がっしり手を組む悪党たち やったねアルバスからの好感度が上がったよ!
市長選挙とかまた面倒くさいことになったなあ。という気分でLM商会の祈りの都支店に顔を出した。
この支店は立ち上げから運営、雇用に到るまで社長ノータッチのナルシス派の支店だ。従って現在の支店長はやつの配下の元魔導官がその席についている。
いまはアルバスとの会話内容を説明しているところだ。
「市長選への協力ですか。ええ、こちらとしてもお願いしたいくらいですわ」
「やはり利益は大きいか?」
元魔導官のルーチェさんがこくんと頷く。
本名はやけに仰々しいので愛称のルーチェを好む人だけど外見も性格もルーチェなんて可愛らしい感じではない。古城で会ったらボスだと勘違いする自信がある見た目の女ヴァンパイアだ。いや普通の人間だけどね。
「古くからの名門だけあって市民は留学生に寛容です。ですが彼らは異国人が彼らを差し置いて成功するのを許さない。小さな成功は見逃せてもね」
「ちょっと心が狭いんだよなあ……」
島国根性というべきなんだろうな。
基本的には留学生や学生を相手に商売している町なんで外国人にも親切なんだけど、これが同業他社が相手になると豹変する。俺らは田舎にやってきたイオンみたいなもんだから、現地の商店街が反抗するのは歴史的に見ても明らかだ。
「現職のサルマン・レスタ市長からアルバス・クレルモンへの移行は当商会にとっても大きなチャンスです。当然市長当選の暁には相応の見返りを要求してきたんでしょうね?」
「うっ、してない……」
「今すぐ言ってきてください! 待って、こちらからの要求と協力について詰めてからにしましょう。祈りの都におけるLM商会の強みはアルテナ神殿から後援を受けている事実です。これを前面に押し出してアルバス新市長の背後にはアルテナ神殿がいると公に示すべきです」
アルテナとの繋がりを利用する気まんまんで草も生えねえ。
全力で俺のコネを使い倒す気じゃんよ。
「……それも俺がやるの?」
「我々に祈りの巡礼路に突入しろと? 支店が全滅しますよ?」
「わかったよ、新市長を推すように言って来ればいいんだな」
「いえ、あくまでもLM商会が後押しをする新市長を応援する形にしてください」
ナンデ?
「アルバス新市長と神殿が直接やりとりをするようになると窓口になる恩恵を受けられない。あくまでも我が社を挟んだ関係で居てもらう必要があるのです」
ルーチェさんはルーチェなんて可愛らしいもんじゃない。イーロンとか正義とかカルロス・ゴーンな人物だ。
まぁ優秀な社員で助かるけど社長の俺より有能な人物しかいないのがナルシス派の恐ろしいところだ。全員ラサイラ卒の魔導官だからだ。背任されたら勝ち目がない。
そんなルーチェさんがアホな社長にもわかるようにアルバスに要求する特権を書類にまとめている。うちの商会からやる支援についても書類にまとめている。
「お…俺の仕事がどんどん増えていく……」
「さあて忙しくなりますよ。特権商売は儲かりますからね、死ぬ気でやりましょう!」
優秀な社員ばかりで助かるなあ……
って本心から思えたことは一度もないが赤字経営よりは全然いいよねってため息を出しつつ、仕事の増える部屋二号を出ていく……
「社長、逃げないでください」
部屋を出る直前に投げ槍が鼻を掠める。
「うぐ、俺のスニーキングを破るとはあんた何者なんだよ……」
「ナルシス様から幾つかの対策を教わっておりますので」
あいつ本当に味方? 俺の懐に入り込んで安全な環境で俺の技の対策やってるラスボスかなにか?
あいつとはいつかどちらがLM商会の真の支配者なのかを掛けた大バトルをする気がする……
「こちらで秘書を用意しました。彼女をお連れください」
「社長に対してとうとう監視まで用意しおった……」
「ヘマした時のフォロー要員ですけど」
真実の方が痛い時もある! いま!
そこは監視ってことにしてくれてもいいじゃん。アホ社長がやらかすの前提とか酷いじゃん。
フェイとかユイちゃんレベルなら俺もできる方っていうか普通の十代レベルなら全然上なんだけど、元魔導官の社員どもは官僚だった奴らだからな。俺なんて神輿にしか見えないんだろ。
用意されたのはロングストレートの赤毛が印象的な、すっきりした顔立ちの少女だ。今回の章別ヒロインかな?
◇◇◇◇◇◇
「へえ、レビちゃんはオースティールの学生さんなんだ。ナンデまたLM商会でアルバイトを?」
「話を聞いて一発で面白いのがわかっちゃったんだもん」
LM商会でアルバイトをしているレビ・ジュデッカはオースティール魔導学院の学生だ。アルバイト内容は売り子とかそんな生易しいものではなく、学院内にLM商会の商品を持ち込んでステルスマーケティングを行う、いわゆるインフルエンサーをやっている。
LM商会の品は品質がいい。LM商会の品は面白い。キミもLM商会に行こう。そういうメッセージを伝えるアルバイトだ。……ナルシスの発案だ。
『官報と同じだ。都合のよいメッセージを発信して、民がそれを信じ込むと、それが現実になる(ニヤリ)』
あぁあの悪魔の幻聴がする。
あいつだけ商売のやり方がおかしいんだよ! いい品物を作る努力とか店頭で呼び込みじゃなくて大衆の印象操作から入ってんだよ! 太陽の王家の教育はどうなっている!?
そのうち洗脳BGMを流して精神誘導を始めそうで怖いわ←魔導協会の定める十三類の禁忌。
「面倒な拘束時間もなし。次々貰える新しい商品を使っているだけで月のお手当が半クオリア。あたしの仕事はそれどこで買ったのって聞いてくる子達にLM商会って答えるだけなんだ」
そりゃあ楽しそうだ。コスメでも魔道具でも何でもLM商会から提供してもらえてコマーシャルをするだけで半クオリア金貨も貰えるなら俺もやるわ。……俺が社長だったわ。
「そんなんで儲かるのかなって思ってたけど最近はLM商会に通う子も多いんだ。外の人は面白いことを考えるよね」
「レビちゃんは祈りの都の子?」
「ううん、生まれたのはウェランドよ」
ウェランドはどこだ? トライブ七都市同盟の小島か何かだと思うけどわからん。地図が必要だ。
詳しく聞いてみると思った通り同盟に加盟する小さな島のようだ。商売の聖地マルガまで小さなヨットで二時間。島民はみんな漁師でマルガ市に海産物を卸して生活しているらしい。
「そういう社長さんは?」
「マクローエンっていうド田舎さ。そこではみんなきこりでね、トレントを加工した工芸品で暮らしているよ」
「ド田舎っぽいなあ」
「まさしくド田舎なんだってば」
雑談の花を咲かせながら丘の上のアルテナ神殿に到着。
聖銀の冒険者証と神狩りの符号を唱えて偉い人を呼んでもらい、新市長への後援を約束してもらう。
その際に気になるお小言を幾つか頂戴した。
「アルバス・クレルモンを新市長にでございますか? はて、それが本当に必要な事かは理解に苦しみますが、善いでしょう、我らが主アルテナは救世主さまのご活躍を願っております」
めっちゃ気分が悪そうじゃんよ。
「不服なのですね。祈りの都の権力争いにまで口を出すのはやりすぎだと?」
「俗世の権力者の名が何に変わろうと我らが祈りは変わりませぬ。ただ思うところはございます、豊国が不遜にも我らが聖処女の名を騙り何をしでかしているかはご存じのはず」
アルバス・クレルモン。いや、クレルモン本家の狙いがアルテナ神の拉致とか思い込んでそうだなあ。
「杞憂ですよ。聖教会の伝統は失伝し、彼らは巡礼路の先にアルテナ神の墓所があるのだと思い込んでいるのです。奴らには聖遺物の一つでもくれてやれば満足しますよ」
「で、あればよろしいのですが」
大教主さんは嫌悪感を露わにしながら首を振る。
「失礼ながら救世主さまは人の業を甘く見ておられると感じます。業は深きゆえに壕と呼ばれ、その穴には際限がないのです」
「それでも俺は人を信じます。そして信じた責任はとります」
信じた対価を受け取るのであれば裏切りの対価も貰う。
人其々自らの願いのために生きている。それが時に衝突し、争いが起きる。それは人界にとって当然のあるべき闘争なのだ。
「俺は調停者として人と神の間を取り持ちます。未来は不幸だけではないと信じたいのです」
「その御心を向ける価値がクレルモンにございましょうか?」
「そんなことは誰にもわからないのです」
渋々どころか嫌々ではあるが後援の約束を取り付けることはできた。協力の内容は神殿内にアルバス・クレルモンの政策を記載したポスターの掲示。アルバスの講演会や市内演説の際に神殿から高位神官の派遣。
ここはアルテナ神ゆかりの地。アルテナ本殿のあるタルジャンジー山脈を戴く信徒の都。現職市長の政治基盤をごっそり奪うような大戦果だ。
◇◇◇◇◇◇
アルテナ神殿からの協力を取り付けた後はLM商会でルーチェさんにご報告。……おかしいな、社長なのに下っ端営業みたいになってる。
その後はアルバスのところに行ってLM商会の協力条件と出せる手札を全部まとめて叩きつけてやった。救世主だなんだって言われていようがこちとら中三の男子やぞ。世界三大学府で教授やってるクレルモン家の男と交渉なんてできるか。
「ほぅ、これは中々の……」
「この場で決めろ。ビタ銭一枚まけんし上乗せも要求しない。この書類の通りに俺と手を結ぶか否かをこの場でな!」
交渉を全力回避! 口を開けば言い負かされるのなら資料で出してしまえばいいんだよ。アルバスは比較的可哀想な男かもしれないけど俺が知る大人の中では五本の指に入るレベルの強者なんだよ。これはナルシスとかル卿とかルキアーノを含めた数字だ。
外国人の台頭を許さない祈りの都でオースティールの教授にまで上り詰めた男だぞ。武力的な嫌がらせなんかも全部跳ねのけてきたから今日この地位にある大魔導なんだよ。
「LM商会はやりてと聞いていたが当日中にここまで詰めてくるか」
アルバスがニヤリといやらしく微笑みかけてきた。やるじゃんとか思ってそう。
「ここの『互いに信頼を損なう行為が行われない場合は原則契約関係を保持するものとする』とあるが、この表記はまずい。市長当選後にこの部分は他者の誤解を招く」
「言い方の問題なら好きにしてくれ」
「そうか、別の者が作った書類か」
バレた! 一問一答で俺が作った書類じゃないってバレた!
「そうわかりやすい顔をするなよ。逆に深読みしてしまいそうだ。私達は協力し合う関係なんだからそこはどうでもいい、ちがうか?」
「そこは威厳というものがだな」
「正直者で嬉しいよ。手を結ぶのなら正直者に限る」
それって馬鹿な正直者のほうが操りやすいって意味じゃね? 初対面の時よりだいぶ下に見られている気がする。アルバスが気安く肩を組んできた。
「君も私も正直者。お互いに正直だからこの約束は守られる」
「正直者はそんな悪そうな顔をしないと思うんだ」
「正直だからこの顔なんだろうな。ほら、性格が何の虚飾もなく顔に出ている」
悪党!
めっちゃ笑ってるアルバスはマジで嬉しそうだ。アルテナ神殿の後援を受けられるってのは市長選における重大な成功だからだ。
「いやぁ乾杯したい気分だ。今夜はどうだい、うちで一杯やろう」
「まだちょっと仕事が残っているんで」
「そうか。とっておきボトルを開けられなくて素直に残念だよ」
「市長当選まで取っておけよ、その時は笑顔で飲み明かそう」
「それはよい考えだ。その日を楽しみにしている」
アルバスと別れてオースティール魔導学院の塔を出る。よかった、今回は仕事が増えなかった。
そう安堵しているとアホ社長のフォロー係のレビちゃんが……
「次はどこに行くのかな?」
「本日の仕事はもうおしまいさ」
「仕事が残ってるんじゃなかったの?」
「そう言っておかないと余計な仕事が増えそうで嫌だったんだよ」
アルバスと飲むとね、そうそう思い出したアレはどうなっているのかな?とか早めに確認しておいてくれとかね、色々と仕事が増えそうでね。
おごりだと分かっていても拒否感がね。いや金のない学生ならそれでも大喜びでついていくんだろうけど俺もう億万長者だしね。
「強いて言えば当座の寝床の確保だな」
ゴースト先生の定宿には不思議と足が向かなかった。
その不幸な結末を知っているし、それがまだ起きてもいない出来事なのだとしてもあそこに行くのは気が引ける。彼の聖域を土足で踏み荒らすような気がしたからだ。
代わりに足を向けたのは歓楽街だ。すでに日も落ちて魔法照明に照らし出されたパブ通りは大勢の学生で賑わっている。
この歓楽街には娼婦なんてハッキリした職業の子はいない。替わりに威勢のいい呼び込みのウエイトレスがたくさんいて、彼女達にチップを弾むみたいに金を渡して誘うことはある。
俺が向かったのはパブ通りにある小さな酒場だ。六席を埋めて四人が立ち飲みをすればそれで満員という小さなパブの店主に声を掛ける。
「ウェロン、数日の間になるが上の部屋を借りていいか?」
「構いやしねえが……あんたは?」
「言ってもどうせ覚えてねえと思うぜ。俺はあんたが奥さんを口説いた時の文句も覚えているんだけどな。―――人生棒に振ったと思って俺に付き合ってくれ、だろ?」
「記憶が飛ぶほど酔ってたってのかよ。ああ、構いやしないが汚すなよ」
「後で掃除すれば文句はないんだろ。わかってるよ」
カウンターに四枚の銀貨を置いておく。ほんの十日前後でこれは支払いすぎな気もするが理由はあとで判明する。
ウェロンのパブの二階は小さな部屋が三つほどあるチンケな宿泊所になっている。本来は女の子を連れ込んで一晩を楽しむ場所なんで、隣から少々アレな声が聞こえてくる時もある。
開けるのにコツの要るドアを開く。建物自体が歪んでいるんでな、少し左に押し込まないと開かないんだよ。
ドアの向こうはかつて、それとも未来か、ドレイクの住んでいた三畳一間の安い部屋だ。明り取りの板を開いてつっかえ棒を掛ける。和らいだ夜気が部屋を満たしていった。
光量を減らした魔法照明を浮かべて、やや饐えたにおいのする床板に寝っ転がる。
そこにちょこんと座るレビが戸惑っている。
「社長さんなのにこんなところに泊るの?」
「苦労人っぽいだろ。リリウスでいいよ、レビちゃんの方が年上だ」
「それならちゃんは止めてよ。年上にそれはないっしょ」
「言えてる」
くつくつと笑っちまった。年上の子にちゃん付けはねえな。
会話が止まったら酒だ。ステルス収納からショットグラスを二杯取り出して、さっき下の酒場からくすねてきた高いブランデーを注いでやる。
「あいつ抜きでやるのに突っ込むなよ。アルバスの市長当選を願って」
「「乾杯」」
ブランデーを傾ける。
「ひでえな、中身は入れ替えた安物だ。酔っ払いなんかどうせ味もわかんねえだろってか」
「酔えればいいよ~」
「花のJKにしては夢のないこって」
まぁ適当にくっちゃべる。酒の席なんざ中身のない会話の独壇場だ。自分でも何言ってるかわかんねえくらいが丁度いい。どうせあっちもわかってない。
魔法照明が唐突に消える。注いだ魔法力を使い切ってガス欠で停止しただけだ。
「どうする、寝ていくか?」
「ううん、学生寮に帰るよ」
残念、今夜は独り寝決定だ。
「そうか。じゃあまた明日」
「うん、また明日ね」
夜が更けていくのか朝に向かって前進しているのか、哲学的な問いを抱いたまま眠りに落ちていく。三秒で眠れた。