仕事の増える部屋
竜の聖域から祈りの都までは空間転移で帰還する。任意の座標を指定しての転移は難度がえげつないがLM商会祈りの都支店最上階の祈りの座。アシェラ像の前の祭壇ってのは転移に適した空間なんだ。
エナジードレインで入手した魔力はまだ馴染んでいない。なのに長距離空間転移を使ったもんだからすごく体調が悪い。二日くらい寝込みたい気分だがスタミナポーションで無理やり活力を取り戻す。気の重い仕事はさっさと済ませる。それが健康に生きるコツだ。
スタポ&コーヒーブレイクを挟んでから向かったのがオースティール魔導学院。アルバス・クレルモンの研究室だ。
アルバス・クレルモン。豊国の軍閥貴族クレルモン家の四男でありながら追放も同然に祈りの都にやってきた男だ。きちっとした外面の内側で死者蘇生の奇跡を求め続け、だが叶わなかった男との再会は拍子抜けするほど穏やかなものとなった。
「元気にしていたか、と聞くのは怖いが元気そうだな」
「うん、身体の健康についてはそれなりの自負があるのでね。リリウス・マクローエン、君とはもう一度会いたいと考えていたので来訪を歓迎するよ」
書類の積み重なった教授室で再会したアルバスは顔色が良い。以前は死にそうな顔をしていたから心配していたんだが、どうやら俺の心配なんて要らないタフガイであるらしい。
「もう一度会いたい?」
「あれが夢か何かだったんじゃないか、そう思うこともあってね」
わからなくもない。
祈りの巡礼路を無理やり突破してアルテナ神殿本殿にたどり着いたこいつにエクスグレイスを貸し出したきりだ。極限状態のこいつに情報量過積載ぎみに詰め込んで返したからさ、夢か幻の人物扱いを受けても文句は言えないな。
「貸与を受けていた神杖の解析を終えたよ。甚だ不本意だがやはりこれは精神干渉系魔法の増幅器でしかなかった」
「不本意ね。まだ諦めきれないのか?」
「死者蘇生の奇跡など存在しない。納得するだけの時間はあったつもりだ」
アルバス・クレルモンは以前よりもイキイキとはしていないが、古い思い出を振り切った男だけが持つセンチメンタルな微笑を湛えている。
死者は蘇らない。愛した女はアルバムの中でだけ生きている。そう納得したんだ。
何だか無性に苦しくなったので胸ポケで普通の人形っぽく振る舞っているステ子を撫で回しておいた。……きっと不安になっただけだ。
カトリはここにいる。死んでなんかいない。これは俺が見ているまぼろしではない。そう確認したくなっただけだ。
「過去にばかり囚われて生きてきたがもう少し前を向いて生きてもいい、最近はそう思えるようになったよ」
「そりゃあよかった」
何とも心無いそりゃあよかったが炸裂し、互いに嫌な話題から目を逸らす承諾を得た。本題に入ろう。
サルビア島で発見した48枚の学生証をテーブルに並べていく。
「突然の訪問で頼み事ってのはいいように使っているようで申し訳ないが、返却に協力してもらいたい」
「ふむ、これはどこで?」
「サルビア島の神竜の住処だ」
「学問の原動力は好奇心だが神竜領域に手を出すものがいたか。本学でも年に数十人単位での失踪者がいるがその内の何人かはこういう末路を迎えたのだろうな」
ネクロマンサーの教授の餌食とかね。コーネリアスは本当に殺しておいてよかったと思うわ。
アルバスがテーブルに広げた学生証から何枚かを拾い上げ……
「オースティール魔導学院の分は私が預かろう」
「他は?」
「私も忙しい身でね」
仕事をぶん投げようとしたらさらっとかわされたぁ。
「じつは今度の市長選に出馬するんだ」
「へ?」
「祈りの都における外国人留学生の扱いの悪さについては知っているだろうか。いや知るまい、あの理不尽と苦渋は体験したものでなければ理解できないにちがいない。研究が認められない。予算が下りない。これまで幾多の学徒がこの問題を正すために権利闘争を行ってきたがすべて上から潰されてきたのだ」
アルバスが勢いよく立ち上がる!
「ならば私が立ち上がる。だから私が立ち上がる。オースティールという枠から飛び出して私がフィギング・アルテナ市初めての外国人市長となり、この学問の都を正常化するのだ! ありがとうリリウス、本気でこの問題に立ち向かおうと思えるようになったのは君のおかげだ」
「お…おう、そっすか」
熱い握手を求められた俺は引いてる。テンションについてけない。
「迷いは晴れた。私はこの学生運動に身命を捧げるつもりだ」
「そ…そうなんだ」
それはいいんだ。情熱があるのはいいことだ。
しかしナンデ俺に話すの?
「時にリリウス君の商会だが妨害を受けているそうだね?」
「へ? あ、あぁ妨害ってほどでもないが軽い不買運動をな」
祈りの都は純血主義の町だ。余所者を受け入れても余所者が大儲けをするのを許せないらしく、地元商店会や関連住人がカルテルを結成してLM商会の活動を邪魔している。
報告によれば店頭にペンキをぶちまけたり腐った卵を投げられている程度の可愛い悪戯だったらしいが、エスカレートするようなら手を打つってこないだナルシスが言ってた。……その手を打つってのが虐殺じゃないといいんだがな。
「その動きを私が抑えてもいいんだ」
「それはありがたいんだが……」
「簡単な話さ。祈りの都の市長となった私になら簡単な話なんだ。時にリリウス君はアルテナ神殿と懇意だそうだね?」
この流れは不味いなあと思いながらも折よく利益をチラつかされるので席を立てないんだ。席を立とうと思ったタイミングで妨害運動の主犯格の名前が出てきたりね。
やべえ、思い出した。ゴースト先生の記憶にしっかりとある出来事を思い出したよ。
アルバス・クレルモンの部屋に長居してはならない。この部屋は滞在時間に応じて仕事が増えていく不思議な部屋だからだ。
市長選……手伝わなきゃダメ?