ルクレインの支配者
船着き場でたむろってる船乗りに地理に尋ねるも謎は益々深まるばかりだ。此処どこ?
「イルスローゼ? 聞いたこともねえな」
「じゃあベイグラントは?」
「知らねえ」
「……ここウェルゲート海なんだよな」
「そうだぞ」
話が通じねえ。
「じゃあダージェイルはわかる? ジベールとかフェニキアとか」
「知らんな」
マジでここどこだよ。冒険者ギルドもねえし。
思いつく限りの国名をあげていくも全部ノーヒット。逆に船員の口にする国名もさっぱりわからない。
でも言葉は通じるんだよなー。かなり訛りがきついけどフェスタ系のサルディア語族ではあるんだよ。
「じゃあこの辺りで一番栄えている国はどこ?」
「坊主がどこの田舎から出てきたか知らんが、この自由交易都市ルクレインより大きな町なんてねえよ。世界の中心なんて呼ばれてるんだぜ」
「マジすか……」
実りの少ない会話に終わってしまったぜ。
この田舎町が世界の中心とか笑かすぜ。町の規模からして人口三万ちょい。小国の首都レベルじゃん。
ここは自由交易都市ルクレイン。近海に散らばる数百を超える小島を代表するサルビア大島にある町だ。もう少し東に行けば栄えた港町があるらしく、そっちとの交易でにぎわっているんだそうな。
こうして港から見る風景は中々いい感じだ。
ちょいと離れた小島というか岩礁に建ってるお屋敷は酒場らしく、夜になるとルクレインの船乗りが集まるプレイスポットなんだそうな。歌姫のレベッカはすこぶる付きのイイ女で、船乗りみんなのヒロインなんだってさ。今夜いくわ。
ルクレインは活気に満ちている町だけど雰囲気は悪い。増え続ける移民と広がる経済格差のせいで町全体がギスってる。複数のマフィア紛いの商船団がルクレインの覇権を争っている事情もある。
二日三日滞在してわかった情報がこんだけ。まぁストチル派閥の合併をメインにやってきたせいで情報収集がやや手薄になったな。
それと気になってたエントリアルだが話は通じなかったが良い連中だったよ。ジェスチャーによるコミュニケーションが成功して大粒の真珠を貰ったわ。
ま、ローゼンパームへの戻り方はわかんなかったけどな。マジでここどこだよ。
情報収集は不発。仕方なく街を出て丘の向こうにある湖へ。
湖には何と驚いたことに古代魔法文明っぽい遺跡がある。湖に浮かぶ高層ビル群だ。つまりはこの湖は水没した古代遺跡そのものなんだ。そしてこの湖こそがルクレイン・ストチル大同盟の拠点なのである。
本部ビルへと往く渡し舟のところには四人の見張りがいる。
「おう、戻ったぜ」
「「おかえりなさいビッグボス!」」
ビッグボスって誰だってか。俺だ。
お腹ぺこぺこで座り込んでた連中をまとめあげて組織にした。毎日食事ドロすんの面倒だから大勢集めて当番制にした。もちろん市場を仕切ってたマフィアにも話はつけてある。どんな話かはナイショだ。俺の評判が下落しそうだからだ。
もちろんビッグボスは手ぶらじゃ帰らない。さっき町の外で見かけたでけえオークをお持ち帰りさ。
「大物を仕留めたんだ。みんなで食えよ」
「エッッッ! オーク食うんスか!?」
え、食わないの?
「けっこう美味いと思うんだが食わないの?」
「こ…言葉しゃべる奴はちょっと……」
え、しゃべんの?
捕獲したオークを改めて確認する。ぐったりしているオークは一応衣類っぽいハーフパンツで股間を隠している。性器を隠す知能はありそうだ。
「一般的に食うと思ったけどこっちだと食わないの?」
おいコラ、ビッグボスを前にしてどん引きすんな。
「やべえ、やっぱビッグボスやべえよ」
「すごい田舎から来たんだろうな。オーク食うとかどんな魔境だよ……」
「失礼な事を言うな! ビッグボスは戦士の中の戦士だから倒した奴は食うんだ!」
いや、食わないなら食わないでいいから。
気絶してるオークにケリを入れて起こす。一目散に逃げていったぜ。けっこう美味いのになあ。
この後ビッグボスは人でも何でも食うという噂が流れて組織の忠誠心が恐怖寄りで増すのだが俺は無実だ。
水面を蹴って本部ビルに戻る。構成員84人のストチル同盟のナンバー2であるカインが出迎えてくれたぜ。なんでナンバー2かって言うと俺の偏見。同盟ではビッグボスのお気に入りが上にいくクソシステムを採用している。ハニトラ歓迎だぞ。体を使って成り上りたいっていう女の子は大歓迎だ。
「どうだった?」
「外れ。どうも俺の知ってる地域とは全然別みたいだ」
「そうなんだ。そうなるとキミがどうやってここに来たかが謎になるけど」
「酔ってたからわかんねえ……」
酔って空間転移でもした可能性も微レ存。調子こいて俺の秘儀を見せてやるぜ的なノリでやりそうな自分が怖い。
まぁこっちはぼちぼち調べればいい。毎日港に行って新しい船に聞いてればそのうちイルスローゼの行き方知ってる船乗りに出会えるだろ。
俺が情報収集している間にこいつらには仕事を命じてある。
「カイン、そっちはどうだった?」
「色々見つけたよ。まぁ何に使う物かはわからない物ばかりだけど」
カインの案内で拠点ビルの二つ下のフロアへ行く。そこには小山って程度にこんもりと遺物が積み重なっている。この水没都市を回らせて集めさせた古代魔法文明の遺物だ。
こんなに町から近い場所にある遺跡なので期待してなかったけど、けっこうあるもんだな。わかりやすい武器みたいな物は無いが通信端末のような物や謎の機械が大量だ。
「そんなのどうするの?」
「知らないのか、こいつらはけっこうな金になるんだぜ」
とりあえず一つ一つ確認していく。端末系から動作確認してみるが全部反応なし。使える奴はもうとっくに誰かが盗掘済みでスクラップだけ放置されてる感じだな。まぁ風化していない時点で奇跡みたいなもんだが。
スクラップは分けておいておく。ルルや伯爵なら修理できるかもしれんが俺には難しい。配線くらいなら部品交換でどうにかなるので後回しだ。
おっ、こいつは動くぞ。
呪力を注入すると七つの丸い輪っかが自動的に立ち上がって風を吐き出し始めた。
「なにそれ?」
「エア・サーキュレーターだな」
「なにそれ」
単体だと役に立たない奴。
小一時間かけて小山を選別し終えた。成果はエア・サーキュレーター一個。ゴミのような物ばかりだが船賃くらいにはなるかもな。
やはり他人任せはよくない。ビッグボスの仕事を見せてやるか。
「俺も潜ってくる。日暮れまでには戻る」
「待って! あたしも行く!」
お、リザが珍しく自己主張だ。背中まで伸びる金髪をミサンガみたいな紐でまとめて潜水準備してる。
「じゃあ一緒に行こう。つか泳げるのか?」
「大丈夫、これでも船乗りの娘だし」
じゃあ問題ないな。窓ガラスのない窓から飛び降りて水面へ。そのまま潜水する。
水没した都市遺跡だ。地上から入れる高層ビル群よりも水の中の方が調査は難しい。つまりお宝が眠っている可能性はビルよりは高いはずだ。
遅れて飛び込んできたリザに指で方向を指示。さらに深く潜っていく。……しかしこっちの人はなぜ下着を纏わないのか。ケシカラン文化すぎてグッジョブ。
短パンの俺と全裸のリザで水底の水没都市を目指す。水深は40m程度かな。
古代のハイウェイが為したアーチを潜って水底の泥に埋まった水没都市を巡る。水底を軽くすくった感じかなり堆積している。今見えている建物も四階とか五階っぽいな。こりゃ簡単にいかねーわ。逆にこの泥をどうにかすればお宝ヒットしそうだけど。
そういえばと思ってリザへと振り返る。かなり辛そうな顔をしていたので指を上に向けて一旦水上へと浮上する。
「ぷはっ! はー……! はー……!」
「よし、ちょいと休憩。呼吸を整えてろよ」
「うん!」
元気があってよろしい。ストチルは大変なので元気がないと何もできないのだ。
俺は俺で指先に魔法力を集める。ファウスト兄貴の得意技だ、今ならできるだろ。
「収束、捻転、渦を巻け、嵐をこの手に」
指先に渦巻く圧縮した小さな竜巻。何かと捻りがちな魔法文言はレッテルを張り付けることで強化もできるが実際にやろうと思えば短縮呪文でも問題ない。強力な魔物の魔法抵抗力をぶち抜くつもりでもなければね。
人差し指に込めた竜巻を解き放つ名前は決まっている。イメージするのはファウスト兄貴の強大なちからと、それが引き起こす現実改変の結果。
「穿て―――ドライヤード・フィクス」
水中へと解き放った竜巻が巨大な水柱を立ち上げる。
これで泥に沈んだ未踏破エリアにもいけるな。リザも驚いてるぜ。
「すごい……」
「もっと褒めていいぞ!」
「ビッグボスすごい!」
少女からの名声が俺を強くする。もっと褒めたまえ。
おや……
水質の様子が……
「水が濁っちゃったね。これ水中でも見えるの?」
「見えねえ」
水底に数メートル単位で堆積した泥を竜巻で攪拌したんだ。そりゃ綺麗な水も濁るわ。
リザがじーっと俺を見つめている。ビッグボスの判断待ちだ。
「本日の調査は終了です」
「そうだね。これじゃあね」
少女からの落胆が心に刺さるぜ。その場のノリでどうにかしようって浅はかなアイデアはよくないね。
◇◇◇◇◇◇
濁った水質は二日経っても戻らなかった。
三日目の夜、月を浴びる水面をじぃっと見つめていると水質に改善が見られた。今ならいけるか?
「リリウス」
振り返ればリザが立っていた。ベージュのワンピースをうんしょと脱いで、高層ビルの屋上に畳んで置くシーンだ。
「行くんでしょ」
「当然」
水没都市の再調査だ。
水質はまだ悪い。加えて夜だ、お世辞にも視界がいいとは言い難いがせっかく泥が引いたこの瞬間を見逃すつもりはない。朝を待ってまた泥が戻っているなんてごめんだ。
だから今回は最初から手を打っておく。リザの腰に手をやり二人分の空気の結界を纏う。
「すごい。でもこんなことができるなら最初から……」
「すまん」
すまん、ビッグボスはそんなに頭が良くないんだ。ナイショだぞっと。
空気の膜を纏って高層ビルから垂直に落下していく。柔らかな水音を立てて入水し、水没都市を目指して落ちていく。
ほんの二分で水底に到着。やはり泥は引いている。不思議な材質でできた道路が見えるのがその証拠だ。
都市一個分の遺跡だ。外観から判断して良さそうな場所に絞るべきだ。
濁った景色の町を歩いていく。空気を纏っているので時間制限はなし。強いて言えば泥が戻るまで。
「綺麗な街だね」
「そうだね。パカは馬鹿な文明だったけど高い技術があったのは確かだよ」
「ば…馬鹿なんだ」
「そう、馬鹿なんだよあいつら」
アルザイン事件に次元ゲート事件。自ら滅びを招いて本当に滅びていった馬鹿な文明だ。とはいえパカを笑えるやつなんていやしないさ。地球だっていつか核で滅びるはずだ。薄氷のような平和を破壊する馬鹿一人現れて最終戦争のボタンを押すまでは笑うだろうけどね。
水没都市を歩いていると妙な建物を見つけた。官庁のような大きい建物。敷地内には幾つもの装甲車両。まさか……
「まさか都市警察か何かの官舎か! 本物のお宝じゃねーか!」
「すごい! お宝なの!?」
「俺の予想通りなら高値のつく物がゴロゴロ転がってるぜ」
都市警察に突入する。侵入者を排除する警備機能が生きてる展開はやめろよ。
エントランスから入って地下の階段へ。大事な物は地下にあるもんだ。
闇を照らし出す灯火の魔法で通路を照らし出し、目的の文字を探す。見つけた。
「備品管理室。まぁダイレクトではないが十分ありだな」
「読めるの?」
「勉強したんだ」
室内は濁りが強い。いったい何が分解された水なのやら。立ち並ぶロッカーは無視して奥のカウンターへ。サイドにある扉を蹴破ってさらに奥へ。ビンゴだ。
ガンハンガーに一本一本かけられた一つを掴み取る。タンパク質の変化した泥のこびりついた一刀から泥を払い落とすとお宝が出てきた。
「ユノ・ザリッガー、やはりあったか!」
「武器ってことは高く売れるんだよね!」
「売れる」
市内のストチルみんなが人生遊んで暮らせる超高額商品だ。
このハンガーにあるのが全部ユノ・ザリッガーか! 袋はどこだ? 全部持ち帰らなきゃ!
「袋を探せ、こいつら全部持ち帰るぞ! ……おい、どうした?」
リザが寒そうに震えている。唇も真っ青だ。風邪?
「大丈夫なやつか、もう少し耐えられるか?」
「わかんない。寒いのは大丈夫、でも息苦しいのは……」
あ、酸欠か。
自分が平気なせいで気づかなかった。俺のこの美ショタの肉体は呼吸が要らないんだ。エントリアルと交渉してる時に気づいたけど酸素も何も不要なんだ。試すつもりはないけどたぶん飲食も不要だと思う。慣れたらの話だ。
急いで浮上せにゃ!
「リザ、嫌だったら後で怒れよ」
「うん?」
人工呼吸のために彼女の唇を塞ぐ。最初は驚きに目を見開いたリザがゆっくりと目を閉じて、身を任せるみたいに……
ちゃうねん。いやイイワケはどうでもいい。早く浮上しねえと。
リザを抱いたまま……いや! 地上の空気だけをこの部屋に持ってくる。空間転移の応用だ、できないってことはないはずだ。魔法は万能のちからだ。術者の発想が追いつくなら何だってできる。
お宝もリザもどちらも諦めない。女は愛嬌! 男はド根性じゃああ!
成功。爆発するみたいに広がっていく空気が室内の水を押しのけていくぜ。へっ、自分でやっといて何だがこの空気普通に吸って平気なやつか不安で仕方ないぜ。
唇を離す。なんでちょっと残念そうな顔してんの? これが噂に聞くイケメン無罪ですか?
「リザ、もういいよ、空気吸っていいから」
「うん。ねえ、いまのは?」
「酸欠っぽいから地上から空気を持ってきた。あー、俺達には酸素が必要なの。でも必要なのは酸素だけじゃなくて色々必要だから酸素だけ生み出すんじゃなくて地上から空気を持ってきたわけで……」
改めて説明しようとすると舌が絡まるな。すらすら出てくる理科教師すげえわ。慣れか。
「まぁ詳しい話は後日ね。さぁて、袋を探さないと……」
水の引いた備品保管室で袋を探そう。宝箱でもいいぞ。
何かないかな~~~?
「行かないで!」
「え、ちょっと奥を見に行くだけですぐ戻るよ?」
「ちがうの、そうじゃない、ローゼンパームってところに行くんでしょ」
あぁそういうことか。
「それ高く売れちゃうんだよね。そしたら旅費が貯まっちゃうんだよね」
「心配すんなって。俺がいなくてもストチル同盟がやっていけるようにきちんとしてから行くつもりだから」
「そうじゃない!」
突然のタックル! 下剋上か!? ……なんて勘違いするほど馬鹿じゃねえつもりだよ。
そうか、これがイケメン効果か……
「行かないで。リリウスがいなくなるなんてそんなのヤダよ……」
「すまない」
「なんで……? あたし達が嫌いだから?」
「そんなわけねーよ。好感度が落ちそうだが俺は嫌いな奴なら指一本動かさない男だぜ。リザもカインも好きだよ。大好きだ」
「だ…大好きなんだ」
リザに戸惑いが窺える。どうやら大好きまでは予想してなかったらしい。
だろうな、俺も勢いで言ったわ。マジな話勢いとノリで生きてる俺はそのうちノリで結婚したりノリで一児のパパになったりすると思う。……すでにパパだったわ。
ヤンキーって早婚だよね。冒険者ってね、そういう感じなんだよ。
俺の背中から回したリザの腕がぎゅっと強くなる。
「大好きなら一緒にいようよ。あたしだけじゃないよ、兄さんもリリウスと別れたくないんだよ……」
「ごめん」
「どうしてぇ?」
「あっちに仲間を残している」
「あたし達よりも大事な?」
「……」
超答えにくいです。
でも答えにくいってことはそういう事なんだよな。何だかんだで寂しがり屋のフェイとかクソ面倒なカトリとかさ、あいつらを誰かと比べたことなんてないけど、それは比べる必要なんてないくらい大切って意味なんだよ。
「なあリザ、別にこれが今生の別れってわけじゃないんだ。生きてればいつか会えるし……」
「いつかっていつ?」
注意、女の子に曖昧な逃げは通用しません。
男性がロマンを追う生き物なら女性は地に足ついたリアリストなのである。
「じゃあさ、一緒に来る?」
「いいの?」
俺は女心がわからない野郎だけどさ、いまリザがどんな顔をしているくらいはわかるつもりだ。
「歓迎するよ。あっちにはリザが見たこともないような大冒険がたくさんあるんだぜ。竜の谷って知ってる? 知らないか。この遺跡を作った文明の連中がまだ住んでるんだぜ」
「そんなところがあるんだ。リリウスも行ったの?」
「じつは最近行って帰ってきたのさ」
この夜、俺とリザはまだ見ぬ大冒険について語り合った。
背中を合わせて手をつないだままずっと……
◇◇◇◇◇◇
明かりを抑えたバーに響いた歌姫の声は情動的で、食事客はグラスを傾けるのも忘れて聞き惚れている。
レベッカ・カウフマンはベテランの歌姫だ。彼女がこのレストランを開いたのは二十代の初めで、最初の夫はルクレインと近海の小島を行き来する船主だった。幸せな日々は一年と少しだけ。最初の夫は嵐の日に出かけてそれきり帰って来なかった。
二人目の夫は威勢だけはいい若い船商人。小憎たらしいハンサム気取りの若い夫はある日、ルクレインの市場の端っこでボロ布みたいになって見つかった。
だからレベッカの歌は強く情念深く人を惹きつける。そろそろ四十に近づこうという今日が一番美しい。それがこのレストランのオーナー歌手レベッカという女だ。
愛しのレベッカの歌声は二階まで届いている。ここには一階に出入りしている普通の客とは少し変わったお客さんがたむろしている。昔馴染みの良い客だけど一階に招いては他のお客さんの迷惑になるということでレベッカが特別に用意した二階席。
ここはルクレイン・マフィアの指定席だ。
交易都市ルクレインという一つのケーキに群がる五つのマフィアのボスは、中立地帯であるレベッカのリストランテに集まってとある議題について話し合っている。
「耳長の小僧めにしてやられおって!」
「フェリッシモ・ファミリアも落ちたものだ!」
最近ルクレインに生意気なクソガキが移り住んできた。リリウス・マクローエンとかいう耳長族のクソガキだ。
こいつはほんの数日の間に市内のガキどもを組織化してマフィアとも呼べないゴロツキ集団に仕立て上げたのみならず、フェリッシモ・ファミリアのテリトリーで好き放題している。
これに腹を立てたのはフェリッシモ一家とは敵対関係にあるはずのピッキオ一家やダドリー一家などの四マフィアだ。ルクレインには秩序がある。盗みをしでかした野郎には制裁を。殺人者には制裁を。つまりは五つのマフィアこそがルクレインの司法であるのだ。
しかし罪人リリウスは罰も受けずに大手を振って歩いている。これが良くない。
フェリッシモ一家と揉めたにも関わらずのうのうと歩いてる馬鹿がいるせいで他の市場まで治安が乱れてきた。泥棒や強盗の件数が増しているのだ。四マフィアはこれに怒っているのだ。
「フェリッシモ! いつまであの小僧をのさばらせておくつもりだ! てめえがイモ引くってんなら俺らに殺らせろ!」
恫喝を浴びた、まるまる太った巨漢が俯いた面からギロリと睨みあげる。血風のフェリッシモの名は伊達ではない鋭い眼光だ。
「てめえらに殺れんのか?」
「ああ!? ガキ一匹ぶっ殺すくらい簡単だろうが! 何舐めたこと抜かしてんだラァ!」
「ガキ一匹、俺もそう思ってたさ……」
血風のフェリッシモはズキンと痛むケツの痛みを思い出しながらグラスを煽る。
嫌な痛みだ。嫌な記憶だ。フェリッシモ一家はすでに完全敗北している。たった一匹で乗り込んできた年端もいかぬ耳長族の若造にコテンパンにのされ、ケツを開発されてしまった。
泣く子も黙るフェリッシモ一家もいまや全員おむつ付きだ。情けないったらありゃしない。威勢なんて張れる心境じゃねえ。だが……
「奴は強いぞ。あれは魔法使いだ」
「厄介な。てめえがイモ引いた理由はそれか」
この時代に魔導師なんて職業は存在しない。するのは神々の魔法を操る魔法使いだけだ。
現代のように簡略化された魔法なんて存在しない。魔法使いと呼ばれる者どもは=魔導王と呼ばれるべき異常な才能の持ち主だけだ。
この時代において魔法使いと呼ばれる者どもは王にも等しい存在なのだ。
威勢のよかったマフィアのボスどもが一様に押し黙る。ガキ一匹ぶち殺すだけの楽な仕事だと考えていたが……
「あの御方に出ていただくしかないと思うがどうだ?」
「異存はない」
「だが我らが価値を低く見られやしないか。下手をすればあの御方の手でお役御免を言い渡されるぞ」
「ならお前が魔法使いと殺し合うか。フェリッシモ、小僧とはやったんだろ? どんな技を使う?」
「わからん」
フェリッシモが首を振る。気色ばむボスどもだが、フェリッシモの様子の尋常じゃなさに逆に身震いするような悪寒を感じる。
「わからんとはどういう意味だ」
「わからん。わからんのだ。俺にはあの小僧が何をしたかさっぱりわからなかったんだ。うちの腕自慢の先生も子分どもも何もできずにケツを蹂躙された……」
ボスどもが一斉に気づいた。そういえばフェリッシモの野郎、椅子にクッション敷いてやがる!
(やべえ、ゲイの魔法使いなんか絶対にやり合いたくねえぞ)
(犯り合いになっちまう。そいつは勘弁だ)
(どおりで野郎ショボくれてやがると思ったぜ。ケツを掘られたか……)
以前はどっしりした威厳ある大親分だったフェリッシモがハハハと乾いた笑いをする。誰も笑ってやれなかった。
「あぁ一個だけ言えるぜ。野郎トンデモねえサディストだ、やるなら気をつけるんだな」
「お…おう、そうか」
「大変だったな」
もうみんなそういう目でしか見れない。ドSのショタにカマを掘られたオカマ野郎だ。
みんながフェリッシモに生温かい眼差しを送る。フェリッシモ自身は知るよしもないが彼のマフィア人生はこの瞬間に終わった。ガキにカマ掘られた情けない野郎に誰が仕事を任せるってんだ。
ピッキオの親分がどでかいため息と共に決を採る。
「あの御方に出張ってもらう。異存はねえな?」
異を唱える者はいなかった。
◇◇◇◇◇◇
夜が明けて拠点に戻ると誰もいなかった。
構成員84が寝泊りしているはずの拠点はもぬけの空。というと語弊があるな。一人だけ残っている。プロレスラーのような体格のでけえおっさんがビッグボス専用の玉座に腰かけている。
玉座と言ったが廃ビルに残ってた普通の金属テーブルだ。うちの組織には椅子を買う余裕がねえんだ。
「よおリリウス、待ちくたびれたぜ」
「フェリッシモさんか。根性あるじゃん、十分に心をへし折ってやったつもりだったから驚いたよ」
目にも留まらぬ速度で背後に回っておもっくそ後頭部を蹴ってやる。顔から床に激突したフェリッシモの首横にワンダリングブレードを放つ。床に穿った一直線の亀裂は脅しだ。
「まさか俺の警告を無視するとはいい根性してんじゃん。全殺しは覚悟しているんだろうなぁ?」
「まままま待て、やりあうつもりはない! 本当だ!」
そっこーヒヨるじゃんよ。
一瞬だけ出した大物感が秒で死んでやがる。
「というかだな、普通最初はあいつらはどうしたとか安否を尋ねないか?」
「うるせえ、マフィアとの交渉はどっちがクレイジーかを決める限界バトルだろうが! さあやろうぜ、互いのイカレ具合を懸けての命懸けの勝負を!」
「お前がクレイジーなのはもうとっくにわかってんだよ! 今更どっちが上か決める必要もないほど刻み込まれてるわ!」
俺は取り合わずに拾ってきたばかりのユノ・ザリッガーをブンブン振る。試し斬りにはちょうどいいな。
「おい、気になるだろ。仲間達の安否だぞ、気になるよな!」
俺は無言でフェリッシモに近づいていく。
フェリッシモはなぜかケツを押さえながら後退っていく。
「来るな。来んな! 仲間なら無事だ! 俺の指示に従えばちゃんと解放してやる。だから来るなあああ!」
「フェリッシモさんよ、あんた面白い勘違いしてるよ」
「なっ、何がだ!」
「命令するのは俺。ペコペコすんのはお前」
基本だ。弱い方が従う。
こいつは社会のルールだ。王様に従う理由は何だ? 王様が軍を抱えているからだ。
王様が法律を作る理由は何だ? 反逆されたくないからだ。だから刑罰を作り違反する者に苦しみを与える。見世物なんだ。
で、こいつが本題だ。俺は第二のフェリッシモを生み出さないようにするためにどれだけ丁寧にこいつは破壊しなきゃいけない?
こいつを懇々と説明してやるとフェリッシモの顔色が青ざめていく。よかった。想像力があるなら救いもあるだろうぜ。本気で理解できない馬鹿がこの場凌ぎの命乞いを繰り返すだけなら、そいつは殺してやる以外の選択肢がないって告白に等しい。
「お前は俺の機嫌を損ねちゃいけないのにこれに反した。どんな目に遭うのかわかっていたくせにやっちまった。俺という王様に反逆をした」
「……お前もしかしてわかっててクレイジーのフリしていたのか?」
このあとフェリッシモはひどい目に遭った。
そしてルクレイン市街地。葉っぱ一枚で股間を隠すフェリッシモとのお散歩タイムが始まる。
俺のいなくなった後のストチル同盟のその後を考えると徹底的に心を折る必要がある。
犬みたいにリードを付けられて真昼の市内を歩かされた過去を持つマフィアの大親分だ。もうこいつには誰も従わない。だがフェリッシモ一家を壊滅もさせない。
うまくいくかは謎だが、それもこれもまずは仲間達を救出してからだ。
「フェリッシモさんよ、何だか良い感じの市街地だが本当にこっちでいいのかい?」
「葉っぱ一枚の俺が無駄な寄り道をしていると思うのかよ」
そりゃそうだ。
「王様と言ったな?」
「言ったぜ、俺がルクレインの王様だ」
キングリリウス爆誕である。
「何も知らないガキが吠えやがるぜ。この町を誰が支配しているかも知らずによくもまあ……」
「俺の他にもキングがいるのか。誰だよ」
「すぐにわかる。お前を呼び出している御方こそがこの町の支配者だ」
「ガキどもを人質に取る支配者か、小物くせえな」
「お前は確かに強い。だがあの御方には敵わない。敵うわけがねえんだ。……着いたぞ」
フェリッシモが顎をしゃくる。
何ともド派手な建物だ。ピラミッドだ。黄金のピラミッドだ。
お、俺この建物知ってる……
「アシェラ黄金神殿だこれ……」
「え、アシェラ?」
「さあ来い、あの御方はこの中だ」
リザが思わぬ食いつきを見せ、フェリッシモがついてこいとばかりにピラミッドへと歩いていく。
ピラミッドの中には熱狂が渦巻いている。
大勢の悲鳴が、勝鬨が、絶望と悲しみが渦巻いている。という難解な表現をしてからのここカジノやんけ。
ピラミッドの中はカジノだったよ! 何を言ってるかわかんないと思うけどカジノだったんだ! あの御方ってまさかカジノ王か!?
マフィアの親玉がカジノ王。何の違和感もねーな。
ピラミッドの中では黄金のでけえ彫像二体に囲まれるTHE悪徳商人っぽいデブのおっさんが俺を待ち構えていた。これは悪いカジノ王ですねえ。
「ゲススス! ワシの町で暴れているクソガキとはお前か!」
え、笑い声がゲスなの?
フリーザ様みたいな声しやがって。キャラに合いすぎだろ。
「ほほぅ、よく見ればハイエルンではないか。いったいどこの氏族だ?」
「ただのハグレ者さ。俺に用があるっていうおたくは何者だい?」
カジノ王がゲスく笑う。脂肪が超ぶるんぶるんしてるぜ。
「ゲススス! 生意気な小僧め、ワシの名を知りたいか? よかろう!」
ゲス王が空間転移!
奇襲を警戒したがちがった。カジノの奥にある二階席に移動しただけだわ。ゲス王が色とりどりの宝石をはめ込んだ指輪を装着した五指をわきわきさせて、言い放つのである。
「ワシの名はゼニゲバ! このルクレインの支配者である!」
ちくしょう! 名前までキャラに合ってる!
ゼニゲバがその辺の紐を引く。すると黄金のゼニゲバ像から炎が噴き出した。……何の害もないところを見ると演出らしいな。なんだこいつ?
「リリウス・マクローエン、お前に神の試練を与えよう。ゲススス!」
え、お前神様なん?
カジノには大勢いるのに誰も驚いてない。疑う素振りもない。え、マジなん?




