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マクローエンの絆④

「これを要約すればいいんですか?」

「おう、頼むよ」

「リリ兄が読めばいいのでは。たぶん僕なんかよりずっと頭がいいし……」

「頼む、俺の心はギリギリなんだ。衝撃的な真実ばかりを見てしまって辛いんだ。お願い、代わりに読んで!」

「では……」


 書庫の中で一冊の本と対峙する。

 魔剣ラタトゥーザへの考察と革張りの表紙に掛かれた本は分厚く、だが半分は白紙のページが続いている。


 最初の頁にはこの本の意義が書かれている。


『長き年月の間にラタトゥーザに関する文献は失われた』

『伝統を失った我らマクローエンは伝統を復元せねばならない』

『スタグネット・マクローエンが子孫代々の当主へと命じる』

『ラタトゥーザの真なる輝きを取り戻せ』

『いつの日かこの地に降臨なされる救世主リリウス・マクローエン様の御力になるために、我らは在りし日のちからを取り戻さねばならない』


 バッと振り返って兄を見つめる。

 兄はなぜか合掌をし、神妙な顔つきで頷いている。何度もだ。


「リリ兄ぃ、この救世主って……」

「俺のことだよ」


「な…なんでリリ兄のことが書いてあるんですか。これ随分と古い本じゃ……」

「世の中には色々あるの。お願いだから続きを読んでくれ。でも内容を省いて俺の心に刺さらないように丁寧に要約してくれ」

「それは構いませんが……」


 よくわからないが兄は救世主らしい。昔からそりゃあ不思議な人ではあったけど古い文献に登場するとは思わなかった。不思議で片づけていい事実ではない。


 この本はラタトゥーザについて判明した事実を適当に記すもののようだ。

 最後の頁は今から44年前ライゼル・マクローエンという人物が記したものだ。そういえば父の名は何だっただろうか?


 どうにも思い出せない。雪が積もったみたいな頭の中のどこを探しても父の名前も顔も出てこない。今更ながらに異常だ。よくもこんな状態で何も疑問を感じなかったものだ。……リリ兄の言うバトラやルドガーという名前にも何も感じない。

 一番なついていた兄だと言われても何の感情も湧いてこない。


「兄さん、僕らの父上の名はなんと言いましたか?」

「ファウルだ。母親はリベリア、つってもリベリアはお前の母親だがな」

「それは……」


「俺は庶子だ。父ファウル・マクローエン男爵が気まぐれに手を出した女中の娘から生まれた、本来マクローエンの名を名乗ることさえ許さない婚外子だ。黙っていて悪かったな」

「本当ですよ。そのくらいのことさらっと言ってくれれば僕だって……」

「色々片付いたら神殿に治療に行こう。大丈夫だ、悪しき精神支配の解呪はアルテナ神殿のお家芸だ。記憶なんてすぐに取り戻せる」

「はい……」


 最初の頁に戻って本を読み進める。

 重要そうな部分だけ別紙に書き写す。


『ラタトゥーザの起動には初期認証には最低でも8000アテーゼの魔力を魔石核に注ぎ込む必要がある。一度にこれだけの量を注ぎ込む必要はないが開けた期間の分だけ必要魔力が増えるため、心技体を研ぎ澄ませた状態で挑むべし』


『ラタトゥーザは所有者を選ぶと考えられてきたが風系統か無色の魔法力の保有者であることが重要なのだと推測する。事実血統スキルの保有者ではない我が子が所有者に認められた』


『ラタトゥーザには魔法力を増幅する機能があると考えられてきた。だが時として機能に裏切られる。この例からラタトゥーザは普段から所有者の魔力を吸い上げ、必要な時に解放しているのではないかと考えられる。実験を試みたがどうにもうまくゆかない。おそらくは不明な機能が働いているためだ。次代に託す』


『ラタトゥーザには不思議な技が封じ込められている。私が体験した感覚は我が身が何者かに操られ、静止した時間の中で剣戟を振るうというものだ。あの一度きりで何度試しても再現は叶わなかった。だがあの技を使いこなすことそれこそが我らマクローエンの意味なのだろうと思う。解明は次代に託す。始祖ユルヴァとの約束を忘れるな』


 さほど情報量の多い本ではない。

 一つの頁に数行。多くてもその程度だ。中にはこれまでの結果をまとめているだけの頁もある。


 兄さんは僕の書き写した別紙を読んでいる。原本には目もくれない。本当に嫌がっている。


「そう恐れる内容ではなかったように思えますが、他の本には何が書いてあったんですか?」

「俺の狂信者がやらかした恐るべき歴史の数々」

「その救世主ってやつですか? 何だかわかりませんが兄さんも大変ですね」

「マジでな」


 兄が青ざめた顔で軽く笑ってる。これは本気でまいってる顔だ。


「それで、どうするんですか?」

「お前を操りファウスト兄貴の皮を被った怪物を倒しに行く。アルドはここで休んでいろ」

「僕も行きます」

「無理すんな。まだダメージが残ってるだろ」

「強烈な拳を貰いましたからね。だが僕だってやられっぱなしは性分に合わない」


 兄が拳を突き出してきた。

 拳に拳をごつんとぶつけた瞬間につながる光の風が僕らの絆だ。偽りの記憶なんかじゃこの絆まで奪えない。


 あの屋敷で待つ者が何者なのか、兄と慕った男が何者なのかを見極めなくてはならない。



◇◇◇◇◇◇



 彼は屋敷に囚われている。

 壁に刻んだ日付けの印はもうだいぶ増えた。今はもう二月のいつかだろう。なのに様変わりした故郷に吹く風には雪片一つ混ざらない。

 やや冷たいだけの風と温かい大地。ここは本当に故郷なのか?


 今も目蓋をおろせば蘇る雪原を覆う白い風の原風景。ラキウス・マクローエンはかつての故郷を思い出しながら、格子窓を見上げる。


 遥かな北方で強い風が衝突した。大地を旅する風の残滓は戯れみたいに彼の下まで届いている。


「リリウス、この地に戻ってきたのか?」


 出来の悪い弟の顔を思い浮かべる。最後に会ったのはいつだったか、まだ少年の顔をしていた。

 もう何年も経った。あいつもそろそろ大人になりつつある頃だろう。


 虜囚の身にできることなど何もない。

 だが何もわからないわけではない。この地を旅立った風は嵐となって帰ってきた。ラキウスの手元で渦を巻く風の強度を見ればそれくらいはわかる。


「気をつけろよ。あれはもうお前の知っているファウストではない。あれは我らマクローエンではない得体の知れぬ怪物だ」


 帝国騎士ラキウス・マクローエンは静かに時を待つ。

 この地に嵐が吹くときこそが―――

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