後悔させてやる!
会議初日、まずはギルドでルーから安いご説明。
「ボランティア参加の冒険者さんは都内を適当に回って、問題が起きてたら解決してほしいのですぅ。あ、毎日朝と晩に必ずギルドに顔をだしてくださいね! じゃないと報酬でないですよ!」
安いぜ、安すぎるぜ。
「問題は抽象的すぎんだろ、こちとら法律暗記してる騎士団じゃねえんだよ、具体的にどういった問題を扱えばいいんだ?」
「冒険者さんにケンカの仲裁以上は求めてないのですぅ……」
つまり適当にお祭り楽しみながらケンカの仲裁しとけって事か。
冒険者って武力面には秀でた人材だけどフリーダムな奴が多すぎてね。説明が三行越えると右から左に受け流す脳筋ばかりでね……
説明が終わった後に、
「で、何をすればいいんだ?」
とか言い出す奴が多くてね……
そういう理由で難しいことは言わないからケンカしてるのだけ適当に止めとけって事らしい。ギルド職員も苦労が多そうだぜ。
最後に大量のチラシを配られた。このチラシは王都内で開催されるイベントの運営が街中で配っている物で、百枚くらいある。
俺も義賊でお世話になってるネスト&クラウス印刷所の刷り印が捺してあるぜ、いつも輪転機停めてるくせにこの時期は儲かってそうだな。
五大国会議の開催期間九日~十三日の間は王都の路上や公園を問わず何かしらのイベントが行われる。
例えば大手商会三社合同による国際酒家サミットは闘技場のある陽光公園で全日程開催。外国の酒とツマミが楽しめるこのイベントのために貯金している愛飲家も多く、四日間入り浸る奴も珍しくないらしい。
「酒会議は最終日の打ち上げにとっておくとして、何から回る?」
「国際陶器市でマグカップ見ませんか?」
「おそろいの買ってたまに交換しようか」
「どうして交換する必要が……」
「ユイ、その変態との関係を考え直すなら早い方がいい」
「あら、名案だと思うけどな?」
「お前も毒されるんじゃない……」
バトラとラトファがいつもの夫婦漫才を始めたのでみんな揃ってバラバラに出発。
トキムネ君はどうもクラウにフラれたようだね。
「ちくしょぉぉぉぉお! 学会学会学会、オレより学会が大事なのかよ。クラウの馬鹿やろぉぉぉぉおぉ!」
泣きながら走り去っていったぜ。
あいついつもこんな扱いだな。
「学会?」
「バイゼン派の技術交換会がありまして。不得手な火属性魔法の最新理論を学べば、私はまだまだ強くなれます」
最近いいとこないの気にしてたんだね。
陶器市は小路を貸切る形で開催されている。
絨毯をブルーシートみたいにして品物を広げてる奴もいれば、木製の棚に置いてる店もある。小型の立派な木箱をたくさん積んでる露店はどこの有名店の出品なんですかねぇ……
客層は王都の奥様方が八割、残りは商人と俺らみたいなカップルだけ。
「なぜ信楽焼きが……」
「へえ、火斑の面白い模様だけど、これ全部模様ちがうんだね。どこのカップなんだろ」
「たぶんトキムネ君の国だと思う」
煙管ぷかぷかさせてるおっちゃん東方移民系のお顔してるし。
スカーレットな曲線が螺旋階段みたいに入ったナイスな湯飲み茶碗を六点購入。日頃お世話になってる奴らへのお土産だ。
その後、めっちゃリアルテイストな猫の絵が塗られたマグカップをおそろいで購入した。
せっかくだから良い物にしたいって言い出したユイちゃんが二時間くらい粘ってようやく見つけた物だ。
「だって思い出は綺麗な方がいいし」
一理ある。
あれ、俺思い出にされる予定あるの?
お昼ご飯と休憩を挟んで国際技術博覧会へ。
さっそく面白そうな連中見つけたぜ。世紀の大発明なるのぼりを掲げた白衣の連中だ。こいつは見物の価値あるな!
「我らオルトス魔導学院魔法否定派はついに空を飛ぶ事に成功した!」
魔導学院生なのに魔法否定するんじゃないよ。何のために入学したんだよ。
「見よ、これが一ヵ月もの歳月をかけて作り上げた我らの翼だ!」
といってカバーを取り払って出てきたのはどう見てもハンググライダーですね。
ウインドースポーツやってる奴の間でもマイナーで地味な方ですね。
「さあ目撃せよ、新時代の翼の雄姿を!」
魔法否定派が飛翔魔法を使ってグライダーを聖堂の大鐘楼まで持ち上げていったぜ。
確かにこのでかいグライダーを聖堂に運び込んで狭い階段あがるのは無理だろうけどこいつら……
「魔法否定派なのに便利に使ってますね……」
ユイちゃんが蔑みの目をしている。
その後十五分の時を費やして大仰な前口上を語り出した。開発の苦労話はいいから飛べよ。
「風向きよし、角度修正……飛翔!」
「「飛翔!」」
ガシャアン!
垂直落下しやがった。観衆のど真ん中に垂直落下しやがったぞ!?
観衆三人がグライダーに激突して負傷、観衆は逃げ惑い、子供が大泣きしている。コミカルな連中なのにけっこうな大事件だぞこれ!
「理論は完璧だった……はず」
グライダーから這い出てきた白衣がそれだけ言い残して気絶。
なんなんだこいつら、他の連中いなくなってるし……
ユイちゃんがパタパタ駆け回って負傷者の治療をし、その場は事無きを得た。
なおトライブ七都市同盟技術連合なる連中が魔導エンジン搭載のプロペラ機を披露して馬鹿どもの話題を全部持っていった。最後には空中で大爆発したけど。
「……技術って危険なんですね」
「嫌な一例を見せられただけって気もするけどね」
こういう馬鹿どものせいで科学の発展が遅れている気はかなりする。
お次は地下文学販売会だ。
地下文学ってなんじゃいと思いながら開催されているという酒場に向かう。
入口の前には警備員みたいに青年が立ち、冊子を配っていた。コミケ〇トのカタログかな?
「あなたッ、何を考えているんですか!」
冊子をもらおうとしたら怒鳴りつけられてしまった。
俺何か悪い事した? 入場券必要だったの?
「女の子を連れてこんなところに来るなんて、非常識にもほどがある!」
「ごめんよ。お怒りの理由がわかんないっつーか、そもそも地下文学はなんなの?」
「そこからですか……」
めっちゃ小声で説明される。
要はエロ同人文学即売会だったんだね。中を見ればみんな迷惑そうにユイちゃんを見てるぜ。エロDVDコーナーに突然女の子が入ってくるとこんな空気になるよね。
「すまない、俺達は退散するよ」
「そうしてください。あぁお一人で来る分には構いませんから!」
帰り際に冊子をいただいたぜ。
中を見ると著者毎の小説のあらすじとヒロインイメージの絵があったね。ぱらぱらーっと見た感じ変態に腹筋を狙われる少年のお話はない模様。特殊な事例すぎるんだ。
「なにが書いてあるんですか?」
「ユイちゃんが見てはいけないもの」
「どんなの?」
くっ、ものすごいちからで冊子を掴んできた。
微笑みながら奪おうとする子初めて見たぜ……
「ねえ、これの中身はどんななの?」
「エロいの」
顔を真っ赤にしたユイちゃんが俺の冊子をぶん投げてしまった。
三時にもなっていないのに空はもう赤く染まり始めている。
「続いてはオークリッチ条約の再調印に移りたいと思う」
二年に一度開催される五大国会議は慣例通りに進行する。
王国貴族院議長アルステルム老の司会で、とっくに形骸化している幾つかの条約の再締結が行われた。
例えばこのオークリッチ条約は奴隷の扱いを各国共通の認識の下で行うというものだ。
中でも戦奴隷として五年働いた奴隷を平民が一年を通して生活できる賃金を渡した上で自由民とする条約だがやはり形骸化している。
国家保有の戦奴隷ならばともかく、個人が所有する戦奴隷にこの条約を適応させる者はほとんどいない。奴隷は財産だ、好き好んで財産を手放す者は少なく、また違反したからといって国も積極的に罰を与えようとはしない。
戦奴隷本人が言いふらせば外聞は悪いのは確かだが、その程度の認識でしかない。
「我がトライブ七都市同盟はこれに調印する」
「ベイグラントも調印いたします」
「フェスタも調印しよう」
「やれやれ」
例年通り難色の示したのは砂のジベールだ。
国家戦力の根幹を奴隷戦力で賄う彼の国にとってこの条約は好ましくない。
五年任期満了寸前の戦奴隷を海軍に売り払い、任期をリセットした上で再び陸軍に売却する手口で条約を公然と無視している。
これらは全て書類上で行われるだけの何の意味もない処置であり、手間と言うほどの手間は掛からないが、それでもこうした条約が存在する事を喜んでいるわけではない。
「このようなカビ臭い条約もうやめませんか?」
「あら、カビ臭いのはどちらかしら? 戦奴隷なんて何千年も前からの制度の方をお捨てになればよろしいのに」
「左様。言葉持たぬ家畜を飼うのは構わぬが、四方世界の言葉持つ者を鎖に繋ぐ愚行が理解できない」
「サルマン老の仰います通りだわ。きちんとお話して解放するの、賃金を渡して戦っていただくの、ね? これだけの事ではありませんか」
「ご高説はありがたく。ですがね、お国柄の違いって奴なんですよ、奴隷身分の方々はみなさま納得と理解の下喜んで従事していただいているのです。好きにできるお小遣いだって渡しているし休日だってある。ボクに言わせればあなた方の奴隷の扱いが理解できない。虫けらでも扱うみたいに過酷な仕事に従事させ、時には鞭を振るって虐め殺してしまうなど我が国では考えられない」
「我が同盟に奴隷身分は存在しない」
「これは失礼。もちろんサルマン師を除いた方々へのお話ですよ」
「ムハンマド大使、調印を拒否なされるか?」
アルステルム議長が何の強制力も持たない発言すると、浅黒い肌の王子はチャラついた仕草で肩をすくめた。
「いえ、我が国も調印しますよ。コンセンサスって大事ですからね」
「ふふふ、何の不利益もありませんものね?」
涼やかに微笑み合い、内心で罵倒し合う。
張り詰めた緊張感で胃がキリキリしそうな空間で若き総艦長だけが心から微笑んでいる。
戦場では何度も剣を交わしたが外交の場では初めてなので新鮮だ、そんな微笑みだ。
何か面白い演目でも見ているみたいにニコニコする姿は、とてもではないが大使という重役を背負う者の姿ではない。
「あら、ライアード総艦長わたくどもになにか?」
「いえね、みなさんとても仲良しそうだと」
「ええ、そうなの。わたくしどもとても仲良しなの♪」
ラスト王女が隣のムハンマドに抱き着いてみせると、さすがのムハンマドも嫌そうな顔になった。
血塗れラストなんて不名誉なあざなで呼ばれる殺戮鬼と同じ空気を吸っているなど、考えただけで吐き気もする。
「気のせいかムハンマド大使はお嫌そうに見えるね?」
「この世界にラスト王女に抱き着かれて喜ぶ男がいるとは、ボクには信じられないな」
「なるほど、あぁそういえば王女はまだ独身だったね。そういう理由で」
「ライアード大使とは気が合いそうだ」
「僕もそう思ったところだよ、ついさっきまではいけ好かない奴だと思っていたがね」
男二人が微笑み合い、確かに何らかの友誼が今この瞬間に生まれていた。
敵の敵は味方だ。
「ボクもまったくの同感だ。よければこの後の会食の後は酒でもどうかな?」
「喜んで」
「失礼な方々ね。あら、そういえばライアード総艦長は独身でいらっしゃる?」
「その会話はもうやめないか、答えが見えている」
「はははっ、ちがいない!」
手を叩いて笑い出したムハンマドは会議始まって以来最高のいい気分だ。
自らの身を危険に晒す必要もなく、勝手に化け物をやりこめてくれる奴なら奴隷だって友達になってやるからだ。
だがムハンマド王子はやはり一言多い男で、追撃の言葉がすらすらと出てしまう。
「王女は我らのような軟弱な男ではなく、同じレベルの化け物から結婚相手を探すべきだ。我が国から一頭進呈してもよろしい。炎を吐くのと冷気を吐くのどちらがお好みか?」
「そこまでにしておけ」
アルステルム議長と次の条約について話し合っていたシュテル黄金騎士団長が口を挟むと、場がピリリと緊張する。
シュテル団長から立ち上るオーラは、ラストから何の意図もなく漏れ出す莫大な魔法力よりも遥かに強く洗練されている。文句があるなら剣を取れという態度だ。
「大使という重責を担う者が寄ってたかってか弱い女性を言葉責めにするなど、不愉快にすぎる」
「か弱いかな?」
「ラスト大使はとても魅力的な女性だ。俺は好ましいと感じている」
「なんと…」
「ほんき…のようだね……」
「……此奴正気か?」
失礼なことにサルマン師まで恐れ慄いている……
「あぁシュテル様…………シュテル様はご独身でいらしたかしら?」
「妻帯している」
「首輪付きは死ねぇぇぇぇ!」
ずどん!
突如シュテルへと襲い掛かったラストの拳が騎士団長のガードする腕を強烈に打つ!
ずどどどどど―――!
目にも留まらぬ連撃が騎士団長を襲う。すべてを腕で止めているとはいえ、痛い上に意味がわからない。フォローしたはずなのになぜか殴り掛かられているのだ。
離れたところに避難するムハンマドに視線で助けを求めるが、拒絶されてしまった。
「わかったか、こういう理由だ」
「ディアンマ持ちはこういうところがあるからね。魔剣ローズブラッドを持っていない今でなければからかわない、僕も命は惜しいからね」
「ラスト大使落ち着け、落ち着くんだ! 俺はたしかに妻帯しているが、室になら迎えてもいい!」
「キィィィィィ! 侮辱されたー! 愛人なんていやーなのー!」
ラストの攻撃は激しさを増す。すべてがパンチなので防ぐのは簡単だがさすがに腕が痛くなってきた。軽々と大剣を振るうレベル六十五の騎士団長の拳はシュテルであってもひどいダメージになる。
サインの終わった書類をまとめたアルステルム議長が重苦しいため息をつく。
「今日中に二十八条約の調印だけでも済ませておきたかったが、これはもう無理だな」
議長が疲れ切った足取りで退室する。
狂乱するラスト王女をなだめるためには、長い時間が必要になると察したからだ。
アルステルム議長のすべてを見通す鑑定の眼には、ラスト王女の状態異常『精神失調 重度汚染』がハッキリと見えていた。
昼間のお祭り騒ぎは夜になっても変わりはしない。
夜の街は昼間ほども大勢の人で溢れ、酒場の前では音楽が奏でられ、恋人達が陽気なダンスを楽しんでいる。
そうした馬鹿騒ぎを横目に通り過ぎるフードを被った男達は、微笑ましさを顔に張り付けていた。
先頭の男がジョッキを運ぶ給仕娘の手からサッとジョッキを奪い、後ろの男が突如手から消えたジョッキを探して戸惑う給仕娘のポケットに金貨を一枚滑り込ませた。
彼らが歩き去った後も給仕娘はジョッキを探して混乱している。
「噂に違わぬ賑やかな街ですね」
「今夜は特にだろうね。会議の間は終日こんな感じらしい」
「なぜ会議中にお祭り騒ぎを?」
「お偉いさんが色々やってるのだから俺らもやってみるかって感じらしいね。祭りを始める民衆も民衆なら、このデリケートな時期にお祭り騒ぎを許してしまう為政者の度量も驚嘆に値する。この心の豊かさこそ我らが太陽に勝てぬ理由かもしれない」
ジョッキを片手に陽気な街を歩く異国人は街にも劣らぬ笑みを零している。
それを是とするか否とするかはともかく、街に溶け込むには都合がいいのは確かだ。だが仕事は彼一人でも十分なはず……
後ろを歩く男が人混みに紛れて離れようとした刹那、
「順序は守ってもらいたいね」
「厳しいな。一目遠くからでも、なりませんか?」
「許可できるなら何も言わずに見送っていたよ。伯母上のご神眼はいつでもどこでも僕らを見守っておられるよ?」
後ろの若者がギリリと歯をぎしりをし、悔しさに耐えて同行者に戻る。
「禊を終えるまでの辛抱だ。そう長くはかからんさ」
「何をどこまで捧げればそう判断されるのか……」
「決まっているさ、何の疑念も抱かずにいられるほどの忠誠心だろうね」
ギルドは夜を迎えてたくさんの冒険者たちが酒を酌み交わす酒場と化していた。
入店してきた男二人に向けて一斉に視線が集まる。
すぐに興味をなくして視線を外す者。深い警戒心から腰の剣に手を伸ばす者。酒を飲むのをやめて多少の警戒に移る者。様々な反応をする者達の中で、男達がフードを取り払う。
変装のために粗末な服を着ているが貴族だ、誰もが一目でそう理解した。
騎士か軍人か、いずれにせよ相当な実力者たちだと見る者が見ればわかる。
剣呑な目つきで彼らの品定めをする冒険者たちに先んじるように、先頭に立つライアード・バーネットが両手を挙げた。万国共通の降参のポーズだ。
「警戒させてすまないが僕らはただの依頼客だ」
「騒がせんじゃねーよ!」
「ふぅ、軽くビビったぜ」
「最近フードかぶってる奴への恐怖感はんぱねえんだが……」
「子供のアサシンのせいだな……」
「言うなよ、ケツが痛んできた」
カウンターを見やればギルドの受付嬢が顔を強張らせている。少しだけ浮かせた腰は逃げようとしたふうにも、慌てて混乱しているだけにも見える。
どちらでもいい。留まろうが逃げようが彼女が捕獲対象であることには変わりない。
「シシリー嬢ですね?」
「あなたをエスコートしたい。同行してもらえるかな?」
「……拒否したらどうなるの?」
「あまり使いたい手ではないが無理やりという運びになる」
ガタッ。
冒険者が一斉に席を立つ。ギルドのど真ん中で堂々と拉致を宣言すれば反発は必至。なによりシシリーは人気がある。
「レイシス、任せてもいいかい?」
「やってもよろしいのなら」
「冒険者ギルド内は治外法権さ。もちろん殺傷は控えてくれると後々の処理は楽だがね」
「あまりに力量差のある連中です、確実にとは言えませんが」
レイシスと呼ばれた青年が暗灰色の外套を脱ぎ払う。
彼の身から噴き出した海色のオーラが津波となって冒険者どもに押し寄せる。ブリザードのように噴きつけてくるオーラのあまりに冷たく、絶望的なまでのちからの差を感じさせるものだった。
絶望的な力量差を感じながら、冒険者どもが飛び掛かる。
ギルドから漏れ出していた、あれほど楽しげだった酒盛りの声は痛烈な打撃音へと変わっていた。
ギルドの惨状に最初に気づいたのはアーガイルという冒険者だ。
「やべえな、こりゃ……」
そこいら中に冒険者が倒れている。壁に刺さっている奴までいる。
最初は子供のアサシンかと思ったがケツから血が出てないので違うと断定。断定はしたが、そっちの方なら幾分かマシだったと思い直す。トイレが辛くなるだけで死にはしないからだ。
仲間と一緒に酒家サミットで一杯ひっかけていい気分だったのに、一気に酔いが覚めちまった。
「パルム、ちょいとひとっ走りアルテナ神官連れてきてくれ。五人くらいでいい」
「はい!」
「おやっさんはこいつら介抱してやってくれ」
「お前はなにすんだよ?」
「こういう時一番頼りになりそうな姉さんに事情聞いてくらぁ」
カウンターをひらりと乗り越えると、職員がバタバタ倒れていた。
(連中はぶん殴られてたが姉さん方は昏睡魔法だな。腕自慢のゴロツキが乗り込んできたって感じじゃあねえな)
(シシリーはいねえな、姉御と飲みにでも行ったか? 間がわりい。こういう時一番頼りになるのはあの小悪魔ちゃんなんだがね……)
浅黒い肌の少女が倒れている。
ルーと呼ばれる少女はギルド職員ではあるが、その正体はフェニキア王家の護衛を代々務める名家の魔導師だ。何をやらせてもドジばかりでお世話係をクビになり、なぜかギルドで働かされていると聞いたが……
「≪調和するちからよ、眠れる彼女の頸木を外せ 解呪≫」
解呪は成功した。しばらくするとルーがゆっくりと目蓋を開いていき、赤面。
起きてみれば見知った男が顔を覗き込んでいるこの状況、誤解は仕方ない。
「アーガイルさんだけは信じてたのに」
「こんな状況でそんな心配するかよ。お前さんもけっこう豪胆な奴だな」
「はい?」
「この惨状はどういうこった、お前さんだって為す術もなく昏睡かけられる程度のウィザードじゃねえだろ」
ルーの表情が驚愕に染まる。
ペッタンコな自分の胸をペタペタ叩き始めたと思ったら、胸ポケットに差し込まれたカードを読み、今度はアーガイルに向けてきた。文面は短くも簡潔な一行のみ。
「ルーデット古き友よ、幼き日の約束を果たそう……?」
「あわわわ……アーガイルさん、じつは先輩がさらわれちゃって!」
「落ち着け。ゆっくりでいい、何が起きたか教えてくれ」
「あのですねそのですね、どこから話せばいいやらギルドに貴族ふうな男性がきたんですね。二人でした、一人はチャラそうで好きくないです。もう一人は真面目そうだしけっこう恰好良かったんでけっこう見ちゃったんですけど微笑み返してくれたのでいい人かなってですね」
「お前さん慌て者のくせにけっこう余裕あるな。そいつらがシシリーをさらった?」
「はい! チャラそうな人がさらうって言ってました。ルーも抵抗したんですけどダメでした」
「つまりチャラ男が犯人か。他に誰かをさらったり、盗んだりは?」
「ルー眠らされてたんで詳しくは。でも目的はシシリー先輩だって言ってました! あのあの、ルーはどうしたら!?」
「お前さんは先輩の姉さん方を起こして指示に従えばいいさ。パルムの野郎はいま神官集めさせてていねえが、あいつとライアンにも協力させる」
「俺はちょっくら事情聴いてくらあ」
空中都市のルーデット家の屋敷は厳重な警戒態勢にあった。
騎士団と戦争でもする気か、と思わせる警戒中の門番に取り次ぎを願う。
普段滅多にギルドに顔を出さないトライデントの構成員とはいえ彼らも冒険者だ。他国からの亡命者ではあっても、なんだかんだで交友はあるし、共に冒険に出た事もある。
「面会は難しいな、屋敷の中には騎士団の監視がいて俺らも自由にゃ会えねえんだ」
「何が起きてるんだ?」
「うちも色々あんのさ。ついてこい」
「面会は難しいんじゃなかったのか?」
「そいつは建前だ」
連れていかれたのは屋敷の外にある厩舎。十数頭のスレイプニルが繋がれているがそちらに用はない。用があるのは床板を外した穴の先だ。
案内役のバーニィは昇降用の取っ手を使って地下に降り、突き当りの壁を複数回ノックする。二回、三回、一回、二回、暗号のように繰り返すと向こうからも三回ノックが返ってきた。
「会話は不許可だが思念話の許可が出た、いいぞ」
「……慎重すぎんだろ、スパイかよ」
「似たようなもんだろ」
無数の魔法防壁に守られた人物と会話するためにはこの程度の手続きが必要になる。
アーガイルが壁に手を突き、壁の向こうの室内にいるであろう男へと思念を飛ばす。
『アーガイルです。先ほどギルドが襲撃され、シシリーが誘拐されました』
『……』
思念に一瞬だけ迷いや逡巡が含まれたがすぐに裏社会の首魁の厳格さを取り戻した。
『犯人はわかるかね?』
『チャラ男です』
『チャラ男は知らんな。……トライデントは動けない、そちらで対処してほしい』
『愛人のために危険は冒せませんか。あの小悪魔ちゃんが聴いたら泣きますよ?』
『あれも理解してくれるさ』
『そういう大人ぶったところは嫌いですよ。ではこれで』
『ご苦労。時に犯人から何かメッセージはなかったか?』
『ありませんよ』
思念を切断する。魔力的に繋がった意識を切断する時の、頭皮の一部を千切られるような気持ち悪い痛みに耐えながら、ルーが持たされていたメッセージカードを握りつぶす。
「そいつはボスに渡す物じゃなかったのか?」
「いんや、ただの紙切れさ。唐突だが俺が一番嫌いなのが何かわかるかい?」
「壁の向こうにいる髭親父だろ?」
「そいつは二番だ。一番はな、いけ好かないクソ野郎の手のひらで踊らされる事さ。俺ら冒険者をメッセンジャーにしようなんざクソ生意気、ぜってえ後悔させてやるさ」
「本国での活動をメインにしているトライデント外の戦闘員がいる。手数が欲しければ小鹿亭のミーティアを頼れ」
「わかった。後一つだけ頼まれてくれるか」
「色々秘密を知った俺を始末するってのは無しにしてくれよ?」
バーニィが噴き出したのをきっかけにアーガイルが走り出す。
王都では何かが始まっている。どこかの誰かの仕掛けが幾つもの歯車を回して王都に何かを起こそうとしている。
「おおかたフェスタの魔手ってところだろうが、俺達冒険者を巻き込んだのは間違いだったな!」
屋敷を出たアーガイルは飛翔し、下層街を目指した。




