それは紛れもなく……
深夜のバートランド邸に親父殿の怒声が響き渡る!
「ばっかもーん! 護衛の役目にある者が主人を置いて先に帰るんじゃない!」
すげえ怒ってるぜ。何がすげえって目がマジだ。
「確かに注意はしなかったが基本的すぎて言うまでもないと思っていただけだ。お前がここまでの馬鹿者だとは思わなかったぞ! 本気で目を疑った!」
「……すんません」
「声が小さい!」
父のローキックが息子の太ももを強打する。けっこう痛い。本気だからだ。
その後もガミガミとお説教が続いた。護衛騎士の心得を復唱させられ、声が小さいって叩かれ続けた。
「お…おいファウル、そのくらいにしてやりたまえよ」
「うるさい! 父と子の問題に口を挟むな!」
「そうは言うが付き合わされる方の身になってくれよ」
不満そうな親父殿が懐中時計を確認する。現時刻は深夜の二時半だ。
公の執務室に集まったは一様に眠そうな顔をしている。つまりお嬢様とデブとセルジリア伯とバートランド公だ。
今回のパーティーにデブがいなかった理由は正式に招待されたセルジリア伯爵家の人間としてバランジット様と一緒に登城したからだ。
親父殿が最後に一発ローキック!
「調子に乗りすぎだ! 実力があってもこの仕事ぶりでは誰にも信頼されないぞ。父の言葉を胸に刻んで一からやり直せ!」
「すんません」
「お前が謝る相手はアルヴィンとロザリア嬢だ! 俺はもう行くが二人にはきちんと謝罪し許してもらうんだな。それまでうちの門は潜らせん!」
かつてないレベルのガチギレ状態の親父殿がずんどか足音を立てて去っていく。
親父殿からここまで真剣に怒られたのは初めてだぜ……
逆にバートランド家の面々は優しかった。鬼と化した親父殿のガチギレを目の当たりにしたせいだ。世が世なら斬り捨てられていたレベルの激怒だったからな。戦国武将ならとっくに首が跳んでたぜ。
「まぁなんだ、我々の言いたいことはすでにファウルが言ってあるのでこの一言に留めよう。次はしっかりとやってくれよ。そう何度も大目に見てあげられるわけじゃないし……ロザリアからは何かあるかい?」
「そ…そうねぇ。てゆーかお腹くだしていたのなら先に言いなさいよ。パーティーなんて無理に参加するものじゃないんだし……」
「どうせ氷菓子ばかり食べてたんでしょ。リリウス君パイナップル好きだから……」
気遣いが半端ない。
実際に親父殿のガチギレを見たせいかみんな顔色が青ざめている。いやほんと迫力がね……
ちなみに城から無断脱出した理由を下痢にした。なぜか不明だが秒で信じてくれたので俺はトイレの長い男だと思われているのかもしれない。ちがうんだ。あれは読書をしているだけなんだ。
トイレの中って落ち着くというか集中できるから読者と勉強に向いているんだ。自室には色々と誘惑が多いから余計な物のないトイレの中が学習室になってるんだよ。
「本当に申し訳ありません」
「元気出しなさいよ。今日はもう全部忘れて眠りなさい。で、また明日元気な顔を見せてね」
「うす」
ぺこぺこしながら執務室から出る。
大丈夫かなあって顔をしている方々の顔が見えなくなった瞬間に切り替えるぜ!
計画通りだ。くくくく……
「リリウスくん!」
デブが追ってきたぜ。
「ものすごい悲壮な顔してるけど大丈夫?」
「おう。空元気出そうとしたけどダメだったわ」
「ダメだったんだ」
けっこう心にキテるわ。古き神々を怒らせたって平気で煽れる俺だが親父殿のは辛かった。たぶんあるんだろうな。俺の中にも親父殿に対する素直になり切れない感情ってやつが。
そういうくだらねえ感情が言ってんだよ。あんま馬鹿やって親父殿を怒らせるなって。
色々あったし不満もあるけど本気で嫌ってるってわけじゃねえんだろうなあ……
デブと俺の部屋に戻る。話のありそうな顔をしていたからだ。
「皇室側からの情報秘匿があったけどクリストファー皇子が襲われたらしいんだ」
「なるほど、カマを掛けにきたわけか。当然犯人は俺だ、そう言いたいわけだな?」
意地悪な感じでいくと真剣な顔でずいと距離を詰めてきた。
「そうだよ。リリウスくんだよね?」
「皇族への暴行は罪としてはけっこうでかい。認めると思ってんのか?」
「これだけのことをしでかしておいてまだそのスタンスで居られると思っているのがリリウスくんらしいよね。真実を明かしてくれるなら皇室の動きを押さえてあげてもいいよ」
「必要ない」
「そんなに僕は信用できない?」
「ここで脅迫まがいの手を打つやつをどうすれば信じられる」
「素直にしゃべってくれたらこんな手は使わずに済んだよ」
「デブよ、この会話は無限ループするぜ」
「そうだね。だからカードを一枚切るよ」
へえ、切り札ありか。デブもけっこう立派に貴公子やってんだな。
俺にはどう見ても無策のハッタリ噛ましてるふうにしか見えないけどね。
「お手並み拝見といこうか」
「これだよ」
デブが封筒を差し出してきた。
中身はいったい……
「これは卑怯だあああああ!」
封筒の中身は俺とユイちゃんのデート写真だ。
ふざけやがって! ベッドインしてる写真まであるぞ! 二人仲良くピースしてる写真だ! 撮った覚えあるよ。撮影者は俺だよ。この写真ユイちゃんにしかあげてないんだけどな!?
「この写真をお嬢様に見せられたいのなら黙秘してなよ」
「これをどこで手に入れた!」
「本人が帰りの飛空艇で配ってたよ」
なんやて!
「リリウスくんの妻ですって言いながら配ってたよ」
「マジか……」
ユイちゃんこれがキミの復讐かい。口では怒ってないと言いながらやっぱり怒っていたんだね。
聖マルコの祭日のデートをすっぽかしてシシリーと愛し合っていた夜の狂気は本物だったね。でもねユイちゃん、ぼくぁはキミのことを本当に仲間として好きだし慈しんでいるけど妻帯者なんだよ。
ぼくはもうキミだけの王子様にはなれないんだよ…… リリウス心の俳句。
「そんなに澄んだ目で詩を詠む人初めて見たよ……」
「人は誰しも己の詩を謳うために生きている。そう思わないか?」
「そんな切ない詩を詠むために生きたくはないんだけど……」
深いため息が出てきた。
ユイちゃん、純真だったキミを悪魔にしてしまったのはぼくなんだね……
「俺がクリストファーを襲った……」
「あぁ素直になるんだ。思ったよりも効果がありすぎたね。……なんかその…ごめんね」
「笑えよ、俺は女の子一人幸せにできないクズ野郎なのさ……」
デブがハンカチを差し出してくれた。おまえ優しいな。
ハンカチで涙を拭おうとしたら妙な違和感が肌にある。クッキーの粉まみれじゃねーか! 涙脱ぐった代わりに食べカスだらけになっちまったよ!
「リリウスくん、今回の真意を聞いていい?」
「奴の顔を見たらむしゃくしゃしたので勢いでやっちまった」
「本気で言ってる? 他に何か考えがあったりは?」
「無い。逆にどんな目論見があればクリスタルパレスで皇子と喧嘩して逃げるはめになると思うよ?」
「それがわからないから手札を切ったんだよ。まぁリリウスくんってそういう奴だよね」
馬鹿にされた気がしたが気にしない。
俺の打った策は数年後に炸裂するタイプの時限爆弾だ。しかも今回の遭遇戦とは一切関係がない。
デブを俺の計画に組み込まない理由は警戒対象に入っているからだ。デブは悪い奴じゃねえけど根性がねえからな、シェーファの脅しには耐えられない。
俺やフェイなら死ぬ寸前でも中指立ててやれるんだがデブには無理。確実にどこかの時点で捕まってペラペラしゃべるに決まってる。
シェーファ陣営には銀狼団とガレリアとイース財団がいる。契約内容が不明だがイザールがいる時点で積極的には戦いたくない。
前提条件が満たされていないからだ。ガレリアを無力化するためにもエシュロンサーバーの発見と破壊が必要だ。これを行わない限り奴らは無限リポップする。だからティト達は最終的に押し負けた。
でもこれはガレリアに対する前提条件でしかない。同時にこっちのプランも進行させる。
ドルジアの春阻止クエスト『インターセプト』の全容はこうなっている。
第一に革命は成功させる。ただし俺がコントロールする。この国は変わらなきゃいけない。国家としてはとっくに破綻しているのにその場しのぎの戦争略奪で補い続けてきた。補えたから変わらなかった。この間違ったまま突き進むしかなかった国を正す時が来たんだ。
第二に貴族階級の虐殺は阻止する。短期的に見ればスッキリすると思うが国力は確実に死ぬ。フランス革命を見ればわかるが王政の打倒を許さないものは他の王政国家だ。民衆の台頭を潰しに来る。
これらグランドクエストに加えてロザリアお嬢様の身の安全を確保。デブとか色々守ってやらなきゃいけない奴も多い。
第三になるべく正史通りに進める。ゲームを装ってクロノスがくれた情報を生かすにはそれしかない。いつどこで誰が死ぬとか重要な情報てんこもりだ。これは活かしたい。
これらリザルト目標を守れてようやくミッションクリアランクAだ。
長い戦いになるかもしれない。途中で嫌になって逃げ出したくなるかもしれない。
「……それでもやり遂げてみせるさ」
俺が悪役令嬢ロザリアの手下Aだから。
◇◇◇◇◇◇
春節の初日。帝都の目抜き通り『聖オルディナ大通り』を帝国騎士団のパレードが通る。南の騎士団本部から進発したパレードはあの丘の上にある皇宮を目指す。
騎獣には華美な装飾品が与えられ、儀礼用の甲冑で着飾った騎士達の行進を、春節の雰囲気に酔った民衆が囲んでいる。
歓呼の声は高らかに叫ばれ、パレードに参列する騎士たちは微笑みを浮かべて手を振り返している。
スラムの子供たちがパレードを追いかけて走っている。
すげーとかカッコいい!とか言いながら人垣の向こうに見える騎士たちを追っかけている。……中々心にクル光景だ。
お前達が貧しいのも救われないのも職にありつけないのもそいつらのせいなんだ。
そいつらが富を独占しているせいだ。そいつらが優しい心を持たないからだ。そいつらがいる限りお前達は寒さに震えて死んでいかなくちゃいけないんだ……
ふとあり得ざる光景を見た気がした。あの子供達の中に小さなシェーファを見つけた。
仲間たちと一緒にパレードを楽しそうに追いかけている。そんな光景が見えた気がした……
ふとあいつの怒りが見えた気がした。
かつてここから一人だけ救い出されてあの丘の皇宮に行った少年がいた。あの丘からこの光景を見た少年は真実を知ってしまったんだ。世界の仕組みと絶対に救われない現実を……
「泣いてるの?」
顔を覗き込んでくる美しい炎のような赤毛の少女を見ていると感情のタガが外れかけた。
この想いはきっと俺だけのものではない。彼女を救えずに失敗し続けてきた俺の想いも募っている。
真実の想いを忘れるな。他はオマケだ。揺れるな。惑うな。貫き通せ!
このループに飛び込んだのは我が名を呼び助けを請う彼女の姿を見たからだろうが!
「泣いてはいません。いっそうお嬢様をお守りしようという決意を固めただけです」
「……今度は何を拾い食いしたの?」
「デブじゃねえんだから拾い食いなんてしませんよ」
「もしゃもしゃ。ぼくもさすがに拾い食いはしないよ~~もしゃもしゃ」
デブの足元にトリュフチョコを落とす。
デブが超反応で足元にしゃがみ込んでチョコを拾って食べ始める。そうだ美味いだろう、弊社自慢のリバイブエナジー入り最高級チョコレートだ。販売に際してアシェラから「キミまじで言ってんの?」って恐れられたほどの人造精霊種製造食品だ。
こいつは食ってるだけで精霊種に進化できる可能性があるほどの超健康食品だ。人間はなぁ、本能には抗えないんだよぉ。
デブを見下ろすお嬢様の目つきが冷たい。本気で蔑んでいる気がする。
「まぁデブは放っておくにして。どうですお嬢様、きちんと約束を守ったでしょう?」
「随分と長くかかったわねえ。約束してからもう九年よ?」
「じゃあこれからは毎年見に来ましょう。あ、でも二年後はお嬢様も俺らも出兵しているので見れないと思いますが」
「え?」
「もしゃ」
「まあ代わりに何かやりましょう。花見なんていいですね、あちらは桜が綺麗ですよ」
「待って待って待って! 出兵ってどういう事よ、どこと!?」
「リリウスくん二年後ってほんと!? てゆーか僕らどこに行かされるの!?」
「おっとウッカリ口が。冗談ですよ冗談!」
「吐けー!」
そこにはお嬢様に胸ぐらを掴まれて揺すぶられる手下Aの姿があった。
俺のことさ!
これにて本作はおしまいとなります。
リリウスくん達の戦いはまだまだ続きますが『リリウスの勇気が世界を救うと信じてEND』です。
最終章『春のマリア』は少しお時間をいただくと思います。直しが必要ですので。
大丈夫です、ハンターハンターの連載が再開するまでには投稿できます。確信があります。わかっているな富樫、働かなくていいぞ。
冗談は置いておいて八月中になると思います。書き溜め分もありますので何とかなるでしょう。
注意:連載投稿が始まる時は活動報告でお知らせしますのでブックマークか何かで見れるようにしておくとすぐにわかるかも?
また本作の評価☆☆☆☆☆ポイントも押していただけるとありがたいです。
では最後に。中々の長編になってしまった本作に長い間お付き合いいただき誠にありがとうございます。他に語る言葉はもうありません。全力で書き切り、全力でお伝えしたつもりです。
ですので最後は鬼軍曹ふうに締めさせてください。
『クソッタレな読者諸君に告げる! 更新は八月中だ。そのスカスカな脳みそが熱中症で茹ってさらに使い物にならなくならないように注意して夏休みを満喫せよ! クーラーは使ってもいいがなるべく図書館とプールに行け。不純異性交遊は推奨する。じゃんじゃんヤレ! 以上だ!』




