17.D
「フィセル様、おかえりなさいませ」
この言葉はもしフィセル様とお会い出来たら絶対に言おうと思っていた言葉。
あれはまだ私たちが山の中の館で暮らしていた時に王都から帰ってきたフィセル様にエルフたちが必ず言っていたもの。
この言葉でお迎えするとフィセル様は「なんかいいなこれ・・・。一人じゃない感が、なんかいい」といって気に入ってくれたのを今でも覚えています。
あの時は帰ってきた音がしたら誰が一番早くお出迎えができるか競ったりしていたな。
毎回私とシズクさんが競り合って、いつの間にかヴェルさんに抜かれているってのがお決まりだったけど。
・・・もう少しフィセル様と話したかった、抱き合っていたかった。
でも私たちはみんなでルールを定めたから独り占めをするわけにはいかない。
抱きしめた体はあの時よりも小さかったけど、それでも雰囲気は変わっていなかった。
もっと聞いてほしかった。
私の頑張りを、私の行動理由を。
人間の国の騎士団長になったのだって全部フィセル様、あなたのためなんですよ。
貴方が転生したときに人間の国がぼろぼろになっていないようにするため。
私がこの剣を振るうのはエルフのためでも人間のためでもない。
ただ一人貴方のためなんですからね。
ああ、駄目だ。どんどんと話したいことが浮かんでくる。熱い感情が湧き出てくる。
でもあなたが愛を注いだのは私だけではないから独り占めにはできない。
だから、だから早くほかのエルフたちと再会してみんなで集まりましょう。
そうすれば私の胸の中すべてをさらけ出すことができるから。
「もう待つのはこりごりです」
私から離れていく夕焼けに染まった主の背中にそう呟いた。
*******
アイナと会った次の日、学校をさぼって正午にアイナが指定した場所へと出向く。
もちろんダニングと会うためだ。
流石に本来子供は学校にいる時間なだけあって子供の姿は俺くらいしか見当たらない。
「ここがアイナの指定した場所・・・。ダニングは来るのかな」
そんな不安を抱えながら市場をウロチョロすること10分、何やら俺の前方が騒がしくなってきたような気がした。
いや、普通に騒がしい。
騒がしいといっても人の話し声が煩いのではなく何か金属音が響く感じだ。
もしかしたらと思い音源のほうを向くとそこには鎧で身を包んだ騎士の人たちが4,5人ほど歩いているのが見えた。
そしてその中には一人だけ、ラフな格好をした茶髪のエルフがいた。
・・・ダニングだ。
ダニングは歩いている最中で止まり、どうやらそこは目当ての店だったようで中へと入っていく。
騎士の人たちはその店の前で凛々しく立って待っていた。
その風貌は200年前と変わらない威圧感があった。
俺はとっさに近くの物陰に隠れてしまったのだが、やはりこうして実際にダニングの姿を見ると高揚する。
其れで収まればよかったのだが、俺は抑えきれずあろうことかその店へと突撃してしまった。
だが、店へと不気味な笑みで駆けていく俺を見て騎士が何もしないはずがなかった。
ダニングが入った店に入ろうとした俺の肩を騎士団の一人ががっちりとつかみ行く手を阻む。
「おい、お前何者だ!?」
「えっ、た、ただの平民です!!」
「平民? お前まだ学生だろ! こんな時間に何やってるんだ!!」
「えっ、それは・・・その・・・」
当たり前である。
なんせ今は平日の昼、しかも気持ち悪い笑みを浮かべて走っているような俺は怪しいことこの上ない。
しかも何をとち狂ったか俺は制服で来てしまった。
多分これが終わったらそのまま学校に行こうとしてたんだろう。・・・多分。
「なんでこんな時間に、こんなところにいるんだ? 悪いが俺らは王城付きの警護隊だ。鼠一匹でも怪しいものを通すわけにはいかない」
「その、ダニングさんとお話がしてみたくて・・・」
正直に言おうと決心し、ダニングに会いたいという趣旨を伝えた俺に飛んできたのは騎士の一人の拳骨であった。
めちゃめちゃ痛い。
「痛ったぁ!! な、何するんですか!?」
「ダニング様だろ、気安く呼ぶな!! ダニング様はこの国で唯一国王に認められている料理人なんだぞ!! それにあの由緒正しきエルフなのだからお前みたいなガキがそうやすやす会えるわけがないだろう!!! 何を言っているんだ!!!」
待って、いろいろ追い付かない。
え? エルフが由緒正しき? ダニング様?
これだけ聞くと恐らく俺たちの計画は大成功に終わったに違いないと判断できるが今の俺にとっては障害でしかない。
「お前みたいなのが会って話だと? 一回考え直せ、手紙とかなら読んでくれるかもしれないから。おいお前、こいつを警察まで連れて行って学校に連絡しろ」
「はい」
「ま、まって!!! 俺の話を聞いてください!!」
多分目の前の人たちの中で一番偉いと思われる人が部下に指示を出す。
冷静に考えれば後からアイナ伝いでダニングとの交流の場は設けられたであろうと考えられたが、この時の俺は目の前の情報量の多さに頭がオーバーヒートしており冷静な判断が下せなかった。
つまりは、ここを逃したらもう次はないという思考に陥っていた。
「坊主、あまり騒ぎを大きくしないほうがいい。お前にとってもそのほうが身のためだ。エルフに変なちょっかい出すとろくなことになんねえぞ。しかも王城付きの料理人ときたもんだ、あの『黒い悪魔』に襲われるかもしれねえしな。」
「なに黒い悪魔って!? ちょっ、頼むお願いだから一回だけ会わせてくれ!! そうしたらわかるはず!」
「わからないやつだな。もういい、連れていけ」
「はい」
そういって二人の騎士に両腕をつかまれて移動させられそうだった時であった。
その聞いたことのある声が響き渡ったのは。
「さっきから何を騒がしくしている? 警護隊はそんなに呑気で暇なのか?」
ダニングだ。
「申し訳ありませんダニング様、少々うるさいものがおりまして。もう連れ去るのでご安心を」
「ダニング!! 俺だわかるだろ!!!!」
「お前この期に及んで呼び捨てだと!!! 大バカ者が!!」
騎士の人が何か騒いでいるがもう関係ない。
必死にダニングの目を見て叫んで訴えかける。
お前に会えてうれしいという感情を。
「・・・・・・おい、その人を離せ」
「えっ、こ、こいつをですか・・・?」
「いいから離せ。あともう俺の事はいいから先に王城に帰っててくれ。俺はこの人と話がある」
「で、でも・・・」
「いいな?」
「・・・はい。少しでも危険がありましたらすぐにお呼びください。そうしなければ我々の首が飛びますので」
「わかった」
ダニングの鶴の一声によって騎士の人たちは威勢をなくして去っていく。
さっきまでの喧騒が嘘のように、今周りには俺とダニングしかいない。
「・・・場所を変えて話そう」
こうして二人目のエルフと再会することができたのであった。
******
「コーヒーは今でも好きか?」
ダニングはそういって先にベンチに腰掛けた俺にブラックの缶コーヒーを手渡す。
200年前の俺は、研究の際でも休憩中でも常にブラックコーヒーを飲み続けておりどうやらダニングは覚えていてくれたらしい。
「あー、あんまりブラックは飲まないけど・・・昔を思い出して飲もうかな。ありがとう」
「まさか本当にやってのけるとはな。正直、とても驚いている。味覚や風貌はお子様になったようだがな」
とても驚いている人の顔のようには見えないが、このソワソワ具合から本当のことなんだろうと思う。
昔からダニングは表情には出ないけどしぐさに出てたから。
ダニングが俺の横にドカッと座るとベンチが少しきしむ。
ただ横にいるこの大柄の男の雰囲気は俺をいつでも安心させてくれる。
「こっちもまさかだよ。王城の料理長なんて、どんだけ出世してるんだよ」
「ただの過程だ。最高の料理人になるまでのな。それにまだ達成は出来ていない」
「えっ、国王に認められてるってことはもう最高の料理人じゃないか」
「・・・俺が認めてほしいのは国王でもエルフの王でもない。あんただけだ。そしてあんたはその前にぽっくり死にやがった」
「でも俺はあの時からダニングは最高の料理人だと思ってたよ?」
「それは違う。あの時は限られた食材で限られた能力でしか発揮できていなかった。でも今は違う。最高の食材、最高の機器が用意されているからな。ただ一つ、あんたがいないことだけを除けばだがな」
「じゃあ俺のために料理を作ってよ。見せてくれよ200年の集大成を」
「もちろんだ。あそこにいたってことは大方アイナあたりから場所を聞いたんだろう?」
「まあそうだね。ダニングは二人目かな」
「じゃあ全員と再会し終わったら全員で集まることは知っているだろう? その時を楽しみにしておいてくれ」
「もちろん。でも、その簡単に王城を抜けたりできるの? 今日のあの感じだと大変そうじゃない?」
「問題ない。俺が仕えてきたどの国王にも『俺にはただ一人、心に決めた主君がいる。その次でよければあなたたちに仕える』って言ってあるからな」
「なんか恥ずかしいな、てかそれ通るんだ・・・」
「まあな。あんたが生きてた頃と違って今のエルフの立場は相当いいものになったからな。あんたのおかげで」
「それはよかった。そういえばなんで人間界で料理人やってるの? エルフの国じゃなくて」
「それは今いう事じゃない。また皆で集まったら話そう」
「そうだね、そうするよ。あとそれに関連してなんだけどほかのエルフたちと会う方法ないかな? 今のところ何も手掛かりがないんだよね」
「そうか・・・、ならばこれを渡しておこう」
そういってダニングは俺に六芒星の描かれたお守りのようなものを渡す。
「ルリはいま任務に行っているはずだから先にエルフの国に行くといい。これが通行証だ」