クランバトル②
天が割れて高空から瀑布のごとく流入する魔素がアルテナの歌声に導かれて聖なる光へと変換されていく。お…俺が吸収する分の魔素も奪われていく。
ルクレイン周辺に存在する魔素がアルテナに集まっていき、集めたちからはティトを強化する術法へと変換される。
聖なる光を集めて舞い踊るアルテナの姿は幻想的だ。反則的なまでに美しいなチクショウ……
歌声が天高く響き渡る。複数の術法をまとめて詠唱し、一度掛けてはさらに重ねてと効果を増幅させる。アルテナが歌う限り俺が使える魔素は減少し続け、ティトのちからは永遠に上昇し続ける。
アルテナを先に仕留める!
「―――神器解放『千の顔を持つ天剣』」
ティトから死線を外した二秒程度。この時間をティトに与えたのは過ちだった。
ティトの純白の短外套が広がる。マントの向こうに広がる白い闇の中から無数の剣が剣山みたいに飛び出している。
「アラバキアの大戦士が大剣『メガロ・ディノマキア』召喚」
天地を割るような巨大な剣が超速度で射出される。回避したはずなのに右腕を持っていかれた!
亜音速でぶっ飛んでいったビルみたいな巨剣が海面に着弾。水しぶきがルクレインを襲っている。
「フェストレルの鷹匠ハー・ラムが鍛えし猛禽を狩る翼『鷹切り』召喚」
見えない剣が射出された。霊体剣じゃねえな、円月輪のような極薄に仕上げた投擲具か!
風切り音を頼りに回避―――数えげつな! 何十枚飛んでやがる!
てゆーかティトの神器は何なんだよ。ゲート・オブ・バビロンか何かなの!?
夜渡りで円月輪の包囲から脱出する。転移先を読まれていた。出現した瞬間に大太刀でバッサリと袈裟斬りにされちまった。……可愛い子ちゃんに浮気視線送っただけがだいぶ高くついたな。
「クランの歌姫を攻撃するのは決闘の作法において最大の禁忌だよ」
「そういうことは先に言え!」
斬りつける殺人ナイフが届かない。疲労を知らぬ肉体をもってしてもティトの剣術に届かない。戦神ってのはまともにやるとここまで差があるのか!
「てめえはいつも言葉が足りない。後で文句を言われたくないと言いながら必要なことをしゃべらない。だから嫌われるんだ!」
「そこまで言うか……。あまりにも基本的なルールだから知らないとは思わなかったんだ」
「説明の意味を辞書で引き直せぇえええ!」
微かな期待を込めて眼下のアシュリーを見てみる。アルテナに集まる魔素を奪い返そうと頑張っているが……
泣き出しそうな顔してるじゃんよ。頑張れアシュリー!
俺も頑張らねえとな……
認める。ティトは強い、俺よりもかなり上にいる。技量は遥か彼方にある。これだけの実力差はライアードと戦った時くらいだ。
強敵を一発で打ち崩せる手札はないか? 俺はライアードをどうやって倒した?
ふと感じたのは寂しさだ。愕然とした。今の今まで忘れていた。ステルスコートがないことにだ。
まいったな。あのコート一枚が俺をここまで支えていたのかよ。
ステルスコートが無いだけでここまで頼りないのかよ。あのコートめ、俺の完全性の中でいったいどれだけのウェイトを占めてやがった。便利すぎんだよ。
手持ちでやりくりするしかないか。
ユノ・ザリッガーの呪術トリガーを特殊操作。開発者コードの入力でリミッターを解除する。知覚拡大を三重発動。特殊身体強化『雷帝マキリ』を四重発動。
これでどこまでやれるか?
神は殺せない。仮に倒しても本体であるアストラルボディとかいうチート第二段階がある。しかも霊体を倒しても時間経過で復活するクソ仕様だ。反則過ぎる。有識者は消費者庁にクレーム入れろ。神はわるい文明だ。
いくぜ全力ラッシュ! 雷帝マキリの効果で反射と思考のタイムラグを消し、連続攻撃でティトの全身を切り刻む。
殺害の王の権能は発動しているはずだ。俺が与えたダメージはそう簡単には治らないはずだ。……痛覚をいじってやがるのか? 余裕面を浮かべてやがる。
「今のはよかったね」
「絶対に負けないゲームでイキってるのは格好悪いぜ」
しかし勝ち筋が見えない。アルテナ神の後衛サポートが反則過ぎる。
闇討ちなら完勝できる自信があるんだが……
◇◇◇◇◇◇
空を渡りて戦う二人の戦いは遠く、アシュリーの伸ばした手は届かない。
彼が負けるなんて万が一にも考えていなかったけど、あの二つ柱の神に勝てるとも言い切れなかった。……実際負けかけてる。
援護のために唱え続ける呪歌はより強いアルテナの歌に押し負けて魔素を集められない。
届かない。彼となら神にさえ抗えると信じていたのに……
(あたしじゃダメだ。あたしじゃ……)
涙がにじみ出てきた。祈りのちからを彼に届けようにもちからを集められない。
ふと舞い踊るアルテナの眼に気づいた。さっさと諦めればいいのにって嘲笑う唇を見た時に炎のように猛る感情は悔しさだ。
(あんな女に負けたくない! 負けるもんか!)
精一杯に張り上げた声がアルテナの呪歌に打ち消されていく。沈黙の異能を付与した歌声だけが妖しく場を支配する。
リリウスと目が合う。もう随分と高くまであがってしまった彼だけど確かに目が合った。
アシュリーは目に溜まった涙をごしごしこする。戦う彼にこんな顔は見せたくなかった。……彼はガッツポーズを置いてまた戦いに戻っていった。
彼はまだ諦めていない。この状況で?
(リリウスは強いな…強すぎるよ……)
「なぜ苦戦している? あれも分からん男だ」
聞き覚えのある陰湿な声に振り返れば、夜の魔王がのんびりと歩きながら訓練校へとやってきた。
同時にアルテナの余裕面が引き歪む。
「何をしに出てきた。下がりなさい!」
「炎神のお気に入りの人形ふぜいが言うではないか。黙りおれ」
魔王の恫喝は現実に魔法攻撃のごとき効果がある。かつて神々から生み出された闘争の祈りは長き戦いを経て究極の存在まで進化した。もはや造物主といえど魔王を打倒することは不可能。
魔王の恫喝でさえ臆するのだ。少しでも消してやろうと思えばアルテナの分霊など一瞬で神気に分解される。
だが魔王はちからを行使しない。後始末が面倒であるし、何より黙ったのならそれでいいからだ。うるさい小蠅なら殺してやるが音がしなくなれば放置する。再生の女神などその程度の存在でしかない。
魔王は上空の戦いを見物している。不可解そうな面持ちだ。
「あれも分からんな。あれがティトごときに苦戦するとは思えんのだが……」
「そ…そうなの?」
「ちからの総量で言えば問題ない。技もいくつか仕込んである。理由が皆目見当もつかん」
まさか連結奥義を使う選択肢自体を忘れているとは誰も思いつけないのであった。じつはまだコントロールに自信がないというのもある。
魔王の御業が扱うだけでも困難だというのに二つ合わせて制御するのがいかに困難なのかを夜の魔王にはさっぱり理解できないのだ。
「如何に中身が怪物じみていようと人の姿で戦うに慣れすぎているのかもしれぬ。あれには本来技は必要ないのだ。暴威を叩きつけるだけで殺せるのだ。だのに短刀を握り締めて遊んでおるのかあやつは……」
一流のバトルアーティストから見たリリウスへの正直な意見がひどすぎる。
ひどいと言えば魔王は愛娘の情けない有様にも一言いいたそうだ。どういえば傷つけずに済ませられるか怖い顔で悩んでいる。
「アルテナはあれでけっこうなリブを貯め込んでいる。馬鹿正直にリブを流してあれより多くトロンを集めようとすれば押し負けるのは仕方がないのだ」
「とと様ならどうするの?」
「答えを教えてはつまらん。母者も優れた歌姫であったぞ、まずは己の権能を理解するのだな」
「でもあたしまだ権能なんて……」
「だろうよ。権能は焦がれるほどに欲してようやく届く祈りのちからだ。欲するなら祈れよ。あの者を好いているのだろ?」
「別に好いてなんか……」
好いていると言われるとちがう気がした。言うなればオデと同じカテゴリーで仲の良い親戚だ。
アシュリーは未だ恋を知らない。ただこれが恋だとは考えていない。
「あたしはさ、目を離すと色々やらかしちゃうあいつから目が離せないだけなの」
錫杖を構え直す。真っ向勝負では歯が立たない。ならば別の手段で魔素を奪い取るしかない。
そんなちからは未だこの手には無い。
ならば作るのだ。祈りこそが奇跡の根源なれば、想いだけが奇跡を起こし得る。クランの歌姫の歌唱とは本来戦士の勝利を願う祝詞であったはずだ。
「≪勝利を! 戦士の歌を!≫」
声にエナジーを乗せて解き放つ。声の届くところに働きかけ大気中のトロンを従わせる。だがもはやこの場に余剰のトロンは無い。すべてアルテナに奪われている。
「≪ルクレインを救うために戦う戦士にちからを! 救世主のためにちからを! お願い、あたしも救世主と戦いたいの! ちからを!≫」
「≪集え集え祈りのちから、結びつき混ざりあい新たなリブへと進化して、束ねてあの御方に注ぎましょう≫」
アルテナの周囲に渦巻くトロンの光がより濃密な輝きへと進化していく。リバイブエナジーへと進化したちからが光の柱となって彼方の魔神へと向かっていく。
「≪増えて増えて祈りのちから、さらなるちからを生み出して魔神様に注ぎましょう 我らは闘争を是とする者、怒りこそが我らが喜び、憎しみこそが我らが糧、散っていった戦士の魂よ、我らに憎しみを委ねなさい そなたらの願いはきっと叶う あの御方が叶えてくださいますよぅ≫」
「≪救世主は戦っているわ。皆を守るために今も傷ついている。彼には祈りが必要なの。お願い集まって、お願いだからあたしの言うことを聞いて!≫」
魔素が集まらない。
ちからが足りない。アルテナの集めたちからを奪えない。
(ダメ! 全然ダメ! 悔しい、権能まで届かない……!)
アルテナの第二権能はトロンの集合に特化している。通常の術法では奪えない。権能にも届かない。
あの清廉な光に包まれて踊る女神が憎たらしい。あれだけのちからがあれば……
「≪平和な世界を守りたいの。あたしたちの暮らしを奪おうとする者どもを倒したいの。祈りのちからが必要なの。―――みんなと一緒にいたいの!≫」
「アシュリー!」
魔王が大声を張る。
「ちがうぞ、間違っているぞ! お前は母者の何を見ていた!」
魔王様が何か変なジェスチャーをしている。
隣にいるオデもしている。なんだあの仕草?
アシュリーが気づいた。
「≪もげろ!≫」
発した瞬間にアシュリーはとてつもなく大きなちからのプールとつながった。
かつてとある星に住んでいた愚かな人々が欲望のために生み出した人造神の権能とつながり、全能のちからが今初めてアシュリーを見た。
幸運の白き羽の権能『幸運のダイス』が運命の賽を振る。
「≪もげろ、もげろ、もげろ! あの女のちからをもげえぇぇ!≫」
この世ならざる異世界の権能の魔の手がアルテナを襲う。
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