野良犬襲撃される
別荘に寄る前に管理人の夫婦の暮らす寮へ立ち寄り、挨拶と滞在の予定を交えた世間話をしてから別荘に入った。
別荘はラタトナリゾートの丘の中腹にある三階建ての立派なお屋敷だ。いつ来るかも知れない主人のために完璧な掃除された別荘は清潔そのもの。
パントリーは空だけど、管理人ご夫婦が明日にも補充しに来るらしい。今晩は外食だ。
国営レストランの目録を読みながら営業時刻を調べていると、ワインセラーから何本かチョロまかしてきた二人が乾杯を始めた。
ええ!? 一人一本飲むの、しかも直飲みとか男らしすぎ!
「いやー痛快痛快! バトラをしっかりやりこめてくれた騎士リリウスに敬礼!」
「もううちの子になっちゃいなさい。用心棒代ならちゃんと払うわよ」
野良犬から番犬にクラスアップできそう。
でもお婿さんじゃないんですね。ちょっとショック。何がショックって脈がなさそうなところにね。
「いい気分のとこ水差して悪いんだけどさ」
「なぁに?」
「兄貴、今夜あたり襲撃に来るよ」
うお、二人が同時に青ざめたぞ。ちび〇るこちゃんかよすげーな。
「それ本当に?」
「あいつ堪え性ないからなあ。首を懸けてもいいレベルで来るね」
そして夜になり、国営レストランで実家では味わえないようなお貴族様の美食を楽しんだ俺達は三人一緒の場所でぐっすりと眠る……フリをした。
そして時刻は深夜を迎えた。
「リリウスー!」
パリィィィン!
二階のガラス窓を破ってバトラが押し入ってきた。両手に軍刀を掲げてブンブンと振り回す眼は血走っている。
「殺してやるー、殺してやるぞリリウスぅぅぅぅ!」
ズブ!
ベッドに軍刀が突き立つ。
ズブズブズブズブ! ズブズブズブ!
何度も何度も何度でも貫く!
一刺し毎にバトラの顔に刻まれた愉悦が深くなる。
ズブズブズブズブズブズブズブズブズブズブズブズブズブズブズブズブズブズブズブズブズブズブズブズブズブズブズブズブズブズブズブズブズブズブズブズブズブズブズブズブズブズブズブズブズブズブズブズブ!
どんだけ憎んでるんだよ!
「ふひひひ……お前が悪いんだぞぉリリウスぅ~~」
バトラがシーツを剥ぐと中から出てきたのズタボロになった丸まったクッションだけだ。
そんな光景をクローゼットの中に隠れて見ていた俺達は恐怖に震えていた。
「人はあそこまで堕ちることができるんだね」
「リリウス君を殺すと言いながらファラまで殺す気だったぞあれ」
「うう、これも悪夢になりそう」
ステルスコートでバトラの背後に近寄り、酒瓶で後頭部を殴打!
ふぅ、殺したと確信できる手応えだが死ぬはずもないか。こいつタフガイだしな。
気絶したバトラはそのまま縛りあげ、住宅街の中心にある騎士団の詰め所に担いでいく。
「夜分にすいません」
「どうなさいました?」
こんな目つきの悪い子供にも丁寧に応対してくれたのは、ファウストに負けず劣らずの美しすぎる巻き毛の貴公子の騎士だ。
うーん、ギルティ、これは女泣かせてますね……
「強盗を連行しました」
「お引き受けしました」
あっさり風味に応じてくれたハンサム騎士が部下に命じてバトラを地下牢に連行させた。
「まことに恐縮ではありますが調書にご協力願えますか?」
俺は洗いざらいしゃべった。
「要約すると腹違いの兄が嫉妬に狂って夜間に他人様のお屋敷に侵入、刃物を振り回して幾つかの器物を損壊したと。どなたか負傷者は?」
「いません。兄の罪はどんな感じになります?」
「拘留の間に加害者の養育者つまりお父上と当方が話し合いを行います。賠償額を決定し次第イース様にもご連絡いたします。書簡か直接のやり取りかで日程は変わりますがおおよそ七日ほどで決着し、和解成立後に釈放となります」
帝国には貴族を捌く法はない。
あるのは賠償金や謝罪金という古来からのスタイルのみなので、慰謝料込みでたんまり請求してカタを付けるのだ。
乱暴なやり方だと思うし当然遺恨は残るが現代日本の裁判制度だって遺恨は残る。
結局のところ罪と罰なんてものには良い解決法などないのだろう。
「無論イース様希望の請求を当方が窺うことも可能です。当事者同士の話し合いには絶対にさせませんのでご安心を」
「手慣れてますね?」
「こんな事はしょっちゅうですからね、色恋沙汰の案件は特に」
男女が水着でうろちょろするリゾートなら当然だろう。
あんまり気にしたことなかったけど江ノ島とかハワイの警察も苦労してそうだぜ。
「経験豊富そうなのでお尋ねしたいのですが、人の心に他人が鍵を掛ける方法について良いアドバイスはありませんか?」
「遠くへやるか、新しい恋を見つけるか。他人にできるのは前者でしょうね」
「親父殿にはそう伝えておきます」
騒がしい夜もようやく終わりだ。
ぐっすり眠って明日はビーチにでも行こうかな?
バトラという不安も消えてリゾートひゃっほい!
初めてのリゾートに浮かれるリリウス君は忘れていたのだ。ここには馬鹿と勇者しか挑戦しないクソやべーダンジョンに潜りに来たという事実を……