マクローエンの政変
親父殿の話によれば帝国最貧困のマクローエン領で政変が起きたらしい。クッソどうでもいい! 欲しい奴がいたらあげちゃえよ!
税収がマイナスとかいうクッソ貧乏な領地だぜ。親父殿とラキウス兄貴の稼ぎでどうにか暮らしている超貧乏ド田舎だぞ。もうみんなバイエル辺境伯領に引っ越せよ!
という俺の戸惑いは一旦放置。
政変っていうか領主が次男のファウスト兄貴に変わっただけだ。何が政変だよ。
ある日ファウスト兄貴が親父殿にこう言ったそうな。
『父上、領主の座を私にください』
『苦労ばかりが多い責務だぞ。いや、お前が知らないはずがないか。お前が抱える継承子としての唯一の欠点も当然知っているはずだな?』
『それについては考えがあります』
『ならば俺から言えることはない。お前なら良い領主になれるはずだ。不甲斐ない父ではあるがお前と領地の繁栄を祈っている』
こうしてファウスト兄貴が内々にではあるがマクローエン男爵を継承するのであった。
内々ってのは帝国貴族院にはまだ認められていないという意味であり、貴族院が定める継承則を満たしていないという事情もある。
貴族院が明文化する、帝国貴族の当主となるには幾つか条件がある。
まずは帝都の騎士学院に通い卒業後に騎士団での軍役を一年以上という条件だ。
貴族家の長ともなれば今後生まれる息子や娘の嫁ぎ先の世話もある。騎士学院は他家との交流場所として最適であり、ここで友人を作って顔を広めろよってわけだ。
裏の事情もあるがそこは追々でいいだろ。実際は貴族家の造反防止という政策の一環なんだ。
ファウスト兄貴は病気がちという事もあり騎士学院には通っていない。
これが兄貴が抱える貴公子として唯一の汚点だ。
領主の地位を降りた親父殿と義母はとりあえずは兄貴の奮闘を見守ろうと決めてセルジリアまで降ったらしい。義母はセルジリア家お抱えの財務官に就職して親父殿はニート生活。クズすぎる。
領主を継いだファウスト兄貴だが突如帝国に牙を剥いたそうな。
『マクローエンは帝国から独立する! 異を唱える者がいれば剣を手に私を討ち取るがいい!』
誰こいつ?
俺の知ってるファウスト兄貴はコツコツ堅実派の、地味だけど安定感のある男だったのに勇敢すぎるだろ。ちなみに貴族家の造反は歴史的に見るとわりとある。成功例もよく見かける。何とか公国とかそんな成り立ちだよね。トライブ七都市同盟も成り立ちで言えばジベールから独立したわけだし。
ファウストの独立宣言を受けた帝国は別に激震はしなかった。呼応して立ち上がる他家もいないマジの単独犯だからだ。普通独立宣言出すときって事前に根回しして複数の家が立つ大規模な造反になるんだ。
貴族院は失笑した。中央を知らない地方の若い領主の愚かな思い上がりだと馬鹿にして、帝国騎士団に造反鎮圧を要請、マクローエン領の鎮圧に差し向けられたのはたった三個中隊であった。
しかしファウスト兄貴はこれを殲滅。うん、ファウストならできるんだ。俺も家を出るまで気づかなかったけどマクローエン家の武力は異常数値だからね。
行軍中の隙を突けるなら神話級魔法で遠間から殲滅できるんだ。
第一陣の殲滅で貴族院のみなさんもようやく気づいたらしい。
ファウスト・マクローエンめっさ強くね?って事実にだ。
で、今度はラキウス兄貴に要請がいって弟を説得してこいって話になったんだ。ラキウス兄貴は帰らぬ人となり、随員として同行させたエース級の騎士も当然帰って来ない。
これに怒ったのがタカ派で知られるザクセン公だ。
『帝国騎士団の不甲斐なさには呆れて物も言えぬ! たかが地方の男爵家など一息で蹴散らさぬか!』
ザクセン公騎士団一万がマクローエン目指して進軍開始。アパム連峰を避けて北回りの進路でマクローエン領に入ったそうな。
これが瞬く間に壊滅。騎士団出向の観戦武官の報告によればたった13人の女騎士と使役する精霊獣20頭に敗れたそうな。
違和感しかないな。俺が太陽の英雄になるくらいの違和感だ。あ、信じられそう!
この辺りも中々に信じがたい情報だが親父殿の話で俺が懸念を抱いたのはそこではない。ファウスト兄貴が俺がステルスコートを手に入れた魔王の遺跡から禍々しい黒い剣を持ち帰ったという話だ。
今年四月の夜の再誕。あれの影響でライアードの呪具は活性化して所有者を食い殺そうとした。もしファウスト兄貴が持ち帰ったという剣が夜の魔王の呪具なら兄貴も食い殺されていておかしくない。
いや、兄貴が独立なんて言い出した時点でかなり変だ。呪具にとっくに乗っ取られているのかもしれない。
帝国貴族院は断固マクローエンを討ち取るべきだ!と紛糾する。議長のバートランド公とセルジリア伯が対話を呼び掛ける派であり、先の戦いに敗れたザクセン公派閥は一歩も引かぬ泥仕合に陥った。
そんな時にファウストから手紙が届いたそうな。
『帝国へと恭順する意思がある。しかし当家の扱いは変えてほしい』
という手紙だ。どうやら兄貴はマクローエン男爵家をマクローエン辺境伯にしてほしいらしい。貴族院のみなさんは頭上に???って感じだったそうな。
さすがの貴族院にもこの権限は存在しない。なので帝国皇室にマクローエン男爵家を辺境伯家にしてやってよってお願いしにいったら宰相のベルドールから二つ返事のオッケーが出るという謎の事態。
親父殿とバートランド公の見解だが事前に宰相と密約を結んでいた可能性が高いそうな。
こうしてマクローエンは辺境伯領になったらしい。かなりの人数と死者が出たのにこの結末だ。ラキウス兄貴も行方不明なままだ。
「てゆーかみなさんこんな大事件放置してイルスローゼまで来たんですか……? 親父殿はまずファウストを説得してこいよ」
「お前の方が適任だと思ったんだよ。お前のコートならどこにだって忍び込めるだろ」
「なるほど、となると俺への依頼は……」
ファウストの身辺調査とラキウス兄貴の救出か。
面白い、やってやろうじゃん!
という事でクランハウスの俺の部屋に走る。ミニ・アシェラに相談だ。
マジな話するとだ、俺はこの世界で夜の剣って言葉を聞いた事がないんだ。時の大神からもアシェラからも誰からも夜の剣なんて呪具があるって聞いてないんだ。
じゃあファウスト兄貴が持ち帰った黒い剣の正体は何だ?
「アシェラー、アシェラー!」
ドバン!
自室に突入する。おかしいな、机の上にミニ・アシェラがいない。
等身がドラえもんのアシェラの分霊がいない。まぁあいつ歩くしどっかほっつき歩いてるんだろ。
仕方ないのでステルスコートを持っていく。陰干しを終えたらブラシをかけてやらにゃ。ヴォーパルラビットの冬毛から作った最高級のブラシだ。
「はいはいステ子ちゃんはブラシ掛けしましょうねー」
「いつもありがとね!」
いま……
声がしたような……?




