封印の地②
27層の守護者はでかいマンボウだ。マンボウなんかに負けるわけがあるかって鼻で笑いながら単独で挑む。
パクン! そして食われた!
「ぎゃああああ!」
石臼みたいな歯でゴリゴリ潰されて再生能力が間に合わない! この死に方は嫌だ!
脳の奥からぶちっと嫌な音がした瞬間に肉体との切断が断たれた。
代わりに大きな闇のちからとつながり、俺へと流れ込んでくる。……ちがう、これは俺の奥底から溢れ出してくるちからだ。
暗黒のアストラル体を操りマンボウの歯を破壊する。……さっきは為すすべもなく押しつぶされて轢殺されたってのにこの体だとスナック菓子感覚だな。
マンボウの口から華麗に脱出する! このまま攻勢をかけてもいいんじゃね?って思ったけど一回休憩させろコラァ!
マンボウが苦痛にいなないている間に必死こいて泳いでイザールの背後まで逃げ帰る。
『何あいつ、強くない?』
『けっこう強い怪物だからな。バハムートだ、知らなかった?』
oh、そいつは名前だけは知ってる有名人だ。
変なイメージが先行してドラゴンだと思い込んでたけどマンボウだったのね。
『物理・呪術系統攻撃が意味を為さない。必殺の一撃が必要だ』
イザールがホルスターからハンドガンを引き抜く。
80口径拳銃『サバ・スフィア』か。博物館直行の骨董品に弾を込める。仄かに厳かに輝く銀の弾丸だ。
『≪弾頭装填:殺害の王が第一の権能『殺害の刃』ストック≫』
中折れ式の拳銃をシェイクする勢いでコッキングし、バハムートへと狙いを定める。
『福音弾――シュート』
バハムートへと打ち込まれた弾丸は奴の強靭な皮を破って肉に食い込み、内側からあふれ出る暗黒のオーラでズタボロに引き裂いて殺してしまった。
雄たけびをあげるみたいに振動する暗黒のちからが辺りに満ちている。……ちょっと驚きすぎてツッコミも出てこない。
『何を呆けている。先に進むぞ』
『お…おう』
先に進む。しばらく泳いでいるとハイエルフの肉体が賦活して勝手に復元能力を起動させて元に戻った。外装や強化装甲服の代わりをしていたアストラル体は元の肉体に吸い込まれて消えた。
なおこの不思議現象には誰もつっこまない。あれ、神と戦う領域の戦士だと常識なの?
封印の迷宮に挑み続ける。時折後方の部隊が装備の補充を持ってきて、既存のアルス小隊とチェンジして攻略に加わった。ウージェント小隊というらしい。
深海へと潜るような攻略戦だ。途中で明らかに凍結の茨リューエルと思しき神話の獣が出てきた。完全に凍りついた凍結の洞窟ゾーンの奥でだ。
久しぶりに水からあがれた。呼吸が必要なくても何となくこっちの方がいいと感じるのは根っからの陸上生物だからだろうな。
「冷気か。相性は最悪だな」
「お前にも弱点とかあるんだな」
「だいたいの生物は冷気が弱点だと思うがね」
そりゃそうだ。
実際俺も凍結のフィールド内では動きが悪くなった。この凍結の洞窟の奥で対戦したリューエルはすこぶる付きの強敵だがやはりイザールが一蹴する。たった三発の福音弾だ。
氷の女王とも呼ぶべき神話の獣を一撃で燃やし尽くす巨人の王スルトの権能。深手を負って暴走するリューエルを拘束する神聖剝奪の槍の権能。死を約束するアルザインの権能。こいつの切り札えぐぅ……
ここから先は普通の洞窟が続く。泳ぎはしばらく遠慮したい。
途中で懐かしのアビスナーガが出てきたが割りと簡単に倒せた。ハイエルフは空間知覚に優れた種族だ。異空間に潜んで襲撃してくる魔物にも先制攻撃が打てるのさ。
だがイザールが難しい顔になる。
「こんなものが潜んでいては補給線の維持は難しいな」
「荷揚げ部隊でも対処できるだろ」
「油断をしてやるつもりはない。一つ前の階層にキャンプを設営する。次回のアタックは12時間後だ」
イザールから発せられた命令は迅速に行われた。地上でホバリング待機するヘリから追加の人員がやってきて前線基地が設営されていく。俺は簡素な軍用テントに潜り込んで泥のように眠る。
洞窟に吹く隙間風はあの雪原に吹く鳴き声に似ていた。
こんなものは感傷だ。引きずられるなと己に言い聞かせて眠りにつく。