加護という名の呪いについて
「こんのッ、小悪党めぇえええ!」
朝一で町に入るやすぐ、馬を扱う商人を手当たり次第に回っていった。
運よく最初の一件目で盗んだ馬を売ろうしていたチンケな冒険者グループを発見し、ステルスコートを使って背後から殴り倒していった。悪の栄えた試しはないのだ!
俺は一日ぶりの愛馬とひしと抱き合う。やめろ、俺の髪の毛をもしゃるな!
「よかった、バイアットお前と再会できて本当によかった! お前の足でも二日かかるマクローエンまで歩けるわけがねーだろぉぉぉぉぉおぉ!」
俺は安心から感涙。なぜか馬商人のおっちゃんまで感涙。リリアとファラも涙の拍手。
THE優しい世界。
本当によかった、仔馬の頃からお世話してきたからけっこう愛着湧いてるんだよね。ええい、だから髪をもしゃるな! 前世みたいにハゲたらどうするんだ!
「では、ここでお別れかしら」
昨晩そのプリップリのおっぱいの中で眠らせてくれたファラがどことなく寂しげだ。
本当に残念なお別れだ。
エロいお姉さんとの別れは全ての青少年にとって世界崩壊ほどに深い悲しみなのだ。
「リリウス君はこの後どうするの?」
「家に戻っても家族みんなで旅行行ってて誰もいないからさ、このまま近隣のダンジョン巡りをするつもり。リリアとファラは?」
「昨日のダンジョンにリトライかなぁ、あそこの最下層には聖剣があるって噂だからそれ狙い」
「いや、何もなかったよ。でかい蛇がいるだけだった」
「「攻略済みなのッ!?」」
ステルスコートは無敵だ、敵はいねえぜ。そもそも気づかれないからな!
「ここ数年最下層までたどり着いた人はいないって噂のランダーギアをあっさり」
「それ以前に自称たどり着いたって人も怪しいわね、だって聖剣なかったみたいだし」
これを信じてくれてるのになんで虐待を受けてる可哀想な話は信じてくれないの?
「となると目的を失った感があるね」
「夏季休暇まるまるダンジョンにこもる予定だったから急に暇になったわね……リリウス君についてこっか?」
「それいいわね。この子いれば楽にレベル上げ出来そうだし!」
見える。俺がステルスさせてリリアとファラが剣と魔法で魔物を殺戮していく光景が見える。
特に問題はなさそうですね。
「よしよし、一先ずの予定は確保できたわね!」
「よーし、それじゃあ鑑定屋にでも寄っていきましょう。昨日のでレベル上がってるかもしれないし! リリウス君、お姉さんがおごってあげるわよ~~~!」
「「わーい!」」
「リリアは自腹切りなさい!」
おい凹みすぎだろリリア!
こっそり覗いたリリアの財布の中身は銀貨八枚。……俺より貧乏とか。
こうして俺達は鑑定屋とかいうスキル使うだけで小銭が転がり込んでくる羨ましい野郎の下へ向かった。野郎じゃなくてエロそうなお姉さんでした。
どこの町にも一つはあるような大通りの隅っこで、三角テントを張って客待ちをしていた鑑定屋のお姉さんはやぶ睨みで煙管をくゆらせていた。
まさにジプシーって感じのするエロい女性だが、もしかして帝都にいたババアも昔はこんなだったの?
まずはリリアが見てもらった。
『レベル12 剣術B 魔法適正C 友情の輪B 疲労回復C 毒耐性C』
「やったレベル上がった!」
次はファラだ。
『レベル12 魔法適正B 魔法習得率B 剣術C ディアンマの加護A』
「よしとしておきましょう」
いや、加護ってなんぞゲームにはなかったぜ?
「そこのエロいお姉さん」
「なんだい坊や……(ビクッ)」
なんですかねギョッとして。そんなに俺の目つき悪いの?
「あんた相当やばい加護に呪われてるね。あたしの鑑定スキルを弾きやがったわ」
「やっぱリリウス君って……」
「この人有名なS鑑定よね、弾くの? どんだけ?」
そこ、ひそひそ話しない。
「加護について聞きたかったんだけど呪いなの? 誰が呪うのさ」
ため息をついたジプシーが髪をくしゃくしゃに掻き上げる。
そのセクシーな仕草、俺的にポイント高いです。
「加護は加護さ、スキルは神様から貰う物ってのは知ってるだろ?」
「うん」
「なら呪いも祝福も加護を与える神様に決まってるじゃないか」
なるほど。
「世の中にはね帝国で信奉されてるエプツール六大神だけじゃなくてたくさんの神様がいるものさ、中には邪神と呼ばれる連中もね」
「つまり邪神の加護を呪いと言い換えているわけか。嫌な響きから察するに邪神の加護には悪い効果がありそうだね」
「当たり、なんだい見た目よか利発な子じゃないか。力を与えているのは確かだよ、でもその力は良い方に働くものばかりじゃないってことさ。ファラ・イース、あんたの邪神の加護についてこの子に説明してもいいかい?」
「どうぞ」
わざわざ確認を取るということは鑑定屋にはプライバシー保護的なポリシーがあるようだ。
退廃的な見た目してんのに仕事はきっちりやる系なのか、ますます好みだ。
「ディアンマは天界を追われた恐ろしい女神。愛を司る女神にも関わらず色欲、嫉妬、強欲、怠惰を尊び奔放に人を愛し勝手気ままに嫉妬を重ねやがて愛の独占を望みだが自らの愛は与えない、ゆえにその本性は傲慢。ディアンマの呪いを受けし者は絶大な魔力と絶世の美貌と引き換えに精神的失調を来たすというわ」
「納得」
「失礼ね、まだ正気を保ってるわよ。ねえアシェル・アル・シェラド、貴女ほどの鑑定師にも見えないリリウス君の加護に心当たりはないの?」
「何分あたしも初めての体験でね。でも最も強大にしておぞましき神々の名なら幾つか心当たりはあるよ」
「最も強大なのに何人もいるんだ……」
「そーゆー冷静さは困るね。あたしも客商売でね、少し盛っちまう癖があんのさ」
お笑い芸人か。話を盛るのは笑える話だけにしてくれよ、とは思ったが心当たりはステルスコートだけなんだよね。帝都のババアは普通に鑑定してたし。
「死の王デス、戦いのルイン、闇のシェラ……」
「レザード」
俺がその名を口にするとジプシーのお姉さんが苦々しい表情となった。
「その名は口にするのも忌々しい夜のレザード。かつて天界の女神に恋焦がれ天を落とした大罪人の名を偶然口にしたわけではないだろうね、いや、心当たりがあるなら当たりだろう。そいつは神ではないが魔王と呼ばれるぐらい強大な人の魔法使いだ」
「何をやった魔法使いなのかしら?」
「言ったろ、天を落としたのさ。憶万のアンデッドと女神を模したホムンクルスを従えて天界に乗り込み好き放題に荒らした挙句、愛しの女神を地上に連れ去ったのさ」
天界なんてどうやって行けばいいのかさえ見当もつかないのに、攻め落とすとかそいつ本当に人間なの?
「信じ難い話だわ。そいつ本当に人間なの?」
「人間だって話だよ。あたしらとは次元の違い過ぎる魔導王だってのは確かだけどね……この話はもうやめない? 彼の魔王は名を口にするだけで恐ろしい目に遭うってのにその御業まで話していたら呪殺されかねないんだ」
実際にレザードにそういう力があると信じているみたいなジプシーは憔悴したふうに表情を暗くしている。商売柄なのか信心深い女性らしい。
「坊やの加護がどんな力をもたらし、何を奪うのかは知らないけれど気をつけるさね。くれぐれも邪神所縁の品なんて求めるんじゃないよ、そいつは必ずあんたを裏切るから」
「そうするよ」
嘘だよ、装備中だよ!
ステルスコートの危険性なんて考えたこともなかったが、この便利さを知っていまさら手放せる気もしない。ステルスコートさん無しだと俺ただの雑魚だよ、いまさらステルスコートのない人生設計なんて考えたくない!
俺達は呪われたような気分でジプシーのテントを後にした。
おいお前達、自然に俺から距離を取るな!
「んー……とりあえずご飯でも食べよっか」
「先のことはそれから考えましょう」
俺とダンジョン巡りするんでしょが!
その辺の屋台でメシを食べながら色々と相談する。
ダンジョンと一口にいっても帝国37ヵ所の内どこを攻めるかというお話だ。よかった、二人とはもっと一緒にいたいよ。エロハプニングを期待してるからね。
「ラタトナとか行ってみる?」
「まさか馬鹿と勇者しか挑戦しないっていうラタトナ?」
「そのラタトナ」
二人がじぃっと俺を見つめてきた。照れるぜ。
「「いける気がする」」
こうして俺達は馬鹿と勇者だけが挑む最難関ダンジョン体験ツアーへと出かける。