23.ただいま
主がこの国に来てから次の日だった。
ルリが無事主と再会できたという連絡が我ら全員に届いたのは。
そこからは早かった。
俺は副団長に明日から一日二日席を開けると伝えてあそこへ向かう準備を始めた。
まだ俺はよかった。数日抜けるくらいではそんなに支障をきたさないから。
ただ問題はあの二人であった。
国王と宰相が同時に抜けるなんて大問題だ。
現に今目の前で大臣たちとの攻防が繰り広げられている。
今この場にいるのは俺と副団長のルイスという青年、そしてシズク嬢、ヴェル様とエルバート、そして3人の大臣だ。
「そ、そんな国王が急に人間界に用事ですと!? 何をなさるつもりですか!?」
「昔の恩人に会いに行くんです。安心してください、国を捨ててその人と抜け出すなんてことはしませんから」
「いやそんな考えが浮かぶ時点でおかしいです!! あなたは国王なんですよ!?」
「ギャーギャーうるさいなジジイ、サクッと行ってサクッと帰ってくるだけだ。ま、ヴェルならしかねないけどな」
「わたしはそんなことしません」
「どうだか」
いつも通りヴェルは冷静に、シズク嬢は少々悪い言葉遣いで各々思いのたけをのべる。
それに反応したのは大臣の中でもまだ若いほうである財務大臣のエルフであった。
「ちょっとよろしいですかシズク様、さすがに何故、どこに、誰に会いに行くのかくらいは明言してほしいです。今迄あなたたちの出生については聞かないようにしてましたが今回のは別問題です。我々の不信につながります」
「・・・昔の恩人と再会する用意ができたから、人間の国に、この前来た少年のところに行く。これで問題ないか?」
「この前の少年・・・。やはりあの少年はあなたたちにとって特別な存在なんですね」
「これでいいだろう? じゃあ・・・」
「猶更いけません」
「はぁっ!? ちゃんと言ったじゃねえか!」
「このエルフィセオという国は今まで外交関係は全てシズク様と王女様が、それ以外のエルフ国内の土地や税金、法律などを私たち大臣たちが取りまとめて国王に報告する。そうやって今まで分業してきました」
「そうだな」
「だからこそお互い自由にやってこれましたしそれで国が回っているのですからこれに文句はありません。ですが・・・今回のように国王たちが人間と深くかかわりすぎるといろいろな不信感が生まれるんです。人間の傀儡になっているのでは? とか今までに提出された報告書はすべて正しいのか? とか」
「私たちは自分の意思で動いているから安心しろ。現に人間の下についているような外交か? 見ればわかるだろうエルフの方が上だ。それに・・・一日くらいいいじゃねえか」
「いえ、駄目です。私たちとしては国王にはエルフの国の事だけを考えてほしいのです。いまのあなたたちに問いますが、もし今エルフの国と人間の国が戦争することになったらどちらに加担しますか?」
「あたりまえだろ、エルフの国に決まっている」
「そこでもしその少年が『人間の国の味方になってほしい』って言ったらどうしますか? どっちを選びますか?」
「それは・・・」
「考えるまでもありません、エルフの国です」
「ヴェル・・・」
「確かに今まで私たちは自分たちの過去を隠してきました。ただそれは言いたくないだけではなく、言わなくてもこの国が回ると確信しているからです。それだけの覚悟をもって今私は王の玉座に座っています。公私混同なんてもってのほか、切り捨てるのがどちらくらいかの分別はついています。私は全てのエルフのためにこうして王になったのですから」
「それならば・・・」
「ですがこのひと時だけは許してほしいのです。この機会しかないのです、私と彼の時間は。心配なら盗聴器・・・は嫌ですし壊しますが、ここに転移魔法をかけていきます。3日後には強制送還されるように。ですからこの数日だけは一人のエルフになることを許してくれませんか? 国王ではなく一エルフになることを。50年間は国王として頑張ってきましたし手腕を発揮したつもりです。ですからその見返りを今望むのはおかしいことでしょうか」
あまりの迫力に場が静まり返る。
そうか、この人はこういうカリスマ性もあって今こうして国王になっているんだな。
・・・この人の胸の中には昨日俺が見た感情もあるだろうに押し沈めているのかもしれない。
「それに今後は人間の国で彼と会う事もしませんし、不用意に人間を国に入れることも許可しません。なんなら人間に対する規制を強めても構いません。ですからこの数日だけは眼をつむってください」
「エルバード、私からも頼む。何なら呪いをかけてもいい。この国に背いたらこの身を焼き焦がすような呪いだ」
「俺からもお願いします。この身に誓ってエルフに背くことはしません」
「だそうです。・・・数日ならいいと思ってしまっている私はちょろいのでしょうか。彼女たちのお陰で今の我々があるのも事実ですし、彼女たちが言ったことが本当ならですけど」
そう言った財務大臣の顔をみてエルバード卿は空を仰いだ。
どうやら説得は成功したみたいだ。
「・・・・・はぁ、絶対にバレないようにしてくださいよ。特に一般のエルフや人間のものには。あといつかはあの少年について詳しく聞きますし約束は守ってくださいね。私の信頼を無駄にしないでください」
「「はい」」
「おう」
こうして俺らは数日間の外出許可を得るのだった。
会議室を出て廊下を歩く俺たち。
ただ一つ、俺には疑問が残っていた。
「・・・いいのかいシズク嬢、ヴェル? もう二度と主と会えなくなるんじゃないかあの言い方だと。それに君にとって主は国よりも大事なんじゃないのか?」
「昨日のヴェルの体たらくを見たらそう思うわな。ただ安心しろ、こいつにとって国とご主人様の重さは同じくらいだ。一人間と国が同じ重さって時点でおかしいけどな」
「そうですね、理性が働いていない脳ではそういう思考になったようですが・・・、さすがに私がこの国を捨てるわけにはいきません。これでも50年、国王をやってきたのですよ。今更投げ出すわけにはいきません。私の中では今どちらも同じほど大事なものですから。」
「・・・理性って大事なんだな。でもそうなると余計に主とは会いにくくなるんじゃないのか?」
「いや、そんなことはないぞ」
「いや、でも」
「確かにお前にも言ってなかったな。バン、これが何だかわかるか?」
そういってシズクがポケットから取り出したのは小さな小瓶だった。
「これは・・・?」
「ご主人の『エルフを人間のようにする薬』の逆というべきか、人間をエルフのようにする薬だ。私とヴェルで開発したまだ誰にも知られていない薬だ。流石ご主人特製の魔法薬なだけあって解読も調合もとんでもなく大変だったが私たちはやり遂げたよ」
「ま、まさか・・・」
「ふっ、あたりまえだろう。私たちが簡単にご主人を手放すとでも思ったか。さっきあいつは言ったな、『ご主人とエルフのどっちを取るか』って。答えは単純だ」
「「ご主人をエルフにしてしまえばいい」」
*********
部屋にかけてある時計を見ると19時55分を示しており、今俺の右手にはルリからもらった赤玉が握られている。
この赤玉はかつて俺が開発したものだ。
それが200年の時を超えてこうやって俺と彼らを結んでいると思うと感慨深いものがある
・・・こいつにはお世話になったな。
確かヴェルと会った時にも使ったんだっけ。
あの時は中々量産できなくて開発途中だったけどあいつらが実用段階までもっていったのかもな。
それ以外にも俺が残したものがこの世界で運用されていると思うと嬉しく思う。
今の俺にはセンスも魔力も体力も何もないから何にもできないけど。
どうしてこうなったんだろう。
部屋においてある時計の秒針の音が静かな部屋に虚しく響く。
8時まではもあと数刻といったところか。
部屋においてある家族写真に手を合わせたのち、玄関に向かっていき靴を持つ。
どこに飛ばされるかわかったもんじゃないからな。
そして時計がついに8時を示した。
約束の時間だ。
俺は右手の赤玉を地面にたたきつける。
それと同時に足元に魔法陣が浮かび上がって淡い光が俺を包み込む。
あの時と同じ感覚だ。
最初は控えめだった光はやがて眼を開けるのもつらくなるほどまばゆい光となって活き思わず目を閉じる。
次に俺の前に現れたのはどこか見覚えのある、『今』の俺じゃなくて『過去』の俺の記憶に突き刺さる森の中の小さな小屋だった。
下を見ると、どうやら俺は今石段の上に立っているようでそこに青色の玉が埋め込まれていた。
そして右手には割ったはずの赤色の玉が元に戻っていた。
「・・・・200年ぶりか、この小屋に帰ってくるのは」
ちょっと思うところがあり、先に小屋の後ろに向かうことにした。
多分、まだあるはず。
「・・・やっぱりあったか。ただいま、たま。」
そういってしゃがんで目の前の石の前で手を合わせる。
周りにはまだ瑞々しいな花が置いてあるから多分あいつらも同じことを考えていたんだろう。
その後また小屋の前まで戻ってドアに手をかける。
その時俺はふと思った。
昔の俺はどんな感じで帰っていたっけ。
いや、昔の俺なんてどうでもいいか。
『今』の俺が大事なんだから。
フーっと息を吐きだしてドアを力強く開ける。
そこに広がっていたのは、どこか懐かしくて暖かい・・・。
「あっ! ご主人様おかえりな・・・きゃあ!! ちょ、シズクさん邪魔です!!!」
「あんたのほうが邪魔だろ!! 私のほうが前にいた!!」
「おかえりなさいませご主人様、ご飯にしますか? お風呂にしますか? それとも私ですか?」
「ちょっ、ヴェル!!! あんたいつの間にそこに!!」
「騒がしくて申し訳ありません主。何しろ彼女たちは何時間も前からポジショニングの確認を・・」
「お兄ちゃん!? 余計なこと言わないでよ!!」
「フィセルお兄ちゃんだ!! 昨日ぶり!!!ダニングおじさんは今手が離せないから後でだって!!」
部屋の奥から突進してきたルリにそのまま押し倒されて転げ落ちる。
なんか昨日も同じことあったな。
「なっ、ルリ!? あ、主大丈夫ですか!?」
・・・懐かしい。
皆少しずつ姿は変わってはいるけど結局あまり中身は変わっていないみたいだ。
鼻腔をくすぐるビーフシチューの匂いもまた懐かしい。
「ははっ、はは・・・」
俺は立ち上がって目の前のみんなと目を合わせる。
ダニングも一区切りついたようで厨房から出てきたのが後ろの方に見えた。
「みんな、ただいま!!!!」
俺はこの瞬間初めて、生まれ変われたことが実感できた。




