極致魔法『風の遍歴』④ 英雄二人
新緑の公園で親子がガチの殺し合いをやっている。
吹き荒れる風の魔法力が形成するゾーンを稲妻のように飛び回る二人の姿は常人には黒い影とさえ眼に映らない。破壊の音だけが聞こえるのみだ。
両者の激突を見守るセルジリア伯バランジットは戦鬼がごとき笑みを浮かべている。
「ここまでかッ! リリウス君はここまで強くなったか!」
彼のことは幼い頃から知っている。初めて会ったのはマクローエンの屋敷で、何だか元気のない暗い顔ばかりする少年だと思った。聞けば男爵家に馴染めていないとか。無理もない、平民から貴族の家に引き取られたのであれば周囲の辺りもきつかろうと憐れみを抱いたものだ。
次に会ったのは帝都で彼は七歳だった。以前とは打って変わって元気な姿を見せてくれた。じつはあの時はバランジットからの提案でリリウス君をバートランド家に預けてはどうかという大人同士のやり取りがあり、ロザリアが気に入ればそうなる運びであった。
しかし彼は以前とはちがい溌剌としていた。子供ながらに口もうまいし愛嬌もある。ロザリア嬢もすっかり気に入ってしまった。どうも俺の取り越し苦労だったかとバランジットも思ったものだ。
風の噂に聞こえてくるリリウス君はいつも元気いっぱいだった。毎日のように屋敷を飛び出して野山で魔物狩りをしているらしい。そんな彼がセルジリアの聖銀武器を発注したと聞き、こっそりお抱えの鍛冶師に依頼を出して良い短刀をあげたりもした。
三度目はラタトナ離宮での再会。彼はやっぱり元気いっぱいで強く頼もしく育っていた。
冒険者になると聞いて心配もしたがほんの数年でSランク昇格。やはり鷹の子は鷹なんだなあと彼の出世を喜んだものだ。
そして今あの時の暗い顔をした少年がじつの父を倒そうとしている。あのファウル・マクローエンを、帝国最強と呼ばれた男を倒そうとしているのだ。
バランジットは肌が泡立つのを感じている。
あの激闘を目撃している息子が言う。
「ねえパパ、やっぱりファウル様はまだ手加減をしてたりするの?」
「馬鹿を言うもんじゃない。全力だ、全力で抗っているところだ」
どうやら息子には彼らのバトルが見えていないようだ。だが仕方ない、バランジットでさえ微かな影をようやく捉えられるレベルの超速戦闘だ。知覚拡張系の強化を施したとてハッキリ見えるとは言えまい。
あの風のフィールドではリリウスがファウルを完全に押し込んでいる。
全力を出した最強の男でさえ彼の速度に圧倒されている。彼の一撃は竜の爪だ、受けに回れば一瞬でひき肉にされる。彼の技は変幻自在だ、放てば必ずファウルに傷を負わせる。おそらくは手加減をされている。でなくてはファウルがまだ生きている理由が不明にすぎる。
バイエルの娘がどうでもよさそうな声音で父に言う。
「ふぅん、下賤の割に動けるのね。ねえパパ、あの子どのくらいの強さなの?」
「わからん。私ごときでは彼の力量を測ることなどできんのだ……」
バイエル辺境伯は困惑に満ちた顔でポマードで固めた頭をがしがしやっている。
「凄まじいなリリウス君は。あのファウルを完全に抑え込んでなお余裕がある」
「手加減なされているのでしょう?」
「そんなわけがあるか。あんなに必死なファウルの姿など何度も見たことがあるわけではないぞ!」
「ですがファウル様は騎士団長に一番近い男とまで言われた御方だと……」
「彼はそんな男を圧倒しているのだ!」
辺境伯に怒鳴りつけられたシャルロッテがビクリと身を震わせる。父に怒鳴られるのはよくあることだが今回のは質がちがう。説教ではない、もっと大切なことを伝えようとしているのだ。
凄まじいちからで娘の肩を抱く辺境伯の眼は狂おしいまでにあの決闘に注がれている。
「よく見ておきなさい、あれが真に英雄と呼ばれる男達の戦いだ。木っ端騎士などあの戦いに割って入ることもできん。あれこそが最強と呼ばれる男たちの戦いなのだ」
決闘の場にて、ファウルが渾身の必殺技を放つ。
魔剣による突きと共に解き放った最大威力の風のレーザービームはすべてを破砕する嵐を凝縮したものだ。人体に当たれば瞬時に弾け飛び肉片をばら撒くものだ。
「魔法反射!」
必殺技を放ったはずのファウルの左腕が弾け飛ぶ。
この場にいる誰もが今リリウスが何をしたか?など理解できまい。痛みにうめくファウルでさえ理解できていない。
だがファウルは仕掛ける。仕掛けるしかない。この出血量だ、時を重ねれば敗北は必至。今仕掛けねば勝機はない!
「ラタトゥーザよ、尽きぬ風を此処に!」
「やらせるか!」
風と闇の魔法力が膨れ上がる。
魔剣ラタトゥーザを起点に魔法力が煌めく乱舞となって風に乗る。魔剣が震えている……
「ラタトゥーザの制御権を奪わせてもらうぞ!」
「リリウスぁぁあああああ!」
闇の波動が広がっていく。宇宙創造の輝きのような暗黒の光が広がっていく。
すべてを黒く塗り替える暗黒の閃光の後、魔剣ラタトゥーザはリリウスの手の中に在る。
時が止まる。何者も動けぬ一瞬に、リリウスだけがラタトゥーザを流麗に振るい構えを取る。
「絶叫べ、ラタトゥーザよ!」
静止した時の中で放った剣戟。風の刃がファウル・マクローエンの右腕を斬り飛ばしていった。
◇◇◇◇◇◇
両腕を失った親父殿が膝を着く。がっくりと項垂れる姿は降参の意思表示に見えた。
荒い呼吸をする俺は手の中にある魔剣ラタトゥーザを見下ろす。親父殿から制御権を奪ったあの一瞬、あの一瞬だけ何かとつながった気がした。
何か大きなちからとつながった感じがたしかにした……
「親父殿、今のは……?」
「わからない。俺にもわからない。……だがあの瞬間、お前の存在を近くに感じた」
ラタトゥーザを掲げる。手に吸い付くような握り心地だ。
親父殿が淑女に例えた意味もわかる。極上の女を抱いているような握り心地だ。
「そんな事より! なんだ今の技は、リリウス、お前はいったい何をした?」
「わからねえ。ラタトゥーザが応えてくれたとしか……」
体が勝手に動いた。誰かが俺の身体を使ってあの技を放ったとしか言いようのない感覚だ。超必殺技ゲージが溜まったんだろうか? 謎だ。
親父殿にもわからないのか。じゃあバトラ兄貴ならどうだろうか?
と思ってバトラ兄貴を見ると呆然としている。目の前で手を振っても気づかない。心がどこかに旅立ってやがる。
「ルド、バトラ兄貴はどうしたんだ?」
「お前に心を折られたんだよ……」
「ナンデ?」
「二人で倒すとか言っておいてお前と父上の決闘みたいになったからだよ!」
いや、そんなことを言われても。入ってくりゃいいのに来なかったのは俺のせいじゃないだろ。
「それとお前がラタトゥーザを使いこなしたからだ。いったい何をどうやったんだよ……」
「それは簡単だ。さっき親父殿が魔力を注ぎ込んでラタトゥーザの気を惹いたじゃん」
呪具と一緒だ。良質な魔力を欲しがるなら俺はどうよ?って粉をかければいいんだ。
マジな話くたびれた中年親父の魔力より若くて溌剌とした俺の魔力の方がいいに決まっている。
こういう説明をすると親父殿からツッコミ。
「いや、そんな単純な魔剣ではないぞ」
「えー、チョロかったけどなこいつ。チョロトゥーザってくらい簡単に靡いたぞ」
あ、バトラ兄貴の顔面にひびが入り、ゆっくりと体育座りになっていったぞ?
ルドガーがあちゃーってなってるわ。
「あちゃー、トドメを刺しやがった」
「俺リリウス嫌い。俺リリウス憎い」
バトラが俺を憎むbotみたいになっちゃった。
そしてガハハ笑いをする親父殿である。
「ガハハ! ま、何だかんだでお前らが仲良さそうで俺は嬉しいよ!」
「ルド、今なら親父殿を殴り放題だぞ! 積年の恨みを晴らすチャンスだ!」
「いやお前じゃねえんだからそんな恨みねえよ。つか父上にどんな恨みがあるんだよ」
「俺を産んだ恨み」
「感謝しとけよ……」
「俺リリウス憎い……」
「よっし、息子に負けた記念だ。今夜は大暴れするぞ! ……あれ、目が霞むんだが」
このあと親父殿は出血多量で倒れ、ユイちゃんのお世話になる。
そして俺らマクローエンブラザーズは親父殿の無念を晴らすために親父殿の財布を盗んでエッチなお店に向かうのである。バトラが元気になったよ!