崩壊の足音
夜もすっかり更けた午前一時。
向こう岸が霞んで見える大河に六隻の軍艦が停泊している。
淫乱お姉さんの説明によれば三番埠頭に停泊している二隻がフェスタのオーグ級軍艦らしい。さすがに物々しい警戒態勢だぜ、シシリーを餌にトライデントと一戦交えようってんだから兵隊一人一人もやべー猛者なんだろうな。
「どうするの?」
「潜入してくるから少し待ってて」
「……わかったわ」
今の間はなんですかね?
動かないでくださいね、動いちゃダメですからね? これフリじゃない奴ですからね?
こうしてシシリー奪還作戦が始まったぜ。
オーグ級軍艦ってのは地下三層構造なんだ。一番下の船倉にはバラストっつー船の重心になる石材と、積み荷が積まれてる。さすがに積み荷の木箱の中に人質つっこんだりはしないだろうな。
他の階層は生活区画の扱いで船員用の部屋やキッチンにトイレなどの生活空間が詰めこまれているがシシリーが見つからねえ。
二隻目も隈なく探したがやはり見つからない。これは知ってる奴に聞くのが早いな。
「むぐぅぅぅ! むぐぅぅぅぅぅ!」
艦長室のトイレでふんばってたおっさん艦長を殴り倒して簀巻きにし、今五本目のスプーンいきまーす!
ドドス!
サン・イルスローゼに来てから多くの悪とイケメンを始末してきた結果、凄まじい速度でスプーンを抜き差しする高速ピストン技を身につけたのである。
ドドドドス!
この芸術的な技が与えるダメージは間違いなく相当な物だろう。さあキリキリ白状してもらおうじゃないか。
「って、いっけね!」
簀巻きにした勢いで口に布噛ませてたぜ。へへっ、これじゃしゃべりたくてもしゃべれねえよな。解くと中年の艦長さんが大声で喚き出したぜ。
「貴様ぁぁぁ! 何も聞かずにいきなり拷問始める奴があるか、まずはッ、質問してから何かしろ! 頼むから!?」
ごめんね。
「何が聴きたいんだ!? なんでも話すからスプーンはやめろ!?」
なんて協力的なんだ、それともスプーンが強力すぎるのか。
さっそく汚いスプーンちらつかせてしゃべらせるぜ。
「人質……? 知らんな」
「はい、お口にスプーンですね♪」
「知らん知らん知らん知らん! 本当に知らんのだがぼっ!?」
ほうら美味しいだろう?
念入りに舌にこすりつけてあげるぞ。自分由来の排泄物食なんてエコロジーすぎるだろ……いや泣くなよ、軍人だろ?
五十代くらいの威厳ある艦長さんが下半身まるだしで嗚咽し始めた。さすがに可哀想になってきた気がしなくもないが、シシリーさらった時点でね。
「艦長さんさっきから無駄に声大きいけどさ、助けなら来ねえぞ」
お前も俺と一緒に透明化してるからね。
突然伝令兵が入ってきても俺とお前スルーして出ていくぞ。
「あんたは見た目で俺を侮ってるかもしれんが……」
「お前みたいな恐ろしい目つきしたアサシン侮るわけがあるか! 本当に知らないんだ! 小規模な襲撃があるからイルスローゼ騎士団と包囲捕縛しろとしか聞いとらん!」
なーんかハズレの予感。
これもしかしてフェスタふうに偽装工作した別勢力じゃね? 現場における最高指揮官の艦長さんが何も知らないのはさすがにおかしいぜ。
「敵襲だー!」
なんだと!?
剣戟の音色に魔法による爆発音と艦長室の外が騒がしくなってきた。このタイミングでどこの馬鹿だよって思ったら淫乱さんが二個中隊相手に大暴れてたぜ……
待機しててって言ったのに一対二百始めちゃうとか……
「殺戮鬼めッ、血迷ったか!」
「囲んで殺せ! いかな血塗れラストといえどこの数なら圧殺可能だ!」
う~~ん、やべー女だ。
背中に目のある系戦士はけっこう見てきたけど、雑魚ならともかく五大国の精鋭相手に渡り合う化け物は初めて見たわ。これカトリたんより強いんじゃね?
大人の背丈ほどもある二本の大剣で大暴れする淫乱が半分くらい薙ぎ倒すと、隣の船からおかわりの中隊がやってきた。
「ふぅ…ふぅ……ようやく燃えてきましたわ!」
いやいや肩で息してるあたり限界でしょ?
俺も後衛でバカスカ魔法打ってる騎士の肛門破壊しながらフォローしてるけどそろそろやばいぜ。
透明化して一緒に逃げたいけど、超速度で二本の大剣振り回しながら船内を縦横無尽に駆け回る女に近寄るとか誤殺されそうで怖いんだ。
「これは何の騒ぎだ!」
軍艦での騒ぎを聞きつけた黄金騎士団がやってきたぜ。
騒ぎの大本が淫乱女だって目撃した騎士団が目を丸くして驚いてるね。外国大使団が外国大使団を襲ってるんだもんね。ナイスミドルの隊長さんが口に手ぇつっこんでアワワしてるぜ。
「ラスト王女、これはいったい何事ですか!?」
いま王女って言いました?
嘘だよね、暇つぶしで男漁り始める王女様なんて聞いたことないよ?
「義による助太刀でしてよ? 不当な理由で王都民間人を誘拐したフェスタ軍を許せぬと陳情がありましたの、わたくしは義によってこの場にいるのです! わかったら下がりなさい!」
「し…しかしですな、冒険者ギルド関係者は民間人とは……」
「黙りなさい! シュテル王子にはこう伝えなさい、ベイグラントの剣は民の安寧のためにある、くだらぬ抗争がやりたいのなら女子供を巻き込まずにおやりなさい!」
「…………(絶句)」
恰好いいじゃん。このお姉さん淫乱だけど絶対良い女だよ、悪党二百人吊るしてきた俺が言うんだから間違いねえぜ。
仕方ねえ、最後までお伴してやんよ!
「そこまでにしてくれ」
威厳ある声が臨海公園の林の中からやってきた。
黄金の騎士をぞろぞろと引き連れて黄金騎士団の団長シュテル王子(四十一歳)がやってきた。よく見ればアーガイル君が捕まってるし、他に五人くらい逮捕されてるけど誰やねん。
「ラスト大使、そこもとにも理念があるのだろうが……」
「シュテル様ッ、今この瞬間ほど殿方の求婚をお断りして正解だったと感じた事はありませんわ。恥を知りなさい!」
「……ラスト大使を捕縛しろ、殺害は絶対にまかりならん」
「「ハッ!」」
その後ラストお姉さんは激戦の末に捕縛され、王宮の地下牢に連行されてしまった。
軽く数えた感じフェスタ側が重死傷八十名、イルスローゼ側が重死傷三十名。とんでもない戦果だぜ。
国際酒家サミットは本日最高の盛り上がりの中にある。
楽団でもない連中が持ち寄った太鼓や笛が祭囃子を奏で、呑んべえどもの手拍子で恋人たちが楽しそうに踊っている。
朝まで続くかのような大騒ぎも深夜二時の頃にはすっかり治まっていた。
ぽつんぽつんと灯る魔法光の中から食器の後片付けをする音が聴こえてき、すっかり火の消えた会場では大勢の酔漢どもが寝こけていた。
いい感じの酔っぱらってうたた寝をするカトリーエイルはハンスの膝枕で眠り、ハンスもまたテーブルにつっぷして眠っていた。
何事もなければ朝まで気分良く眠れていたはずだったが……
「誰かな?」
薄暗がりから何者かがにじり寄ってくる気配を感じ、カトリーエイルはパチリと目を覚ました。
酔っぱらいから財布を掠め取る小悪党……ではないと判断し直す。
五人の男どもは身なりこそこじきのそれだが、油断のない身のこなしは相当な訓練を積んだ者のそれである。少なくともレベル三十八の、冒険者でいえばAランク相当の猛者だ。
「時期的に見れば本国からの刺客なんだけどね、どうなの?」
「…………」
「…………」
「……取り押さえろ」
男衆が押し殺した低い声音で襲い掛かってくる。
ほぼ同時に襲い掛かってきたがタイミングに僅かなズレがある。コンマ一秒二秒の領域だがカトリーエイルから見ればそれは致命的な隙だ。
前方からかかってきた男の顎をつま先で跳ね上げ、背後からかかってくる男の顎に掌底を打ち込み、左側からくる男の手を引いて右側の男にぶつけ、左側からきていたもう一人の男の後頭部に回し蹴りを叩き込む。
仲間をぶつけられて一瞬だけ襲い掛かるのが遅れた二人には、崩れ落ちた仲間をこん棒みたいにふりあげて叩き潰してやった。
普段飛び道具ばかり使っている彼女だが別に体術が苦手というわけではない。たしかに本来の戦闘術と比べれば数段落ちるが、それでも並みの騎士数名程度に遅れを取るものではない。
「よわっちいの。あたしに相手してほしかったらさ、美少年に生まれ変わってから来てね!」
「そこ、何をしている!」
木陰の向こうから騎士団がやってきた。装備をがちゃがちゃさせてやってきた騎士団はすぐに酔漢どもを縄で縛り……
「あんたにも来てもらうぞ」
「あたし?」
「こいつらの喧嘩相手はあんただろ。事情聴取ってもんがある」
キョドりながら言われてもねって感じだ。
「………ねえ、もしかしてこれ親父が何か関係してる?」
「そ…そんな事は知らん。我々はあんたが誰かも知らんのだ!」
「それは嘘。この時期の王都で一日何百件の喧嘩があると思ってるの、それ全部を事情聴取してるなんて聞いた事もないわけ。変装した仲間にあたしを襲わせて、でっちあげた罪で逮捕するなんて誰の指示かな?」
「…………」
「ま、逆らっても無駄そうだから大人しくついてってあげる。その前にギルドに顔を出してもいい?」
「ならん。あんたは地下牢まで連行しろと……とにかくついてこい!」
(地下牢、まさか太陽宮の?)
ふと空を見上げると大勢のワイバーンに跨る竜騎兵が空中都市からこちらへと向かってくる。
逃げ場を探して周囲を見渡せば、陽光公園の林の至るとこに騎士が潜み、分厚い包囲陣形を形成している。
数十人程度なら囲みを破る自信はあったが、騎士団三個中隊に加えて竜騎兵まで用意されては……
(……いつかはと思ってたけど、本当にいきなりだったな。親父あたしたちは派手にやりすぎたんだ、多少の貢献はしたってここはあたしたちの国じゃない。十年もいたのにこの国はあたしたちを受け入れてなんてくれてなかった。復讐なんて考えずに大人しくしとけばいいのにさ……)
空中都市からやってきた百頭の竜騎兵が陽光公園上空を旋回する。
逃げ道はない。
そもそもどこに逃げようというのか、活路を求めてやってきたこの太陽に国からも拒絶されて、亡命者はどこに向かえばいいというのか。帰るべき祖国からさえも追われているというのに……
(もうおしまいかな)
ふと脳裏に浮かんだのは家族の顔ではなかった。
父でも兄でも、もう記憶さえも薄れかけてきた最愛の弟の顔でもなく、目つきの悪い陽気な少年の顔だった。
(最後にさ、もっかいだけ会いたかったな……)
「乗れ!」
ワイバーンの群れが飛翔する。
起きている者も酔い潰れている者も、誰にもそれを止められない。
国家の意思とはさながら運命にも似た強制力を持つのだ。
十二月十日午前二時半。
貴族街を行進する四千人の黄金騎士団の先頭に立つクラトス上級騎士がルーデット邸へと向けて宣言する。
「国王陛下より王都守護を拝命する黄金騎士団はここにアルトリウス・ルーデットの出頭を命令する!」
「罪状はリスグラ港に停泊中のフェスタ軍籍艦強襲、およびその人員の殺傷!」
「なお出頭の猶予は一時間後までとする。応じぬ場合は武力行使も辞さぬと心得よ!」
こうした宣言に対するトライデント側の反応は寝耳に水が正しい。
兵を動かすどころか大人しく屋敷で待機していたのにこの言い様だ。難癖つけられている気分の者が多いのは言うまでもなかった。
「何かの間違いじゃないか! こっちが屋敷で大人しくしているのはお前らの派遣した監視役が一番わかっているだろうが!」
「黙れ、当方はすでにトライデント構成員を名乗る賊徒五名を捕らえている。如何な言い逃れもできぬと知れ!」
「……こいつは何の冗談だ、とは言わねえ」
「だな、やる気満々って感じだ」
「おい、監視役はもう殺していいか?」
「ついでにボスに指示を仰いでこい」
トライデントの兵隊が屋敷の地下へ降りようとした時、ルーデット卿があがってきた。
シャツにチョッキというラフな格好のまま、監視役の首を提げている。
鬼気迫るといった雰囲気に、誰もがゴクリと生唾を呑んだ。
「投錨で嵐をやり過ごそうとしたら横から高波くらった気分だね」
「まったくであります総艦長」
「船から投げ出された臆病者はおらぬだろうね?」
「船員の士気は高く、嵐の走破も厭わぬ覚悟であります! どうせ帰るべき故郷などないのです、最後までお伴致します!」
「突撃のご命令を!」
「せっかく猶予をくれているのだ、ギリギリまで焦らしてやろう」
「しかし時を置けばさらに増員されるやもしれませんが……」
「決死の覚悟を決めるのはまだ早い、事はまだ政治の段階にある。シュテルめが何を企んでいるかはおおよそ見当がついているが、敵も一枚岩ではない。思わぬところから助け船が来るやもしれんぞ?」
「助け船…でありますか?」
「五大国はイルスローゼとフェスタの二つのみではない、国が五つあるから五大国なのだ。総員は第一種戦闘態勢を一時間目途に準備せよ! 繰り返す、刻限は四時半までだ!」




