15.お目覚め
やっと夢のような記憶の乱流から目が覚めベッドの上の時計を見る。
時刻は午前10時を示しており、起きた時からもう30分以上たっていることに驚く。
だが今日は祭日だ。遅刻とかの心配はない。
唯一いつもの休日と明らかに違うのは、
「そうか、俺は転生に成功したのか・・・」
前の名をフィセル、そして今の名も何の因果かわからないが・・・フィセル。
15の誕生日の朝を迎えた俺ことフィセルは約200年前の前世の記憶を取り戻した。
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今俺が生きているのは6人のエルフと暮らしていた時からおよそ200年後の世界だ。
そして今、俺の中にはエルフたちと過ごしたときの記憶と、この世界で15年間過ごしてきた記憶が入り混じっている。
結論から言うと、6人のエルフたちと俺の計画は成功していた。
街を行く人の中には首輪なんてつけていないエルフが多く混ざっており、奴隷なんて言葉は聞いたこともない。
歴史の教科書にはちょうど50年前にエルフの国が再建されて、今では魔国や王国をしのぐ力を保有していると綴られており、初代エルフ国王の名は『ヴェル・フィセル』と明記されていた。
どうやらエルフの国に人間が立ち入ることは許されていないようだが、王国とエルフの国は互いに不戦条約を結んだらしく人間よりも栄えているはずのエルフが人間を攻撃することはないそうだ。
エルフは独自の魔法具と魔法、そして回復薬を有しているらしく、いつでも人間を滅ぼすことは出来たが急に攻撃をやめて和解を持ち掛けてきたという史実で語り継がれている。
うん、ほぼ俺が開発したものだな、多分。
まぁ、今の人間が持つエルフの印象は『他国の自分達よりも強い者。逆らうべからず』って感じみたいだ。15年間の方の俺の記憶がそう言っている。
だからこそ王国内を胸を張ってエルフが歩けているのかもしれない。
そう考えると感慨深いものがある。
また15年間の記憶の方で引っかかる名前はいくつかある。
王都の国王城で料理長を務める『ダニング・フィセル』という人物をテレビで見たことがあるし、王国軍の騎士団長は『アイナ・フィセル』だったな。
・・・なんで今まで俺はフィセルという単語に疑問を持たなかったのか。
もしくは今人間界の中で子供にフィセルと名付けるのがブームなのか。
そんなことは置いといて、彼らは無事世界を変えたみたいだ。
エルフが人間と共存して生きる、そんな世界に。
自然と涙があふれてくる。俺は何もしていないのに。
ただ時間は時間だ。もうそろそろ起きて活動し始めなくてはならない。
涙で目を腫らしたままベッドから降りて洗面所へと向かう。
洗面所で顔を洗い終わった後に鏡を見ると、やはりというべきか昔の俺にそっくりの顔立ちをしていた。
身長は昔よりも高い気がするけど。
外見がほぼ一緒ということは、前世と違う点は魔法の才能が皆無なことぐらいだ。
今俺は受験生だが、志望高校は確かその辺の高校にしたはずだ。
剣技の才能もなければ、魔法のセンスも引き継げなかったみたいだが仕方がない。
顔を洗い終わった後リビングへと向かいまず部屋においてある家族写真の前に行く。
数年前、俺の両親は事故によって帰らぬ人となった。俺だけを置いて。
この事故で多額の保険がおり、慰謝料もたくさんもらえて俺一人が暮らしていく分には正直困らないが、中学生が一人暮らしというのは中々つらいものがあった。
どうやらこの辺も変わっていないようだ。
両親を失いその影響で金はいっぱいある、みたいな。
線香を上げ終わったあと、いつもの通り一人でご飯を食べて適当に時間をつぶす。
休日だからといって正直やることはない。
こうして15歳の誕生日はエルフに囲まれていた前世と違い、たった一人で過ごすのであった。
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次の日になりいつも通り学校に向かうことにしたが、ある重大なことを見落としていることに気づいたのは通学路を歩いている最中だった。
・・・あいつらに会う術がない。
今王国にいることが判明しているのはアイナとダニングだがどちらも王城に務めているため一般人の俺なんかが会えるわけがない。
エルフの国王になっているヴェルと会うなんてもってのほかだ。
記憶を取り戻しても何も打つ手がなく時間だけが過ぎていく。
色々な策を考えて実行しては打ち砕かれ・・・を繰り返しているうちにどんどん日々は過ぎ去って行き気づいた時にはもうそろそろ中学校生活におわりが見えるころになっており、
「あいつらが変えた世界を見ることができただけ及第点としとくか」
なんて半ばあきらめ状態で日々を過ごしていた。
あの日までは。
その日は普通の日常のはずだった。
いつも通り学校について友達としゃべって適当に授業を受けて・・・。
だが一つ、今までとは違うことがあった。
剣技の授業のために服を着替え、外に出た俺たちに担任の先生が思いもよらぬ発言をしたのだ。
「えー、今日の剣技の時間だが特別講師に来てもらっている。知っているものは多いと思うがこの国の中学生の最後の剣技の時間では王国軍の人達に特別授業をしてもらうことになっている。そこで優秀のようならスカウトの話が来るかもしれないから今日は真面目に頑張るように」
クラス中の生徒たちが沸き立つ。
そりゃそうだろう。国軍の人に指導してもらえてあわよくばスカウトされるなんてシンデレラストーリーにもほどがある。
剣技の才能もない俺には無関係の話だが、こうしてどの若者にもチャンスが与えられるような仕組みを創り出した王国軍は優秀だな。
もう一回言うけど俺には関係がないが。
そんな騒がしい中、先生が何とも言いにくそうな顔をしながら話を続ける。
「それでなのだが今日は、かの有名な騎士団長様に来ていただいているからな。無礼の無いように」
騒がしかった場が一瞬静寂に包まれる。
その後爆発するがごとく騒ぎ、踊り始める生徒たち。
みんな待ってましたと言わんばかりに叫び躍っているが俺は初知りだ。
・・・え? アイナが来るの???
*********
今日で何回目だろう。
もしフィセル様が人間に転生していたら、と考え王国中の中学校を回るのは。
これは私が王国の騎士団長を務め始めたと同時に始めたことだからもう30年は続けているに違いない。
それでも成果はないけど。
最初は下心丸出しで始めたこの活動も気づけば
「若者の才能の芽を育てる」
という大義名分が後からついてきて気づけばこんな一大イベントになっているが目的は変わらない。
・・・私が一番最初にフィセル様を見つけるため、ただそれだけ。
だから私は今日も金色の刀を片手にフィセル様を探す。
何度も我が主のためにふるったこの刀を。
「アイナ様、準備ができました。今日はよろしくお願いします」
「はい、よろしくお願いします」
今日訪れる予定の学校の校長と先生が私に頭を下げる。
いつみてもこの光景はおかしくして仕方がない。
だって人間がエルフの私に向かって頭を下げているのだもの。
数百年前ではありえない光景。
「よし、今日も頑張りますか。待っていてくださいね、フィセル様」
そういって今日も私はとある中学校の小さな運動場に出向く。
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「えー、みなさんこんにちは。王国軍騎士団長のアイナと申します。今日は短い時間ですがよろしくお願いします」
いよいよ特別授業が始まりアイナが初めて目に入る。
あのころと変わらず金色の髪を背中まで伸ばし碧色の目は以前よりも鋭くなった気がする。
スタイルはあの時からあまり変わっていないのがなぜか安心するが。
「それではまずは素振りをしましょうか。それから私の後ろには騎士団の団員たちがいるので打ち合いをしましょう。もし自信がある方がいたら私のところへ来てください。相手しますよ」
その声を聴き特に男子どものやる気が爆上がりする。
そりゃ美人で強いなんてあこがれの的だしな。
・・・何とかしてこのチャンスをものにするしかない。
軽い素振りを終え、アイナの言った通り団員たちとの打ち合いが始まる。
団員一人につき学生が4人ほどついて一人ずつ打ち合うが誰も一向に一本も取れない。
それはどこの班でもだ。
やはり中学生と団員との間には途轍もない差があるらしく、もはや遊ばれている気がしてならない。
とくに俺らの班の団員はややプライドが高いらしく
「なんでお前らの相手なんかしなくちゃなんねえんだよ。おらっ、次!! 早く来い!!! 」
という感じで打ち合いを進めていく。
正直印象は最悪だ。
めんどくさいのにあたってしまった・・・。
剣技が始まってある程度の時間が経つと、アイナが
「それでは腕に自信のある人は私のところへ来てください」
と宣言したが正直俺にはいくほどの体力は残っていない。
そんな俺とは違い、みんなどこにそんな体力が残っているのかと思うくらい元気に飛び出していき、ものの数秒で瞬殺されていき班での打ち合いに戻っていく。
負けたのにみんな嬉しそうな顔しやがって・・・。
そんなみんなを見つつも別に俺はいいやと思い、目の前の団員と打ち合いをしているときだった。
「ちっ、お前みたいな才能無いやつが剣握るんじゃねえよ。ちょっと痛い目見て現実を知っとくか?」
「えっ、は?」
その団員は突然俺に加減をせずに剣を振り下ろしてきた。
何か彼の癇に障るようなことをしたのかもしれない。
素振りで疲れ切っていた+もともと剣技のセンスが一切なかった俺は彼の振りを一切いなすことができず、その剣は俺の脳天に直撃した。
「っておい!! なんで受け止めねえ!!」
なんて声が聞こえた気がしたけどもうわからない。
次目が覚めた時は保健室のベッドの上で寝かされていた。