嘘ッ、わたしの紳士力低すぎ!?
わたくしリリウス・マクローエンが保有する空中輸送艦『悪夢の翼』が帝都入りした目的は帝国貴族セルジリア伯爵家のバイアット氏を送り届けるのが目的であり帝都制圧などの不埒な目的などなかったと此処にハッキリと明言する。
今回の騒動の発端は帝国騎士団による警告なき攻撃にあり、弊社は自己防衛権を行使したにすぎない。
また今回の帝都入りは貴族院へと事前に許可を申請しており、例え伝達に不備があったのだとしてもそれはそちらの責任であり弊社の側には何ら非はないものと主張する。よって賠償金請求や出動費負担などには一切応じるつもりはない。
騎士団の皆様にも言い分はあると思うがこの件に関しては弊社ははっきりと無罪であり弊社の正しさは貴族院議長アルヴィン・バートランド公も認めるところでありこれ以上の追及はやめろよマジでコラ。
帝国騎士団に提出された調書より抜粋。
◇◇◇◇◇◇
しゃれた執務室にガハハ笑いが鳴り渡る。
あんまりにも楽しそうに笑うものだから本当に怒っていないのではないか?と勘違いできそうだ。
悪夢の翼の墜落によって屋敷の五分の一を破壊され、愛娘の裸を見られた人物の笑いなので、楽しそうに見えるのはきっと気のせいだろう。
大ドルジア帝国貴族院議長アルヴィン・バートランド公は笑いすぎて涙目になった目元を拭い、にこにこしながら言う。
「いやぁ帰郷早々にやらかしてくれるね。普通の大人なら小言の一つ二つもあるんだろうが……」
笑顔なのに迫力があるなあ。
「久しぶりということで目をつぶっておこう。改めて帰国を祝わせてもらうよリリウス君」
「ありがとうございます」
ここは素直にお礼を言う。貴族社会では偉い人の言い分が正しい。何事も偉い人の言い分を妨げてはならない。
もうそろそろ40代半ばだというのに20代の貴公子にも見えなくもない若造りなアルヴィン様が「いやぁ本当に面白いなあ」って言ってる。真意に関してはマジでわからない。
「まっ、実際被害と呼べるものは当家の帝都別邸くらいのものだ。提案した私が言うのも何だか日付けを偽装した書類を騎士団本部の書類棚に紛れ込ませる腕前は本当にどうなっているんだい?」
「あははは……そこは透明化してちょちょいのちょいと」
「ふむ、固いなあ。もしかしてそれ当たり障りのない振る舞いのつもり?」
え?
自分の表情が凍りついたのがわかるぜ。
「庶子という事情がありファウルが貴族教育を施さなかった理由もわかるよ。冒険者ランク・スペシャル。とても立派だ。15歳の少年としては破格と言ってもいい。でもこのままではいけないよ、私達のような悪い大人からすれば君の振る舞いはどうとでも料理できるカモにしか見えない」
「え…ええ~~~とぉ」
「学院への入学を希望しているらしいね。諸々の手筈はこちらで整えておくとして、リリウス君も準備をしておきなさい。特に礼儀作法に関してはみっちりとやるように」
「はいっす!」
「うん、お返事の仕方からみっちりやるように言っておこう」
バートランド公が書類にさらさらと書いて渡してきた。騎士学院入学に必要な物一覧だ。
お礼を言って執務室を退室する。一度背を向けて出ていき、扉を閉める前にアルヴィン様の顔色を窺い、嫌な物を見た気分になった。
だってアルヴィン様ったらどんな悪戯をしようかな~っていうド外道な笑みを浮かべておられるんだもん。ガキの頃は気づかなかったけどこの人毒が強いよ毒が。
でも納得だ。だってガーランド・バートランドの実父だぜ? まともな人間のわけがねえ。
騎士学院入学の四月までの期間はバートランド公爵家の邸宅に滞在を許された。嬉しい半面不安もあるなあ……
◇◇◇◇◇◇
貴族学校である騎士学院入学の資格は貴族である事、ではない。
じつは平民も入学できる。なぜかと言えば家臣の子供を入学させるパターンもあるからだ。平民ながらに長年尽くしてくれた家臣を貴族に取り立てたいとか、冒険者上がりの家臣を騎士教育を施して領設騎士団で隊長をやってもらおうとか、そんな感じだ。
だから入学資格とは帝国貴族からの推薦状ってわけだ。なお帝国貴族とは男爵以上の爵位を持つ個人を指す。子弟とかはダメ。でもガーランド閣下のようにバートランド公爵家が保有する伯爵位を継いだ、分家の当主になった場合はオーケーだ。
年齢制限は満15歳以上。これは帝国での成人の年齢であり、上限は存在しない。
後はまぁお金の問題だな。学費が年間で20テンペル金貨。学生寮の賃貸料が個室で10テンペル。相部屋で6テンペル。自然と金貨を要求してくるえげつなさよ。
貴族社会ってのは収入が多い分支出も多いんだ。平民の20倍の収入はあっても50倍の支出がある。それが貧乏貴族の家計簿の真実なんだ。
つまり必要な物は二つだけ。推薦状とお金だけだ。一応書類審査もあるらしいけど敵性国家の諜報員をはじくためなんでここで落とされる奴はあんまりいないらしいね。
バートランド公との対談を終えて、庭のカフェテラスに向かうとロザリアお嬢様がいた。それとデブ。
「お嬢様ぁ~~~!」
手をぶんぶん振りながら近づくと目に見えて不機嫌になられた!
もしかしてまだお風呂場に墜落したの根にも持ってます?
「……!」
お嬢様が立ち上がる。そしてお怒りの足取りでツカツカと近寄ってきて30cmくらいの距離で停止。ジロジロと見上げてくるぜ。……うーん、いい香りがするぅ。
「あんた身長伸びすぎよ。今どのくらいあるの?」
「197センチっす! いったあ!?」
蹴られた! 何のためらいもなく脛を蹴ってきた!
「す、脛は齧るもので蹴るものではないですよぅ」
「うっさい! 一人だけすくすく育っちゃってさ! 馬鹿!」
理由もまた理不尽だ!
「ちなみにお嬢様は?」
「150……」
「あれ、俺の記憶によると……」
12歳当時のお嬢様の身長ってたしか147では……
「入学してから伸びる子も多いって聞くし未来に期待してるの……」
「そ…そうですね」
我らがロリ主君は未来に大きな期待が寄せておられる。
「絶望の未来が待っているだけな気がするけど応援しますよ! いったあ!」
「あんたが言うと本当になりそうだから怖いのよ!」
しかしすげえな、脛っていう弱点部位もあるが俺の2800を超える肉体強度に軽々しくダメージを与えてくるとは。
身長はともかく戦闘者としての未来は輝かしいばかりだ。
降雪の日。曇天の下。屋根付きのテラスに俺も座る。侍女さんが俺の分の紅茶も淹れてくれたがいい香りがするぜ。砂糖の小瓶からどっばどば入れるぜ。
「学院入学の件ですがアルヴィン様が手配してくれるとのことです」
「わたくしもそう聞いていてよ」
おやおや、お嬢様の淑女スイッチが入ってる。なんでだろ?
ロザリアお嬢様が中々のどや顔で言い放つ。
「入学までの間はわたくしが礼儀作法の教師を務めます。最低でも社交界で恥を掻かないくらいにって言われているからびしばしいくわよ」
「お願いします!」
「そう気張った感じで来なくてもいいわよ。時間もたっぷりあるしね。バイアットも問題のある部分を見つけたら指摘してあげてね」
「もしゃもしゃ。うん、わかったよぉ~~~もしゃもしゃ」
雪混じりの強風が吹き付けてきた。
マクローエンとは比べるまでもないが今日はけっこう冷えるな。零下12度はあるかもな。むしろ調子いいわ。
俺はこの後もお嬢様に喜んでいただくために大冒険の話をしまくった。ニコニコしながら聞いていたお嬢様が不意に言葉の刺突を放ってきた。
「随分と冷えてきたわね。こういう時は殿方の方から室内に入ろうとお気遣いくださるとわたくしとっても嬉しいわ」
「で…ですよねー! じゃあ中に入りましょう。たしかガラス張りの屋内テラスがありましたよね」
「ええ、とても寒い部屋があるわね」
うっ…何だ、今日のお嬢様はとっても意地悪だぞ?
まさかリリウス君の紳士化プロジェクトはもう始まっているというのか。時間もたっぷりあるとか言って油断させておいて!
「紳士なら当然暖炉のある温かい部屋をとぉ~~~っくにご用意しておられるわよ。あぁ言い忘れていたけどあんたってば遠慮しがちだけどね、うちの使用人は遠慮なくこき使っていいからね」
つまり使用人を好き勝手に使ってお嬢様を全力接待しろってご命令ですね!
「リリウスはもう少し紳士のお勉強が必要ね」
微笑むロザリアお嬢様がなぜか、本当になぜか俺を弄んで楽しもうとしている小悪魔に見えて仕方がなかった。いやたぶん大当たりだわ。




