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悪役令嬢の手下Aだけど何か質問ある?  作者: 松島 雄二郎
余談編其の二 リリウス商会の旗揚げ
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極地魔法『風の遍歴』②

 騎士団の正装を纏うバトラ兄貴と、スーツ姿の親父殿が向かい合う。

 兄貴は正眼に構え、親父殿は半身に構えて切っ先を地面に向けている。別に舐めプってわけじゃない。親父殿の本領は剣術ではなく凶悪な極大威力の魔法攻撃なんだ。


 一回だけ親父殿の本気を見た事がある。当時の俺はあれが人間にできる技だとは思えなかった。

 瘴気の谷から這い上がってきた冥府の大蜘蛛を単独で切り伏せるなんてどう考えてもおかしい。今思えばあの大蜘蛛の危険度は魔神クラスはあったはずだ。


 親父殿の実力を知るバトラだから攻めあぐんでいる。勝てるイメージが湧かないってのは理解できる。子供心に沁みついたイメージってのは案外大きいもんだ。


「バトラ、来なさい」

「―――勝負!」


 バトラが放つ大上段から振り落す渾身の一撃!

 これを親父殿のどうのつるぎが切っ先を捉え、誘導するように斜めに流していく。まぁこれくらいはやるよな。


 攻撃を流されたバトラ兄貴がそのままタックルに切り替える。でも親父殿が下半身へと潜ったバトラ兄貴を跳び箱みたいに飛び越えて仕切り直しになる。


「兄貴ッ、萎縮すんな!」

「そうだぞバトラ君! 親父越えをすると決めた覚悟があるならもっと堂々といかねばならん!」


 親父殿が手首を返して構えをフェンシングふうに変える。


「うん、今のはお前らしくなかった。じゃあ緊張をほぐすために軽く稽古から始めよう」


 コォン!

 親父殿の閃光の突きがラタトゥーザごとバトラ兄貴を三歩後退させる。やっぱ強いな。


 父が突きを繰り出し兄貴が防ぐ。


「戦士の戦いを教えたはずだな? 我流にしては悪くもない。だが―――俺は受け身など教えた覚えはない!」


 風の幻影身を残して親父殿が跳躍。兄貴が気づいてねえ!

 頭上からのおもいっきりのケリを食らって兄貴が膝を着いちまったぜ。


「戦士の戦いに防御行動は一切存在しない。切り伏せることこそが最大の防御だと教えたが忘れてしまったのか?」

「ち…父上……」


 揺れる膝を叩きながら兄貴が立つ。

 これはタイムが必要だな。


「親父殿、タイムタイム!」

「戦場にタイムはない。お前は黙って見ていなさい」


 お…親父殿も本気じゃん。久しぶりに叱られたわ。……剣を握ってるときだけは格好いいんだよな。


 親父殿が剣を十字に振るう。本気を出す前のルーティンみたいな行動だ。


「バトラ、切り伏せねば戦いは終わらないんだ。俺を倒してみせろ!」


 親父殿が上と左右の三体に分裂! 本物は右側だな。

 飛翔魔法でバトラ兄貴の周囲を回り出す。本物はあれだな。


「マクローエンの剣、今一度その身に刻み込め!」


 分身三体による必殺技が炸裂して兄貴が倒れる。超必殺技かな?


 くっそ強くて笑うわ。何もかも常識の範疇で強い。これは修練が生んだ強さだ。武器や呪具や変なちからに頼らない、鍛えれば誰にでも手に入るちからだ。

 なるほど確かに稽古だ。父から息子へとつなぐちからのバトンタッチだ。


「デブ、ルド、兄貴を応援するぞ!」

「がんばって!」

「バトラ、父上はお前に懸命に伝えようとしているんだ。簡単に諦めるな!」

「……くっそ、外からクッソうるせえ!」


 バトラ兄貴が魔剣を杖のように使って立ち上がる。

 兄貴は根性とタフネスだけはあるからな。エース級の実力者には及ばないが耐久力だけは無駄に高い。


「俺信じてる。兄貴なら必ず勝つって信じてるもん!」

「リリウスにおちょくられてるぞー! 情けない戦いをするなー!」


 バトラがウーランと雄たけびをあげながら突撃する。

 ガッツだけは尊敬している。


「ラタトゥーザよ!」

「従えられなかったのか……?」


 兄貴の剣戟を素手で受ける親父殿から凄まじい量の魔法力が溢れ出す。まるで竜巻の中だ。翠の放電が発して魔剣へと吸い込まれていく。


 親父殿が叫ぶ。


「来い、ラタトゥーザよ!」


 風の魔剣が兄貴の手を逃れてクルクル回転しながら親父殿の手へと飛んでいく。


 驚愕するバトラ兄貴にタックルによる体勢崩しとみねうちが走った。芝生に横たわる兄貴が、愛剣を撫でる親父殿を悔しそうに見上げている。……まさか所有者だと認められていなかったのか? これまでずっと?


「これは気難しい剣だ。淑女の機嫌を取るように繊細に扱わなければならないが、そうか、お前には従えられなかったか……」


 親父殿の眼は悲しみに満ちている。


 やめろ、あんたがそんな目をするな。失敗作でも見るみたいに兄貴を見るんじゃねえ。

 やめろ、そんな目はやめろ、そんなにも優しく兄貴の心を折ろうとするな。


「そうか、お前はもしかしたら母さんの血の方が濃いのかもしれないな……」

「そんな事を言うなよ!」


 親父殿が振り返る。まただ。またあの目だ。

 優しい父親の眼差しの奥に戦士の冷厳さを宿す眼に、俺達は幾度試され、幾度失望されてきただろうか。

 親父殿の優しさの根底のあるものはこれだ。不甲斐ない継承子への諦めだ。


 だから俺は叫んでいる。


「あんた知らないだろ、兄貴が太陽でどんだけ頑張ってきたかあんた何にも知らないだろ!」


「リリウス……?」

「たった一人で見知らぬ土地で歯を食いしばって生きてきた兄貴の想いなんて知らないだろ。すぐに息切れするゴミアタッカーと装備を買う金を博打でなくす最低品質の弓兵と! たたかいのたの字も知らない垢ぬけない神官ちゃんを率いてずっと先頭に立ってきた兄貴のバトルスタイルだから堅守なんだ! 兄貴はあんたの教えを忘れたんじゃない! 仲間を守るために苦心して考え抜いてきたんだよ! 何も知らない奴が俺の兄貴を馬鹿にするな!」


「ちがう、ちがうんだリリウス、俺は馬鹿になんてしていない」

「あんたはいつだってそうだ! 優しい仮面の下でいつも俺達に失望していた。あんたの眼差しを見る度の俺らがどんな気持ちになったかも知らずに! あんたは知らないだろ、出来の悪い息子だと失望される痛みがどれだけかなんて知らないくせに!」


 言うだけ言った。吐いたつばを飲み込むつもりはない。

 殺人ナイフを―――いや、今は大戦斧で戦いたい気分だ。文言を唱えて巨大化させたルインアックスを担ぎ、視線で兄貴に問う。


「よせ、これは俺の戦いだ!」

「じゃあ二人で倒そう。良き冒険者の強さとは仲間との連携にあるんだろ?」


 ステルスコートから出したアロンダイクのシールドを投げよこす。

 兄貴は受け取ってくれたね。


「……そいつを言った俺が否定するわけにはいかないか。俺が前に出る、適当に合わせろ」

「おーけい」


 ファウル・マクローエン、俺ら二人であんたを越えさせてもらうぞ。

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