黄金の切り札
アルステルム市の地下区画はアルステルム伯爵家の所有するフロアーだ。
この北側にある隔離区画の第二層から第六層までがアルステルム伯コンラッドの工房となっていて、現在第二層は外部企業ドレイク・エアラインが借り受けている。
法と人の目の届かない地下工房で、ドレイクとドレイクと愉快な信者の四人は日夜狂気の宴を繰り広げている。え? 今ドレイクが二つ並ばなかったかって? ドレイクは二人いる←
リリウスから大空教団という蔑称で呼ばれている大きな信者が算盤を弾いている。どうやら今回のドルジア往きの旅費を計算しているらしい。
「ゴリアテ級戦略大型輸送艦『悪夢の翼』のレンタル料金が120YG/1DAY。とりあえずは五日間の旅程として想定される燃料費が600YG。エアライダーの短期雇用費が……」
面倒くさくなったドレイク社長が大きな信者の頭を叩く。チョップだ。ぺしって言った。
「で、まとめて幾らなんだよ」
「最後に僕らの友情を足してゼロです!」
「わかりやすいぞ。さすが俺のファトラだ!」
この馬鹿どもは本気で商売に向いていない。
聖銀貨の詰まった木箱を抱えているフェイは、自分よりも商売に向いてなさそうな二人へと憐れみの視線を向けている。マジな話をするとフェイもどっこいどっこいだ。
そして怒り出す小さな信者である。
「我が師ドレイクよ、感心してはなりません! ゼロはない。ゼロでは工房の資金難が続くばかりではないか。例え恩師リリウスの頼みであっても心を鬼にして料金を取るべきです」
小さなファトラ君が本当はこんな事言いたくないのにって苦悩の表情で言った。可愛い。
しかしなぜ小さな方はしっかりしているのに、大きな方はどんぶり勘定なのだろうか。やはりドレイクの影響か?
やっぱりタダはおかしいよなって思ったフェイが小さな信者に料金入りの木箱を渡している。これ一箱で聖銀貨五万枚入ってる。
LM商会の金庫から適当に持ってきて適当に渡すフェイ。中身も確認せず受け取る小さな信者ファトラ。子供のバザーじゃねえんだよ。
しっかりしているように見えてやっぱりお坊ちゃんの出なファトラは、やっぱりしっかりしてなかったのである。
交渉成立を見届けたウルドが場を離れていく。
金髪中分けのおでこロリガールの行動に不信を思った小さなファトラが肩を掴んで止める。
「どこへ行くつもりだ」
「五日では出遅れそうじゃし時短策を講じるのじゃ。ま、おぬしらはワシが帰るまで戦闘資材でも集めておくがよい」
「時短だと? 何をしても五日は縮められない。まさかユークリッド大森林の頭上を通してくれるとでも?」
「嵐の結界を解いていただくために古き守り人の王のご起床を待てば五日など瞬く間に過ぎ去るじゃろうよ。別の手段じゃ。まぁうまく往かぬかもしれんし、その時は置いていってくれ」
ドレイクが何もかも理解している顔で親指を立てる。これは何もわかってない顔だ。
ファトラが信じてるというふうにニヤリと微笑む。これもわかってない顔だ。
フェイは何もかもわかっているふうに頷いている。確実にわかってない顔だ。
ユイも信頼している顔でにこにこしている。絶対に何も考えていない顔だ。
レテは複座式三葉飛行機のコックピットでレバーをガチャガチャしてる。こいつはそもそも話に参加していない。
誰もよくわかってない顔でウルドを見送る。そして36時間後、ウルドが戻ってきた。おはしゃぎで走ってきた。
「うまくいったのじゃ!」
そして巻き起こる歓声!
「さすがだな!」
「信じてはいたがよくやった!」
「すごいですぅ~~~!」
何もわかってないのに空気だけで盛り上がれるこいつらは訓練された神狩りだ。神狩りは変なシチュエーションによく遭遇するので胆力だけはカンストするのだ。
事にウルドは魔法能力が飛びぬけているので、もう何をやっても驚かれなさそう……
そして発進する悪夢の翼。全長45m翼込み横幅40mという巨大輸送艦が空を飛ぶ。ブリッジにドレイクの高笑いがこだまする。ちなみに操縦しているのはファトラだ。
「ガハハ! さあ往け悪夢の翼よ! ドレイク・エアラインの凄さを世界に知らしめ大衆の憧れの視線を集めるのだ!」
ちなみにドレイク・エアラインはこの悪夢の翼の開発に一切関与していない。
フェスタ帝国が所有するリヴァイアサン級戦艦の格納庫にあった空中戦艦を大金を叩いて譲ってもらったのだ。この馬鹿どもがやったのは飾りの翼を増設して船のバランスを崩し、運転を難しくしただけだ。
海中から浮上した悪夢の翼が飛び立ってすぐ、ウルドが巨大転移式を構築する。
ドレイクの高笑いがピタリと止む。
「なにしてんスかウルド様?」
「お前はわかってる顔しとったじゃろ……」
「いやぁ~~」
ドレイクが照れた感じで頭を描いている。
気づけば、ここにいるみんなが! 同じ顔をしているのである!
ウルドが戦慄する!
「こ…こやつら……」
「まぁ細かいことは気にせずいきましょうや。で、何をするんスか?」
「ドルジア帝国帝都フォルノークの転移座標を登録してきた。旅程の大幅な短縮が可能じゃ!」
転移魔法が発動する。
頭上に広がる青空だけは変わらないけれど、眼下には見知らぬ街が広がっている。
豆粒みたいに小さく見える町では人々が悪夢の翼を見上げている。……遠くから凄まじい殺意を放つ視線を感じる。
帝都フォルノークの中心に聳えるクリスタルパレスの空中テラス。草花が咲き誇る空中庭園から極大の魔法力を有する者どもが悪夢の翼を見上げている。
聖銀布で織り編まれた美麗な装束を纏う、雄々しい銀の狼のごとき青年が。
その背後に控える、銀狼に似た容貌ながら肉体的な分厚さを1.5倍増しにした守護竜が。
可憐な容姿の暗黒竜が。彼らの来訪を憎々しげに見上げている。
「シェーファ……」
フェイは拳を握り固め、だが解いた。
決着の時はいまではない。
「今は奴らに関わっている猶予はない。マクローエンに向かうぞ!」
黄金の切り札が帝都を飛び立つ。
彼の地に待つ運命との対決、その火蓋が切って落とされる。