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楽劇『魔王』② 祈りを捧げよ

 いつの間にか気を失っていたらしい。夜の軌道塔で目を覚ましたファウストは……


「うおあっ!」


 めっちゃ鳥に群がられていた。

 ものすげえ数のツグミに群がっていて、小さなクチバシでツンツンやられていた。そんなツグミたちはファウストが叫ぶと一斉に飛び立っていった。


 昼間は気づかなかったが大柱の大陥落の中にはツグミたちの巣があるらしい。

 小鳥を追い払ったファウストが息を切らしながら装備の確認をする。失ったものはないが突かれていた額が赤くなっている。


「うっ、地味に……イタいな……」


 地味に全身が痛い。地味にツンツンやられていたようだ。


 どうにも記憶がおぼつかない。思い出せるのは暗い通路を通ってここまで来た事だけで、どうしてここで眠っていたのかは思い出せない。


「疲労か。私とした事がなんて迂闊な……」


 思い出せない。枕元に転がっていたこの黒い剣はどこで手に入れた?

 ファウストの傍には黒い剣が転がっている。美しい装飾の施された剣だ。闇夜のような濃い紫の刀身は直刀。美しいが切れ味は期待できそうもない。儀礼剣なのかもしれない。

 握り手を覆った拳鰐は彫金師が時間をかけて整えたような金細工だ。防御性能は期待できまい。


 素晴らしい儀礼剣だ。上級貴族の当主が持ち歩いていてもおかしくはない。

 武器ではなく財力をひけらかすために作らせる剣だ。……ため息が出てきた。


「金貨で20枚はいくだろうか? 冒険者なら大喜びなのだろうが魔王の遺跡の財宝としては期待外れだな」


 この剣からは魔法的なちからを感じない。

 どれだけ魔力を流しても反発もなければ反応も見せない。おそらくはルング鉱かカタフラ鉱を用いた品なのだろう。刀身を魔石っぽく染めてあるのもフェイクだ。

 貴族の見栄が作った模造刀か、貴族を騙すために作られた偽物か。これは魔王の遺跡にあるべきランクの財宝ではない、山賊のアジトにあるべき宝だ。


 しかしこんな物でも売れば旅費の元を取るくらいはできる。後は今回の失敗談をネタに仕上げて、若者らしい笑い話に変えてしまう他にない。


「帰ろう」


 帰路は温泉の町バルメロで一泊。バルメロ市一帯を治めるエラスト伯ハインツはいけ好かない高慢な領主で息子達もロクデナシ揃いだが、幸い三人娘からは気に入られている。

 以前ヴァカンスに出かけたラタトナリゾートで多少の縁を繋いでたこともあり、さっそくの失敗談を披露して笑いを取り、ロクデナシどもをいい気分にしてやった。


「これはいい! この苦い経験は後にファウスト・マクローエン若き日の大失態と呼ばれるだろうな。キミは出来たやつだとばかり思っていたが中々可愛げもあるじゃないか。次はうまく往くとよいな。ガハハ!」


 これに対しファウストは自分が何と返したかは覚えていないが、このロクデナシどもの気分をよくしてやったにちがいない。


 心では苦々しく思っていても社交の基本は変わらない。非才のロクデナシにはその卑しい心に合わせて応じ、賢くも大きな心を持つ方々には敬意をもって当たる。


 引き留める淑女達の手を振り切ってバルメロを発ち、オリオンズの渓谷を横断して旅程を二日ほど縮める。バイエル辺境伯領にたどり着いたのはバルメロ温泉郷を発って九日目の出来事だ。


 バイエル辺境伯はがっしりした巨漢だ。鎧のごとき筋肉の上に贅肉のコートを纏ってはいるが若きのちから強さはまだまだ健在と見える。末の娘のシャルロッテに言わせれば太ってるの一言で終わるのだが。


 じつを言えばバイエル辺境伯家とマクローエン男爵家はあんまり仲がよくない。

 辺境伯ご当人は父とは親友と呼び合う仲であるが、分家や子弟からするとそれが面白くないらしい。北に住む貧乏な一族ごときがうちと並び立っているつもりか?という高慢な想いがあるようだ。

 実際財力には相当な開きがあるし、あちらは元は神聖帝国エル・グローリーの大貴族だ。家柄もだいぶ開いている。だが武力だけはそこまでの差はない。そのせいか野蛮人だと蔑まれている。


 マクローエンは貧乏な家だが人材には恵まれている。

 帝国最強の魔剣士ファウル・マクローエン男爵。その長子にして帝国騎士団のトップエースであるラキウス。極北の貴公子と呼ばれるファウスト。下の弟リリウスはバートランド公爵家から目を掛けられての側近候補だ。これが面白くない。

 バイエル辺境伯家には目ぼしい人材がいない。家臣の有能さや伯爵家騎士団の強さは鳴り響いているものの、個人として有名を馳せる者は聞かない。

 まぁつまるところ嫉妬の面も大変大きい。バイエル辺境伯には六人の息子がいるがどれも平均的の上からやや上をいく程度で、騎士団にいる三人の息子などは年齢は上なのにラキウスの後塵を拝している有り様だ。これがまこと面白くない。


 辺境伯とシャルロッテ様はよくしてくれるが、マクローエン家はバイエル辺境伯家そのものから嫌われていると言ってもいい有り様だ。ちなみにシャルロッテ様と仲がいい理由は伝説的なあれだ。五歳のシャルロッテ様に初めて会った時に五秒で結婚してと言われた笑い話だ。

 彼女にはバイアット・セルジリアという将来を強制的に誓い合わされたおデブ君がいたし五歳という年齢もあって笑い話で済んだが、彼女はまだ本気だ。それだけが心配だ。バイエル辺境伯まで敵に回したくはない。


 辺境伯家に立ち寄ったのは借りていた語学系の書物の返却のためだ。


「写本は終わっているから返さずともよいのに」

「ご厚意に甘えてばかりでは増長してしまいそうですので、どうか私の心の平穏を守るためにもお受け取りください」

「キミは本当に真面目な男だな。だがその誠実さは好ましい。さあ旅の話を聞かせておくれ」


 酒を酌み交わしながらの失敗談を語る。その際に遺跡で手に入れた儀礼剣も見せた。

 この頃にはこれがただの儀礼剣でないことはわかっていた。道中では何度か魔物に遭遇した。何度かというのはかなり控えめな表現で、戦闘回数は76回にも及んだ。


 結果的に言えばこれはただの儀礼剣ではない。望めば刃はどこまでも伸び、どんなに強力な魔物の毛皮でも苦もなく切り裂ける。どれほどの魔力を注いでも飽きたらぬとばかりに貪欲に吸い上げてちからへと変換する。


 この話を披露するとバイエル辺境伯が興味を持ってくれた。

 実演を見たいというので騎士団を率いて北部の魔物溜まりへと出かけ、騎士団が追い立ててきた魔物を安全な遠距離から仕留めてみせた。ファウストの想いを汲んだわけでもないだろうが魔剣は新たなちからを見せてくれた。


 切り裂いたはずの魔物を刀身に吸い込んでしまったのだ。ファウストも驚いたが辺境伯も驚いていた。


「切り殺すだけではなく吸収してちからへと変えるのか。ファウスト君、これはもしかしたら本物の魔王の剣かもしれないよ」


 辺境伯は武具のコレクターでも知られている。

 興味を惹けばという想いも確かにあった。売却先として好都合な人物だと考えてはいた。


「これはキミにとって素晴らしいちからになる。だがもし金に換えるつもりがあるなら私に譲ってほしい」


 予想通り辺境伯は食いついてきた。

 興奮する辺境伯が剣へと手を伸ばし、だが大貴族だけが有する強靭な自制心で伸ばした手を自らの手で押し留める。


「しかしこれだけの魔剣だ、競売形式にすればとてつもない金額がつくだろうね。イースの御老のような雲上の方々の目に留まる好機だって得られるかもしれない。……使い方はよく悩んでから決めるといい」


「最善の使い道ですか。難しいですね」

「だろうな。かみよの遺跡からハイパーウェポンを持ち帰った者の誰もが悩む問題だ。金に変えて後悔した者もいるだろう。自らで使い後悔した者もいるだろう。地位と引き換えにして後悔してきた者も大勢がいるだろう。私見だがこの種の選択に正当はない」


「正当がない?」

「ないのさ。これほど大きな決断をすれば必ず後悔する。何でも手に入る夢の切符を手に入れた者は使った後に必ず後悔する。後生大事にしまっておいて腐らせて後悔する者もいる。難しいのだよ。だから私から言えることは一つだけだ、大いに悩み、だがファウスト君自身の未来のために適切に使いなさい」

(この方は他家の子息ごとき者にここまで言ってくださるか……!)


 辺境伯のまことの助言を聞き、ファウストは敬服する。

 もし彼が売ってくれと言いその通りにしたならファウストは後悔したはずだ。だがここまで親身に助言をくれた方ならば売り渡しても後悔はしない。心からそう感じた。


「仮に辺境伯様ならどのようにお使いになりますか?」

「私なら家宝にするだろうね。辺境の領主は何かと武力を要求されるからバイエル千年の繁栄を願って継承子にのみ与える家訓を作り大切にする。キミのところのラタトゥーザのようにね」


 最初は売り払うつもりだった。

 しかし辺境伯の助言を聞いてから考えが変わり、もう少し悩んでみたくなった。


 四日間の滞在を経てようやく帰郷したマクローエンは旅の前後では何の変化もない。名を呼び慕ってくれる領民と、厳しくも優しい父母、……なぜか石を投げてくるアルド


 この貧しい地は変わらない。変わったのはファウストだ。

 一人旅をして見識は広がり、この手には変えられるちからがある。


「私の望みのためにどう使うべきか……」


 ファウストは誤った。きちんと聞き感銘まで受けたはずなのに辺境伯の助言をすでに自分の都合の良いように解釈している。

 辺境伯は自分自身の未来のために使いなさいと言ったのだ。断じてマクローエンのために使えなんて言っていない。

 なのにファウストは己の願いとすり替えて魔剣のちからをマクローエンのために使う方法を考え続けた。


 とある晩、風によそいだ魔剣から流れ出した怪しい夜の中に文字列を見た。


『我が主よ、お前の願いを教えてくれ』

「私の…私の願いは……」


 何故ファウストは魔剣へと願いを告げてしまったのだろうか?

 このような奇怪な現象が起きれば平素の彼ならまず父に異変を告げ、助言を請うたではないか。何故しなかった?


 答えは簡単だ。彼はすでに魔剣の精神支配に屈していたからだ。バファル軌道塔で目覚めた時にはすでに彼はファウスト・マクローエンではなかった。

 精神に魔王の想念を宿した別の生き物に変わっていたのだ。

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[気になる点] 魔王グッズはライアードもやられるくらいだからファウストじゃ厳しかったのかな? それともリリウスがディアンマ戦でレザードに乗っ取られた後の出来事? リリウスが使える理由ってマントに嫁がい…
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