19.SVBF
バンの後ろについてその広大な城の中を進んでいく。
周りには多くのエルフが働いており俺を見るなり指をさして小言を話していたり、嫌な顔をされたりとまったくもって歓迎されていないことがよくわかる。
多分バンがいなかったら今頃袋叩きになっていた違いない。
そう考えるとあそこでバンに会えたのは幸運の限りであったと言えよう。
・・・大丈夫だよな、襲われたりしないよな!?
「申し訳ありません。やはりエルフの中でも特にエルフィセオに残っているものは人間に対して不信感を抱いているものが多いもので」
俺の不安が丸見えだったのかバンが俺のそばに近寄ってくる。
周りからの視線から俺を守るように。
密着した俺らはそのまま俺の歩幅で進んでいく。
「ありがとうバン、本当にたくましくなったな・・・。俺が女だったら惚れてたわ」
「俺も残念です。もし主が女性に転生していたら俺と・・・とも思っていましたしね。なんなら男同士でも俺としては問題ないですが」
「ぶっ!!! えっ!? ちょちょっ!」
え、何を言っているんだ!?
俺と・・・バンが?
確かに今の身長差はちょうど男女の差みたいな感じになっているけれども!?
「主、顔が赤くなっていますよ?」
「いや、その俺はそういうのに理解があるほうだと自負はしてるけれども俺は・・・」
「冗談です。男同士ってところからですけどね」
「だ、だよなぁ。ちょっとびっくりしちゃったよ。確かに昔から女性に興味あるようなそぶりはあまり見受けられなかったし。ということはまだ結婚していないの?」
「ええ。というかあの六人のうちの誰も結婚などの類はしていませんね」
「そうなのか・・・。200年もたてば誰かしらはそういう相手を見つけるもんだと思っていたけどそうでもないんだな」
「まぁ女性陣はわかり切っていたことですけどね」
「えっ、なんで?」
「・・・・・いえ、いいです忘れてください。それよりもつきました。ここが国王の待つ玉座になります」
バンの爆弾発言に気を取られていたが、気付けばもう国王の部屋のようだ。
今まで見てきた扉の中でも一番大きく豪華だ。
前世の時の王国の城みたいだな・・・。
何回か言ったことがあるけどそれくらい豪華だ。今の王国の城がどんな感じかは知らないけど。
「それと・・・先に言っておきますがおそらくは主が想像しているものとは違う感じの再会となると思うので心して謁見してください。一応今のエルフの中でも一番偉い人ですので」
その言葉と共にバンが目の前の扉を開く。
ギィという音とともにその重厚な扉が開いていき目の前が開かれていく。
「失礼いたします、エルフィセオ王国騎士団長のバンです。女王様の客人を連れてまいりました」
その扉の先にあったのはありえないほど広い部屋の先にポツンとある階段とカーテンであった。
部屋には何人かのエルフがいるがおそらくはこの国の中でも相当偉い人たちなのであろう。
立ち振る舞いや服装でなんとなくわかる。
そしてその階段を上がったカーテンの先に・・・
「では行きましょう。ヴェル様がお待ちです」
*********
バンと俺が会談に向かって歩いていく最中、近くのエルフがこちらに歩いてくるのが見えた。
あたりまえだ。俺は人間だしそもそもアポなんてとっちゃいない。
はたからすれば俺は身元も分からない人間だ。
「バン様!? そこにいるのは人間ですよね、な、なぜこのエルフィセオに人間が!?」
「俺が許可したからですよ、エルバード卿」
どうやら俺らに近づいてきた初老の男性はエルバートという人らしい。
今まであったエルフの中でも警戒心はMAXだ。
「許可ですと? 王国内ならまだしも何故玉座にまで通したのですか!? 人間が立ち入ってよい場所ではありませんぞ!!!」
「いや、俺がここに来る必要があると判断した。そうだろう、シズク嬢?」
バンがカーテンに向き直って聞き覚えのある名前を出す。
もしかしてそこにいるのか? シズク・・・。
「そんなことが通るとでもお思いか!? シズク様もなにか・・・」
「エルバード、下がれ」
カーテンの奥から凛とした声が響く。
この声は、そうだ。
会った時から俺を罵倒してきた我の強い女エルフの声だ。
「・・・・・バンよ、間違いなくあの人なのか?」
「ああ。ダニングの『六芒星の守り』を持っていたので間違いないかと」
「そうか。わかった、私がそこの少年の謁見を許可しよう。こちらへ参れ」
「なっ!? シズク様!?」
「いいから下がれ。バン、そこのジジイを頼んだ」
「わかった。主は前へお進みください。エルバートさん詳しい話は私がするのでいったん下がりましょう。ね?」
「・・・・・・」
バンがエルバートと呼ばれている男性とともに離れていき、この城に来て初めて一人となる。
目の前の階段に向かって歩き出そうとするが足が震えてうまく歩けない。
周りからの威圧がこもった視線、俺を値踏みしている空気、そのすべてが俺に重圧としてのしかかる。
俺はただ、昔の従者に会いに来たはずなのに。
ただ「生き返ったよ」っていう報告をしに来ただけなのに。
なんなんだこの空気は。
重圧で汗が止まらないし言葉も出ない。
そうか、カーテンの向こうにいるのはこの国のNo.1と2なんだ。
人間の国よりも発展しているし、権力も持つ国のだ。
200年経ってどうやら俺たちの間には恐ろしい溝が生まれてしまったみたいだ。
今の俺は下等種族の平民中の平民。
かたや相手はエルフの国のトップ。
対等に話せるわけがなかった。何を浮かれてたんだ俺は。
騎士団長の二人や王国上の料理長を務めている者たちと話せているのですら不相応なんだ。
震える足に鞭打ち頑張って階段に到達するも昇っていいのかわからない。
今の俺にどこまでの権利があるのか。
下手を打ったらその辺のエルフの人に斬り殺されるのではないか。
「階段を上ってこい」
「・・・はい」
言われるがまま行動する。
さっきまでの期待や興奮はもうない。
今あるのは恥ずかしさと恐怖心だけだ。
ただもしかしたらヴェルならこの空気をどうにかしてくれるかもしれないと思ってカーテンに向かってひざを折り頭を下げた時だった。
「久しぶりですね、かつて私を助けてくれた人間の方」
その言葉に頭が真っ白になる。
現実はそんなに甘くなかった。
*******
「久しぶりですね、かつて私を助けてくれた人間の方」
「お、お久しぶりです・・・?」
どう返せばいいのかよくわからない。
そもそも俺らの間はカーテンによってさえぎられているから向こうの表情はよくわからない。
かろうじて透けているから向こうに人がいるってのはわかるがその程度だ。
恐らく目の前の椅子に座っているのがヴェルで、後ろに立っているのがシズクなんだろうけど。
「あなたのおかげでこの国『エルフィセオ』は大いに発展いたしました。まさか本当にいらっしゃるとは」
「それはどういうことですか?」
「数々な困難があったでしょうによくここまでいらっしゃいましたねという意味です」
その言葉にハッとする。
後ろをちらっと見ると、部屋の中にいるエルフたちは俺の一挙手一投足をじっくりと観察して見定めている様子が見えた。
どうやらここで変なことを言うわけにはいかないようだ。
「そうですね、様々な壁がありました」
「例えばどのような?」
「不死鳥のような魔物と出会ったりしましたね」
「ほう、それはおもしろいですね」
「あなたもお変わりないようで。サンドイッチは今でもお好きですか?」
「はい、大好きです。よかったら今度お店を紹介しますよ、パスタのおいしいお店はどうですか?」
「それはいいですね、是非教えてください。干し肉はもう飽き飽きなので。後ろの方もどうですか? あなたには俺が赤いガラス玉が売りの骨董屋を紹介しますよ」
「・・・・考えておこう。ただ私が欲しいのは青色だ。赤色はもう持っているからな。あと紫には嫌な思い出があるからやめてくれ」
「そうでしたか、わかりました」
「ところであなたはこの後どうされるのですか?」
「そうですね、ここに来るのに馬車を使ってきたのですがもう帰ってもらってしまったので今日中に還る術はありません」
「ならばバンに送らせます。あなたを泊まらせられないのは残念ですがご了承ください。また6つの星が集まったら会いましょう」
「わかりました」
「バン! この方を人間の国まで送って差し上げてください」
「もう話は十分なのですか?」
さっきまで下にいたバンが気付けばもう横にいた。
びっくりして転げ落ちそうになったけどバンが腕で抱えてくれた。
やばい惚れそう。
「はい、また会う約束を結びましたので」
「わかりました。責任をもって送り届けます。行きましょう、主」
「ありがとうございます、バン、よろしく頼んだ」
そういってカーテンに背を向け、元来た道に戻ろうとした俺の耳元にかすかに聞こえた声があった。
「また会いましょう、ご主人様」
俺は振り返らなかった。
*******
「思ったよりも元気そうでよかったです」
バンが俺を送るドラゴンの上でそうこぼす。
どうやら俺らの会話はあまり聞こえていなかったようだ。
「最初は驚いたし絶望もしたけどね。多分だけど・・・みんなの中で昔人間のもとに仕えてたってのは秘密にしてるんだね」
「そうです。エルフのトップに立つにあたって人間のもとで尻尾を振っていたと知られるわけにはいかなかったので。ましてや今の主の姿はまだ子供。そんな子供の人間に対して国王が下に出るわけにはいきませんので」
最初こそもうヴェルたちには縁を切られてしまったのかもと思ったが、会話の節々から察するに恐らく俺との関係を知られるわけにはいかないから迎えるわけにはいかないのではという仮説が浮かんだがどうやらあっていたみたいだ。
「彼女も本当は泣いて抱き着きたかったと思います。それに最初から伝えていればこんな冷たい感じで終わらなかったと思いますが、俺らの中で主が生き返ったら絶対にほかのエルフには知らせない。主に直接会ってもらうというルールを決めていましたのでこんな風になってしまいました」
「一応確認なんだけど、エルフが革命を起こすにあたって開発したものは全部バン達6人がやったことになってるんだよね?」
「そうですね、大変心苦しいのですがそうなってます」
「いや、大丈夫。いろいろ合点がいったから」
ヴェル、多分君の事だから今頃泣いてるんじゃないかな。
もしかしたらシズクも泣いてくれてるかもな。
多分「フィセル」っていうワードも人間の名前から来ていることは伏せられているんだろう。
要はおれの存在は全てなかったことにされているということだ。
「種族の優劣の逆転・・・か」
もう日が暮れかかっている空に向かって俺はそう呟いた。