21.side:R
本当に申し訳ありません、直す前の方を上げてしまっていました。
少し状況が異なりますのでこちらを見ていただけると幸いです。
「ルリさん聞きましたか? なんでも昨日エルフィセオに人間が入国したらしいですよ」
いつも通り任務を終えて冒険者ギルドの受付に任務完了の手続きをしに行くと、カウンターの向こうのエルフの受付嬢が私にそう告げる。
彼女はまだここに配属されて10年ほどしかたっていないがエルフということですぐに仲良くなれた。
そんな彼女から思いもよらぬことが告げられて私は少しの間フリーズしてしまった。
「ルリさん? どうしたんです?」
「えっ、あ、あぁごめんごめん!! ・・・詳しく聞かせてもらってもいい?」
「なんでも数日前に関所をくぐって普通に入国したそうなんです。バン様が許可したらしいので多分問題はないと思うんですが・・・。多分初めてですよね、人間が入国するのは」
「バンお兄ちゃんが・・・?」
「なにか心当たりがあるんですか? 維新の六芒星に深いかかわりがあるとか」
いや、まさかそんな・・・。
一瞬ある人が思い浮かんだがすぐに振り払う。
この200年間で今まで何度期待しては落胆してきたか。
あの人が生き返ったのでは? と思うことに。
そんな期待を持つな、私。
恐らくは人間の国の重役が大事なことを伝えに来たとかその辺だろう。
仕事柄よくシズクお姉ちゃんとバンお兄ちゃんは人間と会議するみたいだし。
「いや、知らないや。なんか重要な会議かなんかじゃない?」
「そうですか、ルリさんがそういうならそうですね」
そうだ、そうに違いない。
ただ一瞬、一瞬だけ浮かんだあの人。
私を救ってくれたただ一人の人間。
眼を閉じれば今でもすぐに思い出せるあの光景。
そう、あれはまだ私が幼かった時の事。
今でも夢だったんじゃないかと思うほど美しくて、楽しかったあの日常。
私のすべてはあの小さな森の家の中から始まった。
*******
私があの家で暮らすようになったのは私が生まれてから30年ほどが経過したころであった。
人間でいうところの6歳である。
両親を失って魔物に蹂躙された町で息絶え絶えながらも生きることを諦めなかった私はたまたま通りかかったアイナお姉ちゃんとシズクお姉ちゃんによって助け出された。
そしてお姉ちゃんたちもフィセルお兄ちゃんに助けられたということも知った。
ただあの頃の私は幼かった。
彼らがどういう集まりなのか、何を目指しているのか全く分からなかったのだ。
だから私は何もしなかった。
いや、彼らの利益になるようなことを何もしなかったというべきか。
朝起きてリビングでご飯を食べて、眠くなったら寝て、猫のたまと遊んで、たまに危険なことをやってフィセルお兄ちゃんやヴェルお姉ちゃんに怒られて。
あの頃のエルフは言ってしまえば人権なんてなかった。
ましてやフィセルお兄ちゃんからしてみれば私は見ず知らずの他人。
面倒見る義務がないどころか奴隷のように扱う権利がお兄ちゃんにはあった。
それでもお兄ちゃん、お姉ちゃんたちは私の事を本当にかわいがってくれた。
フィセルお兄ちゃんやバンお兄ちゃんは頭をなでてって言ったら撫でてくれたし、ダニングおじちゃんにお腹減ったっていえばすぐに何か作ってくれた。
くだらないいたずらをシズクお姉ちゃんと一緒に考えては実行したり、ヴェルお姉ちゃんとアイナお姉ちゃんは幼い私の面倒を親のように見てくれた。
あの小さな小屋の中で何不自由ない暮らしを送らせてくれた。
そしてそんな日常がいつまでも続くと思っていた。
その考えが打ち砕かれたのは私があの家で暮らすようになって3年がたったころだった。
いつも私の近くにいたたまが、朝起きたらフィセルお兄ちゃんの部屋の本棚の上で冷たくなっていた。
私は大泣きした。
そしてあろうことかフィセルお兄ちゃんに向かって、回復薬で直してよと泣き叫んでしまった。
頭ではもう無理だとわかっていたのに。
それでもお兄ちゃんたちはそんな私を抱きしめて泣き止むまでぎゅってしてくれた。
あの時のぬくもりは今でも覚えている。
ある程度落ち着いてから私たちは家の裏にたまを埋めた。
エルフは死ぬときには光の粒となって消える。
だからこそ私はどうして死んでも体が残るのか不思議だったし、なんで土に埋めるのかも疑問だった。
そんな疑問をこぼした私にお兄ちゃんはこういった。
「いつか、生まれ変わるようにと願って人間はこうするんだ。土に還ってまた戻ってこれますように。ってね」
私のパパは魔物退治に行ったっきり帰ってこなかったしお母さんは人間に連れ去られてしまった。
だからこそこれが私が経験した初めてみる死だった。
そのあとみんなで手を合わせて花も添えた。
多分この時私以外のあの場の誰もが思ったことがあっただろう。
この中に一人、圧倒的に寿命が早い人がいることを。
ただ幼い私は人間の寿命なんて知らなかった。
この時でさえ、みんなでいつまでも暮らしていけるものだと思っていた。
*******
たまが死んでからさらに3年がたったころ、フィセルお兄ちゃんが31歳だった時の事にとんでもない事件が起こった。
いや、私が招いてしまった。
茹だるような暑さの夏の日の昼下がり、私はアイナお姉ちゃんと一緒に私たちの出会いについて話していた。
そこでアイナお姉ちゃんがなぜあの日、元エルフの国に来ていたのかを初めて聞いた。
アイナお姉ちゃんたちが探し物を求めてあの日私の近くを訪れていたことをだ。
その話を聞いて私はあることを思い出してしまった。
いや、無理だから忘れようとしていたことが実現できるかもと思ってしまった。
私も探したいものがある、お母さんの形見を探しに行きたい。と
そう思ってからは早かった。
私も同じようにフィセルお兄ちゃんのところへ行き、一度だけでいいからあそこへ行かせてくれないかと伝えた。
普通に考えて奴隷的扱いの私がこんなことを言うのはありえないことではあるが、幼さゆえに何も考えずに行動できた。
最初は難色を示していたお兄ちゃんもついに折れてくれて私とアイナお姉ちゃん、そしてフィセルお兄ちゃんの三人でその日のうちに元エルフの国へと向かうことになった。
なぜお兄ちゃんが? と思ったが、現地にはすでにシズクお姉ちゃんが見回りに行っていること、そしてなんか胸騒ぎがするというあいまいな理由で一緒に行くこととなったのだ。
そしてその胸騒ぎは見事的中したのであった。
アイナお姉ちゃんのパートナーのドラグの背に乗って元エルフの国についた私たちはすぐに捜索を開始した。
私が探していたのはママから昔誕生日にもらったペンダント、そしてそれが入った箱であった。
アイナお姉ちゃんが魔物を切り捨てながら瓦礫まみれになってしまった街を駆け抜け、走ること数分、目の前に昔私が住んでいたであろう家を見つけることができた。
この時、後ろからも魔物が来ておりお兄ちゃんとアイナお姉ちゃんが交戦しており私には動かないよう指示していた二人であったが、幼く考えが足りなかった私は家を見つけるなり走ってそこへと向かってしまった。
私一人でだ。
もう意味をなしていないドアをどけて中へと入っていき、目当てのものを抱え外へ出ようとした瞬間であった。家の中に魔物がいたと気づいたのは。
今思うと私を追いかけて侵入し放題のあのぼろぼろの家に入ってきていたのかもしれないがそこは関係ない。結論として家の中で魔物と私は一対一になってしまったのだ。
当然私にはあらがうすべもなく、大声で叫ぶもおそらく彼らとは距離がある。
そして無情にも魔物は私を餌と定めてその大きな爪を持つ右腕を私めがけて振り下ろしてくる。
もう無理だ。たま、あなたの元へと行くからね。
そう思って目をつぶった私の耳に届いたのは走馬灯のパパやママの声ではなく、先ほどまで会話していたあの人間の声。
「ルリ!!!」
その声とともに私の背後のドアをぶち破ったお兄ちゃんが私の目の前に飛び込んでくる。
私と魔物の間にお兄ちゃんが滑り込んだことによってその爪はお兄ちゃんの背中を抉り貫き、その白い爪を血で濡らす。
お兄ちゃんは私を抱いたまま動かなかった。
ワンテンポ遅れてきたアイナお姉ちゃんはお兄ちゃんの姿を見て魔力が暴走し、金色の剣で目の前の魔物を塵にしたことまでは覚えているがそれ以降の事は正直あまり覚えていない。
ただ一つ覚えているのは、自分の命よりも私の命を優先した人間のぬくもりだけであった。
魔物を倒したアイナお姉ちゃんはすぐに我に戻って彼女がお兄ちゃんに渡されていた完全回復薬をすぐに使った。
この時もしも兄ちゃんが持っていたら見つけられなかったかもと思うとぞっとする。
私もアイナお姉ちゃんもお兄ちゃんの高そうな袋の使い方を知らなかったから。
そのままお兄ちゃんの口に回復薬を流し込むと傷はみるみる癒えていったが肝心のお兄ちゃんが目を覚ますことはなかった。
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目を覚まさないお兄ちゃんと私を乗せ私たちは全速力で家に戻ったが、あの時のみんなの慌てぶりは6年一緒に生きてきて初めて見るものだった。
結果、お兄ちゃんが開発した回復薬で何とか一命はとりとめたものの目を覚ましたのはそれから4日後の事だった。
後から聞いた話によると、意識のある人にあの回復薬を使うと絶叫とともに暴れるが次の日には回復する。
そして意識の無い人に使うと暴れることはないが非常に体力を消耗するため目を覚ますまでに時間がかかるらしい。
このことはお兄ちゃんも知らなかったらしく、お兄ちゃんは「新たな発見だ!! 今まで意識の無い人に使ったことはなかったけどこんな風になるんだね!」なんて言っていたけどお姉ちゃんたちは激怒していた。
心配させやがってって。
お兄ちゃんが目を覚ますまでの4日間は誰も私のことを責めたりはしなかったし、私の身を案じてくれたけれどみんなどこか上の空という感じでこの集団がお兄ちゃんを中心として回っているということがよく分かった。
そしてお兄ちゃんに迷惑をかけ続けた私自身に怒りが収まらなかった。
そんな中目を覚ましたお兄ちゃんが元気になった後、謝りに行った私にお兄ちゃんは笑顔でこういってくれた。
「ルリが無事でよかった、探し物も見つかったんなら100点だね。あぁでも俺がもうちょいうまく守れればこんなことにはなってないから90点にしとこうか」って。
泣きじゃくりながら謝る私の頭をいつものように撫でながら紡いだあなたの言葉は私の中で何かを燃やした。
その日から私はお兄ちゃんを守るためにアイナお姉ちゃんとバンお兄ちゃんに剣術を習い、ヴェルお姉ちゃんとシズクお姉ちゃん、そしてフィセルお兄ちゃんには魔法を教えてもらった。
ダニングおじさんには料理や様々な薬草、毒や食材の知識を教えてもらいこのみんなの教えは今の私の血肉となって活きている。
いつまでも守られているんじゃなくて守るために。
お兄ちゃんが死んだあと、ダニングおじさんとアイナお姉ちゃんは人間の国を守るために。
シズクお姉ちゃん、バンお兄ちゃん、そしてヴェルお姉ちゃんはエルフの国を守るためにそれぞれの道を歩み始めた。
だから私はそのどちらも守れるように冒険者となった。
魔物を駆逐してみんなが平和に暮らせるように。
そんな冒険者生活も気づけば50年近くたっており気づいたらSランクにもなった。
でもそんな肩書必要ない。
お兄ちゃんを守れればそれでいい。
お兄ちゃん、私強くなったよ。
もう泣き虫じゃないよ。この腕であなたを抱きしめられるよ。
私の全てはあなたのために。
二度も私を救ってくれたあなたにこの身を捧げます。
見返りなんていらない、もう充分もらったから。
だから私がお兄ちゃんの障害となるものはすべて排除してあげるね。
それがたとえ魔王や神が相手であったとしても。
まっててね、お兄ちゃん。
*****
「ルリさん? ルリさんどうしたんですか? 何か悲しそうな顔していますよ」
「ああ、ごめんねちょっと昔を思い出してて。っと、はい書き終えた。あとはよろしくね」
「はい、わかりました。またよろしくお願いします。では次の方どうぞ」
どうやら少し思い出に浸っていたようだ。
あの輝かしい日常のころの思い出に。
もう戻ることは出来ないあの日常。
私の顔を不安そうに見つめる受付嬢に書類を書いて渡し、受付嬢が判子を押したのを見届けてからギルド内にある食事処へ向かおうとしたその時だった。
背後から聞き覚えのある声がしたのは。
「あの、ここって冒険者の方に伝言って頼むことできますか?」




