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古都ヴァイスリット①

 バイアットは用意された部屋でごろりと横になる。動く時は今ではないし、単純に疲れたってのも大きい。一日二日は休まねば動き出す気にはなれない。ファウスト・マクローエンと相対するのはそれほどの気苦労を強いられたのだ。

 ワード一つで己を粉みじんに吹き飛ばせる魔王との交渉だ。今日ばかりは自分にご褒美をあげたいくらいだ。


「この調子なら春を迎える頃にはまた痩せちゃうなあ。はぁ……」


 バイアットの脳裏に先ほどのファウストの酷薄な笑みが浮かび、またブルリと体を震わせる。


 先ほどのやりとりを思い出す。バイアットは最大の勇気を発揮してこう尋ねた。


『ファウスト・マクローエン、あなたは本当は何者なんですか?』

『お前はすでに知っているはずだ』


 この答えにさらなる問いを口にする勇気は残っていなかった。

 これが最後警告なのか貴族的な言葉遊びなのか、どちらなのか知りたいとも思わなかった。バイアットは全身から噴き出した冷や汗の気持ち悪さに震え上がり、逃げるみたいに「そうですね」っつって逃げた。


 これ以上は無理だ。完全に役者不足だ。魔王との交渉なんて僕には無理だ。バイアットは己の分際を弁えて命を拾って曖昧な答えでよしとした。 


(ん~~~~~、よし、決めた!)


 バイアットが選択する。


 1.無理無理僕には無理、春まで大人しくしてよう←

 2.せめてリリウス君のフォローに徹しよう。屋敷で情報収集だ

 3.こんなんじゃダメだ、何としてもファウスト君の目的を探ろう


(これは完全に僕の手に余るね。無理無理僕はがんばったよ。あとはリリウス君に任せよう)


 三馬鹿トリオの一翼バイアット・セルジリアとはこういう少年なのである。

 自分に激甘なぽっちゃりボーイがベッドにごろんと横になり、何もかも忘れて眠り出す。イビキがクソうるせえのである。



◇◇◇◇◇◇



 デブの判断が当たった。デブと別れてからアルドとヴァルキリーの襲撃はパタリと止んだ。

 それでも森を一直線に走り続けたのは現在位置が不明だからだ。とりあえず森を出ないと話にならないってわけだ。


 森から出る。どこだここ?


 何だか寂れた平野が広がっている。遠くに赤レンガで舗装された街道が見える。……ジモティーなのに初めて見る光景だ。

 普段は万年雪に埋まっていた街道が雪が消えて顔を出したってのか?


 コンパスを確認する。街道は北へと伸びている。


「カウンゼラから北へと伸びる街道ってのはこれか?」


 親父殿の話によれば街道を北上すると古い城址跡があるらしい。マクローエン家の住んでいた古い城にはラタトゥーザの関する文献があるとも聞いた。


 あ、くしゃみが出そう……


「わ、わ、わ、ワッショーイ!」


 くしゃみが出てきた。アカン、鼻水も出てきた。氷点下何十度っていう雪洞を通ってマクローエンまで来てから動きどおしだ。さすがの俺もだいぶ弱ってるらしい。……こんなことなら俺も温泉に入っておくべきだったな。


 カウンゼラ市はもうダメだ。戻れば捕まる。

 となるとこれも幸運のアシェラのお導きかねえ。


 北へと伸びる街道へと足を踏み出す。いざマクローエン家発祥の地へ!



◇◇◇◇◇◇



 バイアットへの部屋の用意。侍女の選定を終えたアルドは装備を整え、厩舎へと向かう。厩舎には様々な怪物がいる。ここにいるのは全てファウスト兄様が瘴気の谷で調伏・使役した精霊獣だ。


 アルドはその中から翼持つ三つ首の獅子を選び、颯爽と飛び乗る。

 三つ首の獅子は騎乗を嫌って暴れ出そうとしたが首根っこの一つを握り締め、握りつぶさんばかりのちからで力量差を教えてやる。僅かな時を経て三つ首の獅子が大人しくなった。


 騎乗したまま厩舎を出るとヴァルキリーどもが寄ってきた。


「どちらへ往かれるか」

「知れたことを抜かすな。あの痴れ者を放置するわけには行かない」

「ならば我らをお連れください」

「不要だ」


 常ならばヴァルキリーはここで引き下がる。

 常ならばここで意見を曲げる。だが今回はちがった。


「あの者の力量はすでにお分かりのはず。アルド様単独での追撃は危険です」

「僕があの者に劣ると?」


「……いえ、ですが危険です。最低でも百の兵を揃えてあたるべきです」


 苛立ちから舌打ちが出る。

 ヴァルキリーどもは嫌いだ。涼しい顔の下でどんな不満を抱きどんな不平を垂れているか知れたものではない。表向きの従順さなど反吐が出る。


 与えられるばかりで労働を放棄した領民どもも嫌いだ。あいつらは自らが享受する豊かな暮らしが誰の苦労で成り立っているか理解していない。理解しているなら努力するはずだ。兄様の役に立とうとするはずだ。


 誰よりもあの赤毛の男が嫌いだ。あいつの顔を見ていると心がざわめく。嫌いだ。大嫌いだ。

 あいつの顔を見た瞬間からだ。心が落ち着かない。


 翼持つ三つ首の獅子の腹を蹴る。獅子はいななき、その翼を広げて空へと舞いあがる。


「あいつは僕の獲物だ! 誰にも手は出させない、誰にもだ!」


 胸がざわめく。眼を閉じれば見える緑光を帯びた光の風があの者の居場所を指し示すように一つの方角へと流れている。


 なぜかはわからない。このちからの意味なんて知らない。

 いつだったかファウスト兄様と共に戦いの場に出て捕えた騎士からも感じたこの不思議な感覚の意味を知るために、アルドは北へと向けて獅子を駆る。

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