封印の地⑤ その祈りは誰がため
地底湖で相対するゼニゲバと知らん神が四柱。この状況でこの場所で出てくるとはな……
「私が接触した反対派の神々だ」
明らかに状況を理解していない俺に対してイザールが耳打ちをしてきた。お前のそういう繊細な気遣いが大嫌いだ。
だがどうした事だろう。イザールに余裕がない。万能の女神を取り戻して勝利に王手を掛けたはずの男からどうして余裕が消え失せる?
「何をしに来た。まさか感動の再会に立ち会ってくれるのかい?」
「あぁそうだ。ワシらの勝利をこの目で見たくなってな。……勝利であればどんなによかったか」
ゼニゲバも四柱の神も、イザールでさえ苦々しい表情になる。
もう王手を掛けたはずだ。ちがうのか?
「お前らは何の話をしている。クライシェはもうすぐそこにある、ちがうのか?」
「リリウスよ、ワシの盟友よ、お前の知るザナルガンドはどうなっておる?」
「……トールマンの国家『砂のジベール』王家に寄生してこの大陸を覇を唱えている。砂のザナルガンド憑依者は超絶のちからと引き換えに短命が約束され、王家はそのちからで砂の絶対君主の地位を守り続けている。八千年も前からだ」
「ザナルガンドを制御する法が見つかったと?」
「封印そのものは健在のようだ。たまにハイエルンやティト神が封印の様子を確認しに来ていた。この封印については警句を受けたことがある。再封印は不可能だ、解くなってな」
「ありがとう。それがワシらの答えか」
「だから何の話をしている?」
「レザードは手ぬるい男ではないという話よな」
ゼニゲバの表情に苦渋が出る。あと一歩で勝利を逃がした男の顔だ。何を見た? 何を知り諦めた?
「さあワシらの夢の残骸を見に往こう」
浮遊するゼニゲバが地底湖の奥へと進む。俺らも水面歩きでそれにならう。
黄土色の霧の立ち込める地底湖の果ては見えない。途中でゼニゲバに聞いてみたくなった。
「何が目当てでイザールと手を組んだ。俺の希望を信じると言ったのは嘘だったのか?」
「お前には話したことがなかったな。ワシは……ワシらの多くは元の世界で失敗を冒してやり直しを求めて集った口よ」
「なぜ許しを求めるような口調をする」
「済まぬとは思うておるのだ。だがワシらは夢を諦め切れなかった。ハザク殿は世界を失うた。星の寿命よ。何者も生き残れぬ環境の激変にあえぎ苦しむ信徒を連れて交差世界に渡ってきた。ジャレド殿やマッソフ殿は新興の神に敗れて僅かな信徒を連れて逃げ落ちてきた。ワシも似たようなものだ」
「事情さえあれば何をしてもいいってわけじゃねえだろ。俺が堪え切れている内にハキハキと答えろ。何が目当てでこの世界を滅ぼすつもりになった」
神々がものすごい反応を見せる!
「滅びるのか?」
「滅びないけど。すまん盛ったわ」
「この状況で話を盛るかぁ? お前も余裕のある奴だのう」
「うっせーな。ついエンターテイメント性を求めてしまうんだよ」
笑われてしまったぜ。シリアスな展開続きで心が弱ってるんだよボケ。
ゼニゲバがふっと表情を緩める。表情の落差でわかったのは随分と緊張していたらしいってことだけだ。
「裏切ったわけではないぞ。この計画は随分と前から進めていた。お前が現れるよりもずっと前からだ。可能だと強く思ったのはお前が現れてからだがの」
「俺が?」
「ワシが願ったのはやり直しよ。ここよりも遥かな昔ワシの生まれ地での大きな過ちを正したかった。……ワシ自身が過去に向かうことによってな」
時間遡行者を見て時間遡行に現実味を見出したか。可能か不可能かで言えばできるんだろうぜ。何しろ時の大神なんてとんでもねえ奴がいるんだ。
あれ、いま俺の不思議な状態に結論が出たのでは……?
「ゼニゲバさんよ、悪いがどんな理由があろうと許せはしないぜ」
「お前はそれでよい。救世主なら世界を救え、ワシ個人の小さな後悔など気にする必要はない」
地底湖の奥は滝になっている。ダージェイル中の水が集まってるかのような見事な大瀑布をジャンプで降りていく。落下時間が長い。十秒は確実に超えている。二千メートルは落ちているな……
滝底は未だ見えない。だが大瀑布の途中に浮かぶ不可思議な空間に気づいて空を踏み、停止する。他の連中も空中で停止する。
大瀑布の中にあるのは巨大な球体だ。大きさがバルバネスさんを超えている。
「何だこれ?」
「ザナルガンドの封印術式だ」
「えっ……キモッ!」
素直な感想は率直に気持ち悪いだ。よく見れば帯状の魔法式が織物のように重なり合ってこの巨大球体を編み上げている。この作った奴の脳みそがキモい。同じ魔法使いとして気持ちが悪い。
もし仮にこんなもん作れって言われたら俺なら秒で夜逃げしている。しかし作れそうな人に心当たりもある。あの魔王様なら作れそうだ。さも簡単そうにえげつない超絶技巧を要求してくるもんよ。しかもダブルタスクなんてケチは言ってくれねえ。124タスクくらい平気で要求してきてできないとお怒りになるんだ。
やっぱ魔王様は頭がおかしいから魔王なんだな。強いってだけで魔王なんて呼ばれるわけがねえ。触手ものを選んだ時点でわかっていた。
イザールが球体魔法式に飛び込んでいった。ゼニゲバもだ。俺も後に続く。
内部は光の帯みたいな魔法式が雨みたいに降る空間だ。魔法式が魔法式と衝突してバラバラに砕けて蒸気みたいに上へとのぼっていく。過去イチで気持ち悪い。技術力が変態だ。
球体魔法式の中心に真っ黒い大穴がある。空中にぽっかりと空いた大穴は渦巻き、スライムのように蠢き、どこか生き物を連想させる。
大穴の前に少女がいる。身を貫く鎖に穿たれた姿はまるで黒穴に捧げられた生贄だ。けっこうな可愛い子ちゃんだな。そりゃイザールも気が気じゃなかっただろうぜ。
イザールがクライシェの手を取り何事かを囁き合っている。会話が気になるが野暮はやめとこう。
「ゼニゲバ、あれは見たまんまでいいんだよな?」
「うむ。クライシェだけは奪われてはならない。そう考えたあの男はクライシェを自らでさえどうにもならぬ封印に組み込むことで万全としたのだ。……あれの潔癖さが災いしたな。まさか当人が返すつもりになっても返せぬとは」
術式を組んだ魔王レザードでさえクライシェの解放は無理ときたか。
だからイザールへと直接返さず座標だけを示した。彼なりの誠意のつもりなんだろうが……
砂の大魔獣の封印はクライシェのちからを吸い上げて維持されている。俺にはそんなふうに見える。
「これだけの神が雁首揃えてもクライシェを解放する方法がわからないのか?」
「解放ならば簡単にできるぞ」
今までの話なんだったの?
「封印を破壊すればザナルガンドとクライシェが解放される。クライシェを救い出し総力をあげてザナルガンドを再封印する」
「可能か?」
「まず無理だろうて。どう見積もっても戦力が足りない。頼みの綱のクライシェも万全とはいえまい」
「それはダメだろ……」
ザナルガンドが解放されるのはダメだ。俺はまだ砂の魔獣の脅威を本当の意味では知らないが、神々が恐れる姿を見てまで無茶をやらかす気にはなれない。
魔王様と神々の軍勢が総力をあげても足りずに渋々イザールの手を借りた案件だぞ。
ガチン……! 撃鉄を引き起こす音がやけの大きく響いた。
見やればイザールが福音銃を構えている。照準はクライシェの背後にある大穴だ。
「―――動くなよ、いま解き放ってやる」
「お願いやめて、私のことは忘れて」
声も可愛いな。俺の中の女神ランキングが急変してアルテナを抜いてクライシェが上位に躍り出た。
こりゃ信者増えるわ。写真一枚あげただけでドルオタに火が点くぜ。拝んでおこ。
「おい、ザナルガンドへの対処法はあるんだろうな!」
「何のためにぺらぺらとしゃべってやったと思っている。お前も私もここで死ぬんだよ」
やけに素直に白状すると思ったらこいつ……!
「ざけんじゃねえぞ! 不滅のてめえはともかく俺はマジで死ぬじゃねえか!」
「死にたくなければザナルガンドを抑え込め」
「マジかよ……」
イカレ野郎の自殺になんか付き合ってられるか。イザールを殺す。
と思った瞬間に牽制される。この場のリサイクルソルジャー全員から銃口を向けられた。
「指一本動かしてみろ。敵対行為と看做して射殺する」
「っち。わぁってるよ」
ここまで共に戦ってきたんだ。こいつらの強さは身に染みている。引き金を引くだけで封印を壊せる男を邪魔できる状況じゃない。
微かな期待を込めてゼニゲバ達に視線を送るも無視された。
こいつらには二つの道がある。夢と一緒にクライシェを諦める道。夢を見ながら破滅する道。静観を決め込んだこいつらは場の流れに身を任せるつもりだ。
そして場はイザールの支配下にある。
「お願いイザール、帰って。こんなモノをまた解き放ってはいけないの。私のことはいいから、お願いだから帰って……」
「そのお願いは聞けないな。今夜の予定はキミとシャンパンパーティーだって決めているんでね」
「馬鹿。そんなのいつだってできるじゃん。……帰ってよ」
「嫌だ」
「どうしてぇ……」
クライシェがすすり泣き始めた。
なんだこいつ可愛いぞ。俺の知ってる女の子達とちがう。……不思議なちからが作用してイザールへの憎しみが30upしたぞ。
それとイザールの顔つきが優しいんだけど誰だよお前。ただのイケメンじゃねーか。
「キミは知らないだろうけどね、キミのいない人生ってのは張り合いがないんだ。悪いがお願いは聞けない。絶対に連れ帰るって決めたんだ」
「……大勢死んじゃうよ」
「この辺りに人は住んでいないよ」
「ザナルガンドは倒せないよ。知ってるはずじゃん」
「知っている。だからどうした。もの覚えの悪いキミには何度だって言ってやる。私に不可能はない! 私の手を取れ、クライシェ!」
イザールが手を差し向ける。
クライシェの青い瞳から宝石みたいな涙がコロンと落ちていく。
「ダメだよ……」
拒否った! ザマァあああああああ!
俺が歓喜のガッツポーズを振り上げた瞬間、クライシェの身から光が溢れ出す。
あ、やべー光だ。虹色の光彩を帯びた光の帯がクライシェから解き放たれて砂の魔獣の封印に満ちていく。……次元がちがう。
魔法力の質がちがう。祈りの強さが桁でちがう。これは俺の知ってる魔法ではない。
至高神アル・クライシェ。一つの星の祈りを集める究極の存在が放つ本物の奇跡の光だ。
至高神が胸に集まった光の玉を掲げ、願いを告げる。
「お願い私の光、私の願いを叶えて頂戴。私の愛しい人がもう二度とここに近づかないようにして?」
光の玉が一つ弾けて飛んだ。
「お願い私の光、私の願いを叶えて頂戴。みんなを在るべき場所に帰してあげて」
光の玉が弾けて飛んだ。
俺の意識はギロチンが落ちてきたみたいにすっぱりと切断された。