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悪役令嬢の手下Aだけど何か質問ある?  作者: 松島 雄二郎
EXクエスト かみよの約束 永遠を謳う竜
713/713

変革を唱える者と変わる必要のない人々

 くもったレンズ越しに見る情景のように白く濁った景色は曖昧だ。


「まるで冒険だな」


 俺の声で俺がそう言った。でも口を動かしたつもりはなく、まるで映画を見ている気分だ。


 くもった視界にパッと女の笑顔が咲いた。彼女は誰だっただろうか?

 重たそうなロングの赤毛と活動的そうな引き締まった肢体が目の前で跳ねる。小舟が揺れるのも構わず点々と跳ねてボートの舳先に着地する姿は危なかっしい。

 見惚れるほどに健康的な笑顔をする女だ。クラスの明るい女子友って感じの彼女からは性的なにおいを感じない。スポーツ選手に感じる純粋にすごいと思う感情が近い。すごく危なっかしい。海に落ちそうで危なっかしい。


「まさしく冒険だよ、他の何だっていうの?」

「だな」


 俺は苦笑している。根暗ぁ~な苦笑だ。モテそうもない。


 ゆっくりと近づいてくる桟橋。風を満帆に受けている帆をしぼり、向きを変えても無理そうだなと思ってか思い切って縮帆することにしたらしい。届かない分の水力はオールで補い、ゆっくりと桟橋へと近づける。

 ボートの舳先がこつんと桟橋に当たる。俺は女に向けてロープの束を放り投げる。


「そら、こいつを結んでくれ」

「あいさー、絶対に解けない結び方にするね!」

「帰りのことも考えろよー」

「あいさー」


 なんて信用ならない返事をする赤毛の女が軽やかなジャンプで桟橋にあがり、もやい杭ってわけでもないが木製のでっぱりにロープを結ぶ。じつに最適な結び方だ。絶対に解けない結び方は考え直してくれたらしい。


 桟橋から港町を見つめる。とっくの昔に滅び去った港町に生き物の気配はない。死臭さえもなく、ただただ静かな廃墟都市と化しているのがわかった。

 港を見下ろす崖には崖をくりぬいて作ったかのような巨大な石像があるんだが風化のせいでボロボロだ。辛うじて人間を模した像だと分かる程度ではある。


「ここがまぼろしの都ルクレインか。お宝のにおいがするねえ」

「即物的だなあ」


 呆れられた。そういえば俺達はなんでこんなところに?


「なんだよ、ルクレインでお宝見つけて学費の足しにしようとか言い出した女がロマンを語るつもりか?」

「わるいとは言ってないよ」

「そうしてくれ、やる気ゲージが下がりそうだ」


 上陸したルクレイン市は廃墟だ。辛うじて家の名残を残すガレキと何もない建材の山とそれなりの家の形の残っている廃墟しか存在しない。緑だけはそこそこある。

 俺が風の魔法を使っている。なんだろうね、俺はいつからオートで動くようになったのかね?


「アンデッドの気配はねえな。……ま、竜がいるなんて伝説はあるがよ」


「怖いの?」

「出くわしたら聖句を唱えて死を待つしかない相手を怖がるのは当然じゃないか。それともあんたならどうにかできるってのかい?」


「食いでのある後輩くんを差し出せば逃げる時間くらいは作れそうだね」

「……よし、竜を見つけたら真っ先にあんたの足を撃ち抜いてやる」


 俺と女は仲が悪そうだ。いや、こういう冗談を叩き合える仲だと考えれば逆に仲良しなのかもしれない。

 女が歩き出す。ダンスのように軽やかに、スキップのように跳ねてガレキの町の丘をのぼっていく。


「こっち、こっちだよ!」

「警戒はしろよー」


「大丈夫だってば! ねえ、それよりも何か思い出さない?」


 冒険の思い出だろうか?


「思い出すってなんだよ」

「懐かしいとか?」

「は?」


 女が困ったふうに微笑んでいる。


「懐かしいとか、こうだったなーとか?」


「ねえ、思い出したりしない?」


「ねえ、ここはルクレインなんだよ?」


「……もしかしてあなたは違うのかな?」


「違うってなんだよ」

「あの人がずっと待ち続けてきた人じゃないのかな?」


 女は泣き出しそうな顔で口パクをした。自分と俺ともしかしたら他の誰かにも聞こえないように言葉を消した。



◇◇◇◇◇◇



 不思議な夢を見た。ルクレインの夢だ。

 目覚めてみればそこは長方形の狭い部屋で、ドアがノックされててクソうるせえ。何だってんだよ……


「レビ……?」


 ドアがノックされている。ノックなんて生やさしいものではない。どんどんと拳を叩きつける感じはまるで借金の取り立てだ。


 頭が痛え。水が必要だ。水……

 ステ子、水出せ水。ローゼンパームで買い溜めした百パーセント魔力精製水だ。


 ステルスコートをばしばし叩くと触手がミネラルウォーター入りの水筒を出した。ステ子くんの活躍には頭が下がるぜ。


「水、それは命のみなもと……」

「しゃちょー、いるんでしょー、しゃちょー!」


 ノックの音がクソうるせえ。頼むからもう少し猶予というものをだな。くそっ、酔っ払いに優しくねえなあ!


 ドアを開けるとアホ社長フォロー係のレビが立っていた。オースティール魔導学院の制服姿に、まとう魔導衣には上級魔導師の証であるパープルカラーのまじない紐がある。ちなみにこのまじない紐の役割はボタンだ。


「やっと起きた。しゃちょー、おはようございます!」


「……いま何時?」

「朝の六時だねえ」


 早い。朝が早い。学生の朝の早さにも頭が下がるぜ。……夜の七時だか八時だかに眠ったにしては俺が遅いんだ。疲れてんのかなぁ。


 なお真実はこの部屋でけっこうだべってたので二十二時就寝だ。女の子との会話は楽しいからな、酒も入ると時間が吹き飛ぶぜ。


「それでしゃちょー、今日はどうします?」

「レビ君が働き者で社長困っちゃうぜ。つか朝の六時から何をしろってんだよ」

「出社」


 レビ君、LM商会では社長は重役出勤が許されているんだ。お昼頃に顔を出して社員を昼飯に連れてってやって午後はのんびり報告を受けて必要な書類の決裁をして三時ごろに帰宅する生活なのだよ。実働はほぼ一時間なのだよ。

 ううぅぅ頭いたい。飲みすぎた。やはり可愛い女の子と飲むとついね。悲しいけど飲みすぎちゃうのよね。


「そういうレビ君は授業は?」

「あるけどこちらを優先するよ」


 優先しなくていいから社長を寝かせてくれ。


「学業も大事だよ。授業に出てきなよ、終わったら合流しよう」

「りょーかい。じゃあ午後の二時頃だね」

「じゃあその頃に迎えにいくよ。オースティールの正門で待ち合わせだ」

「はーい」


 レビが歩くだけでぎしぎしと音のする床を通って出ていく、そしてこれまた歩くだけでめりめり音のする腐った階段を降りていった。学生さんは元気すぎて社長困っちゃうぜ。


「しゃちょー、二度寝はダメだよー!」


 そして遠くから忠告してきた。はいはいわかってますよっと。


 午後の二時に待ち合わせならもう一眠りできるが……いや、起きよう。公衆浴場ってこの時間からやってたっけなあ?



◇◇◇◇◇◇



 公衆浴場はまだやってなかった。オーナーさんによると午後三時の四点鐘の頃に開けるように努力しつつもやってなかったらすまんが一時間ほど開けて来てくれとのことだ。アバウトすぎるぜ。


 仕方なく井戸で水を被る。井戸の前でパンイチで水を被ってタオルで拭くだけでもさっぱりするし、似たようなことをやってるジモティーもけっこういた。


 定食屋のような店は幾つも営業しているらしいので、井戸風呂ジモティーから聞き出した人気の店に突入する。井戸水を被って冷えた体に温かいスープは堪らないね。さあ今日も一日がんばるぞいという気力が湧いてくる。

 本日の朝食は澄んだ色合いの羊のスープとポンデケージョのような小麦を練って焼いたパンを幾つか、これにニンジンの千切りを練り込んでいるのだから祈りの都だな。追加でオレンジを食べた。新鮮な果実を食事に取り入れると栄養面でもグッドだ。羊のミルクも二杯飲むことで完璧だ。……酒はやめておいた。


 今日は嫌な仕事がある。サルビア島で発見した学生証の返却だ。

 面倒なことにならずに自然に返却してそれでおしまいといきたいところだが……どうなるだろうねえ。わかんね。


 朝から市内の学院を回って学生証を返して回る。意外でも何でもないがSランク冒険者という社会的地位が俺の信用となり、多少は踏み込んだ聞き方をされたがわりとあっさりと終わった。失踪した学生が何十年も昔の学生だったという点もある。

 つまりは俺が殺したんじゃないかっていう疑いは回避できたわけだ。だって五十年前に消えた学生の死因に今年で十五歳になる俺が関わってるわけがねーじゃん。学院側もとっくに行方不明で学籍を削除した生徒だったわけだし。


 一応の義務感から尋ねておく。


「どういう処理になります?」

「遺族へと郵送での通達となりますが、どうなのでしょうね?」


 どうってどういうことだろう?


「失踪したというのにご家族からの問い合わせの記録がないんですよ。住所も国外ですし通達をしたところで誰も喜ばないのではと」

「五十年も前ですもんねえ」


 娘が帰ってこなかったのに学院に問い合わせもしなかった親と、いるのか知らんがその親族だって五十年前の人だ。とっくに死んでるかもしれない。世代交代をして孫世代が当主をやっているにせよ、そんな昔の人の死亡報告なんて興味もないだろ。


「学院の責務として報告は行います。ただ感謝はされないでしょうね」

「あぁ、そういうことですか」


 つまりは俺がお礼金目当てに学生証を持ってきたと思っているわけだ。

 浅ましい考え方だと思うが冒険者を卑しい人々だと考えているのなら正解だ。だいたいの冒険者はカネにならないことはしないよ。それは正しい。


「人として当然の責任のつもりですよ」

「失礼しました。ではこちらはお預かりしますが、もしお礼をしたいと申し出がありましたらどちらに連絡をすれば?」

「そう俺を試そうとしないでくれ」


 おそらくは学院も迷惑に思っているのだろう。過去の問題をほじくり返して波風を立てたくないのだろう。……まったく浅ましいものだと感じてしまうのは俺もまたこの人と同じく浅ましい人間だからだろう。

 こんなものは同じレベルの人間が互いに貶め合っているだけだ。


 人としての義務は果たした。まさかお優しくも遺族の下へと直接届けてやるほど高潔な人間ではない俺は、この問題の解決をここまでとする。


 学院を出ると同時に懐中時計を開く。まだ午前十一時か。

 約束の時間までまだだいぶある。大きな用事に着手するには短く、メシ屋で潰すには長すぎる時間だ。観光もいいかもしれないが一人では寂しい。共に楽しむ相手もいない観光なんてつまらないもんだ。


 おい、どんなタイミングだ……?

 やけに見慣れた二人組が古く苔生したアーケード街の古本屋に入っていった。おいおい、テレビのヤラセかよっていうタイミングで遭遇したな。


 二人組を追うふうに俺も古本屋に入る。古書を積み重ねた古本屋には本に対する敬意が欠けているが品揃えは豊富だ。製本もしていない学生の論文や古文書の手書きの写し、果てには怪しい宝の地図まである。


 薄暗い店内を物色する二人組は何か目当てのものがある様子だ。とりあえず声をかけてみる。


「ドレイク選手、おすすめの観光スポットを教えてください」

「あ? なんでここにいるんだよ」

「マジの偶然」


 古本屋にいる二人組ってのはドレイクとファトラきゅんだ。いやファトラきゅんですら俺よりだいぶ年上なんでそんな呼び方はどうかと思うんだが、なんとなく呼び方は変えていない。俺の中じゃファトラくんは永遠に九歳のままだよ。


「マジの偶然かよ。世間ってのは案外狭いもんだな」

「世界を股にかける俺達が偶然出会う確率なんて天文学的だぜ。この引きはレアドロップで使いたかった」

「つれねえことを言うなよ。ちょうど人手が欲しかったところだ、手伝っていけよ」


 仕事の増える人物第三号かよ。暇してるからいいけど……


「ダンジョンアタックか?」

「お前にはここがダンジョンに見えんのかよ。手伝ってほしいのは本探しだ」


 大したことのねえお手伝いだな。


「何探してんの?」

「オブスタイト・テイラーの天空の揺りかご」

「また趣味にいい冒険小説だな。お前とは気が合いそうだ」

「合うんだよ」


 でもお前と気が合った俺は別の俺なんだよ。


 オブスタイト・テイラーの冒険小説『天空の揺りかご』とは冒険家オブスタイトの最後の冒険にまつわるノンフィクション小説だ。こいつがまた超が付くほどの冒険野郎で陸と海を踏破したから今度は空だと言って空の果てを目指す物語だ。


 空の果てには何がある?から始まる小説の最後は無残な末路だけが書かれている。気球で宇宙へと旅立った彼の死体はまだ見つかっていないが旅立ちから四年半後コダックの山道で気球の残骸だけが発見された。巻末の仮説では気球では対流圏の暴風に耐えきれないと書いてあるんだったな。

 たしかドレイクの原点だっていう話だったが……


「あれ、お前あれを読んで大空の勇者になったんだろ?」

「勇者と書いて馬鹿と読むんじゃねえ。久しぶりに読みたくなって実家を探してみたんだがダメになっててよ、んでこうして古本屋巡りってわけだ」

「なるほどねえ」


 本探しを手伝う。出版社別になっていたりジャンル別になっているのなら簡単に探せるんだが見た感じ適当に棚に詰め込んでいるので、こいつは骨が折れそうだ。

 奥で店主と話をしていたファトラ君が戻ってきたので、軽く手をあげて挨拶をしておく。


「同志リリウスの手を借りられるとはありがたい。ちょうど猫の手も借りたいところだったのです」

「へいへい、じゃあ猫よりは役に立ってやろうじゃないの。店主はなんて?」


 ファトラくんが首を振る。微妙な感じだな。


「仕入れた記憶はあるが売ったような気もするし、元々二冊あった気もするから探せばどこかにあるかもしれないと」

「耄碌してんなあ」


 奥で新聞を広げている店主のおっさんは八十代は越えていそうな見た目だ。棺桶に半分足を突っ込んでる高齢者の記憶ってのは酔っぱらった俺よりも信用ならない。


 この後店ごとひっくり返すような探し物の結果本命の他に面白そうな本が四冊見つかった。こいつらだ。


 レグルス・イース著『空から見たウェルゲート海』、謂わずと知れた冒険者の王レグルスが記した空旅の記録だ。読み物としてはもちろん写真集としても面白い。特にイス・ファルカの空撮写真が綺麗なんで一発で買う気になったわ。


 アキュアリー・テイラー著『世紀の大冒険家オブスタイトの肖像』、冒険家オブスタイト・テイラーの奥さん目線から見た彼の人間性や冒険に出る前の準備の記録が面白い。遺跡探索の役に立ちそうだし購入決定。


 アルバス・クレルモン著『現代ゴーレム学への考察』、アルバスとの会話のタネになるしね。まあ予習はしておくべきだ。


 コルディアス・フェロ著『歴史から見る剣術の発展』、人類がどのようにして剣術と向き合ってきたかを考察する内容らしい。パラパラっと流し見した程度だが著者の見識の深さが見えたので買うつもりになった。


 他にも面白そうなものはあったが四冊にしておく。これ以上は積み本になって結局読まないで終わりそうだしね。本との出会いは一期一会であり今この瞬間の読みたいという情熱が必要なのだ。情熱が冷めると積んじゃうよね。


 いまは古本屋からの帰り道だ。


「ったく、散々探し回った挙句店主が裏から出してくるとはな。こういうのも足元を見られたっていうのか?」

「衣類を見られたというべきか。僕とドレイク師の服装を見ればだいたいの懐具合もわかりますし」


 この二人の装備は派手さは無いが神器で揃えているからな。一般的な魔導師のレベルで見抜けるレベルの品ではないが風格はある。そこを見抜かれたんだろ。

 旅客には目当ての一冊を売るよりも長時間居座らせて他にも買わせたいと思うのは道理だ。いやはやまったく商売人の知恵だね。


 まったく三時間近く暇をつぶせてしまったぜ。そろそろオースティールに向かわないとな。

 そう思っているとドレイクが言う。


「長々と付き合わせたお礼だ。おごるよ、昼飯でも食いに行こうぜ」

「悪いが用事があってな」

「あん? じゃあなんで観光スポットなんて聞きやがった」


 律儀な奴だと苦笑が出てきた。昼飯のあとは観光案内でもしてくれるつもりだったのかよ。


「わりいな。可愛い女の子との待ち合わせでね、代わりにデートスポットを教えてくれよ」

「どうせ一月後にはフラレてんだ、無駄な努力はやめとけよ」

「そうそう、どうせ結果は同じなのですから僕らとランチに行きましょう」

「おまえら……」


 こいつらの知ってる俺ってどんだけモテなかったの? 驚くべきことにこいつらの眼差しにはすでにフラレた俺への憐憫と優しさしか存在しないよ!


「言っておくけど俺けっこうモテるからな?」

「虚勢を張るなよ」

「そうです、僕らの間にそんな強がりは不要です」


 こいつらマジで優しさで言ってる!


「虚勢じゃねえよ!」

「そうは言うが俺達はお前の二十連敗を見てきているわけだしな」

「何度でも立ち上がる姿には尊敬すら抱きますが……」

「うるせえ、憐れむな!」


 ついてくるな!


「いったいどんな女だろうな」

「同志リリウスは高嶺の花に手を出しがちだから心配ですね……」


 ねえ君達、温厚で有名な俺でもそろそろ怒るよ?

 絶対に敵わないのはわかってるけど無謀な賭けも嫌いじゃないよ?


 オースティール魔導学院に向かっていることは二人も途中で気づいたようだ。まぁ二人は元講師と学生だ。当然わかるだろ。


「デートねえ。俺には別の用件もあるように見えるがね」

「アルバスの市長選挙戦を手伝わされてる」


「アルバス先生が市長に? なんでだ?」

「急にやる気になったんだそうな」

「へえ、そいつは何とも面白そうだ」


 面白そうときたもんだ。

 ドレイクは裏表のない男だ。面白そうというからには悪いこととは考えていないのだろう。


「お前から見てアルバスの市長就任はいいと思うか?」

「良し悪しなんて結局あとになってみねえとわからねえよ。俺達はたしかに最後には先生に裏切られたけどあれだって精神支配によるものだ。先生は元々根がまっすぐな人だ、たしかに悪党面だがその口から出てくる言葉は信頼できる。だから面白いとは思うぜ」


 マンガじゃねえんだから世の中悪人がわかりやすく悪党面しているわけじゃねえ。アルバス・クレルモンはたしかに怖い顔をしているが彼の掲げたマニフェストに多くの学生が集い、その中に過去の俺やドレイクがいたのも事実だ。


「ファトラくんは?」

「尊師ドレイクが市長になれば僕らの啓蒙活動もやりやすくなりますね」


 君はアルバスなんてどうもいいんだね。うん、知ってたよ。ファトラ君は学生運動なんてどうでもいいよね。


 やがてオースティールの正門が見えてきた。

 外に出ていく学生や逆に入っていく外部の人が行き交うそこで、健気にも俺の登場を待ってくれている美少女の姿がある。なにを隠そう彼女こそがアホ社長フォロー係のレビだ。彼女を一目見たドレイクが目を丸くしている。


「レビ・ジュデッカかよ……」

「知ってるのか?」


 どうして憐れみの眼差しで肩を掴むのかね。僕はなんだか嫌な予感がするよ?


「連敗記録更新確定だ」

「それどういう意味!?」

「同志リリウスの四人目の彼女でしたか? たしか三月で破局したっていう」

「そうそう、俺とお前で記録更新を祝ってやったやつ」


 あの子俺の元カノなの!? 知りたくなかった!

 いや、破局の理由は気になるところだ……


「何が理由でフラレたか教えろ」

「対策でもするつもりか? やめとけやめとけ、縁がなかったと思ってすっぱり諦めておけよ」

「まだわからねえだろ」

「わかるんだよ」


 何をどうしてもどうにもならない理由かな?


 ひでえよ、今後レビに対してどう向き合ったらいいやら。未来の情報なんて本当に知るもんじゃねえよ。現在への悪影響が深刻だ。

 無邪気に「しゃちょー!」なんて言いながら手を振ってる彼女につい色眼鏡を掛けてしまう。どうせ俺を振る女だしなんて思ってしまう。うぅぅ、胃が痛い。


「しゃちょー! そちらの方々は?」

「ドレイク・エアラインのドレイク社長と配下のファトラくんだ」

「エアラインってなに?」


 当然のつっこみだ。世界初の航空会社であるドレイク・エアラインは遊覧飛行業務の傍らで飛行機や飛空艇の研究開発を行っており、将来的には自社開発した飛行機を販売する予定である。

 まぁLM商会とも懇意であり委託販売を任せたいと言ってくれているが、生産工場や研究整備を間借りしているアルステルム工房に販売権を取られるだろうなとは思っている。LM商会は庶民や冒険者が主な客層だからな。金満貴族を顧客に抱えるアルステルム工房のほうが向いているってのもある。


 そんな説明しながらアルバスの教授室に向かう。

 せっかくドレイク達もいるんだ。市長選なんて厄介事を俺一人で手伝うこともないだろ。お前達も俺と一緒に苦労しようぜ。


 入室と同時ににっこりと微笑むアルバスが振り返る。へへ、俺には邪悪な悪魔がニヤリと笑っているふうにしか見えないぜ。


「ちょうどいいところに来たね」


 きたぞ、厄介事だ。


「これから市の要人達との会食があるんだ。せっかくの機会だ、君も顔つなぎをしておくといい」


 これはアルバスなりの俺への報酬の一つなのだろう。LM商会の顔を売れ、この町で商売をするつもりなら要人に顔を覚えてもらえって話だ。これはアルバスの貴族的なバランス感覚がなした報酬だ。

 貴族は借りをすぐに返したがる。恩には返礼をし、だから恩を売る価値が生まれる。アルバス・クレルモンが喜ぶことをすれば必ず見返りがあると誰もが信じる。……何も返さない男へと無限に愛情を注げるのは親くらいのものだ。


 フェスタふうの高級レストランに集うのは市の皮職人ギルドの会長や鉄製品ギルドの会長といった商業系のおえらいさんばかりだ。

 いい会食に呼んでもらえた。LM商会は地元産業の破壊者ではなく善き隣人であるとしっかりアピールしなきゃ。


 そして会食が始まる。まずは主催者であるアルバスの挨拶からだ。


「善良な者の周りには善良な隣人が集まるという。善良なわたしのお招きしたみなさんの善良さはハッブル師も認めるところでありましょう」


 アルバスが大昔の賢者が友人と交わした手紙の引用で開幕から小さな笑いを取りにいき、長テーブルに着く16名のおえらいさんから小さな笑いを引き出している。


「みなさんに新しい善良な隣人を紹介したい。こちらの一見悪そうな見た目の彼だ」

「ただいまご紹介にあずかりましたLM商会の社長リリウス・マクローエンと申します。みなさまにはどうか俺の顔と善良であることを覚えて帰っていただきたい」


 善良という言葉が格安で飛び交う場で笑いをとりにいったが反応は悪い。俺を悪人だと信じている人が多いってことだろうな。


「彼の善良さについて疑いはない。わたしとアルテナ神殿の間を取り持ってくれたのだからね」

「アルバス先生は有益なら悪魔とでも手を組む人ですからなあ」


 商人Aの鋭いぼやき。


「おや、大儲けさせてくれる悪魔が現れたとして君達はせっかくのチャンスを逃すのかい?」

「誰を殴り倒してでも手を掴みに参りますな」


 おえらいさんがドっと笑い出す。商人の心に響きジョークだったらしい。

 いいですなあ、私のところにも悪魔が来たらいいのに、なんて言ってる商人連中である。やはりアルバスの下に集う連中が善良なわけねえわ。


 アルバスがウインクしてくる。これは場は温めてやったぞってやつだ。


「もちろん我がLM商会は悪魔のように有益で悪魔よりは善良です。理解を深めていただければ皆さん殴り合ってでも俺と握手をしたがるでしょう」

「そんな君と最初に手を取り合えたわたしは幸運だね」

「ええ、幸運はたしかな形で―――」


 リップサービスをしかけた口を強制的に閉じる。アルバスめ、もしやこのセリフを言わせるために会話をリードしやがったか?

 まぁいい、協力するからには勝たせてやるつもりだったんだ。言質くらいくれてやる。


「幸運はたしかな形で示せるでしょう。アルバス・クレルモンを次の市長に、さすれば皆さんにも俺の善良さと有用性をご理解いただけると考えております」


 アルバスが噴き出した。おまえを市長にしてやるって言ったらなぜかアルバスが噴き出したのだ。どこが面白かったのやら。


「おいおい、本物の悪魔じゃないんだからそこまでしてくれなくてもいいんだよ」

「いいのか?」


 いいようだ。そこまで期待してないって顔してるわ。

 アルバスが市のおえらいさんに微笑みかける。本物の悪魔のような顔してるわ。


「彼は若く優秀だがこの通りの自信家でね。まるで挫折を知らない生意気な新入生のような男だ。たしかに諸兄からすれば彼の資金力は脅威かもしれないが彼もまた我らの持つ物を持っていない。彼は我らの見識と経験、なによりこの町での人と人のつながりを求めている」


 アルバスが微笑みかけ、話の流れを察した商人達も微笑みだす。

 悪魔とはこいつらのことだろ。俺というケーキを切り分ける話をしてやがる。


「我らはきっと善い関係になれる。そうは思いませんか?」

「まことアルバス先生の仰るとおりですな」

「市民と我らのように互いに足りない物を差し出し合う関係ならばきっと長く付き合えるでしょう」


 商人には俺の利用方法を説き、俺には商人の懐に飛び込むすべを説く。二枚舌のうまい新市長さんだ。

 会食はなごやかな雰囲気ではなく、腹の探り合いとうちの商売の方針を説明するものとなった。まぁ商談の場と似たようなものだ。


 思えばアルバスの活動もまた俺の説くスタンスと似ている。冷遇される外国人留学生だって彼らの善き隣人になれる。それはLM商会が誠意をもって祈りの都に尽くせば理解してもらえるはずだ。

 消費者としてしか認められていない彼らに、市民と同等の権利を与えてほしい。町の中の限られた座席を分かち合わねばならない事実は変わらないけど、彼らが与えてくれる発展によっては用意できる座席だって増やせるのだ。


 この奇跡の無い町に希望を示そう。奇跡は無いかもしれないけど、人と人が手をつなぐことで新たな希望が生まれるんだって信じさせてみせよう。……まずはナルシス派の説得からだな。


 あいつらは東大卒のキャリア官僚のような連中だからな。それも平均年齢が俺より十以上は上だ。あいつらに言い包められずに納得させるのは骨が折れるんだよなあ……



◇◇◇◇◇◇



 会食の終わりは夕暮れの頃となった。

 腹にいちもつ抱えた笑顔と握手で別れ合う俺達は来た時とおなじくアルバスの用意した馬車で市内を往く。

 途中でLM商会を通る経路だと気づいた。


「レビにはこのままオースティールまで帰ってもらうとして、ドレイクとファトラくんはどうする?」

「俺らはしばらくアルバスのところで厄介になる。手を出して来そうな連中の心当たりもあるんでな」

「なるほど」


 アルバスに護衛なんて不要だ。そう信じて失敗した過去と同じ轍は踏まないってか。

 この二人を退け、アルバスを倒せるような敵なんて俺も想像がつかない。だが俺からも忠告をしておこう。


「民泊の提供なんぞで神狩りの戦士を雇えるとは幸運な男だね。アルバス、己を過信するなよ。祈りの都の闇はお前が考えているよりも遥かに深いぞ」

「闇の中から何が出てくるのか楽しみにしているよ」

「剛毅なこった。ドレイク、ぬかるなよ」

「誰に言ってやがる。俺のファトラは最強だぜ」


 そう、俺達にはファトラくんがいる。

 何だか情けないやり取りに見えるがファトラくんだから仕方ない。つおいんだ、本当にシャレになんねえくらい。完成された本物の太陽の超人やぞ。


 馬車から出るとドレイクが拳を突き出してきた。


「この面子でまた戦えるなんて偶然じゃねえだろ。今度は勝つぜ」

「おう、やってやろうぜ」


 かつては負けた。祈りの都の深さに……いやユイちゃん一人に。

 だから今度は勝つ。この四人で祈りの都を変えてやる。



◇◇◇◇◇◇



 市長選について説明しよう!

 市長になる権利は市民の誰にでもある。市民とはこの都で生まれて初めての夏に洗礼を受けた者を指す言葉であり、市民権を五十枚の銀貨で購入した者を指す。


 選挙権は祈りの都に市民権を持つ者なら誰でも一票を有する。市に貢献する市庁舎が認定するギルド会員にも一票があり、合わせて二票を持つ人も多い。これは市民の多くが何らかの形でギルドに所属しているからだ。

 そして各ギルドの長は三十票を有する。これもやはり市に大きく貢献しているからだ。民主主義って何だっけ?


 祈りの都には21万2192人の市民がいるが、市長就任に必要な票は60万を超えるという話だ。まぁさすがに全員が投票に行くとは考えられないけどね。

 市庁舎の発行する官報によれば前回の選挙の投票率は67パーセントだったようだ。こういうデータが図書館で閲覧できるのはこの町のイイところだと思う。


 選挙活動は投票日である九月九日の二週間前から許可される。まぁみんな隠れてこっそり活動していたけどね。

 今日は街頭演説の日だ。


「次の市長にはアルバス・クレルモンを! 激動の時代にこの町に必要なのは若く強いリーダーです、アルバス・クレルモンには市民の変わらぬ生活を守るちからがあります!」


「アルバス・クレルモンは政策を明文化しています。新しい時代を恐れる必要はないのです。彼の願いはみなさんと同じく祈りの都の発展なのです!」


 市内七ヵ所で行う選挙活動。アルバスが演説に立てない場所では学生が演説を打ち、ビラを配る。俺も当然LMアイスクリームを売りながら応援している。


「へいおまち、アルバスアイス二丁ね」


 アルバスをイメージした新フレーバーは癖がありつつも爽やかさを感じるチョコミント味さ。手抜きとは言わないでくれ。こういうのは言ったもん勝ちだ。


「投票日にも投票所で出店してるからさ、うまいと思ったらまた食いにきてよ」


 最後にもちろんこの文句も忘れない。


「アルバス・クレルモンに清き一票をよろしくね」


 演説を聞きに来ているのか休日デートの合間にアイスを食べに来ているのかは不明だがけっこうな人入りだったぜ。お子さんにはミニアイスを一つオマケだ。


 ちなみに広場では他の候補者も演説している。なぜか肉屋のオヤジが市長選に出るつもりらしく、しかも通算四回目の立候補だってんだから驚きだ。単純にこの選挙戦おまつりが好きなんだろうね。

 なお第一回目の選挙戦で「俺に票を入れてくれるならオマケするよ」と常連客を買収した罪で選挙が始まる前に資格取り消しされているのが笑える。


 おっとアイスクリームがなくなってきたな。ミニキャラさんに頼むとするか。


「そろそろ新しいアイスを頼むぜ」

「へい、おまち」


 ミニカトリがコートからでかい寸胴を取り出してくれた。これで我が屋台はもう百食戦える。ちなみに寸胴の中は多層構造になっていて体積のほとんどが保冷ジェルになっている。アイスクリームを入れた金属瓶なんて全体の四分の一でしかないわけだ。

 屋台の上でコップのフチ子さんみたいに座ってるミニカトリが言う。


「ねえねえ、そもそもの話なんだけどさ。祈りの都ってゆーかサルビア大島に来た目的は覚えてる?」

「おぼえてるよ」


 おぼえてるけどな、目の前の仕事をほうっておくわけにもいかねえんだ。


「こっちが済んだらな」

「不自由だねえ。マスターくんが一番強い時って、何もかもから解き放たれた時なんだけどなあ」

「うるせえ、俺は最強だ」


 救世主の看板掲げたからには負けは許されねえ。

 選挙だろうが何だろうが味方をするからには勝利を約束してやるよ。……と言いたいところだが実際は厳しいだろうな。


 超長期政権を維持してきた現職市長は強すぎる。市民の多くがアルバス・クレルモンとかいう異国人に鞍替えをする決定打を俺もアルバスも持っていねえんだ。それはたぶん俺も市民も新市長になった時にどんな生活が待っているのかをイメージできないせいだ。


 今までと何も変わりのない安定した生活を提供できるサルマン市長。何か色々言ってるけど結局なにをどうするんだアルバス市長のどちらかを選べというのなら市民はサルマン市長を選ぶ。それは生物学的にも明らかな選択だ。


 変わる必要のない町と変わる必要を感じていない人々に変革を説いたところでな……

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[一言] おー、カトリがまだいる
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