VSバルバネスさん
バルバネスのバトルスタイルは単純だ。強大なちからで叩き潰す。フェイントを入れる必要はない。ひねりを加える必要もない。回避する必要もない。彼の強力なフィジカルから放たれる打撃はガード越しに敵を圧壊し、敵の物理・魔法攻撃は真竜の肉体に弾かれる。
……って思っていた頃が俺にもありました。
キィン! ギン! カン! ドォン!
「三重奏トロイ・クアドラット!」
「あわわわ!」
この真竜は剣を使う! 小技もうまいぞ!
幻影三連撃の最後に腹にクソ痛いケリを食らって一旦下がる。こ…呼吸が……
しかも三重奏とか言っておいて四連撃だったし……
颶風を纏って追撃に来たバルバネスへと連死想カラバを放つ。死ね!
「バ・バイジアルの風よ!」
精神死魔法が滑って逸れた。
ストックしておいた魔術を解放。三連打しても全部滑る! 矢除けの加護に似た概念系呪術だったら最悪!
やばっ、逃げられね―――
「腕を貰う」
「ぐぅっっっ!」
片手斧を持つ右腕を二の腕から断ち切られた。痛くて熱くて冷たい。あの透明な剣はバルバネスの魔法力の塊だ。氷柱剣とでも呼ぶべきなんだろうな。
膝を着いた俺をバルバネスが冷たい目で見下ろしている。所詮は虫けら。そんな目つきだ。
「存外骨のない。お前らはこの程度だ、俺やシェーファに及ぶべきもない」
「何を言いたい?」
「復讐を忘れて遠くへ往け。俺等のことは忘れてそこで静かに暮らせ。この条件を呑むなら生かしてやってもいい」
本気で言っているのか?
冷たい眼に宿るのは虫けらへの憐れみだ。……さすがに乾いた笑いが出てきたわ。
「そいつは悪手だぜバルバネスさんよ。戦いを回避したかったのは本当だが見下されるのは我慢ならねえ」
「お前に何ができる」
「何だってできるさ」
切断された右腕のアストラル体を具現化する。局所的に現出した暗黒の腕は古代のアトラクタ・エレメントのものに似た暗黒の魔力の塊だ。こいつを叩きつける!
バルバネスが吹き飛ぶ。だが数メートルの後退で耐えきられた。床を削りながら踏ん張ったバルバネスの目の色が驚愕に変わる。
「面白い技を隠していたな。今のは驚いたぞ」
「殺害の王の腕に耐えるか、さすがだよ」
魔法力の塊である殺害の王の腕による攻撃はすべてが魔法攻撃に分類される。肉体的な強度は意味を為さず、魔法抵抗力で受けるしかない。MATK32560に相当する魔法攻撃を受けてほぼ無傷とはな……
ポーチをつんつんする。
「ミニアシェラ、バルバネスさんの魔法抵抗力を教えろ」
「42500だね。この数値なら十発はくれてやればダメージが通……50000、55000,60000……嘘だろ……」
ば…バルバネスさんの魔法力が上昇していく。
皇帝廟が一瞬で凍りつき、それでも足りないとばかりに魔法力が乱舞する。新たな存在して進化するような恐るべき魔法力が渦巻いている。
白く青く眩い光を放つバルバネスの輝きは神化に似た輝きだ。
「ま…魔法抵抗力68000。神王級の上位クラスの数値だ……」
「嘘だろ……」
強化呪術ではない。これはスキル・エクリプスだ。
バルバネスさんは太陽神ストラの実息だ。現在においてこの世界で最大の信仰を得る最高神格の太陽神の御子だ。そりゃあ加護くらい持ってただろうけど……
「切り札を使わせたのだ、こちらもこれくらい見せねば真竜の戦士の名が廃る。シェーファが訓練をしている間俺が何もしていなかったとでも思ったか?」
「き…きたねえ……」
コッパゲ先生そういう報告はきちんとして! シェーファにスキル・エクリプスの訓練をつけたついでにバルバネスさんにまで教えたのかあのハゲ!
第二ラウンドが始まる。
◇◇◇◇◇◇
バルバネスさんとの激闘は夜が終わるまで続いた。
結果的に言えば運がよかった。腕を振っただけで歴代皇帝像が全部ぶっ壊れ、霊廟に大きな穴が開き、天井の一部が崩落してきた時のバルバネスの表情がすべてを物語っていた。
本気を出したら霊廟が壊れる。とお気づきになってからはじつに消極的かつ手加減した攻撃が続き、吹雪の向こうから朝日が来た途端に正気に戻ったのだ。
「……そろそろ諦めて死ね」
「うるせえ! 死ねって言われて死ぬ馬鹿がいるか!」
「そろそろ女中が掃除に来るのだがな」
さすがバルバネスさん意外にも優しい。本質的に人界三種族を好いていない真竜だが憐れみくらいはあるらしい。無関係な女中を巻き込みたくないくらいの優しさはもっておられるのだ。
キャラ的には僻地に住んでる孤独な魔王なんだよバルバネスさん。しかもちょっと優しくされたらすぐにデレるタイプの。
やや悩んでからこんな提案があった。
「今回は見逃してやるから去れ」
「どんだけ女中を巻き込みたくないんだよ」
「最近はしゃべることも多いのでな。無垢な娘達を摘むようなマネは好かぬ」
清純なラヴ育んでんじゃねーよ。
バルバネスさんが好きになるとかどんな美少女だよ。時が許したなら興味のある話だが今はそれどころじゃない。
「用事があるのは皇帝廟の書庫だ。読んだら帰るから読ませろ」
「書庫か。ここには何度も出入りしているがそんなものはない」
「皇帝しか知らされない秘密の書庫があるんだよ」
「わかった。だが同行はするぞ」
ぱらぱらっぱぱ~~! バルバネスさんが仲間になった!
皇帝廟の扉を殺害の王の腕で破壊する。
秘密の書庫は広々とした祭事場にある水路へと潜って水中にある通路の先にある。それほど長く潜る必要はない。25mも潜水できるなら余裕で水から上がれる。そこから下がり傾斜の通路を数分も歩けば書庫にたどり着く。
「本当にあったのか」
「あるっつったじゃんよ」
魔法照明を七つ作って書庫に飛ばす。けっこう広いぞ。二階構造で壁一面に並んだ書架にぎっしりと本が詰まっている。この中から目的の図書を探すとか死ぬ。
テーブルには読みかけの本が積まれ、傍には使いかけのカンテラが置いてある。一応確認したが油は揮発して残っていなかった。
テーブルの本を軽く確認したが大した内容ではなかった。歴史書だが建国王以降の書で真実に至るようなものではなかった。しかしなぜ女中探偵クラリスの初刊が置いてあるのだろうか……
発行年を確認すると初版本でウェンドール803年の物だ。
まさか我が国の皇帝陛下もラノベを読んでおられるとはな。さすがに驚いたわ。
「それが目当ての本か?」
「イルスローゼの書店ならどこでも買える本なんて目当てにしてねえよ」
とりあえず片っ端から確認してみるか!
……
…………
………………
六時間が経過した。ちょっとお腹的なものが限界だ。
七時間が経過した。あかん! 集中力が散漫になってきたかも!
八時間が経過した。クラリスまじで面白いよな! 挿絵の子もお嬢様に似てて可愛いし!
テーブルの向かいで真剣に読書しているバルバネスさんに告げねばならない。
「俺そろそろ帰るよ」
「目当ての情報は見つかったか?」
「……えへ」
「まさか腹が減ったから帰るつもりなのか!?」
その通りですとは言いづらいなあ。
まる一晩真竜とバトルしてその後読書だ。こんなん体調が維持できないって。甘い物食わないと脳細胞が死ぬって。
「今回は帰るけどまた読みに来てもいいですか?」
「好きにしろ」
よし、これで再チャレンジが気軽にできる!
書庫に来る度にバルバネス・バトルが待ってるとかいうクソイベントは回避できた。コミュニケーションは難しいが話せばわかる雰囲気のあるバルバネスさんはさすがだ。この調子でいけばいつか好みの女中さんとの仲も聞けるだろ。
地上階に戻ると騒ぎになっていた。バトルの余波で破壊されたガレキは撤去されていたが歴代皇帝像に限ってはそうはいかない。職人が集められてどうにか直せないかと作業中だ。
物々しい警備の敷かれる皇帝廟からこっそり出ていく。
時刻は午後三時。もうすっかり夕方だ。バートランド邸に戻るとお嬢様が怒っていたのでお土産を渡した。
「なにこれ」
「お土産です」
約束をすっぽかしたお土産に女中探偵クラリスを渡したら、この二日後くらいに二巻はないの?って聞かれたのである。
皇帝廟の思い出はクラリスが面白いことを再発見しただけだ。
その後も一週間置きくらいの間隔で辛抱強く通うのだが中々成果は出ず、あれっきりバルバネスさんと遭遇することもなかった。
◇◇◇◇◇◇
ページをめくる手を止めたくなるほど退屈な記述ばかりだ。
歴代皇帝の書庫だの真実のある場所だのと大仰なセリフを並べ立てられて連れてこられた書庫はその実くだらない物置でしかなかった。
最初のうちは多少の期待もあったが帝都守護竜レスカに関する記述もなく、今やバルバネスの手を動かすものは作業感だけだ。
しかも唆した男はさっさと帰って翌日になっても顔を見せない。
(こんな事ならどんな真実なのか聞いておくべきだったな……)
しかし今更ノコノコと顔を出して尋ねるのはプライドの問題でできない。ただでさえ引き分けに持ち込まれた件で誇りを傷つけられている。
背高人にしては強い魔法力の持ち主だとは思っていたが……
(別れて一年足らずでここまで育つか。うかうかとはしておれんぞシェーファ、女を殺された男の恐ろしさはお前自身が理解しているはずだろ)
復讐を誓いこの国へと戻ってきたシェーファとあの者の何が違う? 闘争の因果が立場を入れ替えて回り続けるだけだ。
聖地の真竜は終わりの見えない闘争から逃げ出したはずなのに、今こうして闘争の円環に捕まってしまった。
本懐を遂げればシェーファに巣食った闇の削がれるかと思って協力しているが……
(真実…か……)
彼とて時には都合のいい真実を探してしまう。愛する竜が生きていて、どこかで己の助けを待っている。そんな都合のいい物語があるのではないかと期待もあった。
妄想じみた期待を夢見て聖地を飛び出したが外の世界は戦いと悲しみに満ちていた。微かな希望を託すみたいにようやくたどり着いた帝国では愛した女の躯を突きつけられた。
帝都守護竜と変わり果てた彼女の傍から這い出てきた時に、着飾った虫けらどもがパーティーをしていた時は滅ぼしてやろうかと!
外の世界に希望などなかった。突きつけられた真実に膝を折られた男が情けなくもこの霊廟でしゃがみ込んでいるだけだ。
(微かな希望などと。所詮俺は見たいものを勝手に見たがり失望しただけか……)
もう調べものなどどうでもいい。
そういう気持ちで立ち上がった時に風がそよいだ。
ふんわりと香る好ましい匂いにつられるように二階へと向かう。特に奇異なる物は見つからない。だがどこかで嗅いだ覚えのある匂いがする……
書架と書架の合間に本が一冊落ちていた。匂いはここからしている。
本を手に取ると合間から……
(これは、葉書きか?)
合間から葉書きが一枚ひらりと落ちてきた。
香りで気を惹く香水の術法の仕込まれた葉書きに描かれているのはどこぞの氷原の風景。そして読み慣れた聖地の文字列。
『ハロー、ラ・チェンダ! それともバルバネスの伯父様かしら? まさかお父様だなんてことはないと思うけど、もしそうだったらごめんなさい。お久しぶりね、みんなの大好きなクラリスよ』
「クラリスッ! 姿を眩ませたと思えばこんなところに書き置きを残していたか!」
『この手紙を読んでいるのがラ・チェンダならきっとものすごく怒っていると思うの。怒っているのならわたくしが逃げている理由もおわかりよね。何のことだか分からない場合は藪蛇になるわね』
文面を読んでいるだけでクラリスがどんな顔をして書いているのかありありと想像できる文面だ。きっと猫パンチを食らうとわかっていながら猫のほっぺをつんつんしている時の顔だ。
『色々と事情があって戻るのはちょこっと時間が掛かりそうなの。調べものと人探しね。なんで?って言われると手ぶらで帰るとラ・チェンダから殺されちゃう気がするの。だから手土産を作るために頑張っちゃうわ』
「あいつらしい。危険を察して早々と逃げるだけではなく許される算段をつけに行ったか」
どや顔クラリスの投げキッスが目に浮かぶようだ。
クラリスは並みの皇女ではない。超が付くほどのパワフル皇女で行動力の塊だ。失敗したら次の行動で取り返すというポジティブさの持ち主であり、それが絶望的な取り返しのつかない失態でも必ずどうにかするのだ。
なぜなら彼女は立ち止まったり俯いたりできない強い女だからだ。
だからか彼女はストラから寵愛を受けている。バルバネスもクラリスのことが好きだ。彼女がパワーをくれる女だからだ。閉塞しきった聖地の竜にとって若く諦めることを知らない溌剌とした魂の輝きは魅せられてしまうほどに眩しい太陽そのものだ。
『ねえラ・チェンダ、お願いだからもう少し待っていてね。わたくし必ずあなたの納得できるステキな未来を掴み取ってくるわ』
結びの言葉で葉書きはここでおしまい。にしてもいいはずだがクラリスはやはりクラリスだ。
『もしこれを読んでいるのがお父様ならごめんなさい何もないわ。お父様も色々とご苦労がおありでしょうけれど現状維持が一番いいと思うの。お国のことはブタ兄様とガーランドに任せて侍女のお尻でも追っかけてるのがお父様のためよ』
『バルバネスなら極北のユースハウルに向かいなさい。魔王レウ・ラクスラーヴァの居城に貴方の求める女性がいるわ。わたくしが何を必要として何を探そうとしているのかわかると思うの。じゃあみんな、また会いましょ。今度は心からの笑顔で再会できると願って』
葉書きはこれでおしまいだ。
ひっくり返しても他には何も書いてない。じつにクラリスらしい手紙だ。文面から察するに確実にユースハウルに一度行っているだろうに何がどうなのか詳細も書かずに期待だけ煽りおった。
「クラリスめ! いいだろうっ、その悪企みに乗ってやろう!」
微かな希望がつながった。諦めが覆って未来が輝き始めた。
氷柱竜バルバネスはその強靭なる翼を開き、極北の地へと飛び立っていった。
だがこの日を境にバルバネスの消息は途絶え、心配するシェーファを余所に彼が戻ってくることはなかった。
tips:銀狼陣営から氷柱竜が離脱しました。戦力評価が激減しますが評価項目上変化はありません。