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連結奥義『万華鏡スラン』② 約束

 妖しい魔光を宿す夜の鏡に覆われたドームの中で精神死魔術が飛び交う。吐き出して吸収して別の鏡から吐き出す。本来使い捨ての攻撃魔法さえもリサイクルする、ファウスト兄貴らしいみみっちい戦術だ。

 即死魔法のピンボールだ。魔王化しても小物な部分は兄貴らしいなって笑ったりはしなかったが、即死魔法の数がネズミ算式に激増していくのはシャレにならねえ。

 魔術の複製。自分でやる分には便利だが敵にやられると最低だ。


 手札を一枚切る! ポーチからタロットカード形状の恩寵符を取り出す。三つ又の槍を掲げる雄々しい戦姫のカードから神気を抽出する。一回こっきりの使い捨てのタロットが燃えていく。


光輝纏う英雄ヒーローズ・ブライトLV8起動!」


 権能『矢除けの加護』を選択して神気を注入。特殊強化LV8→MAX。

 矢除けの加護は理想を現実に降ろす。真の英雄には雑兵の矢は当たらない。凡百の放つ矢は敬意と恐れを抱いて避けていく。


 アルザインの概念斬撃と理屈は一緒だ。飛び道具や魔法が命中するという現実を改変して絶対に当たらないという事象改変を行うのが矢除けの加護の正体だ。


 ネズミ算式に増加し続ける精神死魔術が俺の眼前で不自然に逸れていく。


「ラキウス兄貴、アルド! 俺の傍から離れるなよ。あの鬼畜魔術は触れただけで永遠に等しい時間の中で淡々と処刑され続けるクソ魔術だ! 世の中には色々と悲惨な死に方があるがあれは最上級に痛い死に方だ、なにしろ痛みの連鎖記憶で神々の精神を崩壊させるとかいう発想からして狂ってるド外道魔術だからな!」


 魔王様は頭がおかしいんだよ。神の殺し方を考えた結果として自ら死を願うようにするって発想からして頭がおかしいんだよ。だから魔王なんて呼ばれているんだよ。

 触手プレイが好きな奴の精神がまともなわけがねえ←


「そのド外道魔術が勝手に避けていくとはな」

「リリ兄、いったい何をやっているんですか!」

「金を積んだ」


 あっけに取られる兄弟を余所に俺の眼から血涙が出てくる。

 切り札は文字通り切り札だ。なるべく使いたくないレベルの高額な手札なんだ。だから最後の最後まで取っておくんだ。


「金…金を積んだのか? これは金を積めば手に入る異能なのか?」

「ああ、会員限定の秘密のアシェラショップで売ってる異能だぜ。恩寵符にはランクがあるがこいつは特級品だ。金貨25万枚分くらいの魔石を積めば買えるぜ」


「俺には手が出ない金額だが、これほどのちからが手に入るなら……」

「今回だけの一回こっきりだぜ」

「どういう意味だ?」

「この恩寵符は俺専用にチューニングされてる分ノーリスクで使えるが、一回こっきりの使い捨てなんだよ。三時間だけ超人になれる高額な切り札なんだ」

「金貨25万を三時間で使い切るとは剛毅な話だ。お前も立派な男になったな」


 どこに感心してんだよ兄貴。


「約束の救世主。まさかとは思っていたがこれは本物だな」

「なんでそれを……」

「ガキの頃に父上の後をつけて秘密の書庫に行ったことがある。……お前は何かちがう奴だと思っていた。我らマクローエンではない別のナニカだと。まさか我らの仕えるべき救世主だとは思わなかったがな」


 兄貴がラタトゥーザを胸に掲げる。

 これはスキル・エクリプスか? 強い魔法力がラタトゥーザに集まっていく。


「ラキウス…兄様」


 兄と呼ぶのに未だ躊躇いのあるアルドがラキウス兄貴の肩に触れる。

 アルドの魔法力もラタトゥーザに吸い込まれていく。


「僕のちからも使ってください。僕らはそのために存在するみたいですので」

「お…お前らなに死亡フラグを打ち立てていくんだよ……」


 大技の気配だ。まさか俺が一度だけ使ったラタトゥーザの超必殺技をラキウス兄貴は使えるっていうのか?

 ラキウス兄貴がひどく落ち着いた、戦士が死に際にだけ残すようなさっぱりとした笑みを向けてきた。やめろよ……


「リリウス、お前は前に進め。マクローエンの恥はマクローエンがそそぐ。ファウストは俺が仕留める」

「いや、封印すれば無害化できるから……」

「ラタトゥーザよ鳴け!」


 聞いてくれない!


 緑光を帯びた風がラタトゥーザから解き放たれる。魔法の格が凄まじい。完全詠唱の神話級魔法の中でもかなりの高位魔法だ。


「≪ウィンド・オブ・クロニクル 人界を旅する風の遍歴を集約する≫」


 風が集まってくる。

 この地のすべての魔法力を集めたみたいに輝く風がラタトゥーザへと集まってくる。風が竜巻のように渦巻きラキウスらを取り巻く。


「≪風は大地を旅し世界と人を学ぶ 雨と種子を運ぶ恵みとなり、時に荒ぶる嵐となって畏れを生む 火とて風を得られねば盛りはしない 風は大地を旅し己の意味を知った! 己こそが森羅万象の一つであると!≫」


 集まる風のすべてがラタトゥーザに吸い込まれ、風の神器が眩い閃光を放ち始める。

 完全詠唱が済んだ。だがラキウスはさらに文言を発する。


「≪マクローエンの歴史よ蘇れ、我らの苦難の日々はこの日のために在った! 約束されし始まりの救世主の剣となり、彼の御方の敵を切り裂くために!≫」


 特攻スペル詠唱エンチャントだ。

 おそらくはマクローエン家の者のみが行使できる、俺の使う「始まりの救世主が命じる」と対を為す魔法強化文言だ。


「≪極致魔法『風の遍歴』≫」


 ラキウス兄貴が風の神器ラタトゥーザを振るう。


 一閃の風が無数の斬撃へと分かれてドーム状に配置された夜の鏡に吸い込まれていく。一瞬の静寂の後、無数の夜の鏡が一斉に破砕する。

 


◆◆◆◆◆◆



 鏡の向こうに広がる世界は魔王ファウスト・マクローエンの城とも呼ぶべき空間だ。この空間では魔王以外の術行使権限は剥奪され、エリア移動は鏡を介するため魔王の自由意志で好きな場所に送れる。そのまま鏡に閉じ込めてやってもいい。


 マクローエンの地は広大で、嵐雲で覆ったとてそのすべてを工房化するのは不可能。精々がいくつかの制限を掛けるくらいしかできない。

 だが魔王の魔法力が構築した鏡の向こうの世界はちがう。この空間こそが魔王ファウストの魔術工房。外に居れば嬲り殺し。勇敢にもこちら側に突入してくれば生殺与奪は自由自在。三連結奥義『万華鏡スラン』の正体は絶対の術理空間を生み出す築城魔術だ。この空間の中では魔王は無敵の存在に成る。


 ようやく手元に転がり込んできた標的だ、絶対に逃がしてはならなかった。

 そのために真っ当に戦い、追い詰められたふりをしなければならなかった。すべてはこの空間に誘い込むために!


 自動複製術式を起動する魔王ファウストは鏡の世界の奥で、ゆっくりと傷を癒しながら敵を待つ。待つだけでいい。敵は必ず来る。

 必勝の盤面。勝利は揺るぎない。なのに、なのに何故か胸がじゅくりと痛む。


 何か大切な約束を忘れているような、でもそれがどんな約束だったか思い出せないような、そんな不思議な気持ちが……


「構うものか。神々の依り代への進化可能性を手に入れるためなら何を犠牲にしたところで構うものではない」


 魔王の胸の奥底に眠る風の血脈が騒いでいる。なのに知ったことかと切り捨てる。

 かつては何よりも尊ぶ絆であったはずのちからも今では小さく弱いものでしかない。不要なちから。不要な過去だ。魔王として覚醒した自分にはマクローエンの小さな誇りなど要らない。


 鏡の向こうが輝いている。エメラルドのように美しい輝きだ。美しく、なぜか心がざわめく輝きだ。


「なんだこの光は?」


 鏡から溢れ出した美しい風色の光を欲して手を伸ばし、そして気づいた。

 この暗く寂しい夜の中には風色の光が在ることに気づいた。この光は魔王の胸から溢れ出していた。……なぜか涙が出てくる。


 拭っても涙が零れ出す。なぜだろうか?


 なぜだろうか、不意に思い出したのは一枚の写真のような情景。まだ六人の子弟が屋敷にいて兄が笑いながら弟どもに稽古を付けている。そして彼だけが少し離れた場所で本を読みながら彼らの悲鳴を聞いている。そんな情景が蘇る。


「あ……あぁ…ああああ……」


 だらしない弟どもが死屍累々と倒れ伏す屋敷の中庭で、一人黙々と剣を振るう兄の姿と、それを眩しそうに見つめる弱い己の姿の情景が蘇る。

 あの時自分はなんと兄に言ったのだった。もう忘れてしまったはずなのに……


『兄さんは英雄になってください』


『お前は成らないのか?』

『私はこの地で兄さんの背中を押します。優しい兄さんが後ろを振り返らずに済むように私が背中をお守りします』

『ならばお前の夢は俺が叶えよう。お前はこの地を守り、俺は戦場で武功を挙げ、父の成れなかった英雄の夢を俺達二人で……』


 思い…出した。

 思い出した。心に秘めて誰にも明かさずにいた兄との絆を……


 本当に大切な兄との絆を……


 どうして忘れていた?


「夜の魔王……お ま え か ?」


 応えはない。魔王のちからはすでに彼の奥底にこびりついている。

 哀れな宿主がたまたま正気を取り戻したからといって何になる? 再び忘れさせればいいだけだ。いずれ完全な魔王となる日まで忘れてしまえば幸せだ。


「協力するふりをして私を操るのみならず私と兄さんの絆まで奪っていたか! ふざけるな、ふざけるなよ夜の魔王! お前は最も手を出してはならないものに手を出したぞ!」


 応えはない。だが幻聴のように魔王の高笑いが聞こえる。

 それが例え気のせいだとしても―――


「お前の思い通りにはさせない! 兄さん、私はここです、兄さん!」


 絶叫の瞬間、エメラルドカラーに輝く鏡の向こうから風が吹いた。

 涼やかな風が光を纏いて吹き荒れる。真碧の光へとファウストが手を伸ばす。


 光が彼を包んだ。



◆◆◆◆◆◆



 雪原に倒れ伏すファウスト兄貴はほぼ死んでいる。だが再生のちからが上半身と左腕だけが残った兄貴の肉体を再生しようとしている。

 ラキウス兄貴はラタトゥーザを振り上げたまま彫像みたいに動かない。さっきからずっとだ。


 光を失っていたファウスト兄貴の眼に光が戻る。


「兄さん、お願いです私を殺してください……」


 三度咳き込んだ後でようやく出てきた言葉にもラキウスは応じない。

 剣を振り上げたまま、どうしても下ろせない。


 俺は俺ですっかり酔っぱらっちまったミニキャラのほっぺを突いてる。


「封印は?」

「浸食率次第とは言ったね。この浸食率では宿主ごと封印するしかない」


「何でだよ、俺の時はできたろ」

「女神の腕を一本使ってね。奇跡のちからを用いて魔王からキミをもいだ。同じことがもう一度できるのならボクはもっと有効な使い方をするよ」


「できるのかできねえのかどっちだよ」

「できない。できたとしても使う気もない。まさかとは思うけどボクに貢がせようってのかい? 悪いがそこまで従順にはなれないなあ。ボクにはボクの目的がある、悪いがちからの無駄遣いができるほど手持ちが潤沢じゃないんだ」

「役立たずめ」

「何とでも言いなよ。何もできない奴らがぐだぐだ言ってるだけの笑い話になる」


 察したのはアシェラには可能で、だがコストが重すぎて払いたくないってだけだ。

 縁もゆかりもない誰かのために全てを投げ出せなんて言って聞き入れてくれるような女じゃねえのさ。


 再びファウスト兄貴の様子を見つめる。抉れていた右の肩が再生して腕が肘まで再生している。再生が遅い理由に関しては不明。本人が抗っているのかもしれない。


「兄さんお願いです、私は私のまま死にたい」

「俺は……俺には無理だ」


 ラキウス兄貴が剣を雪原に突き立てた。


「どうして……?」

「それでもお前に生きていてほしいからだ」

「英雄ならば殺すべきです。魔王を倒して…英雄に……」

「俺達は二人で成るんだろうが! お前を殺して成った英雄に何の意味があるんだ!」


 ラキウス兄貴がラタトゥーザを引きずりながら俺達の方に戻ってきて、俯いたまま去っていく。

 じゃあ俺がなんて言い出す奴はこの場にはいなかった。ダチョウ倶楽部じゃねえんだよ。


 俺もアルドも俯いたまま兄貴の背を追う。かつて見上げていた兄貴の背中はいまは煤けている。

 デブが言う。


「いいの?」

「いいわけねーよ。でもよ……」

「でも?」


 俺だって兄貴に死んでほしいわけじゃねえんだよ。

 ファウスト兄貴は嫌な奴だ。いつもスカしてるし頭良さそうな外見してるし女の子にモテるし俺のこと無視するし本当に嫌な奴で大嫌いだ。何度スプーンぶち込んでやったかもう思い出せないね。三桁は越えてるぜ。四桁かもしれない。

 でもよ、この嫌いはクソみたいな野郎に対する嫌いじゃねえんだ。


 だって俺がファウストに抱いた感情は羨望なんだから……


 放置すればファウストは復活する。浸食は進み魔王が復活する。そんなことはわかっている。

 この選択が過ちであるのは理解している。後で絶対に後悔するのも知っている。それでもファウスト兄貴にとどめを刺さなかったのは俺達が兄弟だからだ。赤の他人なら躊躇いもなく殺してるさ。


 この日俺達はマクローエンを去った。

 この日選び取った選択がいつか俺に牙を剥くのだとしても、俺は……

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― 新着の感想 ―
[一言] ファウストは嫌なやつだとばかり思ってたけれど、3桁も掘られてたらもっと怒ってても良いなと思い直した
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