マクローエンの絆②
木窓の向こうから楽しそうな笑い声が聞こえてくる。小さな声と馬鹿みたいに明るい声。とても楽しそうだ。
深々と雪の降る夜にアルドは木窓の向こうを覗き込み、僕は何であそこにいないんだろうって思ってる。
今日は兄の誕生日で、この小さな家では楽しそうなパーティーが開かれている。
子供達は兄へとプレゼントのような物を渡している。
「「リリ兄お誕生日おめでとー!!!」」
「おおっ、ありがとうなあ。兄ちゃんこれで頑張って山賊を懲らしめちゃうぞ~~~!」
「誕生日プレゼントにスプーンを束で貰う子なんてあんたくらいでしょうねえ。なによその手は?」
「姉貴からのプレゼントは?」
「スプーン代出したのあたしだし」
「ケチくせー」
ドッと笑って家ん中はいい雰囲気だ。
アルドは十本まとめて握り締めたスプーンを茂みに投げ捨てて、ぐしぐしと泣き始めた。
「兄ちゃん……」
どうして僕だけ仲間外れにするの?
「兄ちゃぁん……」
どうしていつもいつも僕にだけ何も教えてくれないの?
どうして、どうしてそいつらからも兄ちゃんって呼ばれているの?
「わからないよ、兄ちゃん……」
アルドの悲鳴は笑い声に搔き消されるみたいに誰にも届かずに消えていく。
◇◇◇◇◇◇
「お前だけはこの手でええええ!」
「アルドぉぉぉおお!」
アルドは技を捨てた。身につけた武術も技能も捨てて拳で打ちかかり、迎撃のために繰り出される奴の拳を硬質化した拳で打ち砕く。
奴がアルドの打ち終わりを狙って袖を巻き取る。両足が揃った。跳躍の態勢か?
(この動きは飛び関節―――させるか!)
アルドが鞘から短刀を引き抜く。だからアルドは負ける。思考して最善の対応をしようとしたから速度で負ける。
短刀に手を伸ばした瞬間には奴の蹴りで顎を吹き飛ばされる。頭が消えてなくなったような衝撃で頭の中が真っ白になり、気づけばアルドはうつ伏せに倒れ、左腕を折られていた。
振り仰いだ時、奴は腕を掲げてピョンピョン跳ねて喜んでいる。
「ウィィィィイイ!!」
「クソがぁあああ!」
掴み掛かる。だがさらなる低空からのタックル返しを食らう。
奴はそのままアルドを持ち上げて背中から叩き落した。
(くっ、水車落としか!)
痛い、が別にどうでもいい痛みだ。耐えられない痛みなんかではない。精霊獣との戦いも次元の狭間を彷徨う魔物との戦いもこんなものではなかった。半身が吹き飛んだこともあった。両腕を失くして残った顎で噛みついて絶命に至らしめたこともあった。
何度も何度も死にかけるほどの重傷を負い勝利してきた。それに比べればこの程度の痛みは屁だ。……なのにどうしてか勝てる気がしない。
奴が手招きをしている。への字に曲がった口であの苛立たしい面構えで―――
「来いアルド、俺の波動球はまだ108残っているぞ!」
「舐めるなあ!」
知っている。奴の技を知っている。
初めて見る技のはずなのにどうして……
「お前だけは許さない。お前だけは!」
「来い、お前のすべてを受け止めてやる!」
油断か?
奴が初めて受けに回った。足を開いて腰を落とし、どっしりと迎え撃つ構えだ。油断だ。小さな勝利に酔って戦いの本質を見誤った。
アルドが手刀の指を解いて五指に神気を纏う。五つの指に五つの魔力刃。この魔法攻撃には投擲スキルが加算される。
「引き裂け、ワンダリングブレード!」
「事象改変は能わず。その魔法を無効化する!」
発動したはずの彷徨える刃が消失する。
アルドは振りぬいた腕が何の成果も挙げられなかったことに―――
「クソがあああ!」
「実体武器と近接戦闘能力だけを見せ弾にしての神気による至近距離での魔法攻撃、いい戦法だと思うぜ。だがやるならもう少し丁寧にやるべきだったな! 空間転移とクランの歌姫の能力を見せた後じゃ警戒されるに決まっている!」
虚空から一対の陰陽剣を取り出して奴へと仕掛ける。
だが緩急をつけた二刀流の猛攻を奴は一本の殺人ナイフで捌いている。渾身の一撃がするりと流される。牽制の攻撃は見向きもされない。……悔しい。
技量が、否、戦闘勘がちがいすぎる。奴の練磨された戦闘思考が初見せのはずの攻撃さえも読み切ってくる。
打つ手がない。何をやっても避けられる。このままでは一方的にこちらだけ疲弊していく。
(こうなれば最大手で粉砕する!)
アルドが飛び退る。空中を飛びのいている間に高速詠唱文言を唱えて死の連鎖記憶の魔術『連死想カラバ』を組み上げる。
着地と同時に放つ。その寸前に見たものは、奴が組み上げた魔法反射鏡の魔術だ。
「撃つなよ、お前を殺したくない」
「どうして…どうしてお前は……」
魔王術は兄様から教わったものだ。かみよの時代に最強と呼ばれた魔王の御業だ。血反吐を吐くほどに努力を積み上げてようやく扱えるようになったものだ。兄様との絆なんだ!
「どうして、どうしてお前にも使えるんだあああ!」
「ごちゃごちゃうるせえんだよ!」
奴に魔法力が集まっていく。
奴の胸から発した緑光の魔法力が書庫内の魔素をかき集めてちからへと変換していく。……アルドは自らの胸の奥で仄かに熱を放つちからの存在に気づいた。
自らのちからと奴のちからがつながる。同質で同色でおなじちからなのは本能的にわかる。
胸からあふれ出る緑の風を散らそうと腕を振り回しても光る風は消えない。
「なんだこれは。気持ち悪い、何なんだこれは!」
「俺らマクローエンの絆ってやつさ。お前がどんなに否定したって魔王がお前の記憶を弄ったって俺らの絆までは消し去れない。思い出せアルド!」
「な…何を……?」
奴が拳を振りかぶる!
「兄より優れた弟はいないという事実をだ!」
兄の拳がほっぺに炸裂し、刹那で刈り取られたアルドの意識が暗転していく。
その瞬間に確かに聞いた。
己の頭の奥から鳴る鎖が引きちぎれる音を……
◇◇◇◇◇◇
ディスペルバックは微かな痛みを伴う。
マクローエン家の執務室で書類仕事をするファウスト・マクローエンはこめかみに感じた微かな痛みにペンを走らせる腕を止める。
「……アルドの認識改変が破られたか。リリウス・マクローエン、本物か?」
ペンを置き、広域知覚を広げる。
ディスペル反応を追うが途中で知覚が途切れた。高度結界の中にいるのか、それとも単純に距離の問題だろうか?
わかるのはここからかなり離れた北の方角で途切れたという事実だけだ。
「ただのトールマンの小僧だと聞いていたが当たりを引いたか?」
魔王の考えを表情から察することはできない。
魔王が何をもくろんでいるかなど誰にもわかるはずがない。
それでも魔王は左右非対称な笑みを浮かべ……
「待ち焦がれた我が器よ、真に救世主と呼ばれるべき最強の肉体よ。この地に現れたのか、古き友よ……」
魔王の願いを知る者なら誰にだってわかる。
夜の魔王が真なる復活を遂げるための最後の欠片はかつての己と同じハイエルンの肉体であると……
ラタトゥーザを継承したことで救世主にマクローエンの絆が宿りました。
血統スキル『風の血脈A』は風系統魔法の行使に必要な魔力消費を30%軽減します。事象干渉力に面においては消費魔力量の1.35倍の上昇を期待できます。
スキル風属性特化Aを入手します。エラー。闇に染まる魔力が風の魔法力を拒絶しました。
スキル風魔法特化Aは魔素に分解されました。




