が軽蔑すると言ったら二人で罪をかぶる覚悟で」
「そ、それは・・・」
「流石はご主人だな。私たちの事をよくわかってる」
「だから今回の事に関してはよくやったとも言えないけど軽蔑したりもしないよ。今がいい世の中になってるならそれでいい」
「そうか。・・・話を戻すぞ。ヴェルが話したことは大体あってるが、すぐに全面戦争ってなったわけでもねぇぞ。国境らへんでこぜりあってただけだ最初は。いまほど防御結界も強くなかったし、王国は強力な軍隊を保有してたしな」
涙目を裾で拭ってシズクが話し始める。
先ほどの凍てついた雰囲気も徐々に解けていった。
ただ一人、ヴェルだけは浮かない顔をしていたが。
「そりゃそうだろうね。 話を聞く限りエルフの国はまだ更地が広がってるだろうし、人間は人間で大ダメージ食らったみたいだけど強力な軍隊は健在なんだろう?」
「さすがに主が亡くなって50年もたてば人間はかなり発展していましたからね。あのまますぐに戦争を仕掛けたところで怪しいところはあったかもしれません。俺たちとしてはひとまず物資とエルフを回収できただけでも合格点でした。そう思えるほどまでに人間は発展していましたので奇襲でしか立ち向かう術がなかったのです。いくら他の種族の力が借りれたとしても」
「なんせなんだっけか、あの動く鉄の馬・・・」
「魔力車でしたっけ。魔力で動く乗り物です」
「そう、それ。今は瞬間移動魔法が上流貴族の人間の間で流行ってるらしいからあまり発展はしていないがあのときはすごかったぞ。料理器具もどんどん発展していたしな」
「なるほど、俺が死んで50年は準備に使ったわけか。ってまてよ? 確かエルフィセオは建国して50年とかその位だよな今? てことは100年間も戦争してたのか!?」
「まぁちょっと違うけどそんなもんだ。ただずっと戦争してたわけでもねえよ。ぶつかって引いて、ぶつかってを繰り返した感じか」
「そうですね。次はその話をしましょうか。戦争中の世の中の動きについて」
「よろしく頼むよ」
「多分今まで話を聞いてご主人様はこうお思いでしょう。『あれ、エルフ有利じゃね? 協力種族もたくさんいるし人間から武器とか魔法薬とかパクッてるし、挙句には王都爆発させてるし』と」
「まぁ・・・大方間違ってはないな」
「私たちも最初はそう思っていました。序盤はかなり押していましたし。ですが不測の事態が二つほど起こってしまったのです」
「一つはわかるぞ。大方魔物関係だろ」
「その通りです。エルフと人間が戦っているのを魔王軍が黙ってみているわけないですよね。それに今まで腕利きの人間は魔王軍と戦っていましたがその戦力をこちらに使い始めましたから魔王軍はフリーになりますもんね。黙ってみているわけがありません」
「で、魔物と人間とエルフ連合の三つ巴になったと」
「そうです、これが事態を泥沼化させた一つの元凶です。でもこれだけならよかったんです。正直この時のこちらの戦力はおそらく魔王軍とほぼ同じくらいでしたし、その上人間とつぶしあってくれていましたから」
「じゃああともう一個はなんなんだ?」
「人間の中で『勇者』と呼ばれる、常人とはかけ離れた能力をもつ戦士たちが現れ始めたのです」
*******
国境をひいてからどれくらいの時間がたっただろうか。
エルフというのは元来そこまで時間の経過を気にする種族ではないからあまり良くはわからないが20年経ったか経っていないかくらいだろう。
この時の戦況はエルフが優勢であった。
最初に人間の国の武器や魔法具の工場を破壊したおかげでどちらの国も同時に王国の整備をするところから始まりこちらはご主人様が残したエルフ用の魔法や魔法具があったので国境線の戦いにおいても混乱中の王都での戦いでも先手を取れたのだ。
魔物相手にも後手に回ることなく戦うことができた。
また、人間側から国境を越えてこちら側に人間も魔物も侵入してきたことはなかったし、こちらは王都からは離れるがある程度のところまでのハイホルン王国の領地を侵略することができていたのも大きい。
エルフの国も街のようなものができていきそこそこ活気はあったと思う。
今のエルフィセオ王国騎士団の元もこの段階ではほぼ完成されていた。
ただやはりハイホルン王国軍の兵士たちは一筋縄ではいかず、一度切り返されてからはもう何年もにらみ合いが続いていた。
私たち側としては、もうこの時点ではやばくなった時に他の種族を頼るという形をとっていたため決定力に欠け、人間としては優秀な人材がそろうのを待っていたのだ。
さらに言えばエルフの多くはとらえられていた時代が長いものが多く、実戦感覚を取り戻すのに時間を要したのも大きかった。彼らが兵士として使えるようになるには少々時間がかかりすぎた。
だがこうなってしまったのも最初に私たちが押し切り切れなかったのが原因でもある。
特に一時期は獣人族の領域が急に魔物に侵攻されてそちらの救援にも行っていたため人間の国に集中砲火をすることができず、そもそも龍人族は人数が少ないため各地で勃発する大きな戦争にはあまり向かないというのがあった。
そして毎回毎回いいところで魔王軍が噛んでくるのだ。
それもこれも人間が魔王軍のマークを外したからだが。
この時ばかりは人間が早く魔王を滅ぼしてくれてたらよかったのに、もっと頑張れよ人間! と思えた。
このようにして三つ巴のまさに冷戦が続いていった。
はずだった。
そんな流れをぶち壊したのが人間の国における『勇者』の誕生ー。
スキルとかギフトとか言うよくわからない特殊能力をひっさげた、恐らくこの戦争における最強にして最凶の戦士の誕生であった。




